今日は年に一度のバレンタイン。
…とは言え、あたしには何ら関係ない。
そりゃ、チョコレートを主食にしている宇宙人がいるなら話は別だけど
今のところ、そんな宇宙人は発見できていない。
不思議探索を休みにした今日。
日曜日とかぶったバレンタインの街は、人が多くて歩きにくい。
でも、家でゴロゴロしてるのも無意義で不健康だし、無意義だしで街に出てみたんだけど…
うん、見事に何もない。
それに、こんなに人が多いと不思議の方も隠れちゃうんだわ。
あたしは当て所なく街をぶらついていた。
そこに。
「涼宮…さん?」
聞き慣れた柔らかい声が掛かる。
あたしは声のした方を振り返った。
「あら、みくるちゃんじゃない。偶然ね」
「こんにちは」
分かっていたけど、声の主はみくるちゃんだった。
「みくるちゃんはお買い物?」
「え、えと…そんな感じです」
何処かそわそわした様子で話すみくるちゃん。
あたし、何か変なこと聞いたかしら?
「じゃ、あたしは行くわ。また明日、学校でね」
「あ……」
軽く手を振って、みくるちゃんの横を通り過ぎようとした時。
「ま、待ってくださいっ」
服の袖を掴まれて、あたしは足を止める。
「みくるちゃん?」
「あ、あのっ、ちょっとあたしに付き合ってもらえませんか?」
「え? あ、うん、別にいいけど」
「…ありがとうございます」
そう言って頭を下げるみくるちゃんは、やっぱりいつもと何処か違う。
とりあえずあたしはみくるちゃんについていく事にした。
黙って並んで歩くあたし達。
(みくるちゃん、どうしたのかしら? まさか、不思議なものを見つけたから見てほしい…とか?)
「……」
(んーでも、そんな雰囲気じゃないのよねぇ)
流石に何も喋らないままというのも気まずくて、先に口を開いた。
「ねぇ、みくるちゃん、ついて行くのはいいんだけどさ、何処まで行くの?」
「それは…多分、ついてきてもらえれば分かります」
「ふぅん…?」
すごく言いにくそうにみくるちゃんが喋った後、またあたし達は静かになる。
だけど、ついていくうちに、周りの景色が見たことのあるものに変わって、あたしは思った。
(ここって、みくるちゃんの家の近くじゃない)
ほぼ確信になったそれを
「ねぇ、みくるちゃん、ここってみくるちゃんの家の近くよね?」
敢えて聞いてみた。
「えっ…と、はい、そうです」
「付き合ってほしいって、みくるちゃんの家に行くの?」
「じ、実はそうなんです…」
尚更みくるちゃんの意図する所が分からなくなってきた。
(家でツチノコ捕まえたー…とか? モケーレ・ムベンベが出たー…とか? そんなわけないか)
あたしは、みくるちゃんの家に着けば、それで解決するだろうと、これ以上の模索はしなかった。
もしかしたら、他の人には言えないような相談事だったりするかもしれないし。
そうして歩いているうちに、言う通りにみくるちゃんの家に着いた。
「どうぞ、上がってください」
「お邪魔します」
あたしはみくるちゃんの部屋に通されて、
「ちょっと待っててくださいね」
みくるちゃんはあたしを部屋に残して、何処かへ行った。
しんとした部屋の中、腰を落ち着けたあたしは再び考え事に没頭する。
(もし、これでもし、みくるちゃんが虫カゴに入った生きたツチノコをもってきたらどうしようかしら?)
(やっぱり、それっぽい組織に提出して、懸賞金もらって、SOS団の活動資金に充てるのが無難よね…)
(あぁ、でも、SOS団の栄光としてウチに保管しておきたいって言うのもあるわ…)
(とにかく、そんなことになったら、みくるちゃんが永久副団長で決定ね♪)
(そんなことになったらどうしようかしら…フフフフフ…)
没頭しすぎて、みくるちゃんがいつの間にか戻ってきてたことにも気付かなかった。
「あ…の、涼宮さん?」
「うわっ?! みみみ、みくるちゃんっ?! いつ戻ってきたの?!」
「たった今…ですけど…?」
あたし、もしかしなくてもすごく変な顔してたんじゃ…
もしここで、みくるちゃんに
『何か、すごくニヤけた顔してましたよ?』
…って言われようもんなら…!
穴がなくても、自分で掘って生き埋めになりたい!
「あたし、何か変な顔してなかった?!」
「いえ…というより、悩みに悩んだ顔してました」
「な、ならいいのよ…うん。それなら」
「あの、お茶でもいかがですか?」
目の前に置かれた湯気の立ち上るティーカップから、いい匂いが鼻をくすぐる。
「カモミールのハーブティーにしてみたんだけど…お口に合うかな?」
あたしは早速口をつける。
「うん、おいしいわよ、流石はみくるちゃんね♪」
「よかったぁ…」
ようやくいつもの微笑が戻った…と思ったら。
「でさ、みくるちゃん、あたしに用があるんでしょ? どうしたの?」
「あっ…」
本題を切り出した瞬間に、さっきまでの表情に戻ってしまった。
みくるちゃんは少しもじもじした様子から、今度は居住まいを正すと、膝の上に置いていた手を、あたしの方に突き出した。
その上には、きれいにラッピングされた箱を乗せて。
「あ、あのっ、これ…受け取ってくださいっ!」
「え? あ、うん…」
あたしが素直に受け取ると、みくるちゃんの手は膝に戻って、こう続けた。
「今日はバレンタインだから…それ、あたしの手作りなんです」
未だに丸くした目をその箱に向けていると、みくるちゃんは続けた。
「明日は学校だし、ホントは明日渡そうかなって思ってたんです。でも、学校だと、部室には長門さんが一番早く来てるし…2人っきりの時に渡したかったから…」
「みくるちゃん…」
あたしが言いようのない感慨にとらわれていると、みくるちゃんはトドメと言っても過言ではない言葉を口にした。
「あと…あたし、涼宮さんのこと…大好きだから」
呟くような声。
それでも充分だった。
顔が熱い。
でも気にしない。
あたしは、無意識に立ち上がり、みくるちゃんの横に座り直して、みくるちゃんを抱きしめた。
その瞬間に分かった。
あぁ、これがそうなんだ。
『愛おしい』とか『大好き』とか、そういった感情がこれなんだ。
「すっ、涼宮さんっ?!」
「ゴメン、あたし、こういうときってなんて言えばいいのか分からないけど…」
今は何を言っても違う気がして、あたしはもっと強くみくるちゃんを抱きしめた。
「あたしも、みくるちゃんが大好きよ」
あたしはおもむろに身体を離して、今度は顔をゆっくり近付ける。
ぶつかる瞬間に目を閉じて
お互いの唇が柔らかく重なった。
多分、そんなに長くない時間、あたし達はキスしていた。
唇が離れて、目が合って、どちらからともなく微笑がこぼれた。
すごくぎこちない笑顔かもしれない。
それでも構わない。
これから先も、きっと記憶に残り続ける初めてのバレンタイン。
この今の甘い時間だけは
どんなに不思議なものが相手でも、邪魔しないでと真剣に願った。
最終更新:2009年01月25日 13:25