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朝倉×長門 心のかたち、人のかたち

 長門有希の部屋のキッチンで、朝倉涼子は料理をしていた。大根をかつら剥きに。
 この部屋の主はこたつに正座し、壁をじっと見つめたまま動かない。
しばらくの間、その部屋には朝倉の包丁のシャリシャリという音だけが響いて、他には何の音もしなかった。
 長門が唐突に口を開く。
「あなたの行動の意味が理解できない」
 大根の皮を剥く手を休めずに、朝倉は答えた。
「わたしの、どの行動?」
「わたしたちはヒトと呼ばれる有機生命体と同じ構造の肉体を持っているが、彼らのように栄養を摂取する必要はない」
 すると、朝倉は包丁を握ったまま、くるりと振り向いて拗ねたように言ってみた。ふわりとなびく髪が長門の視界の隅に映る。
「あら。長門さんは、私の料理が嫌いなの?」
 しばらくの無言のあと、長門は口を開く。
「そうは言っていない」
 朝倉は、包丁をまな板の上に置き、しとしとという擬音が似合うようなゆったりとした様子で長門に歩み寄って、
そのまま長門の頬をその両手に包み込んだ。
「長門さん」
 そのまま見つめる。
「わたしたちが、ヒトの肉体を模倣しているのは、どういう意味があると思う?」
 長門は答えない。それはインターフェースにとっては自明だからで、自明なことを聞く理由がわからなかったから。
 そして朝倉には長門の考えていることがわかった。でもそれは通じ合う感覚ではないのだ。
だから朝倉は言った。
「いいえ、与えられた意味じゃない。それはインターフェースとして本質的ではない。
 重要なのは、わたしたちがそれにどういう意味を見出すかよ。なぜわたしたちはヒトのかたちをしているのか。対人コンタクト端末としての最低限の必要からは明らかに過剰な機能が、わたしたちには与えられている。長門さん、あなたはそれを知っているはずよ」
 長門は答えない。長門はいつも必要なことしか口にしない。三年後のことなども、朝倉に
は言わなくていい。目の前にいる彼女には、自分からそのことを言うべきではない。
そう思っていた。
 でも朝倉は違った。朝倉はつねに過剰だった。
少なくとも、朝倉は自分がインターフェースとして過剰であることを意識し、常にその本質に忠実であるように在ろうとしていた。
 だから自分は長門を好きなのか?朝倉は自問する。
 そうかもしれない。そうでないかもしれない。でも、自分は長門が好きだ、
どうしようもなく、抱きしめたいという、
この感覚だけは、たしかに朝倉自身のものだった。
だから朝倉は自分に正直に生きることに決めていた。
自分の、インターフェースとしての過剰さが、長門が好き
だという感情を生んでいるのか、そんなことはどうだっていいことだ。重要なのは、わたしは
長門さんを愛しているという、ただそれだけだ。たとえ長門自身の手によって消されることに
なっても。消されることになっても?
 いつもと同じように、そのことに思い当たると、考えがゆきづまって、どうしようもなくなってしまった。

 自分の頬をその両手で包んだまま黙り込んでしまった朝倉を、長門は見つめ返す。
朝倉の手はやわらかくてしっとりとしていると長門は思ったのだけど、でもそんな思いつきは長門の表情を変えることはないのだ。
その目はあいかわらず無機質で、でも、朝倉をまっすぐ見つめていた。
そこにはたしかに長門の意思があった。
長門はまっすぐに目を朝倉に向け、そこから朝倉は一つにしてすべての思い、大事な大事な思いを受け取った。
 やがて朝倉は、わたしはこれから長門さんに手ずから消されるのだ、ということに思いいたり、少し興奮して、少し切なくなる。
いろいろな思いがあふれかえって、耐え切れなくなる。そうした思いが表に出てしまう。

だめ、抑えきれない。

突然、朝倉は長門を抱きしめた。
ふたりの体が接触する音が部屋に響く。
 でもそれはそれほど突然でもなかった。だって、ふたりは見つめあっていて、
ふたりともお互いから視線を外すことができなかったのだから。
でも、朝倉は長門を見つめながら、自分の思いに沈んでいて、
その思いが抑えきれなくなって長門を抱きしめたので、それは朝倉からすればわれながら自分勝手なのだけれど、
長門のほうがどう思ってるかなんて、そのときの
朝倉にはわからないことだった。つまり、そのとき朝倉に抱きしめられた、その肌の感覚と、
その日の朝倉の料理の味とが、長門にはいつまでも決して忘れることができなかったのだ。
 そうして、長門有希はインターフェースとしての成長をとげてゆき、
彼女の心にはけっして消えない、妖艶な不思議な爪跡が遺されることとなった。その見えない爪跡は朝倉涼子によってつけられ、やがて一人の男性をその神秘的な色あいによって魅了するだろう。

でも、その爪跡を自分に刻んだのがいったい誰だったのかを、長門はいつまでも、いつまでもいつまでも覚え
ていた。

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最終更新:2009年01月25日 13:35
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