{エンドレスエイトの微妙なネタバレを含みます。
未読・未見の方はご注意ください。}
夏休みの残りも一週間を切った日、ようやく肝試しをすることができた。
流石の古泉君も、「幽霊は出ても関係のない人間は出ない」墓地を見つけて、 なんと使用許可まで取ってくるのに一週間以上かかったからだ。
二人一組で廻らないと危険ですよ、という古泉君の意見も入れて、鶴屋さんも 呼んでいた。そして、三組に分かれて、昼間のうちに置いておいたぬいぐるみを 持って帰る、という肝試しがはじまったわけだ。
厳正にして公正なくじ引きの結果、鶴屋さんとみくるちゃん、古泉君とキョン、 そして、私と有希という組み合わせに分かれ、時間をずらして墓地の奥を 目指しているわけだ。
夜の墓地で明かりとなるのは、有希の手の燭台、そして、空の月と星だけだった。
周囲の、ロウソクの光の届かない範囲は、全て暗く黒い物陰になっている。
企画しておいて言うのも何だが、思ったよりも気味が悪い。
「有希、怖かったらしがみついていいわよ」
「大丈夫」
私は、有希の腕にしっかりとしがみついて言った。
有希も、少しは怖がってしがみついてくれるかなと思ったら、全然そんなことがなかった。
仕方ないから、私は自分から有希にくっついていた。
その状態で、墓石の間を歩く。
「有希」
名前をよびながら、少し胸を押しつけてみる。今日は、ミニのサロペットスカートで、カジュアルだけど 胸を強調するようにしてみた。足元は新しいサンダルで、足を出している。
もちろん、有希に見せるためだ…けど、こうやっておしつけているのに、淡々と返されることすらないと、 あまり面白くない。
気分を出すために、明かりは懐中電灯でなく燭台にしたのだけど、こうやってくっついても、 その状態で有希の耳元で、「あのへんから何か出てきそうね」と言ってみても、ロウソクの炎がゆらぐ ことすらなかった。
{
彼女の歩くリズムが、すこしずつ崩れてきていた。
最初はわたしの腕に胸を押しつけたりして、それなりに余裕があった様子が、今では歩いているのがやっとのようだ。
今日はいているサンダルははじめて見るものなので、おそらく「靴擦れ」だろう。
これまで1万5千回以上、朝比奈みくるばかりかまってきたからだ、わたしは、因果関係もなにもないのに、そんなこじつけをしていた。
慣用句で、罰が当たった、というものだろう。
「……っ」
彼女が、おそらく痛みからの声を押し殺した。それで、わたしは気が付いたふりをする。
歩くリズムを計って知っていた、と言うわけにはいかないからだ。
「靴擦れ?」
「大丈夫よ、早く行かないと」
言葉と裏腹に、彼女の眉間に皺がよっていた。
「あまり大丈夫そうでない。見せて」
立ち止まって、彼女の足の具合を確認しようとした。
「有希、大丈夫よ」
左足を引きずるようにして、それでもわたしを引っ張っていこうとする。
「大丈夫ではない」
わたしは、邪魔になるロウソクの炎を吹き消すと、燭台を、墓地の区画を仕切るブロック塀の上に置いた(墓石の上の方が手頃だったが、さすがにそれは憚られた)
わたしは完全な暗闇でも問題ないし、この程度月明かりがあれば、彼女の目でも周囲は見えるはずだ。
そして、乱暴にならないように気をつけて彼女の腕をほどくと、誰何の時間を与えないうちに、 片手は彼女の脇に差し入れ、もう片手は膝の裏に入れる。
そのまま一気に持ち上げた。「お姫様だっこ」と俗に言われる持ち上げ方だ。
体重は彼女の方がすこし重い。抱き上げた状態で安定するように、わたしは体の密度を少し上げて、自分の体重を彼女よりわずかに重くした。
「足がどうなっているか見せないと、このまま出発点まで連れて行く」
彼女の体温が少し上がった。
「ちょっと、有希、それは恥ずかしいからすぐに下ろしなさい」
彼女は手足をばたばた動かす。でも、それぐらいではわたしは動じない。}
有希の言うとおり、左足の親指の外あたりに、熱いような痛いような感じがある。
歩くごとに、その部分がすれて痛い。
でも、有希を心配させたくなかったので、黙っていたのに。
有希はちゃんと気が付いていた。気が付いてくれたのは嬉しいけど、心配をかけてしまった。
それよりも先に、まずこのお姫様だっこ状態から解放してもらわないと、あとでみんなに何を言われるかわかったものではない。
「有希、見せるからおろしなさい」
「まだだめ」
有希は、月明かりだけをたよりに、何かを探すように私を抱き上げたまま歩く。そして、
「ここ」
ようやく、有希は私をおろした。
そこは、まだ墓石が立っていない墓地の分譲区画だった。有希は制服のスカートの 隠しポケットからハンカチを出すと、一段高くなったところに敷く。
「座って」
私は、素直にそれに従った。
「見せて」
有希が、座った私の前に跪く。
「暗いけど見えるの?そういえばロウソク置いてきちゃったわね」
「見える」
有希はそれだけ言うと、私の左足を持ち上げ、サンダルをぬがした。
その時、痛い部分にすれて、
「……っ」
また声を出しそうになった。
「ここがすれて、血がにじんでいる」
そういうと、
「きゃ」
痛い部分を、少し冷たくて湿ったものが這った。
有希が、私の足の傷になったところを嘗めていた。
「ちょっと有希、なにしてるの」
「消毒」
また有希の舌が、私の足の、靴擦れになったところを這った。
「有希、そこ、汚れてるからやめて」
「あなたの体に、汚れているところはない」
有希に嘗められているうちに、だんだん痛くなくなってきた。それどころか、 有希の舌の感触を感じようとしていた。
「ね、有希、そこ、へんな味したりしない?」
変なことがしんぱいになってしまう。
「大丈夫、あなたの味がする」
{
彼女の左足の親指の付け根あたりに、靴連れができていた。
わたしはそれにくちづける。消毒薬がないので、せめて、嘗めてきれいにしておこう。
舌を這わせる。最初は、本当に「消毒」のつもりだったのだが、途中から、彼女を味わうために、舌を這わせていた。
靴擦れの上をきれいにしてから、こんどは、左足の親指と人差し指の付け根に舌を差し入れる。
「ちょっと、有希、だめよ」
拒否された。わたしは素直に彼女を味わうことをあきらめる。
顔を上げると、月明かりの下で、彼女と目が合った。
彼女は、目に涙を溜めていた。
「ごめんなさい」
その涙を見て、謝罪の言葉が自然に口から出る。
必要以上に彼女を求めたのはわたしだ。こうやって彼女を独り占めできる時間、
わたしは毎回、彼女に対して、観測とは言えない求め方をした。
ポケットにある絆創膏を貼って、戻ろう。
そう考えたとき、彼女は不意にこういった。
「有希、だめ、にはやめて、と、もっとやさしくして、と両方の意味があるのよ」
「あなたは泣いている」
彼女は、しばらく黙ってから、
「有希が、嘗めて直そうとしてるって思ったら、嫌じゃないのに涙が出たのよ」
改めて、彼女は自分のつま先をわたしに差し出した。
「だから、最後まで、有希がしたいだけしなさい」
わたしは、彼女の左足の親指を、そっと口にふくんだ。
彼女が痛みを感じないように、歯をたてないようにしながらゆっくりなめまわす。
靴擦れの傷に触れないように気をつけて、ゆっくり、吸い上げる。
彼女は、小さく、何度も何度もわたしの名前をつぶやくようにしていた。
しばらくそうしていてから、わたしは口をはなす。
まだ彼女は気が付いてないようだが、足音と、私たちを呼ぶ声が近づいてきていた。
「あ…有希、もういいの?もっと、してもいいわよ…」
いつもと全く違う口調だった。
「おそらく、わたしたちが戻らないから、探しに来ている」
すずみやさ~ん、という朝比奈みくるの声が聞こえてくる。別の方からは、有希んこ~とわたしを呼ぶ声もしていた。
彼女の足の靴擦れに、絆創膏を貼る。そして、彼女をまた「お姫様だっこ」すると、
「続きは、始業式の日までしない」
何故そう言ったのだろう。「好きな子に意地悪をしたい」本の言葉を借りれば、そんなことになるのだろうか。
彼女が、ものすごく不満げにわたしをにらんだが、気にしないことにした。
これからもっと意地悪をするのだから。
「有希、私なら歩けるからおろしなさい」
「まだだめ」
わたしは、このお姫様だっこを、朝比奈みくるに見せつけることに決めていた。
もう一度本の言葉を借りよう。「恋敵には、意地悪をしてもかまわない}」
最終更新:2009年08月06日 00:55