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運命決定説と言うものがある。
これはその人物の運命は既に決定しているという、まぁそのまんまの説だ。
さて、僕はこいつが非常に大嫌いである。
考えてみて欲しい。
ここに二つの選択肢――とりあえず右と左にしよう――がある。
運命決定説では、右に選ぶか左に選ぶかは貴方が生まれてくる以前から既に決定しているのだとされる。
こんな右か左かのような人生において何も損も得もない選択肢や事象ならまだ良い。
もし、もしだが、
「君が明日死ぬ事は既に決まっている」
なんて言われたらどうする?
「君が誰かに殺されることは運命で、決して変える事はできない」
なんて言われて受け入れることが出来るか?
僕の答えは頑としてノーだ。
が、運命決定説では僕がこのような思考をする事も決まっている。
賭け事で「八百長」とあるが、この説に言わせれば人生そのものが八百長ということだ。
運命を決定するもの―気に食わないが仮に"神"とでもしようか―を賭ける側とすると、そいつは僕達がどう動いてどう生きてどう死ぬのか、勿論既にそれを知っている。
何も知らない僕達は、自分達の事は自分達で決めていると勘違いをしながら、まるで電車が線路の上しか走れないかのように敷かれたレールの上を進んでいく。
思うことも書きたいこともまだあるが、ここまでとする。
さて、これを見る君はこれを見てどう思うだろうか?
ばかばかしいと感じるだろうか?
その通りかもしれないと思うだろうか?
僕が想像できないような答えを考えるだろうか?
それに抗おうと動くだろうか?
でもね・・・
そう思うこと、それ自体既に過去に作られているだけなんだ。
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たまには…] - &trackback() - 2006年05月21日 16:14:23
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最終更新:2006年05月21日 16:26