日曜日の昼下がり。
私は涼子の部屋で、特に何かをするでもなく過ごしていた。
ゆっくりと、それでいて退屈を感じさせない時間が静かに流れている。
涼子のいれてくれたお茶を飲みながら、涼子と隣り合ってテレビを眺める。
在り来たりで、どこにでもある幸せな時間だった。
「お茶、美味しい?」
不意に、涼子がそんなことを聞いてきた。
もちろん涼子がいれてくれたお茶が美味しくないわけがない。
「当然よ! 涼子が入れてくれたんだから」
「そう、良かった。じゃあさ、朝比奈さんのお茶とどっちが美味しい?」
涼子が笑みが浮かぶ。
普段どおりの素敵な笑顔なのに、何故だか背筋に悪寒が走った。
同時に、脳裏に楽しげに刃物を眺めていた涼子の姿がフラッシュバックする。
「断然、涼子の方よ。全然比べ物にならないわね!」
答え方を間違えても、戸惑ってもいけない。
身の危険を感じた私は、勢いよく言い切った。
心の中ではみくるちゃんに謝っておこう。ごめん。
「本当!? うれしいわ」
私の答えはどうやら間違いでは無かったらしい。
涼子は私とのわずかな距離を詰めると、こてん、と首を私の肩に預けた。
そして耳元で「ありがと」と恥ずかしげに囁いた。
そんな涼子を見ていると、さっきまで身の危険を感じていた自分がなんだかバカらしく思える。
こんなに可愛らしい女の子が危ないことなんてするわけがないんだ。
今までの自分の勘違いだったのかもしれない。
そんなことを考えていると、涼子がゆっくりと口を開いた。
「私、長門さんに聞いたんだ」
「有希から?」
確かに有希は涼子と同じマンションに住んでいる。
特別、仲良くしているところを見たことは無いが、私の知らないところを何かを聞いてもおかしくない。
「いつも部室で朝比奈さんのお茶、飲んでるんでしょ。美味しそうに」
「そりゃあ、お茶くらい飲むわよ。それに涼子のお茶の方が美味しいってば」
涼子は自分のスカートのポケットに手をいれた。
私はそれを黙って見ていた。
「メイド服着せてるんだって?」
「可愛いから、似合うと思ったのよ」
「私、着せてもらったことないけど、かわいくない?」
落ち込んだ様子を見せた涼子は、ポケットの中で何かを探すようにがさごそと手を動かしている。
「そんなわけないでしょ! 涼子が一番よ」
「じゃあ、なんで着せてくれないの?」
「涼子が良いなら、今からメイド服を取りに帰りたいくらいよ!」
「うれしいわ」
涼子のポケットの中の手が動きを止める。
しかし、ポケットから手を抜かずに、そのまま片手で器用に私を押し倒した。
キスされるのだと思った私は、されるがままの私は目を閉じる。
だが私の予想を裏切り、涼子は私の胸に顔埋めると、ギリギリ聞き取れるくらいの小さな声で囁く。
「朝比奈さんの胸、揉んでるんだって?」
どきり、とした。
自分の心臓が急速に鼓動を速めるのわかった。
胸越しに見える、涼子の可愛い顔が怖い。
「む、昔の話よ」
「昨日も揉んでたんでしょ? 長門さん、言ってたよ」
有希のやつ何言ってんのよ、と私は心の中で八つ当たりしながら、
懸命に涼子をなだめる手段を考えていた。
その時、涼子はついにポケットから手を出した。
その手には、小さいながらも、見ただけで切れ味の良さを伺えるナイフがしっかりと握られていた。
背筋にぞくりとしたもの上がってくるのがわかる。
「私ね、思うんだ。とっても大切なものなんだけど、自分だけのものにならないなら」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「いっそ無くなってしまえばいいんじゃないかな?」
ゆっくりと私の首筋に刃物が近づいてくる。
「本当に残念。もっと涼宮さんと一緒にいたかったのに」
本気で残念そうに眉をしかめる涼子。
その仕草が。この一連の行動を冗談ではないことを表していた。
完全に病んでいる。人間として壊れている。
これが涼子以外の人間なら正直付き合いきれない、と言って逃げ出すとこだが
今、目の前にいるのは他ならぬ涼子のことである。
ただそれだけで、そんなにも私のことを思ってくれてたんだ、なんて考えてしまう。
きっと私も壊れてしまったのだろう。涼子に告白されたあの日から。
だから、力いっぱい涼子を抱き寄せた。
ナイフが私の首をかすったが気にならない。
そんなことよりも、大切な存在が目に前にあるのだから。
「ごめん!」
私の全力の謝罪に、涼子は一瞬だけ驚いていたが、すぐにいつもの笑顔に戻ると
「仕方ないなあ、もう」
と、これまたいつもの様に許してくれた。
「これから、ちゃんと私だけのものだよ?」
「ひぁ」
私の首に出来た小さな傷を舐めあげる涼子。
「約束する?」
右手に刃物を持ちながら、約束するも何も無いと思うのだけど。
でも、それ以上に「涼子だけのもの」というフレーズが途方も無く魅力的で
私を頷かせるには充分であった。
「でもやっぱりお仕置きしちゃっおかな? 痛いのと恥ずかしいのどっちがいい?」
「痛くなくて恥ずかしくないのがいいわ」
「うん、それ無理。だって私がつまらないもの」
さっきまで握られていたナイフはいつの間にか、どこかに消え失せ、
代わりに涼子の右手は私の胸を弄んでいた。
「どっちがいい?」
この状況で痛いの、と選べるほど私は変態じゃない、はず。
結局、私は快楽に導かれるままに、己に正直な気持ちを口に出した。
「恥ずかしいのが……いい」
翌日、涼子の家で一晩を明かした私は、鏡の前で憂鬱な気持ちでいた。
幸いなことに昨日の傷は浅かったらしく、すでに首筋にその痕はほとんど見えない。
その代わりと言うべきか、どうやっても服で隠れない場所に、キスマークがつけられている。
どうやら、これが「恥ずかしいの」のことらしい。
「どうやって学校に行けっていうのよ、もう」
鏡越しに近づいてくるのが見えた涼子に愚痴ってみた。
涼子は気にした様子も無く、私を後ろから抱きしめる。
「お仕置きだからね、それに」
耳元で、甘く、そっと囁く。
「私のものだ、ってみんなに教えないとダメでしょ?」
そんなことを言われて、憂鬱がなんだが別の悪くないものに変化していく私は
やっぱり、どこか壊れているのだろう。
最終更新:2009年01月25日 14:02