青木昆陽

  • 生まれは江戸の魚屋の息子。町人出身でありながら、幕府に出仕した事になる。

  • 徳川吉宗に命じられ、オランダ語の学習をした。
   1745年(延享二年)、オランダ歌曲の歌詞の大意を翻訳した『和蘭勧酒歌訳』を幕府に献上している。

  • また、豊前中津藩医の前野良沢は、青木昆陽に入門してオランダ語を学んだという。

  • なお、杉田玄白『蘭学事始』によれば、昆陽のオランダ語習得はアルファベット25文字を書き習う程度だった、とか。





      参考文献

『江戸の文人サロン』揖斐高
平賀源内を歩く』奥村正二



最終更新:2013年09月15日 04:20