卒業式だった。
私は、今日この学校を卒業する。
それは、私がこの学校に来ることがなくなるということであり。
それは、SOS団の居場所もここではなくなるということだ。
みくるちゃんがいなくなったのは、去年の今日だった。
卒業式のあと、文芸部室で、みくるちゃんは忽然と消失した。
後ろから抱きついてきた腕の力も、背中で感じた体温も、全部覚えている。
なにより、みくるちゃんの視線を感じながら、彼女のリクエストで
メイド服を着て見せたことも。
それなのに、気が付いたらみくるちゃんはいなくなっていた。
私のこと、どう思っていたのか最後まで聞いてないないのに。
あのときは、キョン、古泉君、そして有希の三人が部室に、申し合わせたかの
ように一緒にやってきた。
三人にみくるちゃんが消えたことを訴えると、キョンと古泉君は顔を見合わせて、
有希はじっと私を見たまま、ああそうか、という顔をした。
まるで、みくるちゃんのことを何も知らないのは私一人であるみたいに。
そして、私のメイド服姿にすら、キョンは突っ込みを入れなかった。
説明になっていないけれど、説明をしてくれたのは、鶴屋さんだけだった。
「まあ、みくるだって戻ってこられるようになれば戻ってくるさ、ハルにゃんは、
みくるをまっててあげるんだろ?」
なぜか、鶴屋さんの言うとおりにしてみようと思って、一年がたった。
最後のホームルームが終わってから、私は、一人で文芸部室に向かっていた。
有希が、ピンク色の封筒を持ってきたからだ。有希がわざわざ手紙を書いてきたのは、
卒業だからだろうか?最初はそう思った。
「有希、これは?」
「預かった」
どうやら、有希の書いた手紙ではないようだ。
「誰からなの?」
有希は、それには答えず、かわりに、ちょっとだけ寂しそうな目元をした。
「いまから30分、部室にはあなたしか近づけないようにしておく」
そう言い残して、私が封筒に目を落としているうちに、教室を出ていった。
封筒をひっくり返す。差出人の名前はない。
ピンクの封筒だから、キョンのいたずらでなければ男子からということはないだろう。
有希にメッセンジャーをやらせるなんて、一体誰だろうか。
花束をかたどったシールで封がしてある。それをやぶかないようにはがして、封筒をあけた。
中身は、これもピンク色の便箋。丸い、女の子が書いたと思われる文字で、一行。
部室で待っています。
私にとっての部室とは文芸部室であり、そこで待っていられて、それを有希に伝えてもらえる。
心当たりは一人しかいなかった。そして、悪戯である可能性も、全く考えなかった。
有希が手紙を持ってきた時点で、これが悪戯ではありえない。
私は鞄と卒業証書の入った証書筒、つまり今日の荷物を全て持つと、教室を飛び出した。
高校に入ってから卒業する今日まで、息を切れるに任せて廊下を走ったのは、これが最初で最後に
なるだろう。
私は荒い息のまま、文芸部室の引き戸を開いた。
「この部室…こんなに広かったんですね」
真っ正面、昨日まで団長席があった場所に。
「全部片付いちゃって…明日からここはまた文芸部室ですか?」
窓から注ぎ込む光を背負って。
「実は、一度くらい団長席に座ってみようと思って楽しみにしてたんですよ」
私が待ち続けた人がそこにいた。
期待して来たとはいえ、それが本当であったことの衝撃で、私の手から荷物が落ちる。
鞄がまっすぐ落ちて、どさっという音を立てる。
証書筒が落ちた後軽い音を立てながら転がる。
机も椅子も、3年前にあったものだけになった部室の床を転がったそれを、彼女が拾い上げた。
「えっと、卒業おめでとうございます…涼宮さん」
みくるちゃんは、一年会わないうちに、ずいぶん大人になっていた。
背が伸びて、髪のカールがつよくなって、赤いルージュを引くようになって、タイトミニにストッキングなんか
はいて、靴もハイヒールになって、白いブラウスの胸なんか、去年より更におおきくなって。
私は、みくるちゃんの元に駆け寄る。赤いルージュを引いた唇の位置は、私の唇より高い。
みくるちゃんの背が伸びたのと、ハイヒールの分だろう。
私は、みくるちゃんの赤い唇に。
両手の人差し指を突っ込んで思いっきり左右に引っ張った。
「みくるちゃん、この一年間どこでなにをやってたか、この私に分かるように説明しなさいっ」
「しゅじゅみやしゃん、にゃにすりゅんでしゅかー」
一年ぶりのみくるちゃんの、面白い顔を堪能してやる。そのあとで、みくるちゃんの唇から指をぬいた。
改めて近くで見ると、みくちゃんは、「かわいい」から「きれい」に変わっていた。
それは、この一年、私とみくるちゃんが離れていた証拠のような気がして。
「この一年、私がどんな思いでいたか」
目元が熱くなった。顔を伏せる。ちょうど、みくるちゃんのブラウスの胸に顔をうずめるような
形になった。
そういえば、みくるちゃんの胸を揉むときは、いつも後ろからだった。
「私は…それよりも長く待ちました」
みくるちゃんの腕が、私の背中にまわされる。こうやって、前から抱き合うのも初めてだった。
二年間一緒にいたのに、こうやって再会するまで、していないことがこんなにあったなんて。
「…あ、えっと、わたしは一年以上に感じてたんです、そういうことにしてくださいっ」
みくるちゃんは聞かれてもいないことをなにか一人でごまかしていた。
問い詰めたいところではあるけれど、今はもう少し、みくるちゃんを感じることを優先しよう。
「それに、あのとき最後になんて言ったの?」
ずっと気にしていたことを聞いてみる。
「やっぱり、聞こえなかったですか?」
「みくるちゃん、私のことがなんなのかを言う前にいなくなったでしょ」
あのときを思い出した、このみくるちゃんは、また肝心なことを言わずにいなくなったりしないだろうか。
怖くなって、私はみくるちゃんにぎゅっとしがみつく。
「もう一度言わないと、わからないですか?」
見上げると、みくるちゃんと目が合った。みくるちゃんに上から目線で見られるときがくるとは、
正直思っていなかった。
「わからないから言いなさい。団長命令よ」
声が震える。みくるちゃんがあのとき何を言い残したか、分かっているつもりだった。
でも、本人の口から聞きたい。私は、みくるちゃんの目をのぞき込んだ。
「は、はいっ、わたし、涼宮さんのこと」
今度も、その答えは最後まで聞けなかった。
みくるちゃんの唇が、私のものと重なっていたからだ。
目を閉じると、みくるちゃんの姿が視界から消える。それでも、みくるちゃんが誰よりも近い場所に
いることが、視覚以外の全てで感じられた。
最終更新:2009年03月29日 23:32