五瀬命



  • 記紀ともに、紀国の竈山に葬ったと記述されている。

  • 『延喜式』には、五瀬命の墓について紀伊国名草郡にあり、「兆域東西一町(約100m)、南北二町、守戸三烟」とあり、
   律令時代に五瀬命の墓とされる墳墓が実在した事がわかる。

  • 森浩一は、「東西一町、南北二町」という記述から、この墓が南北に主軸をおいた前方後円墳の可能性が高いとする。
   また、この付近で南北に主軸を持つ前方後円墳で関連性の高そうなものとして、井辺八幡山古墳大谷古墳を挙げている。


      参考文献

『日本神話の考古学』森浩一


最終更新:2013年09月14日 04:36