俺がこのトレーナーに捕まったのは、かれこれ数年前の話だ。
どうやら俺の事を気に入ってくれたらしく、毎日毎日、厳しく、そして優しく育ててくれた。
乾燥肌を気遣ってくれたのか、暑い日や夏は、ホースで水のシャワーを掛けてくれるのが日課だった。
とても充実した毎日を過ごしていたのもつかのま、ある日俺は突然『お別れ』を告げられた。
人間の言葉は理解できる。お別れの理由は話してくれなかったが、どうしてかぐらいはわかっていた。
どうやら人間達には『結婚』という行事があるらしい。
そうすると、オスはメスに食料を運ぶように、
人間のオスも『おかね』を稼ぐために、働かなくてはいかないらしい。
そんな中でも一つ恵まれている点があるとすれば、
泣く泣くお別れをしなくてはならなかった、というところだろう。
世間では、ポケモンの能力次第では有無を言わず捨てられたりする事もあるようだ。
『今まで
ありがとう。そしてゴメンな、グレッグル・・・』
それが長年付き添った主人の、
最後の言葉だった。
俺は主人の居た街から離れて、一人旅をすることになった。数年ぶりの、懐かしい『やせい』の世界だ。
そんな俺が行き着いた先は『ノモセだいしつげん』だった。ここに『同族』の匂いがしたからだ。
正直ここまで来るのにも、普通の『やせい』のポケモンに比べ、温室育ちの俺には苦の連続だった。
肉食のポケモンに何度も食べられそうになり、音に怯え、夜に怯え、そして餓死の恐怖に襲われた。
やせいの感はそう簡単に戻るわけはなく、主人の指示のない戦いに傷ついては逃げ、
ときに相手の命すら殺めてしまった。
辛く倒れそうになるたび、主人のシャワーを思い出し、乾いた素肌は悲鳴を上げていた。
そして俺はやっと、『ノモセだいしつげん』を見つけだし、
そこにもぐりこむ事に成功したのだった。
傷つき、ボロボロになりながらもたどり着いたノモセだいしつげん。ここにはグレッグルの、同族の匂いがする。
懐かしい匂い・・・どうやら、俺はこの匂いを本能的に覚えているらしい。
『故郷』
頭で考える前に、そんな言葉が直感的に浮かんできた。
俺が生まれた場所・・・本当にここがそうだとしたら、エサに困っても助けてもらえる。
食べられる必要もなければ、逃げる必要もないはずだ。
そんな期待を胸に膨らませつつ、俺が足を踏み入れたノモセだいしつげんは、
想像を遥かに超えた場所へと変化していた。
草むらからひっそりと覗いたその世界は、限られた箱の中で限られた食料をめぐり、
ポケモンはお互いを傷つけ、そこはまるで外と変わらない、いやそれ以上に厳しい世界へと成り果てていた。
そして何より、ここは人間がポケモンを捕まえる為だけに存在する場所でもある。
つまりは人間からも逃げなくてはならない。
確かに逃げている間は、人間に再び捕まり、トレーナーのポケモンとして戦うことも考えた。
しかし、今更知らない人間に媚を売ってまで育ててもらおうとも思えず、
人間を見つけても目の前に姿を出すことをしなかった。
何も無い空間を呆然と見つめていると、周りから様々な『声』が聞こえてくる。
戦いあうポケモン同士の声、人間の声、それから逃げるポケモンの悲鳴・・・。
つい数分前までの安堵が絶望へと変わり、俺の頭の中では何かが爆発しそうになっていた。
自然と足が竦み、視界はぼやけ、今までの疲れがドッと押し寄せてくるかのように、全身に重くのしかかる。
両膝を地面に付けて、幸せだったあの頃を思い出しながら、
俺はしらずの内にぶつぶつと何かを呟いていた。その時――
ガサッ・・・!
…その音が鳴り終わる頃には無意識に、音のする方向、
つまり自分の真後ろへ『どくづき』を繰り出していた。
食べられまいと逃げに逃げた間に、隙を見せてはいけないという恐怖が、自然とそうさせていた。
俺の繰り出したどくづきは見事に相手に当たっていた。
それどころか当たり所を見ると、きゅうしょに当たったようだ。
危なかった・・・一瞬でも遅れていれば、俺は今頃何かの腹の中に居たのかもしれない。
当たり所が良かったのか、相手は一撃で倒れている。殺したようだ。
助かった・・・それが最初に脳が感じ取った感情。そして次に感じ取ったのは・・・またも『絶望』だった。
倒れていたのはグレッグルの子供で、辺りには木の実と、
人間から与えられたエサが大量にばら撒かれていた。
絶命したグレッグルは、もしかしたら、
俺のこの姿を見て子供ながらに元気付けてくれようとしたのかもしれない。
ボロボロの姿を見て、慰めてくれようとしたのかもしれない。
俺はこの手で同族を葬ってしまった。それも幼く、
優しく声を掛けてくれようとしていた子供を手に掛けてしまった。
そう考えてしまった時、俺の頭の中の何かは、完全にはじけて爆発した。
涙を流しながら発狂し、力の限りを振り絞り、空へ向かって大きく泣き叫んだ。
…感情が治まる頃、俺の体は一回り大きくなり、『ドクロッグ』へと進化をしていた。
あれから1年以上たった。それからの俺は、毎日戦いながら生活を送り、
そこらのポケモンには負けない強さを身に付けた。
こんな変わり果てた姿を、主人はきっと認めてくれないだろう。
厳しいエリートトレーナーだった主人が、これまで事を許してくれるはずがない。
悔しさやみじめさ、切なさを心に抱えつつも、戦って戦って戦って、生きるという事だけをしていた。
もちろん、何度もトレーナーに発見されたこともあったが、エサを貰っても媚びる何て事はせず、
石を投げられても立ち向かい、捕まることなく過ごしてきた。
そんな俺も、そろそろ外へ出て自分の限界を知ってみたくなった。
本能的に、この力で何ができるのかを考えるようになってきていた。
トレーナーという存在が興味本位でポケモンを乱獲しては捨て、放置し見下される側から、
同等、はたまた逆の立場になれるのではないだろうか。
何度も言っているが、媚を売ることも、共存することもバカげているとしか考えられない。
もし、そんな俺を動かすことができる者が居るとするなれば、
きっと大きな意志と野望を秘めた、どこか『共通できる何か』を持った者だろう。
そう、例えるなれば今こうして目の前に立って、ギンガがどうとかサターンがどうとか言っている、こんな目をした男なんてのも、悪くは無いかもしれない。
主人、あんたは今、奥さんや子供と幸せにしているか?あれから俺、変わったよ。これが俺の道なんだ。今まで本当にありがとう・・・そして・・・。
作 初代スレ>>580,583-584,586
最終更新:2007年10月20日 14:59