コンコンというノックが、夕焼けで薄明るくなった部屋に響く。
まだ奇妙な団に乗っ取られる前の、静かな文芸部室だった。
「どうぞ」の声も待たずに開かれた扉の前に立っていたのは、上品な雰囲気を漂わせるロングヘアの少女だった。
オレンジ色の逆光が差しこむ部室を確かめるようにゆっくり眺めてから、
人が入ってきたことに気付かないかのように本に目を落とす眼鏡の少女に声をかけた。
「相変わらずね」
言われた長門有希の目に映ったのは—
「どうも」
朝倉涼子の姿だった。
「ここでの接触は極力避けるべき」
長門は文章を読むときと同じ目でその姿を見据え、最低限の言葉を呟いた。
眼鏡のレンズと、その下の瞳が同時に光る。
「こんなとこ、誰も来ないわ。…せっかく涼宮ハルヒの監視が本格的に始まったっていうのに冷たいものね」
朝倉は長門が座っている方とは逆側から長テーブルをゆっくりと回り、窓の横で立ち止まってから続けた。
「一緒のマンションに住んでるのに全然かまってくれないし…、
やっと同じ高校に通うことになったって言うのに、あなたはこんな部屋で一人きりで…私より読書に興味があるみたい」
後ろから話しかけられているにもかかわらず振り向こうとせず、
扉の方に視線を固定している長門の顔の横に、腰を折った朝倉の笑顔が現れた。
「一人で寂しくないの?…私もあなたみたいな性格に設定されてたらかまってほしいなんて思わなかったのかしら?」
耳に唇が付きそうな近さで囁く朝倉に、
「あなたはコミュニケーションを円滑に進められるよう設定されているだけ。色々なタイプがいたほうが便利」
最初から最後まで同じトーンで言い切った答えに、朝倉はふふと笑い、
「冷たぁい。ひどいもんね。私の上っ面の…“朝倉涼子”は、いたくあなたを気に入っているのに。悲しいわ」
「表面など存在しない。あなたはあなた」
首どころか視線も動かさず長門が言った。
その言葉に朝倉は楽しそうに笑い、ステップを踏むように長門の前に踊り出た。
華奢な手を後ろに組んで、
「ふふ…そうね。あなたの言う通りかも」
背中を伸ばし、伸びをするように天井を見上げる。
ひとつひとつの挙動が妙にわざとらしかった。
「ねぇ、長門さん。これは…人間でいうところの愛情だと思う?」
逆に長門はぴくりとも動かない。
朝倉の問いにも何も言わず虚空を見つめている。
「質問が悪かったかしら?ふふ」
またからかうみたいに笑って、
「じゃあ長門さんは、愛情って理解できる?人間の言う…愛しいってやつ」
長門はさっきからめくられていないページに目を落として、一瞬黙ってから、
「理解はできる。ただ、感じることはない」
珍しく、質問以外の答えと一緒に返した。
「そう」
今度は、朝倉が長門みたいな短い言葉を呟いて、頭を長門のおでこあたりまで下げてから、
「良かったわ」
とだけ言って、薄く小さな唇に自分の唇を重ねた。
長門はさっきまでと同じように無表情で、視線を前に向けていた。
朝倉を見ているというよりはその向こう側の空間を捕えているような顔で。
しばらくの間、手を後ろで組んだままの朝倉と、本を持ったままの長門が唇だけで触れあっていた。
長門が目を閉じる気配はない。
逆光が、彼女の顔に影を落とした。
「じゃあね。お邪魔したわ」
朝倉は自分の唇を人差し指でそっと撫でると、その手を顔の横で振って微笑んだ。
眼鏡越しの瞳が興味なさそうに見つめている。
「たまにはご飯つくってあげてもいいから、居留守しないでね」
朝倉はその目を気にせず…、むしろ心地良さそうに続け、
「監視業務、つまんないけどお互い頑張りましょ」
と言って最初来たときと同じ笑顔で扉を開けて出ていった。
長門は朝倉のいなくなった空間をしばらく見つめていたが、
思い出したように本に目を戻すと、何秒か後には新しいページをめくっていた。
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最終更新:2009年01月05日 20:48