- 福岡県大宰府市に所在する、「府の大寺」と呼ばれた西街道随一の寺。
- 斉明天皇追福のため、天智天皇によって発願、建立された事が『続日本紀』所収の詔にある。
- 723年(養老七年)、寺の造営を促進するため沙弥の満誓が大宰府に下向。
同人物は出家前、朝廷の役人として
木曽路を開いた人物。
ただしこの日、導師として堂に入ろうとした玄昉が突然空中に連れ去られ、後に首だけが
興福寺に落ちた、という記事が
『扶桑略記』『元享釈書』などにある。
三か所だけが日本で戒壇が存在した寺だった。
- なお、現在の観世音寺の鐘楼にかかっている梵鐘は、日本最古のもの。
参考文献
『シリーズ「遺跡を学ぶ」 遠の朝廷 大宰府』
最終更新:2014年08月12日 17:45