「やっぽー!みくるいるーっ?」
この部室の扉をこれほどの勢いで開ける人物といえば、涼宮ハルヒを除けば一人だろう。
開け放たれたドアから顔だけ突き出して部屋の内部をうかがう少女は、
「ありゃ?長門っちだけか」
目当ての人物がいないことを確認して意外そうに呟いた。
「行くって言ったんだけどなー。みくる来たかい?」
困った風な台詞とは裏腹な笑顔を見せる鶴屋さんは、
後ろ手で扉を閉じながら左奥でハードカバーに視線を落としたショートカットの後輩に呼び掛ける。
その問いに、ゆっくりと上を向いた首が左右に小さく振られた。
「そっかー。帰っちゃったかなっ?」
あんがとっ!と言って先程めちゃくちゃな勢いで開け放った扉に向かって踵を返そうとする彼女に、
「待っていれば」
ハードカバーから視線を外したままの少女が後ろから声をかけた。
自分の手前にあるパイプ椅子を引き出して、座れとばかりに真っ黒な瞳で見つめている。
「一緒に」
その言葉に何を受け取ったのか、振り返った鶴屋さんは
「よしっ!そうさせてもらうっさ!」
そのまま後ろに倒れるんじゃないかという勢いで長門の示した椅子にどかっと座って、
長門を見つめて満足そうに笑っている。
見つめられた長門は鶴屋さんが椅子に座ったことを確認すると、手元の本に視線を落とした。
「よしよしっ!一人で読書は寂しいもんねっ!鶴にゃんが一緒にいてあげるっさ!」
変わらない表情で読書を続ける長門の髪をわしゃわしゃ撫でる鶴屋さんは、友人との待ち合わせを諦めたようだ。
小柄な後輩の肩を抱いたまま、本に向けられた視線をからかうように覗きこんでは悪戯っぽく微笑んでいる。
「……」
その姿は、良くできた妹と構いたがりの姉のようだった。
「んー、みくるどころか誰も来やしないっさ」
かなりの長時間長門とじゃれあっていた鶴屋さんは再び部室を見渡して、
誰も来ないとは感付いていながらも改めて呟いた。
同時に、長門の手元で分厚いハードカバーが閉じられる。
「帰るかい?」
こくりと頷きはするが、何となく気になるような視線が見つめている。
それに気付いたのか、鶴屋さんは明るく笑いながら長門の肩をばんばん叩いて、
「いいよっ!みくるが忘れちゃってたのさっ!」
「……」
「それに、長門っちといてめがっさ楽しかったからねっ!」
続けられた言葉を長門は無表情で見守っていたが、
もう一度こくりと頷いて、膝の上の本を鞄の中にしまいこんだ。
部室を出て下駄箱まで向かう途中、先だって廊下を歩く鶴屋さんが何かを思い出したように、あ!と叫んだ。
「今日私チャリンコで来たんだよっ!長門っちも乗せてってあげるっさ!」
…いい。
とは言わせない勢いで長門の右手を掴んで、スキップにも似たテンポで走り出す。
「帰りは下りだからねっ!二人乗りも楽ちんだよっ!」
ずるずる引きずられる長門から拒否の言葉が出なかったのは、鶴屋さんの強引さに負けたからなのか…。
窓から射すオレンジ色の夕日が、踊り場を通過する長門の無表情を照らした。
「ちゃんと乗ったかいっ?」
校門をスタート地点に見立てたその自転車には運転手ともう一人、
荷物みたいにちょこんと横座りする少女が乗っていた。
前のカゴには二人分の鞄が突っ込んである。
「しっかりつかまってるんだよっ!」
振り向いて笑う鶴屋さんに、言われる前から彼女の腰の上あたりにぎゅうと抱きついていた長門が頷く。
荷台の上に立たせてもバランスのひとつくらいはとりそうなものであるが、
今の彼女の指は赤ん坊がガラガラを持つような無造作な握り方で前に座る先輩の制服の裾を掴んでいた。
「行っくよ!スタートぅっ!」
細い足に踏まれたペダルは、二人分の体重を乗せているとは思えないほどスムーズに回りはじめ、
坂道に差し掛かったあたりからは漕ぐ必要さえ無くなっている。
「行け行けぃっ!」
夕日に向かって右手を突きだす鶴屋さんの長髪が風になびいている。
長門は、その髪の香りを確かめるように背中に顔を埋めていた。
坂道は、まだまだ続いている。
最終更新:2009年01月10日 10:40