今回もどうにか生き延びることができたか。
作戦を終え、輸送機の中で揺られながらそんなことを考えていた。
俺は名も無い傭兵。
映画やゲームの傭兵は全面核戦争の危機から世界を救ったり、数人のチームを率いて独裁政権をぶっ潰したりするが、実際はそんなにカッコイイ物ではない。
傭兵はロケット団やプラズマ団以上の鼻つまみ者だ。
金さえ受け取れば平気で人殺しでもなんでもやる。
正規軍の軍人が嫌がってやろうとしない汚れ仕事ばかり回ってくる。
俺も表沙汰に出来ないような仕事を数え切れないほどやってる。
汚れ仕事が回ってくるだけなら良いが、酷い時には死人に口無しと言わんばかりに雇い主に殺されそうになることだって珍しくない世界だ。
ガキの頃はポケモントレーナーに憧れて1人旅をしてたが、今はポケモントレーナーはほぼ完全に引退し傭兵家業をしている。
森の奥のアジトに付いてドアを開けるなり一匹の小柄なポケモンが俺の胸に飛び込んできた。
「ははっ、おまえは本当に甘えん坊さんだなぁ」
小柄なポケモン・シェイミを抱きかかえると半日前まで命のやり取りをしてたことを忘れ、笑みがこぼれてしまう。
これがトレーナーを完全に引退してないと言った理由だ。
数ヶ月留守にすることが多いこの家業だが、俺が留守の間は準備した餌の他に昼間はアジトの外から出て食べ物を調達してる。
なんせこいつはモンスターボールで捕まえてすらいない、半分野生のポケモンなのだ。
とある国の内戦で戦力の足しに召集がかかったときにこいつと出会った。
しかし、その出会いは過酷なものであった。
一面に咲き誇っていた花畑は踏みにじられ鉛球と怒号と悲鳴がそこいら中に飛び交い、血と硝煙の匂いが充満してる戦場でシェイミと会うことになろうとは…
その時のこいつはまだ生まれたばかりで目も開いてない状態だった。
そしてこいつの側には自分の子供を庇おうとしたのか流れ弾に当たって息絶えたつがいのシェイミがいた。
自分の両親の死体に寄り添って開いてない目で泣きじゃくるシェイミには気にも留めずにその場から去ろうとしたとき、ふと空を見ると一機の爆撃機の姿が見えた。
咄嗟に小さなシェイミを懐に無理やり押し込むとその場から全力で駆け出す。
その直後に鼓膜を叩き破るような音を響かせて爆撃が始まった。
爆風に煽られ、地面に思い切り叩きつけられた俺は気を失ったが奇跡的に無傷で済んだ。
勿論懐に押し込められたシェイミも。
その国の内戦もしばらくして収まったが、その間はシェイミを常に懐に入れてる子連れグラエナならぬ子連れ傭兵状態になっていた。
帰国する頃にはすっかり情が移っており、シェイミを自分の荷物に紛れさせてこっそり連れて帰った。
ポケモントレーナーをやめた理由はとても単純な物だ。
それは10代も後半に差し掛かった頃にただ単に飽きたから。
そして自分のポケモンをみんな逃がした。
あの頃の俺は現実が何も見えておらず、ただ映画を見てカッコよかったからという理由で傭兵になった。
年齢も四十路に近づきこの世界ではベテランになっているが、あの時の選択を今でも後悔してる。
出来ることならあの頃に戻って、あのときの自分を殴り飛ばしてでも止めたい。
机に座りゆっくり拳銃の手入れをしつつ膝の上で寝ているシェイミをチラリと見た。
そして銃を置いて机の引き出しを開くと銃の予備パーツに混ざって空のモンスターボールが1個転がっていた。
いつだったかシェイミを入れるために1個だけ買ったモンスターボールだ。
だが未だにこのモンスターボールは使われていない。
なぜシェイミをモンスターボールに入れないのか。
それは自分の手は既にモンスターボールを握る手ではなく銃を握る手になっているからだ。
もう自分は表の世界には戻れない。
だから互いに一線を越さないようにモンスターボールを使うわけにはいかない。
俺がこいつのトレーナーになっても絶対に不幸にするだけだ。
シェイミの別名にも含まれている「感謝」と最も縁遠い戦場に連れて行きたくない。
溜息をつきつつ俺は引き出しを閉じた。
何気なくラジオをつけてみると明日近くの町で新人トレーナーを対象にしたポケモンの配布イベントが行われるというコマーシャルをやってた。
貰えるポケモンはランダムでボールを空けてみるまでわからないそうだ。
ラジオを聴きながら銃の手入れに没頭する。
こうして夜は更けていった。
翌朝銃声で俺とシェイミは叩き起こされた。
咄嗟に拳銃を片手に取り物陰に隠れた。
どうやら商売敵あたりが俺を消しにきたらしい。
仕事の依頼がよく入る傭兵はそのことを妬んだ傭兵に奇襲されて命を落とすことも珍しくない。
更に銃声が聞こえる。
それと同時に窓が割れ、家具が壊れる音が小屋の中に響く。
シェイミは小さな体を俺にくっつけて震えてる。
本当に優秀な傭兵は依頼以外では極力戦わない。
商売敵を消そうとする傭兵は大抵三流ばかりだが三流でも人数が揃えば厄介だ。
1人か2人くらいなら楽勝だが…とにかく銃声が聞こえる方向とを伺ってみる。
移動するときに派手に草や木々を揺らして自分がどこにいるか知らせている。
中には姿すら隠さずに堂々と突っ立って銃を撃ってるバカもいる。
小屋の近くに置いてある俺の車にまったく手を出していない。
逃亡の手段を潰すということすら思いつかないとは…
やはり相手は三流だ。
いや、三流と言うのも躊躇われる素人同然の奴らだ。
数は5~6人って所か。
なんとかなりそうだ。
物陰から飛び出そうとしたときにシェイミが俺について来ようとしているのが目に入った。
俺は一瞬考えた後、シェイミを小脇に抱えたまま腰をかがめて机まで走っていく。
そして机の引き出しを開けてモンスターボールを取り出した。
「この中に入っててくれ。すぐに終わらせる」
そう言うとシェイミにモンスターボールを押し当てた。
次の瞬間にはシェイミはモンスターボールの中に入っていた。
こいつには俺が人を殺してるところを見られたくない。
モンスターボールを物陰に隠すと先ほど開けた引き出しに手を突っ込み、予備のマガジンを2、3個掴み取る。
弾は多いに越したことは無い。
マガジンをポケットに押し込み、拳銃を握り直すと物陰から飛び出した。
熟練した傭兵は招かれざる客たちに立ち向かっていった。
あれから10分と経たないうちに襲撃者は全滅していた。
だが傭兵も無傷で済まなかった。
まともに銃弾を大量に浴びた腹を押さえつつ傭兵が力なく立ち上がる。
腹だけでなく胸にも撃たれた跡がある。
俺としたことが油断した!
襲撃者はたしかに三流ばかりだった。
だが相手の人数を1人見誤っていた。
そのため最後の1人の存在に直前まで気づかなかったのだ。
6人目を仕留め、安堵の溜息を吐いているところを後ろから撃たれたのだ。
思わず振り向いたところで容赦なく腹を撃たれた。
それも何度も何度も。
だがすぐに彼を仕留められなかったのが最後の襲撃者にとって命取りになった。
途中でライフルが弾詰まりを起こし、拳銃に持ち替えようとした瞬間に額を撃ち抜かれていた。
傭兵は血を大量に吐き出した。
内臓を派手にやられたな。
俺はもう助からない。
長年の傭兵家業で同業者や兵士の臨終に立ち会った経験上よくわかる。
くそったれめ!
そう叫びたかったが声の替わりに血が吐き出されただけだった。
だが最後にやらなければならないことがある。
どうにか小屋にたどり着き、腹の傷を包帯を何度も強引に巻きつけて止血する。
タオルで口元を拭き血が染み出しても出来るだけ目立たぬように黒のロングコートを羽織る。
そして物陰に隠したシェイミが入ったモンスターボールを手に取る。
俺の変わりにこいつを育ててくれるトレーナーを見つける。
それが自分自身に課した最初で最後の任務だ。
俺には考えがあった。
痛みで力が入らない体に鞭打ち、車に乗り込むと森を出るために車を走らせた。
どうにか町に着いた。
車を適当な駐車場に停めると目的地まで歩いていった。
少しでも気を抜くとそのままあの世にいてしまいそうだ。
時間は2、3分も経ってなかったが俺にはとても長い時間に感じた。
会場に辿り着くと配布が始まるのにまだ1時間以上も時間があるのに
子供たちで賑わっていた。
イベントスタッフが準備に追われて走り回っている。
この喧騒の中スタッフルームに紛れ込むのは簡単なことだった。
途中で何度か荷物を運ぶのを手伝わされたのはとんだ誤算だったが、モンスターボールが無数に入れられている箱の前に辿り着いた。
誰も見ていないのを確認してから懐からモンスターボールを取り出す。
血痕がついてないか念入りに調べた後、シェイミの入ったモンスターボールを箱の中に紛れ込ませた。
周りに聞こえない声で「あばよ。良いトレーナーに貰ってもらうんだぞ」と呟く。
そして傭兵は誰にも気づかれないように会場を後にした。
傭兵は森の奥の原っぱで大の字になっていた。
草の匂いと静かに吹く風が心地よい。
こんな感じ何年ぶりだろうな。
お天道様が目に染みる。
気づくと1人の少女が俺の顔を覗き込んでいた。
「おじさんどうしたの?」
「とっても大事な仕事が終わって少し休んでるんだ」
そう答えた時に少女が両手でシェイミを抱えてることに気づいた。
「かわいいポケモンだね」
「さっきイベントで貰ってきたの!」
少女は満面の笑みを浮かべて答えるが、それとは対照的に抱きかかえられてるシェイミは彼女の手を振り解こうとしてる。
少女は「どうしたの?」と言いながら驚きを隠せないようだった。
間違いない。
あいつだ。
俺はシェイミに手を伸ばすと頭を撫でながらこう言った。
「きっとこれから楽しいことが待ってるよ。だからご主人様を困らせちゃ駄目だぞ」
自分でも不思議なくらい優しい声が出ていた。
その声を聞くとシェイミはそっと目を閉じると暴れるのをやめ、小さく頷いた。
「折角出会えたんだ。この子を…いや出会うポケモンを大切にね」
少女と2、3言葉を交わした後彼女はシェイミを抱きかかえたまま俺の元を去っていった。
まさか最後にシェイミに会えるなんて…
人生とは分からないものだな。
あいつのおかげで最後の最後でポケモントレーナーに戻れた。
そんな気がする。
銃で撃たれた傷の痛みも感じなくなっていた。
とにかく気分が良かった。
そしてなんだか物凄く眠い。
1匹の年老いたポケモンが自分を覗き込んでいるのに気がついた。
俺が逃がしたポケモンか…
たしか一番最初に貰ったポケモンで一番のパートナーだったっけ。
俺に復讐しにきたのか?
いいぜ。
おまえに殺されるのなら本望だ。
意識が沈んでいく中でそのポケモンと出会い、一緒に旅をしてきた日々が蘇っていた。
色々なポケモンと出会い、色々な場所に行った楽しい日々が浮かんでは消えていく。
やがて一番のパートナーに看取られてそのポケモントレーナーは息絶えた。
それから数ヵ月後、森の原っぱで小さな墓に寄り添うように年老いたポケモンが息絶えているのが見つかった。
小さな墓は丁寧に手入れされており、汚れもほとんど無かったという。
END
最終更新:2011年08月01日 18:06