アットウィキロゴ

朝倉×長門その2 消失ネタ

—ピンポーン
平日の夕方、沈みかけた太陽が最後の抵抗に赤い光線を放っているのが窓から見える。
だだっ広い部屋に一人たたずんで本を読んでいた少女は、来客を知らせる電子音に一旦時計を見てから立ち上がった。

インターホンで確認した後、重い金属製の扉を内側から開くと、
「こんにちは。これ、いっぱい作ったから一緒に食べましょ」
制服のまま長い髪を緩やかに振って笑う見知った顔の同級生が、大きめの鍋を抱えてそこに立っていた。
「入って」
部屋の主人である少女も当たり前のように彼女を中に通す。

元対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。
再構築された世界で、それを望んだ張本人である長戸有希と、彼女に望まれて蘇った朝倉涼子は、無事平穏な高校生活を手に入れていた。

「ありがとう」
「いいのよ。ごはんは一人で食べたっておいしくないしね。私、料理好きだから」
現実、いや、この世界も確かに現実なのだから、元の世界とでも言おうか。
元の世界で長門のバックアップだった朝倉はこの世界でもその仕事を引き継いでいるようで、宇宙人における涼宮ハルヒの観察とはまた別の意味で、
人間として長門の生活をサポートしているようだった。
「今日はね、肉じゃが!」
いかにも自信作、という言い方で銀色の鍋のフタが開かれると、白い湯気とともに甘辛い香りが無機質だった部屋に広がった。
長門は、湯気の中身を覗きこんで満足そうに笑う朝倉の横に二組の食器類が並べ、無言のままそれらを盛り付け始める。
朝倉の前に差し出された箸と茶碗は来客用にしては使い込まれており、どうやら二人は普段からこうやって食事をしているようだ。
「いただきまーす」

それほど大きくない机に向かい合って座った二人は、たいした会話もなく黙々と箸と口を動かし、
朝倉作の肉じゃがと、長門作の白米はあっという間に少女たちの胃袋へと消えていった。

「どうだった?」
記念日に得意料理を振舞った新妻みたいな笑顔に、
「おいしかった」
少し微笑んで答える。
朝倉は思い通りの答えに満足を得たのか、早々に鍋にフタをすると、
ここに来た用事はこれだけだと言わんばかりに立ち上がって手を上げた。
「じゃあ、また来るから」
玄関を開けたときから変わらない、爽やかな笑顔。
その微笑みに無口な少女は一瞬笑顔を返そうとしたが、すぐ俯いて、
「いつもごめんなさい」
と弱々しく呟いた。
「何言ってるのよ。これぐらいで」
「朝倉さんは」
元の世界では呼ばれることの無かった敬称付きの呼び名で言葉を遮った長門は、
「何でこんなに優しくしてくれるの?」
俯いた顔をわずかに上げ、それでも目は伏せながら、今まで聞けなかったことを気まずく思うような表情を見せた。
その問いに、一旦は立ち上がった美人の世話好き同級生は、鍋を元の位置に戻し沈黙を噛みしめるようにゆっくり腰を下ろしてから、
「あなたみたいな人って、守ってあげたくなるのよ。どうせ放っておいたらロクなものたべないでしょ?」
頬杖ついて語りかける。
「そう…」
元の世界では口癖みたいに使っていた言葉に、幾分か感情がこもる。
ただ、ままならない返事に若干の消化不良を感じ取った朝倉は、ふうとため息をついて、見破られてるか、と小さく呟いた。
「それだけじゃないの。あのね、変に思わないでよ」
それこそ意味ありげな前置きを加えてから、
「私があなたを必要としているの」

「…どういうこと?」
驚いた顔の長門から、小さな声で疑問が挟まれる。
しかし朝倉は、まるで用意していた台詞を読み上げるような口調で続けた。
「無意識にね、あなたに何かしてあげたいと感じちゃうのよ。してあげなくちゃって。
 それは私が世話焼きだからとかそういうんじゃなくて。あなたの…そうね、引力みたいなのに引き寄せられちゃうの。
 それが長門さんの魅力なのか、私の気の迷いなのかはわからないけどね」
そこまで言って、初めて因数分解の話を聞いた小学生みたいにぽかんとしている長門に元の微笑みを向けた。

「あなたに尽くすことが私の義務だと感じることさえあるわ」
普通の高校生として復活を果たした朝倉涼子は、元の世界での長門との関係を記憶のどこかに残しているのだろうか。
優しい微笑みに真剣さを織り交ぜ、視線を一点に固定したまま張り詰めた空間に言葉を並べていく。
しかし朝倉にその意識があるとしても、残念ながら長門に覚えはないようだ。
ただただ俯いて、親しい同級生から告げられた妙な説明に困惑するばかりだった。
「あの、私はそんなたいそうな人間じゃ…」
窓の外では太陽がとうの昔に力尽き、高い位置から眺められるネオン達が及ばずながらその代役をつとめている。
切り取られた長門の言葉に答えを返すこともなく、その景色を見つめていた朝倉は、何かを言おうとして突然悲しげな表情を見せた。

「朝倉さん?」
「私ね、わかるの」
長門に向けられた視線に、さっきまでの優しい微笑みはない。
あるのは真剣さと、今にも感情を水滴に変えて溢れさせようとする潤んだ瞳だけだった。
「この関係はね、もうすぐ続けられなくなっちゃうの。長門さんはきっとどこかに行ってしまうんだって…。
 おかしなこと言っていると思うでしょうけど、私にはそれが分かるのよ。あなたとこうやっていられるのはもう僅かなんだって」
朝倉は途中から涙を流しながらも気丈に話し終え、最後の言葉とともに机にばたっと倒れ伏した。
止まらない嗚咽がもともとしんとしていた部屋に響き、一瞬困惑の表情を見せた長門は、
すくっと立ち上がって、そこで泣いている少女がさっきまでしていたような優しい微笑みを湛えると、
彼女が泣き止むまでその肩を抱いていた。

落ち着いた朝倉が胸にすがり付いて不安そうな顔で見上げる。

「大丈夫、ずっと友達。どこにも行かないから」

長門はその体を強く抱き、
数日後、皮肉にも過去からやってくる自分自身によって破られる約束を、彼女の耳元で囁いた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年01月05日 20:50
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。