有希は自分から言い出したわりには、全く動こうとはせず、ただ読書を続けている。
それじゃあ構ってあげようじゃない、と私は有希の背後に回った。
髪を触ってあげようかしら。
なんとなく、有希はそうされたいんじゃないかって気がしたから。
手櫛で梳いであげようかな。
そう思って髪に手を入れてみたけど、梳く必要が無いほどに抵抗無く指が流れる。
乾いた砂のように冷たくて、指の隙間からこぼれ落ちる感触が心地良い。
今度は根元から、ゆっくりと撫でるように触れてみようと思った。
場所は文芸部部室。
時々、本をめくる音が聞こえる以外は静かな時間が流れていた。
さかのぼる事、5分前。
ぱたん、と有希が本を閉じたのと同時に本日の活動終了を宣言した。
それが我がSOS団の暗黙の了解。
みくるちゃんの着替えを待って、みんなで帰宅がお決まりのコースだった。
ところが、今日だけは違った。
みくるちゃんが着替えを終えても、有希がパイプ椅子から立ち上がる気配が無かった。
もしかして、どこか体調が悪いのかもしれない。
そう思った私は可能な限り全力の優しい声で有希に尋ねた。
「どうしたの? どこか痛い?」
有希がふるふる、と首を横に振るのを一安心する私。
「じゃあ、どうしたの? もう帰る時間よ」
「……あなたはもっと私に構うべき」
わずかの沈黙の後、有希はそう答えた。
予想外の一言にぽかーんと口を開ける私含むSOS団員4名と、
言うべきことは言ったとばかりに読書を再開する有希。
つまり、その、有希は私にもっと構って欲しいから帰りたくないってこと?
考えてみると、かなり照れくさかった。
言った本人は構ってくれるまでテコでも動かないという様子で黙々と読書を続けている。
「あの、今日はもう帰りましょうよ、ね?」
以外にも、最も早く状況を整理したみくるちゃんが有希を諭そうと声をかけるも、
「あなたはいつも構ってもらっている。不公平」
簡単に玉砕されてしまった。
普通なら、「我が侭言うな!」と一喝するところだけど、相手は有希。
きつい言葉を使うわけにもいかず、かと言って柔らかく言っても動きそうにない。
それ以上に、有希が自分に甘えてくれているという事実が私の頬を緩めている。
子供みたいな、有希らしくない我が侭だけれど、だからこそ叶えてあげたい。
窓から空を見上げると、ここ一月ほどで随分と日が長くなってきているのがわかった。
これなら、少しくらい帰りが遅くなっても大丈夫だろう。
「私は有希ともうちょっとだけ残るから、あなた達はもう帰りなさい。有希、それでいいわね?」
「いい」
こくり、と3cmも頷いてみせる有希を見て、たまにはこんな日も悪くない、そう思う私だった。
そうして、なんとか他の団員、というよりみくるちゃんを説得して先に帰したのだった。
それから、どのくらいこうしていただろうか。
ふと、本をめくる音が聞こえなくなっている事に気が付いた。
背後にはいる私には、有希の表情までは見えない。
けれど、私に撫でられることに意識が集中しているんだってことがわかった。
「有希、ごめんね」
「あなたに謝罪される理由はない」
「あるわよ」
私は手を止めて、有希の目の前に回りこむ。
近くにあった椅子を足で引き寄せるて、そこに座り、足を組んだ。
有希は本を閉じると、私はまっすぐに見つめている。
「私ね、有希はしっかりしてるけど、でも本当は寂しがり屋の可愛い女の子だと思うのよ」
「違う」
「全然違わないわ。現に今日だって寂しかったんでしょ?」
「………」
「それがわかってたのに、有希に寂しい思いさせたんだから。
だから……ごめんね有希」
有希は何も言わずに立ち上がると、そのまま私の胸に倒れこんだ。
私も、何も言わず、また有希の頭を撫でてあげた。
さっきと違ったのは、今度はちゃんと有希の表情が見えていることだった。
「私もあなたに謝罪するべき」
しばらくそうしていると、有希がつぶやくように口を開いた。
「そんなの必要ないわよ」
「今も、あなたの帰宅を遅延させている」
「家に帰ることよりも有希の方が何兆倍も大切に決まってるでしょ。
そんなこと全然謝らなくっていいの、わかった?」
有希が壊れない程度に、力強く抱きしめる。
身長差があるせいで、また顔が見えなくなったけれど、私の胸の辺りで有希が頷いているのがわかった。
このまま、家に泊まらせて、一晩中甘えさせてあげるのも良いかもしれない。
そんなことを考えながら、私は再び有希の髪を梳いてあげたくなっていた。
最終更新:2009年02月11日 10:12