陰陽師と播磨国

  • 村山修一『日本陰陽道史総説』に提示されている問。

  • 古来、陰陽師たちと播磨国が深い因縁を持っていた可能性があるという。
   陰陽頭を勤めた人物に播磨守などの役職経験者が少なからず、
   (滋岳川人=刀伎直川人の播磨権介など)
   弓削是雄なども播磨国飾磨郡出身、また安倍晴明にも播磨守時代があった。
   『今昔物語集』巻二十四に、播磨国の海岸近くに長年住んでいた
   陰陽法師智徳の話を載せる。
   また芦屋道満の出身地を播磨国(佐用)とする本もいくつかあり。
   室町初期成立の『峰相記』では、晴明に敗れた道満が出身地の播磨で死に、
   その子孫が英賀(あが)、三宅のあたりに広がり住んで陰陽師の業を継いだとあり、
   その当時の播磨の海岸沿いに陰陽師たちの活動のあることが知れるとか。
最終更新:2011年06月17日 10:40