一人の少女が、星空を見上げていた。
儚げで、華奢で、それでいてどこか芯の強さを感じさせる、そんな少女だ。
その周囲に他者の姿は見えない。少女はただ一人で、天を仰いでいる。そう、仰いでいる、ただそれだけ。
それだけだというのに、その姿が、その光景が。驚くほどに、すべてが様になっていた。
それはまるで、夜という舞台が少女のためだけに用意されたものであるかのように。
そんな、夜が似合う一人の少女。彼女の名はアレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク。
通称サーニャ・V・リトヴャク。第五○一統合戦闘航空団において夜間哨戒を担当する、闇を舞う夜の魔女――ナイトウィッチだ。
サーニャはこの場所に転送されてからすぐに、辺りに人がいないのを固有魔法と魔導針により確認して、星空を見始めた。誰かが近づいて来る可能性を考えて、魔法力は開放したままの状態で。
それから既に十分近く経過している。しかし、サーニャが星空を見上げる理由は星空の美しさによるものではない。
サーニャが星空を見上げる理由、それはこの満天の星空の異様さを否が応にも感じ取ったからだ。
サーニャは高緯度に位置するオラーシャの生まれであり、なおかつナイトウィッチだ。このような満天の星空は今までに幾度も見てきている。
だからこそ、サーニャはこの星空に違和感を覚えていた。
サーニャが今までに見てきた星空と、今サーニャの真上に広がる星空は非常によく似ている。
しかし、それでもどこかが違っているようにサーニャは感じていた。
星の位置か、光の強さか、瞬きか。サーニャとて全ての星を覚えているわけではないため、ここが違うと断言することはできない。
単純に、サーニャが訪れたことの無い場所から見る星空だから違和感を覚えているだけかもしれない。
むしろ、その可能性のほうが高いといえるだろう。
それでも、サーニャが士官教育の際に学んだ『起こりそうな事態を全て検討して、その対策を練っておく』という原則が、星空に覚えた違和感をサーニャの胸に留めていた。
ココは殺し合いの場だ。用心しすぎるということはない。
とはいえ、現状ではその違和感の正体を突き止めることはできない。まずは整理できることを整理していくべきだ。
そう考え、サーニャは視線を下ろして、あの教室のような部屋で起きた出来事を想起する。
見慣れぬ場所での目覚め。動かない体。壇上に立つトレヴァー・マロニーと見知らぬ少女。唐突に告げられた殺し合いの開始。そして――
(マルセイユさん……)
アフリカの星、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユの死。
サーニャとマルセイユの間にはそこまで大きな繋がりはない。
しかし、サーニャはマルセイユの卓越した空戦技術やその人柄に憧れを抱いていた。
あんな風になれたらなぁ、と思ったこともあった。
エイラにはサーニャはそのままがいいと言われたけれども、マルセイユはやはりサーニャにとって憧れの存在だったのだ。
そんなマルセイユが、死んだ。
マルセイユにも、守りたかったものは、帰りたかった空はあったはずなのに。
かつて専横を働いたとはいえ、同じくネウロイと戦う同志であったはずのマロニーに、殺された。
その事実はサーニャに悲しみと怒り、そしてやりきれなさを与えていた。
こみ上げてくる涙を拭って、サーニャは心に誓う。
(マルセイユさん。あなたが守りたかったものは、私が、私達が必ず守ってみせます。
だから……安心して、ゆっくりと休んでください。私みたいなウィッチじゃ、安心できないかもしれません。
でも、私は一人じゃないから。五〇一のみんながいるから。だから、見守っていてください)
涙を拭う手が降ろされたとき、サーニャのその瞳には強い輝きが宿っていた。
両親と再会するために。ネウロイを倒すために。マルセイユの、いや、戦いで死んでいった兵士たちのために。
ウィッチであるサーニャが、戦える力を持っているサーニャが、こんなところで死ぬわけにはいかない。
そして、それはサーニャだけではない。全てのウィッチ、いや、全ての人間に言えることだ。
誰一人として、こんな殺し合いで無残に散らしてもいい生命ではない。
もちろん、全員を救えるなんて思っていない。
オラーシャで、カールスラントで、世界中で。沢山の人が死んでいった。
それでも、救える生命は救いたい。
それがサーニャの、ウィッチとしての偽らざる本心だった。
そして、それを成すためには、サーニャの力だけでは足りない。それはサーニャ自身がよくわかっている。
だからこそ、サーニャがまず成すべきことは――
(……みんなを探さなきゃ。エイラや五〇一のみんなを)
信頼出来る、最高の仲間たちとの合流。
体を自由に動かせなかったため、サーニャは最初の教室で、そこに誰か知り合いがいるのかどうかを満足に確認することができなかった。
それでも、一人だけ確認できた姿があった。
綺麗な銀髪に、見慣れた水色の軍服。
見えたのは後ろ姿だけだったが、サーニャにはそれだけで誰かを判断するに十分だった。
エイラ・イルマタル・ユーティライネン。
サーニャにとって大切な仲間であり、それ以上に特別な存在だ。
エイラにストライカーユニットのお世話をしてもらってから、サーニャとエイラはずっと一緒だった。
それはもう、いつしか当たり前のことになっていて。
エイラが隣にいないだけで、声が聞こえないだけで、どこか寂しい気持ちが心を覆って。
こうしてエイラとすぐには会えない状況になって、それを改めて認識した。
無性に、エイラに会いたい。
会って、一緒のベッドで寝て。
照れているような、でもどこか嬉しそうな『今日だけだかんなー』って声を、また聞きたい。
(エイラ、今どこにいるの……? エイラなら、大丈夫よね?
誰かに襲われたりなんて、してないよね?)
まずは、エイラを探そう。エイラを見つけたら、次は他にいるかもしれない五〇一の仲間を。
それが、サーニャが定めた第一方針だった。
そして、早速行動を開始しようとしたところで、サーニャはあることに気がついた。
「あ、支給品……」
歩みだそうとした足を止め、背負ったデイバッグを地面に降ろす。
サーニャはこの場所に転送されてからずっと星空を眺めていたため、デイバッグの中身を確認していなかったのだ。
デイバッグを開け、中を覗き込む。そこには地図や筆記用具、食料や水など、マロニーが説明していた通りのものが入っていた。
サーニャはそれを一つずつ取り出し、確認していく。備蓄管理は軍人の基本だ。
そうして各支給品を取り出していくと、最終的にデイバッグの中には一つの小瓶が残った。
「これがランダム支給品……?
なんなんだろう、これ……」
サーニャは、その小瓶を取り出して付属していた説明を読み、そして――蓋を開けた。
◇
夜の闇には何かが潜んでいるのが定番というものだ。
例えばそれはお化けや妖怪の類であったり、変質者の類であったり。
そしてこの島の闇にも、ある者が潜んでいた。
潜んでいるのはお化けや妖怪の類だろうか? 答えは否、そうではない。
それならば変質者の類だろうか? それも否。いや、一般人と比べて変質している者という意味では正しいのかもしれない。
しかし、潜んでいる少女の名誉のために、それは否定しておこう。
そう、潜んでいるのは少女なのだ。もっとも、その少女には潜んでいるつもりなどまったくないのだが。
少女はただ道を歩いているだけだ。ただそれだけだというのに、少女の輪郭はぼやけ、ともすれば今にも消えてしまいそうだ。
しかし、少女は透明になる能力を持っていたりするわけではない。
ただ人一倍影が薄いという、それだけのこと。金メダル級とまで評されるそれを人一倍という言葉で片付けてしまっていいのかは定かではないが、とにかく少女は影が薄いだけなのだ。
しかし、極限まで高められた影の薄さは、他者が少女を知覚することを許さない。
少女が自ら大きな音を立てたり、他者に触れたりしなければ、例え視界の中にいたとしても他者が少女に気付く事はないのだ。
気付けないのならばそれは隠れているのと、潜んでいるのと同じ事。
そんな、天性の影の薄さを持つ少女。彼女の名は東横桃子。
そして、彼女の戴く異名――自称ではあるが、それに異議を唱える者はいないだろう――を、ステルスモモといった。
「いやー、素敵な夜っすねー。殺し合いの真っ最中以外で先輩と一緒に見られたら最高だったんすけど」
桃子が住む長野県も山奥にいけば比較的綺麗な星空が見られるのだが、しかしそれでもこの島の星空には及ぶまい。
桃子にとって大切な、大切な先輩――加治木ゆみと一緒にこのような空の下、二人で一晩中語らう光景を思い浮かべて、桃子は笑みを漏らす。
しかし、その笑みが長く続くことはない。
「でも、もうそれも無理なんすよね……」
殺し合い。最後の一人になるまで続くデスゲーム。それは、桃子とゆみ、二人揃っての帰還が不可能なことを示していた。
ふぅっ、と桃子の口からため息が漏れる。
桃子はゆみと、合宿の際にある約束を交わしていた。
桃子とゆみ……いや、鶴賀のみんなで、いろんな所に行こう。
そんな、ささやかでどこにでもある、幸せな約束。
しかしそのささやかな約束も、この殺し合いによって叶うことはなくなった。
もっと先輩といたかった。長い時間を一緒に過ごしていきたかった。
でも、それすら叶わないのなら、せめて。
「二人一緒に帰れないのなら、せめて。せめて先輩だけでも帰って欲しいっす。
私には先輩しかいないっすけど、先輩には他にも待っててくれる人がいるんっすから。
……だからがんばるっす。私、がんばるっすよ!」
そう呟く桃子の目に、表情に。迷いはない。
あの教室でゆみの姿を見かけた時点で、桃子の意志は固まっていた。
その意志を示すかのように、桃子の右手には月光を反射して輝く細い剣――レイピアが握られている。
生まれ持った影の薄さと、支給されたレイピア。
その二つの武器を用いて、桃子はゆみを優勝させるために殺し合いに乗ることを決意していた。
「とはいえ、まずは誰かと会わなきゃ始まらないっすよね。……ん?」
桃子の目に飛び込んできたのは、前方を移動する緑色の光だった。
自然物の発光によるものとも、全員に支給されたランタンによるものとも思えない、そんな光。
さすがに姿は見えないが、間違いなく他の参加者によるものだろう。
そう確信し、桃子は笑みを浮かべる。
「それじゃ、やってみるっすかね。ここからはステルスモモの独壇場っすよ! ……なんて」
足元に気をつけながら、慎重に、ゆっくりと移動していく光へと近づいていく。
月光のおかげで、ランタンを使わなくても足元の状態がわかるのは桃子にとって幸運だった。
いくらステルスモモとはいえ、夜にランタンを持って歩いていたらさすがに気付かれてしまう可能性が高いからだ。
相手との距離が百メートルを切った辺りで、ようやくその参加者の姿が見えてきた。
年齢は桃子の二つか三つぐらい上だろうか。優しげな雰囲気を漂わせた少女だ。
緑色に発光していたのは頭部についた針のような物で、その光が長い銀髪を照らし出している。
たわわに実った双丘は、明らかにサイズの合っていない服によってより強調されていた。
なんとも奇妙な姿であるが、それ以上に桃子の気を引いたのは、その少女の頭とお尻である。
なんと、頭には猫耳、お尻には何も穿いてない……のではなく、猫の尻尾がついているのだ。
(コスプレ……なんすかね。それにしても、あのおっぱいはおっぱいさんと同じぐらい大きい気がするっす。
まあ、どんな人だろうが関係ないっすけどね)
そう桃子が考えた、そのときだ。
少女の頭部の針の色が、緑から赤へと変わったのだ。
そして、少女が振り返る。その視線は、間違いなく桃子の方を向いていた。
(気付かれた!? いくらおっぱいさんと同じくらいおっぱいが大きいからって、そこまで同じな必要はないじゃないっすか!)
気付かれた。
そう判断したときには、桃子は既に走りだしていた。
今まで自分が歩いてきた道を後戻りするかのように。
桃子の優位性は基本的に相手に気付かれないことを前提としたものである。
故に、気付かれてしまった以上桃子の優位性は存在し得ない。
支給された武器が銃だったならともかく、桃子の武器は剣だ。
近づくよりも前に逃げられるか、抵抗されるかがオチだろう。
だからこそ、桃子は逃走を選んだ。
しかし、それだけで桃子の意志が揺らぐことはない。
(あの猫耳おっぱいさんを襲うのは失敗しちゃいましたけど、次は必ずやってみせるっす。
だから……待っててくださいね、先輩)
固い決意を胸に、桃子は夜の道を駆けていった。
◇
「……接近者の反応、ロスト」
桃子が夜道を駆けていったころ、桃子の標的となっていた少女はそう呟いていた。
その名はサーニャ・V・リトヴャク。
サーニャが桃子の接近に気づけたのは、別におっぱいさんこと原村和と同類だったからではない。
サーニャの固有魔法、『全方位広域探査』によるものだ。
『全方位広域探査』とは、電波を発信・感知し、周囲状況を探査するというもの。
影の薄さについては他の追随を許さない桃子であっても、姿を消せるわけではない。
故に、レーダーなどの電波を利用した装置・能力にはどうしても引っかからざるを得ない。
桃子はサーニャが桃子の方を向いた時点で気付かれたと判断したが、実際にはそうではない。
サーニャはただ効果範囲内に侵入した桃子の存在を探知し、反応があった方を見ただけだ。
たとえ同じ雀卓に座っていても感知することができない桃子の姿を、サーニャも目視では捉えることができていなかったのだ。
「でも、なんであんな距離になるまで反応がなかったんだろう……」
サーニャが疑問に感じているのは、『全方位広域探査』の探査範囲だ。
本来『全方位広域探査』は、電波状況がよければ地平線の果てすらも探査範囲内となる。
しかし、接近者はサーニャの探知に引っかかった位置は、サーニャのいる位置から三十メートルかそこらだ。
その原因はサーニャに課せられた制限にあるのだが、サーニャが今その事実に気付くことはない。
そして、それ以外にももう一つ、読者諸兄には引っかかる点があるだろう。そう、サーニャの外見だ。
桃子が見た少女は桃子よりも年上という印象を与える、けしからんボディを持った少女だった。
しかし、サーニャはどう考えても桃子より年下であり、けしからんボディも持ち合わせていない。
そんな誰しもが持つ疑問を解消してくれるのが、サーニャに支給された魔法のアイテム。
その名を、年齢詐称薬といった。
「それにしても、本当に大人になるなんて……」
サーニャは育ちに育った自らの体をまじまじと見つめる。
『赤い飴玉を食べると大人に、青い飴玉を食べると子供になります』
そんなふざけた説明を読んだサーニャは、半信半疑ではあったが赤い飴玉を口にし、そしてナイスバディへと変貌を遂げたのだった。
何故サーニャが青い飴玉ではなく赤い飴玉を選んだのかは定かではない。
たまたま取り出したのが赤い飴玉だったのか、はたまた深層心理がそうさせたのか。
「……この大きさだったら、エイラも私の胸を揉みたいと思うのかな……?」
きつくなった自らの胸に手を当てながらサーニャはそう呟いた。
それがサーニャが赤を選んだ理由の、答えなのかどうか。
それもまた、定かではない。
【一日目・深夜】
【C-5/道路】
【サーニャ・V・リトヴャク@ストライクウィッチーズ】
【状態】健康、大人化
【装備】なし
【所持品】基本支給品、ランダム支給品0~1、年齢詐称薬@魔法先生ネギま!
【思考・状況】
1.この殺し合いから抜け出す
2.エイラや五○一のみんなを探す
3. 服がきつい……
※備考
- 固有魔法の探査範囲には制限がかかっています
- 年齢詐称薬の効果がどれくらい持続するのかは後続の書き手さんにお任せします
【東横桃子@咲-saki-】
【状態】健康
【装備】基本支給品、ランダム支給品0~1、ペリーヌのレイピア@ストライクウィッチーズ
【所持品】基本支給品
【思考・状況】
1.先輩(加治木ゆみ)を優勝させる
2.おっぱいさん(原村和)や猫耳おっぱいさん(サーニャ)のような、こちらに気付ける人間を警戒
※備考
【支給品紹介】
【年齢詐称薬@魔法先生ネギま!】
小瓶に入った赤と青の飴玉。
赤を食べると大人に、青を食べると子供になる。
幻術の類らしいが、その割には大人になればリーチが伸びるとも言われてたりする不思議な一品。
また、薬で大きくなった姿がナイスバディだからといって、実際そのように成長していくとは限らない。
【ペリーヌのレイピア@ストライクウィッチーズ】
その名の通りペリーヌのレイピア。
レイピア自体には特殊な力はないが、ウィッチの戦闘使用に耐えうることからも相当な名剣であることが伺える。
最終更新:2012年05月19日 06:28