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最近大学で受講することにした講義に関係することも踏まえて、「知」に関して。
まぁ、まずは何の講義を受講することにしたか、だが。
完結に言えば差別に関する講義。正確に言えば「同和問題論」という講義だ。
どんなことを学ぶのかは今回あまり重点を置く気がないので、この分野を専門としている人には申し訳ないが省かせてもらう。
さて、では今回何を重点としているかだが、タイトルと始めに述べたとおり「知」だ。
初日の講義で、差別に対する考えというものを書いた結果、簡潔にまとめれば以下のようなを書いた生徒が居たようだ。
「差別を知らなければ差別をしなかったのに」
理屈としてどう考えてもおかしくないだろうか。
これでは、物騒な仮令な上時期が時期なのだがあえてこのような表現をするが、
「目の前に銃がありました。だから発砲して人を殺しました」
と言うのと同じ理屈である。次元が違うと批判するかもしれないが、云わんとすることは一緒である。
「知は力なり」という言葉がある。確かに知識は力といってもいいだろう。
そして、力である以上は持ち主の意思により振るわれるものである。
それで人を傷つけるも人を守ったり助けようとするのも使う者次第だ。
決して知識が人を動かすわけではない。知識を得た人間が知識を基に動くだけだ。其処は勘違いしてはならない。
世の中には知らなければ良いと思うようなこともあるかもしれない。
ならば、その時は目を閉じて見なかったことにするのも一つの賢さであり、知識であるのかもしれない。
しかし、そこで一歩踏み出せるか踏み出せないかが何かを大きく分ける境界なのではないだろうか?
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たまには…] - &trackback() - 2007年04月18日 22:27:55
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最終更新:2007年04月18日 22:46