昔から、男の子と当たり前の様に話ができる人が羨ましくて、生まれる前から私とは何か違うモノを持ってるって思ってた。
私はいつも、内気で臆病だから、異性っていう存在が前にいるだけで気が上がってしまってろくに話なんてできないから。
でも、私と同じクラスには全然そんな人がいないの。みんな当たり前の様に男女共々で仲良くしてる。
それは私には信じられない光景で……その中で私一人だけが浮いちゃってるような気がして怖くなって……
ある時、それを友達に打ち明けたら……『もっと自分に自身を持ちなよ』って言われたのね。
そんなこと言われても私にはなんにも人に自慢するようなことないし、とにかくなにしたらいいのかわからなくて……
そのまま時間だけが過ぎていって、気が付いたら私の周りにはもう誰もいなかった……
毎日学校に行くのが寂しくて寂しくて、周りにみんないるのに、私はひとりなんだって思ってしまって……
もし、私がそのままずっとひとりでいたなら、私はもう生きてるのが嫌になってたかもしれないのね。
でも、私は今ここにこうして生きてるの。誰のおかげなの?
それは、あの涼宮さんのおかげなのね。
「ふぅ……」
月曜日から毎日続いたお掃除当番も今日で終わり。
まだ夕日が落ちるには早い時間だけど、もう校舎は夕闇の色を映して淡く輝いてた。
「(……今日もひとりで帰るのね……)」
掃除も終わって人波まばらな教室には、男女何人かが丸くなって輪を作って話してる。
それを横目に私は鞄に教科書を入れていく。いやでも目に映る光景を少し羨ましく思いながら。
融通が利かなくて、人付き合いが苦手で、優柔不断な私には、あの輪に入れる様な度胸がないから。
初めの頃に私に男子生徒と仲良くできるように気を遣ってくれた人も、今では私の態度に呆れて声もかけてくれない。
……でも、お友達がいない訳じゃないのね。今、あの輪に入ってる女の子に話かければ多分、一緒に帰ってくれる。
でも、男女が楽しそうに話す輪のヒトカケラに話しかけるなんて恥ずかしくて、無理。それだけで、無理なのね。
「はぁ……」
今日何度目かのため息をついたら、私がなんとも小さい人間に感じられて、嫌になったのね。
もう帰るのね。ここにいても私にはなんの価値も生まれないのね。
夕闇が窓から入り込む教室の中でひとり、そう思って私は、席を後にして、音もなく教室から出た。
廊下は逆日を浴びて輝きながら、窓には光と影を文字られるような美しいグラデーションの夕焼け空を写してた。
なんとなく寂しい気持ちで外の光を眺めながら、廊下から曲がり角の階段に差し掛かった、その時……
——タッタッタッ
「ほらキョン!! 早く行かないとお店閉まっちゃ……って、わわわわっ!!」
——ドンッ
声が聞こえて、背中に何か温かいモノがぶつかってきて、階段を踏み外したのだけは覚えてるのね。
多分あの声は、同じクラスの涼宮さんだったのね。なんて考えているうちに意識が遠くなっていったのね。
フカフカの何かに包まれながら目を開けると、真っ白な天井があった。
トンネルを抜けるとそこは雪国だった。なんて最近習った文頭が妙にしっくりくる光景だったのね。
まだぼんやりした頭でも、なんとなく、それが保健室の風景だ、ってのがわかったのね。
私はベッドから抜け出して、先生を探した。その時になんとなく外を見たら、もう薄暗かった。
ああ、私はあの時、何かに押されて階段から落ちて、誰かがここに運んでくれたんだ。そして私は今までずっと寝てた。
そう理解するのに対した時間はかからなかった。
保健室の先生はいないみたいで、保健室の中には蛍光灯の微かなジィィ、という音が不気味が響いてる。
窓の外の闇と、無慈悲な程の静寂が直に織り込まれたように私の心を不安にさせる。
とにかく、私は帰ろうと思って、ベッド脇に乱雑に掛けられた鞄を手にとった。
「失礼しました」
ドアの前で一礼して、保健室からでたら、ドアには「今日は先生が不在です」と書いてあったのね。
外はもう薄暗くて寒くて、私はしわくちゃになったワイシャツを抱くようにしながら帰途についた。
……暗い街路は怖くて心細くて、ああ、こんなときに誰か側にいてくれたらどんなにいいことか、と思ったのね。
でもいくら周りを見ても、私はいつも通りの一人なのね。また溜め息をつくのね。
スカートから直に入る冷たい空気が私の体温を下げて、なお私を不安にさせる。
そんなことを感じながら真っ直ぐに続く街路を通って少しの曲がり角を左に曲がると、自動販売機があった。
……やむを得ないのね。寒さと飢えにはどんな人間も勝てないのね。
私は鞄から財布を取り出して、自動販売機に近づいて……と、その時に、すぐその横を歩いてくる人を見つけた。
自動販売機の光に照らされて顔が分かるようになって、私とその人は同時に声を漏らしたの。
「あ……」
「あ……」
そしてそれが誰だったのかと言うと……。
「ん……まあ、とにかく座って……はい、ミルクティー」
「あ、ありがとうなの……」
私は涼宮さんからミルクティーの温かい缶を受け取って、涼宮さんの隣に腰を下ろした。
公園のベンチには、囲いがあって風が入ってこないからあまり寒くないのね。
私は温かい缶で手のひらを温めながら、ちらちらと涼宮さんのほうを意識する。
「ええっと……アンタなんていったっけ……? たしか……さ、阪中さん……で、あってる?」
「あ……う、うん」
自動販売機で偶然、涼宮さんと会って、私はよく解らないまま公園に連れてこられたのね。
ミルクティーは涼宮さんが買ってくれたのね。
「今日は、悪いことしちゃったわね……まさか人がいるなんて思わなくて」
「……?」
涼宮さんはいつもと違った雰囲気で、私に語りかける。とりあえず知らないフリをするのね。
「ほら、階段で……ぶつかったでしょ……? もしかして覚えてない……!?」
「え……? あ、ああ……あれは、涼宮さんだったのね?」
なんとなくだけど、わかってた。
わかってたけど、謝ってほしいって思ってるなんて思われたくないから知らないフリをしてた。
「……気付かなかったの……? そういえば、保健室に連れて行った時も反応なかったわね……
まあ……いいわ……とにかく、悪いことしたわ、わざとじゃなくても」
それだけいうと涼宮さんは急に黙り込んで、目の前の闇を見つめた。
黄色く塗られたベンチから、暗く先の見えない闇を見ながら、他に話すことも浮かばなくて私も黙る。
辺りはもう闇、でもところどころにある電灯が辺りを少しだけ弱々しく照らす。
吹く風の音の強さが、なんとなく身の回りをおどろおどろしく映す。
隣で黙る涼宮さんは、男物のような襟の立ったワイシャツに下はスタイルの良さが際立つ黒のズボンを纏ってる。
直視して怪訝に思われるのが怖いから、ちらちらとしか見れないけど、顔はやっぱり私なんかじゃかなわない美人……
いつもの無愛想な目ツキや表情と違って、今は感慨に耽るような悩ましい顔してる……
言葉遣いだって、そうなのね……今は、初めて挨拶をしたときに返された「うるさい」の口調とは全く違う……
どうして同じ女性なのにこうも融通がきくのかな……?
なんとなく隣に自分よりずっと何にでも優れた人がいるってだけで、ちょっと緊張しちゃう……
「…………」
「…………」
殆ど無言のまま時間だけが過ぎて、何をしたらいいのか、被害者の筈の私が困ってしまう。
痺れをきらしたのか、はたまた涼宮さんなりの間の取り方だったのか、やっと涼宮さんは口火をきった。
「……なにか、お詫びってほどじゃないけど……なにか私にできること、ないかしら?」
話がまた始まって、なんとなく涼宮さんを見ると、涼宮さんも私の方をみてるのね。
ちょっと悲しくて、それでいて優しい視線が、私の視線と繋がって……恥ずかしくて顔をまたうつ向ける。
……私の悪い癖なのね……こんな風に誰かから気を使ってもらってるのに、自分に自信が持てなくて……
「そ、そんな……! わ、私はそんな……大丈夫だから……」
なんて、愛想がよさそうに見えるように気を付けながら、それから自身を遠ざけちゃう……
だってそうすれば、私にとってプラスにはならないけど、マイナスにもならないはずだから……
「そう……? そんなに慌てて遠慮しなくていいのに……本当になにもないの……?」
でも本当はプラスになることを選びたい……でも私は臆病で……内気で……
260 ハルヒと! 〜阪中の場合〜 9 sage New! 2006/11/13(月) 01:20:39 ID:TBZ3CUvZ
「え……? あ……その……だ、大丈夫……なのね……」
だからこれでいいの……私が何か望むことで私が傷つくなら、私は何も望みたくない……はずだから……
「本当にそう思ってる……? あなた、それでいいの? 今だけなんだからこんなの、“後悔”したくないでしょ?」
——“後悔”……?
涼宮さんはキッとした表情で私を見据える。風の音が聞こえないほど心臓がうるさく鳴る。
私の頭の中には、その“後悔”の文字が羅針盤の様に回って回って……
『ねえ、阪中さん。こっちに来て皆で話しようよ?』
『あ……えっと……その……私はちょっと今から……用事があって……』
『大丈夫だって! なんなら、話しやすそうな男子何人か紹介しようか?』
『あ、あああ……それは……!! それは……その……また今度で……!!』
『ねえ、どうしたの? この頃付き合い悪いわよ?』
『あ……ご、ごめんなさいなのね……ちょっと……その……この頃忙しくて……』
後悔……してないの……?
私は後悔してる……絶対してるよ……!
傷つくのが怖いから……後悔する……それでいいの……?
嫌だよ……私……そんなの嫌だよ……!
じゃあどうして自分から後悔しない道を選ばないの……?
……それは……それは……
それは 私が 傷つくのをためらっているだけ……
「……うっ……ううっ……ぐすっ……」
「……!? ちょ、ちょっと……どうしたのよ……?」
涼宮さんの緊迫したような声が私の耳に刺さるけど、溢れる涙は止まらなかった。
声にならない叫びが喉の奥から心の隙間に入り込んでいくのが痛いほどわかる。
私は、ずっと後悔してきた。ずっとずっと後悔を溜め込んで、その捌け口も持たないまま歩いてきた。
それがどんなに自分に甘えているのか、そしてそんな風に甘えていながら心の底では何かを望んでいるなんて。
それがバカらしくてバカらしくて、涙が止まらなかった。
私は涼宮さんの腕の中で、17年分泣いた。
〜前編 終わり〜
最終更新:2009年01月05日 19:11