ぱたん、と本を閉じる音と同時に有希が立ち上がる。
それが本日の活動の終了を意味するのが、我がSOS団の暗黙の了解になっていた。
キョンと古泉君が鞄を取り、一足先に部屋を後にする。
みくるちゃんはメイド服から制服に着替えて、私と有希がそれを待つ。
その後で、団員全員揃って帰宅するのがいつもの流れ。
なにげなく歩いていると、駅前に張ってあるポスターが目に入った。
どうやら映画の宣伝のために張られているものらしい。
そういえば最近よく耳にするタイトルだった。
「みくるちゃんはどんな映画が好き?」
「え、映画ですか? えっと、私は動物が出てくるのが好きです」
なんとなく聞いてみたけど、予想通りの可愛らしい答えだった。
流石はSOS団の萌えキャラ担当なだけあるわね。
これで「任侠モノが好きです」なんて答えが返ってきたらそれはそれで面白いけれど。
「じゃあ有希は?」
振り向きながら、一番後ろを歩いている有希に尋ねてみた。
この子はよく本とか読んでるけどジャンルはバラバラだし、映画の好みも予想がつかない。
しかし、有希はなにも言わずに首をかしげるだけ。
「映画よ、映画。どんな映画が好きなのか聞いてるの」
この子に限って聞いてなかったなんてことは無いと思うけど、念のため問い直す。
私が言い終わるのと、同時に顔を数ミリだけ上げて有希は言った。
「ない」
どうやら、映画は好きじゃないみたい。そう結論付けようとしたところで、有希は珍しく言葉を繋げた。
「正確には、学園祭で製作したものを除けば、私は映画を視聴したことがない」
「それって生まれから一度の映画を見たことないってこと?」
「そう」
有希はそれだけ言うと、一人別の方向に歩き出している。
気がつけば、いつも有希と別れる場所まで歩いていたのだった。
私は、一人帰ろうとする有希の手を取って少しだけ強引にこちらを向かせる。
そして、高らかに宣言した。
「今から映画館に行くわよ! こういう初体験は早いほうが良いのよ!」
そして今、私と有希が映画館を目の前にしていた。
他のみんなも誘ったんだけど、
「勘弁してくれ、お袋が飯作って待ってんだ」
「とても魅力的なお誘いですが私用がありまして」
「すいませぇん、私も用事があるんです」
なんて言っちゃって帰っちゃった。
有希の初体験のなのに、冷たい奴らね。
しかし、ちょっと世間知らずなところはあるとは思ってたけど、映画も見たことないなんて。
一体、どうやって育ったのかしら?
不思議に思いながら当の本人に目をやると、その視線は売店で売られているポップコーンに釘付けになっていた。
まあ、いいわ。無表情なのに物欲しそうな表情があまりに可愛いくて、考えていたことがどうでもよくなった。
私は、一番大きなサイズのカップを二つとジュースを注文して有希に持たせた。
「一応言っとくけど、一つは私のだからね」
「わかった」
有希はそれだけ言うと、静かにポップコーンをにらみ始めた。
両手がふさがってるから、まだ食べることが出来ないからだ。
私はその間に、二人分の入場券を購入する。
平日の夕食時ということもあってか、やっている映画は一つだけだった。
いかにも甘ったるそうなフランスの恋愛映画で、正直趣味じゃない。
まあ、今回は有希に映画を見せることが目的なわけだし、内容はなんでも良かった。
そんなわけで数分後には、最前列で上映を待つ私たちの姿があった。
時間が時間なので、客入りはかなり悪い。これくらいなら、むしろ赤字のはず。
私がここのオーナーなら上映中止にして客を追い出してるところだわ。
有希を見ると、黙々とポップコーンを口に運ぶ作業に没頭している。
「私の分、ちょうだい」
そう言うと、有希は頷いてカップからポップコーンを一粒つまみ、私に差し出す。
なにをしてるのかな、と思っていると有希が口を開いた。
「あーん」
思わず、口に含んだオレンジジュースを噴出しそうになった。
「ちょ、ちょっとあんた、なに考えてるのよ!?」
本当にこの子の考えてることはよくわからない。
あんまりに不意打ちなんで、心臓がバクバクする。
そう、これは驚いて心臓が高鳴っているんであって、別にときめいているわけではない。
「いらない?」
上目遣いにそんなこと聞かれて、「いらない」なんて言えるわけなく、私は口でそれを受け取った。
有希はそれを見届けると、なにかに納得したかのうに頷いた。
「なにがしたかったのよ?」
「あなたは言った。一つは私の、だと」
「言ったけど、それが?」
有希は三秒ほど黙って、それから言った。
「あなたが一つ食べたから、残りは全部私のもの」
だめ?という表情の破壊力に負けそうになったけど、ここで折れると有希にためにならない気がする。
「そんな屁理屈、私に通ると思ってるの?」
「……そう」
ためにならない気がするんだけど。
「もう、今回だけだからね!」
やっぱり私は有希には強く出れないらしい。
何故かしら?
そんなやり取りをしていると、合図のブザーが鳴り響き、照明が落とされる。
いよいよ始まるらしい。
「有希、映画どうだった?」
居間で夕食の完成を待っている有希に聞いてみた。
帰ってくる答えはきっと、ユニーク。
「ユニーク」
ここから有希の姿は見えないけど、声だけが返ってきた。
いつもと同じ、抑揚の無い声だけど何故か楽しかったんだな、ってわかってしまった。
「一つだけ、共感できる部分があった」
有希が少し、以外なことを言う。
あのアマーイ話に、有希が共感する部分があったとは私には想像もつかない。
「あの男性は、一人の女性のために生まれてきた言った」
最後の場面のことよね。「君のために生まれてきた」なんて言ってたわね。
「それが?」
「私と同じ」
気がつくと、居間にいたはずの有希がすぐ後ろにいた。
さっきまで向こうから声が聞こえてたと思ったんだけど、気のせいだったのかもしれない。
有希が私の腰にそっと手を回し、私が有希に後ろから抱きしめられた形になる。
「え、なに?」
「私はあなたのために生まれてきた」
一瞬、目の前が真っ白になった。
プロポーズの言葉として問題ないようなそれは当然、さっきの映画の流用なわけだけど
あんなにも胡散臭く聞こえたセリフが、有希が口にするだけで、こんなにも心に響く。
有希がそんな冗談を言うとも思えないから、もしかしたら本気なのかもしれない。
ということは私は有希にプロポーズされたことになる。
日本では女の子同士で結婚できたっけと、考えたところで自分がひどく混乱していることに気がつく。
そもそも、有希の言葉の真意がわからないけど、どう冷静に考えようとがんばってみても愛の告白にしか思えない。
「あなたがいなければ私はいない。もしあなたがいなくなれば、私には生きる意味がない」
なるべく冷静になろうとする私にとって、それはトドメとも言うべきものだった。
思考は一切まとまらず、心臓は鼓動回数世界新記録に挑戦せんばかりに高鳴っている。
自分でもわかるくらい、真っ赤になった顔は「料理を作っていて暑いから」で済まさないくらいに赤くなっているだろう。
私を後ろから抱きしめる有希の腕が、力を弱める。
体を半回転して有希を見ると、余計に恥ずかしくなってきた。
「これからもあなたのために生きる」
そう言いながら、有希は目を閉じた。
あの映画のラストを見てしまった私がするべきことはもう決まっていた。
でもこれは物語が終わるためではない。
これから始めていくための初めてのキスだった。
最終更新:2009年01月25日 13:15