不覚にも風邪で寝込んだ。今日で2日目だ。
うちの場所はまだ誰にも教えてなかったから、当然誰も見舞いにこない.
かわりに、携帯に電話がかかってきた。
「お前…風邪引く程度にはバカじゃなかったんだな」
キョン、風邪なんか引いたことのないに決まっているあんたよりはましよ。
「大丈夫ですかお見舞いいけなくてごめんなさいっ」
みくるちゃん、気にしなくていいから、かわりに衣装の虫干ししておいてね。
朝比奈ミクルの冒険DVD初回特典写真集の撮影のために、全部着てもらうんだから。
「くれぐれもお大事になさってください、みんな心配していますよ」
古泉君、あたしがいないあいだは君が団をしっかり仕切るのよ。
「やっほー、うちの蔵に風邪なんか一発でなおす秘伝の薬があるのさ、
ハルにゃんには特別にわけてあげるよっ?」
鶴屋さん、直ったらぜひ学会に発表しましょう、風邪が確実に治る薬は
今でもノーベル賞ものよ。
…あれ?有希は?
いちばん声を聞きたいのに、電話をかけてこない。
布団の中から携帯に手を伸ばすと、電話帳で有希の番号を
表示させる.あとは、発信ボタンを押すだけ。
…でも、やっぱり有希からかけてきて欲しい。心配して欲しい。
私は携帯を、また枕のむこうに置いた.
そのまま布団をかぶって寝なおそうとしたとき、
「ぐあいは?」
え?有希?
いつもの制服姿の有希が、枕もとで私を覗きこんでいた
「有希!?」
声だけじゃなくて顔を見ることができて嬉しいのだけど、でもどうして。
「様子を見にきた」
心配とかお見舞いとか普通に言えばいいのに。でも、言わなくても、有希に心配して
もらっている自信はある。
「どうやってきたの?うちの場所はまだ教えてないし、玄関に鍵がかかってたでしょう」
有希は、私を覗き込んだままで、
「住所はあなたの担任に聞いた。それに、玄関は鍵が開いていた。呼び鈴を
鳴らしたけれど反応がなかったので、様子を見に入った」
有希が、岡部に聞いてまで訪ねてきてくれたのは嬉しかった。
でも、私、鍵が開いたままで寝てたの?でも、親が仕事に出ていくときに、鍵を
かけていったはず…まぁいいか。
「まだ熱がある。38度2分、あなたの平熱が36度4分だから、まだ直ってない」
額が冷たくなって、そして、有希の顔が目の前に。
有希が、前髪をかきあげて、額を私の額に押し当てていた.
「38度8分。熱が上がった。このまま寝ていて」
そりゃ、熱だって上がるわよ。だって、有希にそんなことをされているのだもの。
「口の中で溶けるものなら、喉に炎症があっても食べられる」
有希は洋菓子店のロゴが入った箱から、霜のついた小さなカップを
取り出した.
「オレンジとメロン」
シャーベットのどちらを食べるか選べということだ。私はちょっとだけ考えて
「オレンジ…食べさせて」
思いきって付け加えた.すると、有希は、箱に入っていた、小さなプラスチックの
スプーンの包装をむいた。オレンジのシャーベットのふたを開けて、一口分を
掬い取ると、私の口元にもってくる。
こういうときは「どうぞ」とか「あーんして」とか言うものよ、有希。
「あーん」
口のなかにシャーベットが滑り込んできた.冷たくてきもちいい。そして、甘い。
「あーん」
二口めも、冷たくて甘かった.
「あーん」
三口め.私はちょっとした悪戯を思いついた。スプーンでなく、それをつまんでいる
有希の指の方をくわえてみる。
「…それはだめ」
やっぱり怒られた.
「そっちは、風邪が治ってから」
最終更新:2009年01月10日 11:48