「お風呂、先に使ってください」
夕食の片付けが終わり、一息付いたところで、みくるちゃんが私に言った。
SOS団が結成された記念すべきあの日から、すでに1年以上が経過していた。
団長である私、涼宮ハルヒと団員である彼女、朝比奈みくるには順調に友情関係が結ばれていた。
今日もこうやって、私がみくるちゃんの家にお泊りに来ているというわけだ。
友達の家に泊まる、おそらくは日本中で行われている平凡極まりないイベントがこんなにも楽しいなんて昔の私にはきっと理解できなかった。
そんな幸せの中にある私に、ただ一つだけ問題があるとしたら、
それは私がみくるちゃんに友情以上のものを求めているということだろう。
「何やってんのよ私」
見慣れない浴室の中、私は自分自身に問いかけた。
ただ一言、「一緒に入らない」と言えば良かったんだ。
そうすれば、彼女も嫌とは言わないだろう。
例え断られてたしても、そこまで言ってしまえば、きっと私だって普段通りに強引にいけるだろう。
いや、そもそもみくるちゃんだって私に友情以上のものを求めているのはわかっている。
手が触れ合えば赤面し、私が可愛いと言えば喜びを隠せない。
普段から私を見る目は、恋する乙女のそれである、
みくるちゃんが私を意識しているのは誰の目にも明らかだった。
そして、それが好意によるものだと、私は99%確信していた。
でも、私の勘違いだったら、別の理由で私を意識しているのだったら。
そんなはずは無い、と自分に言い聞かせつつも、想いを伝えれば今の関係すら壊れてしまうことを恐れていた。
99%の確信を持ちながらも、たった1%の不安を飛び越える勇気を私は持てないでいた。
全然らしくない。
いい加減、この関係に決着をつけようと思って臨んだこのお泊り会だ。
ただ楽しかったで終わってはいけない。
私は気合を入れるために、シャワーを冷水にして頭からかぶった。
「よし、いけるわ!」
気合を入れた私は大急ぎで、かつ入念に体を洗った。
そして、その勢いのままお風呂から上がると、みくるちゃんに言い放った。
「今日は一緒に寝るわよ。いいわね!」
私から何かただならぬものを感じたのか、みくるちゃんは何も言わずに頷いた。
ここまでは良かった。
その勢いのまま、告白できていれば最高だったのだけど
私が何かを言おうとするうちに、みくるちゃんは小走りにお風呂へと向ってしまった。
結局、その間に私の勢いは見事に失速し、今に至る。
とりあえず、二人で布団の中に入ってみたはいいもの、恥ずかしくて顔を合わせることが出来ない。
「みくるちゃん、もう寝た?」
「まだ起きてます」
「そう」
「はい」
会話が続かない。
無理に何か話そうとするも、
「みくるちゃん、暖かいわね」
「涼宮さんも、暖かくて気持ち良いですよ」
なんていう普段以上に恥ずかしい会話になってしまい、余計に顔を合わせづらい。
背中越しにはみくるちゃんの体温が伝わっている。
不自然、だと自分でも思う
普通なら、ただの友人同士なら、布団の中で互いに顔を合わせ眠くなるまで会話を楽しむだろう。
でも、それが私には出来なかった。
同じ布団の中にみくるちゃんがいるという、それだけで鼓動が高鳴る。
みくるちゃんだって、同じなのだろう。
きっと私たちの想いは通じ合っている。
それがわかっているのに、今の関係が壊れることを恐れて、一歩を踏み出すことができない。
ただ、どちらからも言い出せずに、こうやって同じ布団の中で
息を潜め、お互いの体温を静かに感じることしか出来ないでいた。
「ねえ」
何度目か、私がみくるちゃんに話しかけた。
今度こそ、想いを伝えようと決意してのことだった。
みくるちゃんはそれに応えることはせず、体の向きを変えると、私を後ろからそっと抱きしめた。
「み、みくるちゃん!?」
私はみくるちゃんの急な行動にに驚きを隠せない。
背後からみくるちゃんが私を抱きしている。
その事実だけで、心臓の鼓動が加速を始めた。
「そのまま、聞いてください」
耳元でそう囁くみくるちゃんの吐息がこそばゆく、背中に感じる彼女の体温と胸の感触が私を興奮させる。
「あの、本当はちゃんと向き当って言わないといけないんですけど、でも、聞いてください」
ごくり、と息を飲んだ。
私が伝えようとしていたことを、私から言おうとしていたことを、彼女は言ってくれるのだろう。
それがわかった。
「ずっと、私の方から伝えなくちゃいけないって思ってました」
私はただ黙っていた。
伝えなくちゃいけないのは、私の方なのに。
「だって、その私の方が一応、お姉さんじゃないですか? だから私から言わないとダメなんだって、ずっと」
一生懸命に言葉を選ぶ、みくるちゃんが愛らしくて、私のために勇気を出してくれていることが嬉しくて。
「だから、言いますね」
ずっと思い描いていた時間が来ることが信じられないくらいに幸福だった。
そんな入り乱れた私の心に耐え切れないと言わんばかりに、心臓が最高速で伸縮を繰り返している。
その時の私はきっと笑顔だったと思う。
だって、その言葉を聞いたときの私はきっと、世界で一番幸せな女の子だったのだから。
「大好きです」
翌朝、目を覚ました私が真っ先にしたことは、みくるちゃんの頬をふにふにすることだった。
普段から子供の様ではあるが、寝顔はそれ以上に幼く、幸せそうである。
この幸せそうな寝顔の原因が私にあるというのは、きっと自惚れでは無いだろう。
「ん~、すじゅみやさん?」
ふにふにが過ぎたのか、どうやら起こしてしまったようだ。
寝ぼけながら、目をぐしぐしと擦る姿を見て、これで昨夜はよくお姉さんなどと言えたものだ。
「おはよう。みくるちゃん!」
「おはようございま、きゃあ!」
まあ、しかし確かに私が甘えられる相手なんてみくるちゃんしかいないのだから、
今のところは精一杯甘えさせて貰うとしよう。
朝の挨拶が終わる前にみくるちゃんに抱きつくと、思いっきり胸に顔をうずてみた。
「ちょ、ちょっと涼宮さん、何してるんですか!?」
「いいから甘えられてなさい、お姉さんなんでしょ?」
「そんな~」
ふわふわで甘い匂いのするみくるちゃんは、起きたばかりなのに、まるで夢の様に心地よい。
抵抗するのに諦めたのか、みくるちゃんは私の頭に手を置くと、ゆっくりと手櫛で私の頭を梳いてくれた。
「涼宮さんだけですよ」
そう言う彼女の表情は、さっきまでと打って変わって、なるほどお姉さんのようだった。
私自身が踏み出せないでいた一歩を踏み出してくれた、このお姉さんに最大限に感謝しつつ、
今はただひたすらに甘えるのであった。
最終更新:2009年02月11日 10:44