ここは何処なんだろう。
暗い廊下を青山に連れられるまま、佐伯優子はただ歩き続けていた。
脱走した時からかけられたままの手錠と、常に喉元につきつけられているナイフに
今は最早、抵抗する気力さえ無い。
どれだけ歩いただろう、ふと気がつくと重厚なドアの前に立っていた。
「青山です。佐伯優子を連れて参りました」
「………入れ」
ドアの中から聞こえるのは、明らかに不機嫌な、苛立ちと怒気を帯びた男の声。
「し、失礼致します」
その声に体を強張らせた青山がドアを開けると、その先には高級ホテルの一室を思わせる上品な部屋が広がっており、
ドアを向いたソファに腰掛ける人影には優子も見覚えがあった。
Z県民、いや日本人なら誰でも知っているであろうZ県の名物カリスマ知事、田辺宗一郎その人。
トレードマークの黄色のスーツではなくリラックスしたバスローブ姿であったが、
その表情はおよそリラックスからはかけ離れた険しい形相である。
怒りのオーラを漂わせながらこちらを睨みつける様に、自分の喉下にナイフを突きつけたままの青山ですら
びくりと体を震わせたのが優子にも判る程だった。
ゆっくりと立ち上がった田辺は優子の前に立ち冷ややかな視線で一瞥する。
「…佐伯…優子か?」
「は、はい………」
事態を飲み込めない優子が大きな瞳をきょとんと見開いて素直に問いに答えた次の瞬間、
田辺の右手が勢いよく優子の頬に飛んでいた。
「キャァッ!!」
「ああ、アポロン様っ!?」
田辺の平手に崩れ落ちた優子と怒りの形相の田辺を交互に見やり、青山はただオロオロと動揺している。
「青山、貴様も貴様だ!」
「ひっ!」
「ディスクも回収できず、指名手配犯になるという失態の上塗りまでしでかした身で
ここまでノコノコと戻ってきたわけかッ!?」
「も、もももももも申し訳ございませんんんっ!!」
半ば泣き叫ぶように謝罪の言葉を口にした青山は、勢いよく床にひれ伏し土下座していた。
頬の鈍い痛みを感じながらその光景を目にした優子は、青山が誰の命令で動いていたかを把握した。
でも、田辺知事が?何故お兄ちゃんを?事実は把握できても、事情がさっぱり飲み込めない。
「貴様の処分は後で下してやる!下がれ!」
「か、かしこまりました!」
「待って、青山さん!お願い、助けて!」
優子の叫びに青山は一瞬動きを止めたが振り向かない。
その哀願を無視するかのように、逃げるようにドアに向かって歩き始めた。
「青山さん!お願い!」
優子のすがるような声が、部屋に空しく響き渡る。
「あおやまさぁんっ!!」
その優子の叫びと青山の様子に、田辺はある種の空気感を感じ取っていた。
「………待て、青山」
「ははは、はいっ」
「………貴様、この女にえらく懐かれているようだが?」
田辺の言葉にびくりと動きを止めた青山は、表情を消し、必要以上に冷たい声で答えた。
「その女が勝手に勘違いしただけです。僕はその女が大嫌いです」
「はん、そうか」
その答えに田辺は鼻で笑う。
「それでは失礼致します」
「待てと言ったろう」
一礼して立ち去ろうとする青山を田辺は再び呼び止めた。
「折角だ。青山、そこで見ていろ」
「………は?」
「命令だ。そこに突っ立って、ただ見てろ」
「え……………」
「大嫌いな女とやらが傷めつけられる様をそこで眺めていろと言っているんだ。
悪い話ではあるまい」
「………………」
「返事は」
「……………かしこまりました」
「さてと」
ゆらりとこちらを振り向いた田辺に優子はびくりと身構える。
「このとおり、貴様がいくら助けを求めたところで、奴はあそこでただ見ているだけという事だ」
「い、いや………」
田辺は後ずさる優子のタートルセーターの襟首を掴み、その体を引き上げた。
「そもそも、全ての元凶は貴様なのだ…」
「な、何の事ですか………!?」
「貴様という存在があったからこそ、佐伯は我々を裏切った……早いうちから貴様を人質にでもとっておくべきだった!」
「…………」
"お前の兄貴が僕たちを裏切った" たしかに、青山さんもそう言っていた。
一体、田辺知事や青山さん、お兄ちゃんとの間に何があったの………?
「………"悪魔の研究"……?」
優子は兄の最期の手紙を思い返し、唯一心当たりのある単語を呟くように口にした。
バシッ! 途端、優子は鬼のような形相の田辺に再び平手を投げつけられ、捕まれた襟首には首が絞まるかと思う程の力が込められる。
「何が悪魔だ!本当の悪魔は貴様らだ!奥富を焼き払い、水底に沈め、
はじめから何も無かったような顔をしてのうのうと繁栄を続ける貴様らすべての人間だ!!」
「私、知りません!一体何の事なんですか!?」
「無知は罪だ!貴様にそれが判るか!?ええ!?判るか!?」
殴られる!優子は目を閉じ咄嗟に身構えたが、予想に反してその体はどさりとソファに沈められた。
「え…………?」
不思議そうな顔をした優子を小馬鹿にするように、田辺は冷酷に笑う。
「年頃の女を傷めつける手段など、昔から相場が決まっている」
「!? いやぁーっ!」
優子は叫びソファから逃れようとしたが、その上から田辺が押さえつけるように圧し掛かってきた。
田辺のような巨体に圧し掛かられた上に手錠で両腕を拘束されていては身動きなどとれるはずもない。
無駄な抵抗を試みる優子の目に、圧し掛かる田辺の肩越しにこちらを見ている青山の姿が見えた。
心なしか少し俯いた青山は、上目がちに、表情の無い顔でこちらを見つめている。
「青山さんっ!青山さんっ!」
「先程から青山青山とうるさい娘だな。おい、青山!」
田辺の呼び掛けに、青山は俯きがちの顔を上げる。
「貴様がどうしても言うのであれば、止めてやってもいいぞ。どうだ」
「ご冗談を。その必要はありません」
即答。冷たい、嘲笑うかのような声。
「そうか、わかった」
「青山さ…ん…………」
「しっつこい女だなぁ君も」
青山は『君にはうんざりだ』と吐き捨てた時と同じ声で喋り、同じ顔で優子を睨みつけた。
「さっきから青山さん青山さんて何っ度も何度も耳障りなんだよ!
…………頼むから静かにしてくれませんか」
「ハハハ、貴様にしては上出来な回答だ」
青山の答えに愉快そうに笑った田辺は、押さえつけていた優子を乱暴に脱がしにかかった。
「い…いやっ………やだっ………」
青山の言葉に優子は絶望の淵にいた。助けてくれない。あんなに優しかった青山さんが。
必死の抵抗もいとも簡単に払いのけられながら、セーターをたくし上げられブラジャーを力任せに引きちぎられる。
「痛っ!やめてぇっ!」
肌に深く食い込むワイヤーの痛みに優子はたまらず叫び声をあげるが、田辺にとっては知ったことではない。
「ほう………」
ぷるんと瑞々しくこぼれた白い双丘に田辺は思わず感嘆の声を上げたが、それでもその手は止まらずに
スカートのベルトを外しにかかる。拘束された手で必死にベルトを死守しようと抵抗する優子だったが、
そんな優子に田辺は何の躊躇いもなく次々に平手を浴びせていった。
「いい加減!(パンッ!)自分の状況を!(パンッ!)弁えたらどうだ!?(パンッ!)ああ!?(パンッ!)」
僅かに唇でも切れたのか。優子の口元にはかすかに血が滲み、口の中に鉄っぽい味が広がっていく。
優子の口元の血を指先で拭いつつ、田辺はいやらしく笑いながら言った。
「折角綺麗な顔をしているんだ。無暗に頬を腫らしたくはなかろう?」
「……うぅ…………」
力と暴力と絶望が支配する。優子はもはや、完全に無抵抗となっていた。
呆けたように虚空を見つめるだけの優子からスカートが無慈悲に剥ぎ取られる。
もともとボロボロに破れていたストッキングなどはもう、はじめから無いも同然だった。
誰にも晒したことのない秘所を隠す最後の一枚に手をかけられたその時も、
優子はもう、悲しげにキュッと目をつぶるだけだった。
最終更新:2007年03月24日 21:10