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長門×朝倉 冬の残響する思い

 ふたりが高校に入る前のある冬、日がようやく沈んだ頃、朝倉は長門で遊んでいた。
頬をつねったり、髪をいじったり、眼鏡をはずしたりかけたり。長門は髪が短いので、髪型
はあまりいじれないのが、朝倉には残念だった。あの長門さんの部屋なので当たり前なの
だけれど、長門さんの部屋はぜんぜん一人の人間が生活しているという感じがなくて、
そんな部屋で長門さんを生々しくさわさわぐにぐにといじるのは少し場違いかもしれない、
と朝倉は思って、それが可笑しかった。
 そのうちにオーブンがチンッと鳴り、クッキーが焼けた。長門の部屋のキッチンの、自分
しか使わないオーブンを、熱に注意して開けるとき、朝倉は(ああ、わたしは長門さんを
独占しているんだ)と思ったりする、傲慢。
 そんな傲慢も朝倉は楽しんだ。
「長門さん、クッキー焼けたよ」
 クッキーを紙ナプキンに包んで、テーブルの前に座る長門のもとまで持ってゆき、いか
にも長門の部屋においてあるような味もそっけもない白いだけのプレートに新しい紙ナプ
キンを敷いて、クッキーを並べる。はじめの一個を置いたそばから早速つまもうとした長門
を、朝倉は「めっ」としかる。
「行儀よくしなきゃだめよ」
 長門は、ほんの、ほんの少しだけ、(いまは)朝倉にしかわからないくらい少しだけ、小首を
かしげた。行儀という概念がよくわからないらしい。それに長門は食い意地が張っている。
「行儀よくしなきゃだめよ」朝倉はもう一度言った。
「どうして」
「理屈はいいの。とにかく、行儀よくしなきゃだめなの」
 気まぐれで、今日の朝倉は、長門と話すとき、意識してあまり理屈っぽくならないよう
にしてみた。言葉数を減らすようにしてみた。その意図が長門に通じているかどうかは
わからない。でも朝倉はそうした。そのほうが楽しかったから。
「どうして」
 長門は繰り返したずねる。意地を張ったようで、かわいい、と朝倉は思った。
「長門さん……」
「どうして」
 朝倉は意地を張る長門さんはかわいいと思ったけれど、それでもその意地にはやっぱり
ちょっと困ってしまい、クッキーを並べるためにテーブルに目をやっていたので顔を上げ
ると、その隙に長門はすばやく朝倉の口にクッキーをさし入れた。
「ぐっ…ん…」
「おいしい?」
 少しのあいだ呼吸ができなくなった。朝倉がようやくクッキーを噛み砕いて飲み込むと
、長門は繰り返したずねる。
「おいしかった?」
「うん…わたしの作ったクッキー、長門さんに食べさせられて、おいしかった」
「もっと食べて」
 長門はクッキーをさし出した。朝倉はちょっと悩んで、それをあーんと口をあけて長門の
手から食べた。繰り返し繰り返し、そうやって、長門がさし出すクッキーを朝倉はその
手から食べていったので、長門の指に朝倉の唾液がすこし付いた。そうして、プレートの
上のクッキーは全部なくなってしまった。長門さんに食べてもらうために作ったのに、
わたしが全部食べてしまった。嘘。ほんとうはまだキッチンの敷いたタオルの上に置かれた
オーブンプレートの上にすこし残ってる。でも、長門さんにクッキーを全部食べさせられ
てしまった、と思うのが心地よかったので、朝倉はそう思った。

 そのあと、朝倉が自分の部屋から持ってきた、駅から少し離れたところにあるちいさな
雑貨屋でみつけたアンティークのティーセットで紅茶をいれ、ふたりでクッキーを食べた。
長門さんのおやつや夜食にするために焼いたのに、一回で食べきってしまった。でも朝倉
は満足だった。
 だって、長門さんと一緒の時間をわたしは食べることができたから。でもまた長門さんの
ためにおやつを用意しなきゃ。コンビニで冬限定のチョコレートでも買ってこようと思って、
このマンションからコンビニへの道の途中に冬の花をガーデニングしてある家の前を通る
ことを思って、この冬の時間がすぐに過ぎてしまうことを思って、そこまで連想して、朝倉は
長門の指を食んでもう一度その指に唾をつけた。ふたりの体温が少しでもお互いに残る
ことを願って。でも、朝倉は自分と長門に与えられた三年間の猶予を、短いとも長いとも
思わなかった。ふたりだけの大切な時間は、きっと永遠になるから、長さなんて関係ない
と、朝倉は信じていた。
 それでも、やっぱり、ちょっと不安になって。それが表情に出てしまったらしく、長門は
少しだけ、ほんとうにほんの少しだけやさしい目になってくれたので、それだけで朝倉は
心が暖かくなった。
 ふたりはそのまましばらくそうやって過ごして、夜も更けてから、朝倉はコンビニに出か
けた。この暖かさがあれば、冬の寒さなんていくらでも耐えられるから。

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最終更新:2009年01月10日 12:07
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