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いざ隼砥教子を殺した狙撃手を見つけても、「どうして」と問いかけることはできなかった。代わりに口をついた言葉は、確認のそれだった。

「鳰先輩が……撃ったんですか?」

状況証拠は揃いすぎている。鳰旦蕗が抱きかかえているのは漫画や映画にしか出てきそうにない狙撃銃だ。御丁寧なことに、桃子の推測通りに暗視スコープのようなものまで装備されている。
つんと饐えた臭いが鼻についた。おそらくは旦蕗が吐きだしたものであろう吐瀉物が、周囲に散乱していた。旦蕗の衣類にも少し付着しているようだが、彼女はそれどころではない様子でうずくまっている。
胃の内容物をあらかた吐きだしてしまうような強いストレスは、何に起因したものだろうか。そう、たとえば――人を殺してしまった強い後悔と罪悪感に襲われて、たまらずにすべてを吐いてしまった。
青白い顔をして、涙と鼻水で顔面をくしゃくしゃにしながら、がたがたと震えが止まらない身体を必死に抑えようとしている鳰旦蕗を見て、内藤桃子がそんな連想をしてしまうのは邪推といえるだろうか。

「……答えてください。鳰先輩ですよね。鳰旦蕗さんですよね? 私です、内藤桃子です。ほら、桜木寮で一緒だった……」

桃子がいくら言葉を重ねても、旦蕗から返ってくる言葉はなかった。ただ身体を震わせるのみ。それは、旦蕗から桃子に対する消極的な拒絶といえた。
いや、そもそも今の旦蕗には他の誰かと会話をする余裕など皆無だった。相手が桃子ではなかったとしても、結果は変わらなかったことだろう。
誰を相手にしていたとしても今の旦蕗は海の底の貝のように口をつぐみ、雨に濡れる捨て猫のように身体を震わせるだけだったはずだ。

そんな旦蕗の様子を見て、桃子は自分が何をしようと思ってわざわざ危険を覚悟してまでここへ来たのか、忘れそうになってしまった。
桃子が想定していたような危険人物は、ここにはいなかった。もしもここに血も涙もない残虐非道な悪役がいて、桃子に銃を向けていてくれればどんなによかったことか。
当たり障りもなく耳障りがよい適当な正義論でも振り回して、正義と私怨を一緒くたにこねくり回した理屈を盾に復讐の真似事でもできればどれだけ爽快だったか。
ここにいたのは、隼砥教子を撃ち殺した罪を追及され、弾劾されるべき加害者である以前に。桃子や教子と同様に殺し合いに無理矢理参加させられた、被害者の一人だった。

それでも。

桃子の内でふつふつと湧き上がってくるこの感情は、どうしようもなかった。洗いざらいすべて吐きだして、どこかの誰かにぶつけてしまわなければ気が済まなかった。

「……質問の仕方を変えます。無理に答えなくてもいい。だけど、沈黙を続けるのならそれは肯定だと捉えます。いいですか?」

当然のように旦蕗の答えはない。だったらイエスだと判断して、桃子は質問を続けた。

「……あなたは、その銃で人を撃った」

桃子の言葉を聞いて、鳰旦蕗はようやくその顔を上げて桃子と目を合わせた。桃子が予想していたとおり、旦蕗の顔はひどいありさまだった。
双眸からは大粒の涙がこぼれ落ち、みっともなく垂れた鼻水は今にも口に届きそうで、口もとには吐瀉物の一部がこびりついたままだった。
乙女にあるまじき容貌を、しかし旦蕗は取り繕う素振りすら見せずに桃子にさらけ出した。それでも旦蕗の口から、彼女自身の言葉が出てくることはなかった。

(その惨状を見せたくなくて顔を隠してたわけじゃない――か。ま、鳰先輩ならね)

黙って俯いていたのは、ただ単にうしろぐらいと思う気持ちがあったからだろう。桃子はそう判断し、次の質問を投げかけた。

「あなたは、自分が撃ったのが誰か、知っていた?」
「ち、違……私は、相手が誰かなんて、知らなくて……!」

ここでようやく旦蕗は、桃子の質問に対して意味の通る言葉を返した。それは否定だった。
撃ったのは確かに自分だ。だけどそれは桃子を助けるためで、撃つまで相手が誰なのかは知らなかったんだと、旦蕗は懸命に訴える。

「――でも」

「それは、認めるっていうことですよね?」

人を撃ったのだという事実。そこに偽りはないということを、念を押すように確かめた桃子は、旦蕗を睨みつけた。
そこに殺意があったのかどうかは、この際関係がなかった。鳰旦蕗が隼砥教子を撃ち殺したのだというその事実だけで、桃子の中の激情を滾らせるには十分だった。

「違う……違うの、聞いて、内藤ちゃん……私は」
「鳰先輩、あなたが撃ち殺したのが誰なのか知らないなら教えてあげましょうか。隼砥教子先生ですよ。あなたもよく知ってる、あの隼砥先生です。
 ――知らないだなんて言わせませんよ。私が寮に帰らなかった日にどこに泊まってたか、寮生ならみんな知ってるはずですよね。私と隼砥先生がどういう関係か、知ってましたよね」

――隼砥教子と内藤桃子の二人が教師と生徒の枠組みを超えて恋人同士になっていたことは、学内においてはもはや一般常識の一つだった。
堅物の風紀委員とドジで抜けてる若手教員の恋は年頃の娘たちにとってこの上ない格好のゴシップで、一時期桃子たちに向けられていた好奇の目といえばそれはそれは大変なものだった。
乙女の好奇心はとどまるところを知らず、桃子と共同生活を送っている寮生のところにまで良質なネタを求める輩が近寄るようになっていった。
だからこそ、桃子と同じ寮に住んでいた旦蕗ならば、桃子と教子の関係を知らないはずがないのだ。知っている。二人が恋人だったことを知っている。
なのに桃子と目を合わせようともせず、煮え切らない態度を見せて、まるで自分も被害者かのように振る舞う旦蕗のことが、許せなかった。

「あなたが殺したのはね――私の、恋人なの!」

八つ当たりのようなものだと自覚していた。桃子が己の怒りと憎しみをぶつけるべき相手は、鳰旦蕗ではない。
こんな最悪の殺し合いを開催した主催者たちにぶつけるのが正しいと、桃子だって分かっている。それでも言わずにはいられない。伝えずにはいられない。
自分がどれだけ隼砥教子のことを愛していたのか。彼女がいなくなってしまったとき、何を思ったのか。再びここで出会えたとき、何を感じたのか。
それらすべてを突然奪われた自分に、何が残ったのか。

「ごめんなさい……ごめんなさい……私、隼砥先生だなんて知らなくて、ただ内藤ちゃんを助けようと思って、当てるつもりなんか全然なくて……」

激昂した桃子に言い訳の言葉を並べる旦蕗は、自分の言葉が桃子の神経を逆撫でしているということに気付いていなかった。
不器用だとか気が利かないといった形容では足りない。旦蕗を言い表すのに相応しいのは、愚鈍の二文字。愚かで鈍く、己の何が好かれているのか嫌われているのかすら分かっていない。
それが鳰旦蕗という少女の持つ性質だった。故に考え無しに放たれる言葉は、時として他者を突き刺す鋭利な刃にもなる。

桃子が求めていた、「どうして」の答え。唐突に旦蕗の口をついた台詞が、それを桃子に教えてくれた。

「私の、ため……?」

内藤桃子を守るために、鳰旦蕗は隼砥教子をそれとは知らずに撃ち殺した。そこに殺意はなかった。そこにあったのは不運だった。
それが桃子が己の身の安全をかなぐり捨ててまで確かめたかった「どうして」の答え。

「内藤ちゃんが誰かと会ってるのが見えて――私、もしも内藤ちゃんが、そいつにいきなり襲われたらどうしようって思って、だから、」
「……なんでですか。私が実際に襲われたわけでもない。助けてくれって叫んだわけでもない。もっと他に方法だってあったはずなのに、どうして……!」

それが旦蕗を追い詰める言葉だと気付いていながらも、桃子は言葉を続けずにはいられなかった。
桃子のためだなんて言われても、知ったことじゃない。誰も助けてなんて言っていない。そっちが勝手にやったことだ。
自分が理由に使われるのは、責任まで押し付けられるようで気持ちが悪かった。生理的に受け付けられなかった。

「どうして」を、今度は自分にぶつけた。「どうして」狙撃手に意図を確かめようとしたのか。「どうして」混乱する旦蕗を見て、落胆したのか。
答えは簡単だ。桃子も、楽になりたかったからだ。殺人者に正論をぶつけて、納得して溜飲を下げて、少しでも感情を処理したかったからだ。
だけどこれでは、何の気持ちも晴れはしない。理不尽に苛まされながら八つ当たりをぶちまけて、それで募るのはやり場のない感情ばかり。
愛する人を失って生まれた欠落を、何かで埋めたかった。「どうして」の答えが代替品になるんじゃないかと期待していた。
勝手に期待して、勝手に裏切られた気分になって、馬鹿みたいだ。

「内藤ちゃん……ごめんなさい、ごめんなさい」

壊れたスピーカーのようにありきたりな謝罪の言葉を繰り返す旦蕗の姿が、桃子をさらに逆上させる。
そんなもの、欲しくない。そんなものがいくらあったって、何にもならない。

「『だって』も『ごめん』も聞きたくない! 言い訳も謝罪もいらない! だから、先生を……先生を、返してよ……」

内藤桃子が求めるものと、鳰旦蕗が与えられるものは、決定的に食い違っていた。こんな殺し合いがあろうがなかろうが、彼女たちが交わることはあり得なかっただろう。
だからこそ、旦蕗は呟いてしまう。桃子が望んでなどいない、不用意な一言を。

「内藤ちゃん……私を、殺して。それであなたの気が済むなら。殺してほしいの、あなたの手で」
「…………は?」

桃子は思わず自分の耳を疑った。鳰旦蕗を殺す。それが、いったい何の解決になるというのだろうか?
隼砥教子の仇を取ったところで状況が好転するわけでもない。彼女が生き返るわけでもない。逆に人を殺したという罪悪感に身を苛まされるだけだろう。
だからこそ、容易にそんな提案をしてきた鳰旦蕗のことが信じられなかった。きっと、そこにあるのは桃子に対する謝意ではない。
旦蕗自身が楽になりたいのだ。断罪されて、すべて投げ出して、自己満足に浸りたいだけだ。故に桃子は、確かめずにはいられなかった。どうして、と。

「……どうして、そんなことが言えるんですか、鳰先輩」
「内藤ちゃんになら……殺されてもしかたないと思ったから。それに、内藤ちゃんになら殺されてもいいと思ったから。それじゃだめかな?」
「なんですか……なんですかいったい! 私を馬鹿にしてるんですか! 私になら殺されてもいいって……私のことをなんだって思ってるんですか!」
「内藤ちゃん。……私ね、あなたのことが好きだったの」

――ぷつんと、桃子の中で何かがキレた。目の前の、独善的で自分勝手で独りよがりの勘違い女を、全力でぶちのめしてやりたい激情に駆られた。
しかしそれを、すんでのところで思いとどまる。

「ねぇ、鳰先輩。『いなくなる』って、どういうことだか分かりますか? 隼砥先生は、私の前からいなくなりました。それも、二回もです。
 ……ねぇ、残された側の気持ちが、あなたに分かりますか? こっちはいくら会いたいと思っても、もう会えないんですよ! それが、生きてる限り、ずっと続くんです!
 ――殺してなんか、やるもんか! 私はあなたに何も与えたくない、愛情どころか、憎しみも、殺意さえも! 全部全部! この気持ちの一つたりとも! あなたには、あげない!」

ひとしきり叫んで、桃子は旦蕗に背を向けた。もう顔も見たくないという意思の表れだった。
振り返ることなく、進み始める。後ろで旦蕗が何か叫んでいる。何を叫んでいるのか理解することを拒絶して、旦蕗の声はただの雑音になって、夜の波止場に消えた。
行くあてもない。どうするのかも決めていない。今はただ、この場所から遠くに離れたかった。


【一日目・黎明】
【F-3/波止場・コンテナ群】
【内藤桃子@少女セクト】
【状態】強い徒労感
【装備】なし
【所持品】基本支給品、ランダム支給品1~2
【思考・状況】
1.今はただ、どこか遠くに行きたい

【鳰旦蕗@少女セクト】
【状態】健康、強い精神的ショック、パニック寸前
【装備】M-16スナイパーカスタム(暗視スコープ装備)@現実
【所持品】基本支給品、光学スコープ
【思考・状況】
1.何も考えられない

025:第25話 投下順 027:[[]]
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最終更新:2016年09月08日 10:31