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 恋って、とっても素敵だと思う。
 その人のことを想うとギュッと胸が痛くなって、でも無限に力が湧いてくる。照れ臭くって顔も見られなくなったりするけど、それでもその人と会えて心はジンジンと熱を放つんだ。もし笑いあえたりしてしまえば、それはもうどこまでも飛んでいけそうな程に想いが弾んだりね。

 もちろんいい事ばかりじゃない。気になるあの人が他の子と仲良くしてる姿を見るとモヤモヤしたり、訳もなく混乱して何だか話しかけ辛くなったりもする。ずっと隣に居たいはずなのに本末転倒だなあ、なんて。
 でも、それら全てを引っ括めて、それこそが恋なんだ。

 恋なんて幻想? だからなに?
 恋に恋してるだけ? おおいに結構!

 恋は心のガソリンなんだ。……なんだかロマンチックさに欠ける言い方だけど、いい。
 人は何かに恋してる生きる。例えばそれは人相手に限定される話じゃなく、物だったり概念だったりもするけどおんなじことだ。
 何かが欲しいと思うからお仕事を頑張ったり、何かをしたいと思うからそのために頑張ったり。
 麻雀で勝ちたいと勝利に恋するから練習して、空に恋した誰かがいたから人が大空を舞って世界を救う。
 そしてあの人の笑顔が見たいから、今日を頑張り明日も生きていける。

 ――ね、素敵でしょう?

 恋は全ての始まりにあって、全てを支える大切なもの。何かを生み出し未来を形作る唯一無二の気持ち。
 これが無ければ私も、それにあの人もいなかった、私たち人間の心の拠り所。
 これ以上に素敵なものなんてそうそうありはしないだろう。
 それが恋なんだ。

 だけど。
 けれども、だ。
 もしその「恋」が何も生み出さなかったのなら?
 もしその「恋」が世の摂理に反していて、どこにも続かない道を伸ばしていたら?
 もしその「恋」が絶望に直結していたら?

 もし女の私が、同性のあの人に「恋」していたら?

 これはその、ちょっとした幻想にまつわる儚くて残酷な、でもほんの少しだけ美しい。
 そんな、恋の物語――。

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《恋と、その行く末についての話》


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 女児と最も縁遠い職の一つであろう軍務に就いているとはいえ彼、トレヴァー・マロニーはその特異な世界情勢ゆえ、日頃から年頃の少女を目にすることが少なくない。
 鉄の軍靴のエンジン音も高らかに、世のため人のためと大空を舞う現代の戦乙女。マロニー自身の彼女らへの思うところはさておくとして、彼は自らが立つ教壇からの風景に彼女らにまつわるとある風景を思い出していた。

「まるで新兵相手の教導だな」

 黒板、後方の人間を慮り一段高くなった教員のお立ち台と教卓、そしていくつも並ぶ一人掛けの机と椅子のセット。この部屋を覗いて「教室だ」という以外の答えを連想するものはそう多くないだろう。

 ――そして、その机で眠りに耽る、年代も国籍も様々な幾人もの少女たち――。

 軍事教導を新兵に施すにあたっては大概このような拵えの教室で行うため、彼も多くの人間と同じく、この位置に立つ己の姿に教師役士官のそれを重ねていたのだった。

 そんなマロニーの独り言に応じる者があった。やはり彼と同じように高みに立つその少女は、幼い東洋人の外見に反してそこそこ流暢な、だが感情を滲ませない平坦なブリタニア語で言う。

「あなた方の軍隊の新兵はみな教導の最中、こんな風に寝こけているのかネ? だとしたら、それはそれは素晴らしい軍隊だったに違いないヨ」
「不要な挑発はやめたまえ、超鈴音君。我々は仲良くあるべきだ。そう、“仲良く”、な」

 凪いだ声に似合わず、くつくつと笑うような表情の少女の名は超鈴音。彼女を横目に捉えながら、マロニーはひとつ場違いな感想を覚える。
 階級が役に立たない相手というのも久しぶりだ。そこそこの付き合いになる彼女だが、未だに捉えどころが掴めない。実に面倒だ、と。そんな感想だ。

 やらねばならぬ事の気の重さも手伝って、ため息を挟んで彼はどこか投げやりに言葉を続けた。その返事の発音がひどくよかったのは、ブリタニア語に訛りの残る超に対するせめてもの当てつけだろう。

「だいたい彼女らの眠りは君の管轄だ。君の発明品による昏睡……それを我がブリタニア軍と混同されるのは心外だね」
 超は肩をすくめる。そして、自身と同い年も多いであろう少女らを見回し、
「全くその通りネ。命の危機と隣り合わせの軍人と、ただ恋するだけの彼女ら……授業態度なんて、比べるまでもないヨ」
 と言った。

「授業、ね」
 日常を象徴するかのようなその言葉と現状のあまりにも皮肉な乖離に、マロニーは再び漏れるため息を留める術を持たない。部下の前では決して見せられないため息を気軽に漏らせることが、今の彼にはたまらなく不愉快だった。

「そう、授業」
 マロニーの憂鬱を楽しむように若干声色を明るくして、超。
「あなた方と我々、その利害が完全に一致した結果のこの催し。それを生徒にやらせるための授業に、我々教師ヨ」
「……その通りだな」

 マロニーにはそれ以上会話を続ける気力が残っていなかった。わざとらしく超から目を反らし、“生徒たち”を睥睨する。
 鼻息と共に見渡す教室はひどく重苦しい空気に押し包まれていた。マロニーの感じる重量は、彼の気のせいなどでは、おそらくない。
 先のない恋が行き詰ってそこに滞留しているのだ、きっと。

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「おはよう、諸君」
 開口一番、マロニーは軍隊調の高圧的な口調でそう言った。教壇から見下ろす生徒に最早居眠りをする不届きものはいない。全員の覚醒と睡眠を正確無比に操る、超の魔法と科学が融合したという触れ込みの技術力に、内心改めて舌を巻く。この力があったからこそマロニーは己の世界の絶望に一筋の光明を得、そして年端のいかない少女たちを死地に送り込むハメになる。死を覚悟する兵士も、そうでない者も一緒くたに――。
 渦巻く心を胸の奥に秘め、彼は続けた。

「私の名前はトレヴァー・マロニー。ブリタニア空軍……イギリス、と言ったほうが通りがいい場合もあるようだがな。その空軍で大将だなどという大仰な職をやらせてもらっている者だ。
 ……ああ、混乱する気持ちもわかるがどうか落ちついてほしい。諸君が立ちあがれないこと、喋れないことについては申し訳ないがこちらの仕業だ。我々の話を落ちついて聞いてほしいからね」

 動かせる首をひねり己のおかれた状況を必死に把握しようとする少女たち。重たげなその動作と衣擦れの音しかない静寂にマロニーは眉をひそめた。なんて悪趣味な光景だ。
 咳払いを一つ。軍章が鈍く光る帽子を揺らして、彼はその言葉を口にした。

「君たちにしてもらいたいことがある」
「…………」

 腕組みしたままマロニーから一歩引いて立つ超は何も言わない。同じ制服を纏う少女が“生徒”として座っている光景を、彼女はいったい何を思って見つめているのだろう?

「――殺し合いだ」



 たとえ声が発せなくとも雰囲気は伝播するもので、マロニーの一言に対する反応は実に劇的に教室全体へと広がった。
 身じろぎするもの、目を見開くもの、親の敵を見るような目でマロニーを睨みつけるもの、様々な反応を見てマロニーは小さく頷く。
 たかが小娘と、もしも娘がいたら同世代程度であろう彼女らを侮るべきではない。様々な反応を目にしたマロニーの脳裏を、とある少女ら――ウィッチーズとの苦い思い出が過り、そうして彼は場違いな感心を得る。視線に込められた感情の色は様々でも、そこには確かな意思と可能性が存在する。彼女らはきっと、我々の予想をはるかに上回る命のドラマを見せつけてくれるのだろう、と。

「理由は話せないし、もちろん話すつもりもない。納得されるとも思わんからな。だから君たちには、我々に従ってもらうためそれをつけさせてもらった」

 とんとん、と彼は己の首を叩くジェスチャーをしてみせた。それに倣いおずおずと少女たちの指が触れた先には冷たい金属の感触。見渡せば左右に座る、様々な年代の少女たちの首にもつけられていた首輪が、そこに同じように確かな戒めとして存在している。教室を煌々と照らす電灯が、ジジジ、と鳴いて、見知らぬ誰かの首に嵌められたそれのぼんやりとしたにび色の光沢が、彼女らの視界に瞬いた。

「それは爆弾だ」

 殺し合い、と言われた時に似通った衝撃が“生徒”の中を走り抜ける。反応が鈍い者は恐怖に固まっているのか、それとも鈍感なだけか。

「基本的なルールとして後で説明を行うが、これは24時間以内に殺し合いによる死者がでなかった場合、全員のものが一斉に起爆する仕組みになっている。
 思い当たる者は少ないだろうが、なにか“特殊な方法”で爆発から逃れようとしても無駄だ。それらの対策も万全だからな。そしてもうひとつ、6時間ごとに――」

 ポケットに潜めていた、少女らに嵌められた枷と同型の首輪を弄びながらマロニーは滔々と説明を続けた。教卓を見下ろし少女らを視界にもいれず、ただただ語る男。
 そんなマロニーの声を止めたのは、わずらわしい沈黙に支配されていた教室に響く、割れるようなガシャンという音だった。
 す、と彼女らの方へ視線を戻す。そこにあったのは、

「……ずいぶんと、つまらないことをしてくれるじゃないか。ええ? ブリタニア人……!」

 怒気のこもったカールスラント語を吐きすて、肩を怒らせ震える足で、しかししっかりと大地を踏みしめるアフリカの星。マロニーが空軍大将として幅を利かせるその世界において最も著名な魔女の一人、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユの姿だった。


「……驚いたな、立ちあがれる上に喋れるとは」
「そうでもないヨ。身体の自由を奪うカラクリ自体は単純な暗示だからネ」
 それに通訳のおまけも付けただけの代物で、強すぎる意志力をぶつけられれば破られる懸念もあったものだ。そうあっけらかんと言ってのける超に、マロニーはやれやれと嘆息する。やはりこの娘は、私が理解できる存在ではない。

 そんな茶番を繰り広げられ怒り狂うのは、まるで忘れ去られた形になるマルセイユだ。ふざけるなよ、そう吐き捨てて、一歩一歩マロニーへと近づいていく。未だに超の得体の知れない暗示と戦っているのか、時折膝を折り歩みを止めるがその進捗は確実だ。机の間を歩き、まるで彼女の花道となったかのようなそこの沿道に座る少女からの視線を一身に受け、最強の魔女が一人、アフリカの星は彼女をコケにした軍人とお団子頭の娘に向かって確かに進みゆく。

 ――誇り高い孤高の翼は、死へと確かに進みゆく。

 丁度いい、とマロニーは呟いた。

「首輪の威力と、これがこけ脅しではないことを証明する実にいいチャンスだ」

 マルセイユの洋服の裾を幾人かの少女が掴んで引きとめようとする。マロニーの言葉の意味を理解してしまったから、彼女らにはそうするより他がなかったのだ。
 だがその無言の訴えをマルセイユは跳ねのける。無論彼女とてマロニーの言わんとするところが察せなかった訳ではない。それでも、気高い鷲は許せなかったのだ、どうしても。彼女を地に縛りつけようとする暴虐に、なんとしても抗わねばならなかったのだ。

「マルセイユ君、実に残念だ。君のような人材をここで失うことは我が世界にとって大きな痛手だが――」

 人知の及ばぬ遥かな高み、空。それを孤独に飛び続ける彼女は震える足を引きずって進む。己が空を、その手で取り戻すために。

「――さようならだ」

 もしもたかが、すべてをみおろしあたたかくつつむ“たいよう”にであってさえいれば――。
 彼女の結末は、また違ったものになっていたのだろうか。


 どかん、とも。あるいは、ポン、とも。何かが炸裂する音が教室に響いて、血が飛び散った。


「…………!!」
 そこかしこで、悲鳴にならない息を呑む音がする。どさりと、孤高の鷹だったモノはその場に崩れ落ちた。

「……二階級特進だ、マルセイユ大尉……いや、今は中尉かな」
 帽子を目深にかぶりなおし、マロニーは呟いた。
 一拍おき、改めて教室を見回す。混乱を憎悪の視線に変えるものもいればただ泣き腫らすだけの者もいるそこを視界に納めて、再びマロニーは口を開いた。

「お分かりいただけただろうな? 我々は本気だ」
 そうして、「絶望」を示教する悪夢のような授業が、非日常へと放り出された少女たちに向けて始まった。

「では、これよりルールを説明させてもらう」

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ルールⅠ:殺し合いは6キロ四方の島、「木間氏島」(以下エリアと称する)で、「生存者が最後のひとりになるまで」行う。「殺し合いが終了するまで、この島からは出ることができない」。

ルールⅡ:エリアは縦:横=6:6の比率で区分けされる。区分けはそれぞれ縦をAからF、横を1から6とする。

ルールⅢ:区分けされたエリアは6時間ごとに3つ選ばれ「禁止エリア」という、「立ち入れば首輪が爆発するエリア」に設定される。このルールにより、「殺し合いのタイムリミットは3日」となる。

ルールⅣ:「24時間以内に殺し合いによる死者が発生しなかった場合、全参加者の首輪は一斉に爆破される」。

ルールⅤ:禁止エリアの告知は「6時間ごとの放送」によって行われる。その際、その放送の直前までの「死者と生存者、それぞれの名前が読み上げられる」。
       禁止エリアについては一度しか言わないので、聞き逃すことのないようにすること。

ルールⅥ:参加者には「支給品」が与えられる。内容はランダム。与えられた品を使い、効果的に殺し合いを進めること。

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「……なあに、特別難しいことではない」
 マルセイユの死の余韻も過ぎ去り、時が止まったように誰もが動きを忘れた教室。悪意の権化の“教師”による教導は、そうして締めくくられた。

「ただ君たちは何も考えず殺し合いをしてくれればいい」
「最後のひとりのはちょっとしたご褒美も用意してあるネ。富も、用意に少し時間はかかるだろうが権利も名声も」
「…………」

「欲しいものを何でもひとつ、あげるヨ――あるいは、それが誰かの気持ちや、失われた命であったとしても、ネ」


「……話はこれでおしまいだ。次に君たちが目覚めるころには、木間氏島のあらゆるところに散らばっていることだろう」

 一様にマロニーたちへ視線を注ぐ彼女らをもう一度見渡す。その瞳たちから注がれる暗い光を意識の外に追い放って、彼は最後の言葉を放った。

「それでは、ここにバトル・ロワイヤルの開幕を宣言する」

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 ――明かりだけが降り注ぐ教室にひとつだけ残る人影はマロニーのそれだ。もはや物言わぬ屍と化した少女に言い聞かせるように、彼は呟いた。

「……これは、世界のためなのだ」

 応じる声はもちろんなく、その響きは光の中に霧散していく。男が教壇を降り部屋を後にすれば、そこには何も残っていない。夢も希望も命も恋も、そして未来さえも――。

○

 恋する乙女は無敵だ。

 でも、その強さは、いったいどこまで絶望に立ち向かえるんだろう?

 ――そうして殺し合いは始まった。



【ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ@ストライクウィッチーズ 死亡】


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最終更新:2012年05月19日 06:23