彼女との出会いは、この部室に彼女が押しかけてきたことであった。
当初の予定では、私は観測対象である涼宮ハルヒと距離を置いて、つまり、
人間関係としての接点を持たずに、第三者的な観測を行う予定であった。
直接接触は、バックアップ、つまり朝倉涼子の役目であった。
そのために、もっとも涼宮ハルヒが近づかないであろう「文芸部」の、唯一の部員
というポジションを設定したのだ。
情報統合思念体ですら予想していない事態であった。予想していたら、
私に書道部にでも入るように命じていたに違いない。
昼休みに文芸部室で読書をしていると、いきなり扉が開いた。
この部屋に第三者が近寄る確率を下げていたはずなのだが。
「よし、誰もいないわね」
扉の外から部室を覗いて、彼女は不躾にもそう言った。その時私は、
本棚の後ろにいたのだ。
「なにか用?」
眼鏡越しに、闖入者に視線を向けた。
「あら、ごめんなさい。文芸部って人がいないっていうから見に来たのよ」
そこにいたのは…観測対象、いや、涼宮ハルヒだった。
予定外の事態に、情報統合思念体にリンク。指示を請う。
『観測せよ』
返答はそれだけであった。つまり、私を通じて推移を見たいということだ。
「私は文芸部の部員。なので、部員は存在する」
「そうなの、あなた、一年生?」
彼女は、本棚と、そこにぎっしり詰まった本と、折りたたみ机と、私の分のパイプ椅子しかない部室を
見回してから言った。
「そう」
「私も一年よ。ねえ、この部屋くれない?」
…意味がわからなかった。
「入部するならこれを書いて提出」
きわめて一般的な反応をしてみせる。観測対象との直接接触は、バックアップの役目のはず。
つまり完全に予定外だ。
「入部したい訳じゃないのよ。この部室が欲しいの」
部室というのは、「くれ」「やる」でやりとりすべきものではないはず…
…だったはずだ。自信満々、当たり前のこととして言う彼女を前に、判断が揺らぐ。
「ここは文芸部室。私という部員がいるので、文芸部が占有している」
彼女は、少し考えるそぶりを見せた。そして、今読んでいる本の表現を借りると、
「チェシャ猫の微笑み」をみせて、
「じゃあ、あなたもいっしょにもらえばいいのね」
はぁ?
手から本が落ちた。それよりも、私は、自分があっけにとられて「はぁ?」という
反応をするとは思っていなかった。それは、むしろ朝倉涼子の担当する範囲ではないのか。
「あなたが私のモノになれば万事解決ね。ああ、あなたって呼ぶのも変だから、名前教えて」
「長門有希」
「私は涼宮ハルヒよ。有希って呼んでいいでしょ?」
知っている、とは言えない。かわりに、じっと彼女を見た。なぜ、彼女は顔を赤くしたのだろう。
「かまわない」
「それで有希、私のものになるわよね」
強引だ。一般的な反応であれば、断るか怒るかだろう。
「今この部室を使っているのは私ひとり。なので、使うのはかまわない」
観測に都合のいい方で応じた。部室でなく私を要求していたが、部室の要求の言い間違いと判断するのが
妥当であろう。
「ありがとう、これで本拠地が決まったわ」
いきなり抱きつかれた。涼宮ハルヒの体温を観測…と、何をしているのかと自問する。
だが、こうやっていると、第三者的観測で得られない情報が多く得られる。
体温。におい。触感。だきしめられるというのはどういうことか。
もう少し情報を獲得しよう。
私は、観測対象の背中に手をまわした。彼女は、それを何かの合図と思ったのだろうか。
「あ、ごめんなさい」
体をはなす。だが、手が私の顔に向かってのばされた。
「眼鏡、ずれちゃったわね」
彼女の手で眼鏡が直されるまで、私は、眼鏡がずれたことに気が付いていなかった。
「じゃあ、放課後にまたくるわね」
彼女は、入ってきたときと同様、疾風のような勢いで部室を出て行った。
なぜか、放課後が待ち遠しくてたまらなかった。
「へえ、涼宮さんがあなたのところに行ったの」
帰宅後、朝倉涼子と観測方針の調整を行なった。彼女は、
このような調整を行う際に、毎回何らかの料理を持参ずる。そのため、調整は
常に、食事を行いながらとなる。
「確認したところ、私も直接観測を行うよう命じられた」
「…そうなんだ」
朝倉涼子の目がしばし泳ぐ。涼宮ハルヒと私の接触状況の情報を受け取ったのだろう。
「…いきなり抱きつかれたんだ」
「予想外だった」
「そうね。そのわりには、積極的に観察しているのね」
今後の観測方針を調整するはずが、ただ無言の食事となった。
最終更新:2009年02月11日 11:01