ふたば系ゆっくりいじめ 622 格子越しの情景

格子越しの情景 31KB


虐待-普通 悲劇 野良ゆ 自然界 誤字脱字はご容赦ください。

使われなくなって久しい、朽ちたドブ。まりさはその中にいた。
越冬のためのゆっくりプレイスを探している途中、なぜかこんなところに来てしまったのだ。
自分の体がようやく入る狭い空間。頭上には格子状の蓋さん。しばらく辺りをさまよったが、他はコンクリートで塞がれていて、ここだけが外界に触れられる場所らしかった。
ここなら日の光も差し込むし――もっとも今日は曇っていたが――頭上に助けも求められる。通りかかったゆっくりにでも、そのうち助けてもらえるはずだ。
どこをどう歩いても出口は見つからないし、また迷ってしまうのも嫌なので、まりさはここでゆっくり待つことにした。
風も入ってこないこの場所は、この時期でも不思議と寒くない。狭ささえ気にしなければ、案外ゆっくりプレイスなのかも知れないと、まりさは思った。
「むーしゃ、むーしゃ! ふしあわせー」
お腹がすいたのでドブの淵にたくさん生えている苔を食べた。初めて食べるこの苔はただ苦いだけだったが、とにかく満腹感を得ることだけはできた。味さえ気にしなければ、空腹に困ることもないだろう。
まりさは頭上を睨んで不敵に笑い、
「ゆっ! れいむ、おちびちゃんたち、ゆっくりまっててね! まりさはゆっくりかえるよ!」
おうちで待っている家族に向けて自信満々に宣言した。
今のところは帰れる目処など何もないが、それでも何とかなると思っていた。すぐに通りすがりのゆっくり――そうだ、どこかの森に住んでいるらしいドスがいいな。
屈強なドスが必ず頭上の蓋さんを外してくれるだろう。あるいは同じように迷ってしまったゆっくりが、この迷路のようなドブから自分を連れだしてくれるに違いない。
まりさは、そう思っていた。


お歌が聴こえた気がした。
「ゆっくちのひ~、まっちゃりのひ~」
確かに聴こえる。歌声は、まりさの頭上から響いていた。
「しゅっきりのひ~、ゆゆゆ~ん」
「ゆゆ~ん。とってもゆっくりしたおうただよ~」
まりさのれいむには劣るが、なかなかゆっくりした歌声だ。さぞゆっくりしたゆっくりが歌っているのだろう。
「ゆ、ゆ、ゆ、ゆっくちゆっくち~」
しばらく聞き入ってしまったまりさだが、思い出したように歌声の主に呼びかけた。
「ゆっ! まりさをゆっくりたすけてね! まりさはここだよ! まりさはここだよ!」
「ゆゆっ? だれ? ゆっくちおしえちぇね!」
「ここだよ! ゆっくりこっちをみてね!」
しばらく頭上を探し回る気配がしたあと、格子の隙間からゆっくりの姿が見えた。れいむ種のおちびちゃんだった。
まりさのおちびちゃんたちにはさすがに及ばないものの、とてもゆっくりしたおちびちゃんだ。あれだけのお歌を歌えるだけのことはある。
おちびちゃんもまりさに気づいた。
「ゆっくちしちぇいっちぇね!」
どんな時でもこの挨拶だけは忘れない。もちろん、まりさも挨拶を返す。
「ゆっくりしていってね!」
お互いの満足げな顔を眺め、ゆっくりした気分に浸る。
ほどなくして、おちびちゃんが尋ねてきた。
「おねえしゃん、しょんなところでどうしちゃの?」
「まりさはみちにまよっているんだよ! おちびちゃん、ゆっくりたすけてね!」
まりさが状況を説明すると、
「ゆっ! ゆっくちわかっちゃよ! れいみゅ、おねえしゃんをたしゅけるよ!」
そう、おちびちゃんはゆっくり力強く頷いてくれた。これでもう安心だ。
「ゆっくりありがとう! そのふたさんをゆっくりもちあげてね!」
「ゆっくちもちあげるよ! ゆーちょ! ゆーちょ!」
蓋さんの格子をくわえて持ち上げようとするおちびちゃん。しかし、
「……ゆっ! おもちゅぎちぇむりだにぇ! れいみゅ、ゆっくちあきらめちゃよ!」
あっさりと諦めてしまった。どうやら蓋さんが重すぎるらしい。
「ゆゆっ? あきらめたらだめだよおちびちゃん! ふぁいとだよ!」
「ゆっ! そうだにぇ! ゆっくちがんばりゅよ! さいちゃれんじだよ!」
まりさの応援に、おちびちゃんはもう一度格子をくわえるが、
「ゆーしょ! ゆーしょ! ……やっぱりむりだにぇ! ごめんにぇ! きゃわいくちぇごめんにぇ!」
やはり数秒で諦めてしまった。
「どぼじでそんなにはやぐあぎらめちゃうのおおおおお!?」
蓋さんは1ミリたりとも動いていない。それどころか、おちびちゃんのその小さなお口は、格子を満足にくわえてさえいないように見えた。「重い」というが、その重さすら感じているのかどうか疑わしい。
「おちびちゃん! ゆっくりおねがいだよ! もっとがんばってみてね! 『がっ』とおくちにくわえて『ぐっ』ともちあげるんだよ!」
まりさの抽象的すぎるアドバイスは、それでもおちびちゃんの脳裏に閃くものがあったらしい。
「ゆっくちりきゃいしちゃよ! 『がっ』といくよ!!」
そう宣言しながら口を大きく開け、一度体をのけぞらせてから、おちびちゃんは勢いよく格子にぶつかった。
激突の瞬間、小気味よい音が響いたかと思うと、見上げるまりさの顔に白くて小さいものが落ちてきた。まりさが「なんだろう」と考えるまでもなく、その答えはドブの中に響く絶叫が教えてくれた。
「はぎゃあああああ! れいみゅのまっしろなはぎゃああああ!!」
「ゆゆうっ?」
それは歯だった。
激突の衝撃で折れて砕けた、おちびちゃんの白い歯だ。
堅くて重い鉄製の格子に勢いよく歯を、しかも体ごと叩きつけたのだ。柔らかくて脆い砂糖菓子の歯など、破壊されて当然だ。
まりさは格子の先におちびちゃんの顔を見た。口の周りを中心に餡子が飛び散っている。開けられた口の中、少なくとも前面には白いものが見えない。
「ひぢゃひよほおおおおおお!! おかあひゃあああああん!!」
泣き続けるおちびちゃんを、まりさはなだめる。
「おちびちゃん! ゆっくりしてね! ゆっくりしてね!」
今の自分の境遇もゆっくりできないが、おちびちゃんの泣き声はもっとゆっくりできない。目の前で泣いているのが赤の他ゆっくりとは言え、まりさとてゆっくりの親なのだ。
「ひゅひぇえええええん!! ひぢゃひいいいいいい!!」
「なかないでねおちびちゃん! まりさがすーりすーりしてあげるよ!」
鉄の格子に阻まれている今この場で、それは絶対に不可能だ。そのことにまりさが気づく前に、
「ひゅんひゃあああああっ! へいみゅ、もうほうひかへりゅうう!!」
おちびちゃんの声が遠ざかっていった。
まりさは慌てた。せっかくの助けなのだ。
「おちびちゃああああん! まりさをみすてないでねええええ! こんどはおとうさんかおかあさんをつれてきてねええええ!!」
必死に叫んだその声がおちびちゃんに届いたかどうか、まりさにはわからなかった。
いや届いたはずだ。すぐにでもおちびちゃんのお父さんとお母さんが助けに来てくれるはずだ。
だから焦ることなどないのだ。


次の日。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくちしちぇいっちぇね!」
いまだにおちびちゃんの家族は助けに来てくれないが、代わりに別のゆっくりがまりさの元にやって来た。
今度は二匹――親れいむと子れいむだ。
やはり自分の考えは正しかった。この調子なら、どんどん通りかかるであろうゆっくり達に、ここから出してもらうのもそう先のことではない。体の大きさに定評のあるらしいドスは、いつ通りかかるのだろうか?
もちろん、この二匹に出してもらえればそれに越したことはないのだが。
「ゆっくりしていってね! まりさはまりさだよ!」
まりさは頭上の二匹に、期待を込めた挨拶を返した。
「ゆゆっ? こんなところにまりさがいるよ?」
「ゆっくち! ゆっくち!」
不思議そうな二匹に、まりさは状況を説明する。
「ゆっくりきいてね! まりさはここからでられないんだよ! ゆっくりたすけ――」
「ここはれいむたちがみつけたゆっくりぷれいすだよ! まりさはゆっくりしないででていってね!」
「ゆゆっ!?」
どういうことだ? ここは二匹のゆっくりプレイスなのか?
何が何だかわからないが、そういうことならすぐにでも出ていかなければならないだろう。
「ゆっくりごめんね! ゆっくりでていくから、じゃまなふたさんをもちあげてね!」
まりさは素直に謝った。何もここに定住しようというのではない。出してくれるなら万々歳だ。
「ゆっ! でていくまえに、れいむたちにごはんをちょうだいね! あまあまでいいよ!」
「あみゃあみゃちょうだいね!」
「ゆゆゆっ!?」
どうしてあまあまを要求されなければいけないのか。まりさは混乱した。
「わからないよ! ゆっくりくわしくせつめいしてね!」
まりさの問いかけに、れいむは「ゆふんっ」と息をはき、
「ゆっ! ここがまりさのゆっくりぷれいすだったのはわかっているんだよ! だからごはんがあるのもわかっているよ!」
一気にまくしたてた。
「ゆゆゆゆっ?」
まりさはますます混乱した。
「でもいまかられいむのゆっくりぷれいすになったから、そこにあるごはんをれいむにちょうだいね!」
「あみゃあみゃ! あみゃあみゃ!」
要するにこういうことだ。
このドブの中はまりさのゆっくりプレイスだとれいむは思っている。
ゆっくりプレイスなら、食料を貯蔵してあるはずだ。
そしてたった今、れいむの宣言によってこの場所はれいむのゆっくりプレイスになった。
れいむのゆっくりプレイスなのだから、ここにあるはずの食料はれいむのものなのだ。
「ゆう~?」
この事実にかすりもしない理屈を、一から十までまりさは理解できなかった。理解できなかったので、
「まりさをここからだしてね!」
とにかく自分の希望を口にしてみることにした。
「まりさをここからだしてね! ゆっくりおねがいだよ!」
「ゆっ! ごはんをわたしてそこからでてきてね!」
どうにも話が通じない。
「まりさをここからだしてえええええ!!」
「ゆゆっ? れいむのゆっくりぷれいすにいすわるなんて、とんだげすだね! せいっさいっするよ! ぷくううううう!!」
「しぇーしゃい! しぇーしゃい! ぷきゅううううう!!」
れいむ親子は、まりさに向かって『ぷくー』をしてきた。
「ゆゆっ!?」
まりさは戦慄した。格子越しに見える二匹の、とりわけ親れいむの『ぷくー』の恐ろしさに。
ものすごい威圧感だ。カマキリさんにも負けないくらい腕に覚えのあるまりさにして、これほどまで見事な『ぷくー』は見たことがなかった。
もしかしたら頭上の親れいむは、自分が敗北を喫したカブトムシさんやクワガタさんにさえ勝てるのではないか。とにかく、まともにやりあってはまずい相手だ。まりさはそう判断した。
よりによって危険なヤツが通りかかってしまった。頼りになると噂のドスはまだなのか?
そんなまりさの動揺を見て取ったらしい親れいむは、
「ゆっふっふ。れいむのおそろしさがわかったみたいだね!」
勝ち誇って言った。
「がーたがーた! ぶーるぶーる!」
親れいむのド迫力『ぷくー』の前に、まりさは体を震わせることしかできない。
早くここから出たいのに、出たら永遠にゆっくりさせられてしまいそうだ。いったいどうしたらいいのか。
しばらく一方的な睨み合いが続いた後、
「ゆゆーっ! じかんぎれ! ぐずなまりさのせいっさいっがけっていしたよ! ゆっくりそこをうごかないでね!」
「しぇーしゃいけっちぇい! ばーきゃ! ばーきゃ! げらげらげら!」
まりさの態度に痺れを切らしたらしいれいむ親子が、そう宣言した。
「まずはこのふたさんをとっちゃうよ! ゆーしょ! ゆーしょ!」
「みゃみゃがんばっちぇねえええ! ゆっくち! ゆっくちいいい!」
蓋さんの格子を口にくわえる親れいむと、それを応援する子れいむ。
この光景に、まりさは慌てた。
「やめてねええええ!! ふたさんをとらないでねえええええ!!」
まりさは先ほどまでとは逆のことを叫んだ。あんなに邪魔だった蓋さんだが、今は最後の砦なのだ。
「ゆーしょ! ゆーしょ! ふたさん、ゆっくりしないではずれてね!」
「みゃみゃ! もうしゅこしではじゅれるよ! げしゅなまりさももうおわりだね!」
まりさにはまったく動いていないように見えるが、蓋さんはもう少しで外されてしまうらしい。
「ゆゆゆっくりにげるよ! こわいれいむたちはついてこないでね!」
まりさはその場から逃げることを選択した。親れいむには「動かないでね」と言われたが、わざわざ従う必要もない。窮屈なドブの中で「ゆんしょっ」と体を翻し、四方をコンクリートで囲まれた暗い迷路に舞い戻ろうとする。
もう日の当たるこの場には戻れないだろうが仕方ない。蓋さんを外しての救助は諦めて、偶然ドブの中で出会うはずのゆっくりに、外へ連れ出してもらおう。
「ゆゆっ!? みゃみゃ、げしゅがにげるよ!」
「ゆうううしょおおおおお! ゆうううしょおおおおお!」
さらに気合いの入った親れいむのかけ声――もはや雄叫び――を、まりさは背中に聞いた。
蓋さんはどれだけ外されたのか? それとも、二匹はもうドブの中に降り立ったのか? 気になるが恐くて振り向けない。恐怖のためにあんよもうまく動いてくれない。
「ゆんやあああああ!! こわいよおおおおおお!! まりさをたすけてねえええええ!!」
思わずまりさが叫んだその時、
「ゆがあああああっ!! どぼじではずれないのおおおおお!?」
さらなる絶叫がドブの中に響いた。
「ゆゆっ?」
反射的に背後を振り返ったまりさが見たものは、変わらぬ場所にある格子状の蓋さんと、その上で喚き散らすれいむ親子だった。
「ふたさん、ゆっくりはずれてね! はずれろおおおお!!」
「ぐじゅなふたしゃんはみゃみゃのいうこちょをきいちぇね!!」
二匹が騒いだところで、蓋さんは持ち上がらないし外れない。
「いまのうちにゆっくりかくれるよ!」
まりさは、二匹から少し離れたところで身を伏せた。
やがて、
「ゆふうっ! こんなゆっくりできないふたさんはもうしらないよ! れいむはおうちにかえるよ!」
親れいむの諦めの声が聞こえた。
そのままゆっくりどこかへいってね! ――まりさは心の中で大声を上げる。
しかし子れいむは納得いかないらしい。
「ゆゆっ? みゃみゃ、しぇーしゃいは? あみゃあみゃは?」
「おちびちゃん、げすなまりさはにげてしまったよ! このふたさんのせいでなかにはいれないんだよ! ゆっくりりかいしてね!」
「げしゅをみのがして、あみゃあみゃもてにいれられないなんちぇ、みゃみゃはいがいとぐじゅだね! ばきゃにゃの? しにゅの?」
「どぼじでそんなこというのおおおおお!?」
親子は揉め出してしまった。
隠れると言っても、まりさは二匹に背を向けて地面に這いつくばっているだけだ。
ドブの中に目を凝らせば見えるはずなのだが、幸い気づかれていないらしい。
「ぐじゅなみゃみゃなんかきらいだよ! ぷんぷん!」
「……いいかげんにしてねっ! おちびちゃん!」
「ゆべっ! ……ゆんやあああああ! みゃみゃがたたいたあああああ!!」
親れいむが――おそらく揉み上げで――子れいむを叩いたらしい。
自分のおちびちゃんを叩くなんて!
まりさには信じられなかった。この親れいむ、同じれいむでも、まりさの愛するれいむとは大違いだ。
「いいかげんにしないと、いくらおんこうなままもおこるよっ! ままはしんぐるまざーでたいへんなんだよっ!」
「ゆんやあああああああ!! いぢゃいよおおおおお!!」
「ほら、さっさとおうちにかえるよ! ぐずなこはきらいだよ!」
「ごめんなしゃいみゃみゃああああ! まっちぇよおおおおおお!」
親子が遠ざかっていくのが分かった。
どうやら命拾いしたようだ。まりさは体を起こし、「ゆはあっ」と大きく息を吐いた。


「ゆゆう~。はやくおうちにかえって、れいむやおちびちゃんたちにあいたいよ~」
死ぬほどの恐怖を味わったことで、愛しのれいむやかわいいおちびちゃんたちへの寂しさが募った。
早く誰かここから連れ出してくれないものか……。仲間思いと評判のドスはいつ来てくれるのだろう?
まりさがそんなことを考えていると、
「ゆっくりのひ~、まったりのひ~」
お歌が聴こえてきた。
昨日のおちびちゃんとは違い、とてもゆっくりできない歌声だ。
そしてまりさは、この歌声の主を知っていた――先ほど去ったはずのれいむ親子が、まだ近くにいたのだ
「どぼじでまだれいぶがここにいるのおおおおおお!?」
大声で叫んでから、すぐにお下げで口を押さえた。自分がまだ逃げていないことに気づかれてしまっただろうか?
「ゆっくちのひ~、まっちゃりのひ~」
「ゆゆ~ん! おちびちゃん、おうたがじょうずになったね!」
会話が聴こえる。
「……ゆ、ゆう~」
どうやらまりさには気づかなかったようだ。とりあえず助かった。
親子はすぐにおうちに帰ってくれるはず。それまでの辛抱だ。
「ゆ、ゆっくりようすをうかがうよ!」
お下げで押さえたままの口でそう宣言し、まりさは体を伏せた。

「――ゆゆっ? にんげんさん?」
身を固くしてれいむ親子の会話を伺っていたまりさに、そんな声が届いた。
親れいむの声だ。
「にんげんさん、ゆっくりしていってね!」
「ゆっくちしちぇいっちぇね!」
反射的に挨拶を返してしまいそうになるのを、まりさどうにか堪えた。
どうやら人間さんが通りかかったらしい。
「にんげんさん! かわいそうなしんぐるまざーのれいむにあまあまちょうだいね! たくさんでいいよ!」
「あみゃあみゃよこちぇー!」
親子の声は聴こえても、人間さんの声はまりさに聴こえない――これはゆっくりの声が大きく騒がしいからだが、単に人間さんが口をきいていないだけかもしれない。
「ゆっ? なにをぐずぐずしてるの? れいむのはなしがわからないの? ばかなの? しぬの?」
「ばーきゃ! ばーきゃ!」
まりさは「人間さんに蓋さんを外してもらってもいいじゃないか」と考え、すぐに「しかし」と思い直す。
ゆっくりできない人間さんはとても多い。上にいるのがもしそんな人間さんだったら……。
その答えは、れいむ親子の叫び声が教えてくれた。
「ゆわあああ! れいみゅのしゅてきなおりぼんしゃん! ゆっくちとらにゃいでえええええ!!」
「ゆっ! おちびちゃんのおりぼんさんをかえしてね! あとあまあまちょうだいね!」
子れいむがおリボンさんを取られたらしい――大事なお飾りさんを奪うなんて、この人間さんはゆっくりできない。確実だ。
恐怖のれいむ親子に加えて、ゆっくりできない人間さん。状況が悪化してしまった。
「ゆゆっ? おしょらをとんでいるみちゃい!」
「にんげんさん! おちびちゃんをはなしてね! ゆっくりしたにおろしてあげてね! でないとせいっさいするよ!」
「おしょらを……ゆべえっ! ゆんやあああああ!! れいみゅのぷりちーなおかおがあああああ!!」
「ゆわあああああっ! どぼじでおててをはなしちゃうのおおおおお!! ゆっくりおろしてっていったでしょおおおおおお!?」
コンクリート越しのまりさの頭上で、ゆっくりできない何かが起こっている。見えなくてもわかる。それは親子の叫び声が雄弁に語っていた。
「ゆうう……」
まりさは顔を地面に押しつけて、お尻をせわしなく左右に振り続ける。すぐにその場から逃げ出したかったが、あんよがすくんで動けなかった。

「いちゃいよおおおおお! みゃみゃああああああ!」
「おちびちゃん、ゆっくりしてね! ぺーろぺーろしてあげるからね! ……いだい! いだいよ! れいむのもみあげさんひっぱらないでええええ!!」
「みゃみゃのもみあげしゃん! ゆっくちはなしてね! ……ゆっ!? みゃみゃをもちあげないでね! おしょらはゆっくちできにゃいよ!」
「おそらをとんでいるみた……いだいいいいいいいっ! ちぎれるうううううう!! もみあげさんひっぱらないでええええ!!」
「みゃみゃああああ!? れいみゅ、ぷきゅーしゅるよ! ぷきゅうううううう!!」
「もみあげざんがぢぎれるううううううっ!? ……ゆべっ! じめんさん、ゆっくりただいま!! ……ゆっ? れいむのもみあげさんは!?」
「ゆゆっ! みゃみゃのもみあげさんがあああああ!」
「も、もみあげさんがりょうほうなくなっちゃったああああああ!! もうぴこぴこできないよおおおおおおお!!」
親れいむの揉み上げさんが無くなってしまったらしい。どういう状況だろうか。
「れいぶのじまんのもみあげざん!! ゆんやあああああああ!!」 
「みゃみゃ、ゆっくちしちぇね! ゆっくちしちぇね! ……ゆゆっ? れいみゅ、おしょらを……おおおおしょらいやああああ!! いやぢゃああああああ!!」
「ゆああああっ!? もうあたまにきたよ! れいむ、ぷくーするよ! せいぜいこわがってね! ぷくくうううううううう!!」
親れいむの『ぷくー』だ! まりさは思い出して身震いした。あの迫力には、さしもの人間さんも――
「ぷくうううう……ゆぶあああっ!? いだいっ!! やめてねっ!」
「みゃみゃあああああ!?」
まりさは驚きのあまり顔を上げた。あの『ぷくー』が通じない?
さすがは人間さんだ。あの獰猛な犬さんや猫さんさえ手懐けているだけのことはある。
「ゆんやあああああ! きょわいよおおお! たしゅけてええええ!」
「お、おちびちゃん!? こうなったら、れいむのたいあたりをうけてくるしんでね! ゆんっ! どう? あんよいたいでしょ?」
「たしゅけてみゃみゃああああ!! ……ゆゆっ? けむりしゃん? ……くちゃいっ! ゆげっ! ゆげっふふっふぉんっ!」
「すーぱすーぱしてぷかーするのははやめてあげてね! けむりさんはゆっくりできないよ!」
煙さん? 人間さんは煙さんを使っているのか? まりさにはわからない。
「のどがいちゃいいいいいい! おめめにしみるううううう!!」
「れいむ、もういっかいたいあたりするよ! ゆんっ! やせがまんしな……いだいっ! けらないでえええっ!」
「ぎょほっ、ぎょほっ! ……ひさん? ……やめちぇ! それやめぢぇええええええ! ゆぎゃあああああああああ!!」
「おちびちゃんのかわいらしいまっしろなおでこがあああああ!?」
「あちゅいいいいいいい!! おでこがあちゅいよおおおおおお!! いぢゃいいいいいいいい!!」
おでこが熱い? 痛い?
「いぢゃいいいいいいい!! ゆんやあああああああ!!」
「もうやめでよにんげんざあああああん! もうゆるじであげでええええええええ!! あどあまあまちょうだいいいいいいい!!」
「ゆっぐ、ゆっぐ……ゆっ? おめめ? おめめ? いやぢゃあああああ!! やめちぇええええええ!!」
「おぢびじゃん、にげでえええええええ!!」
「それおめめにちかぢゅけないでええええええ!! おめめがあづぐなるよおおおおおおお!! やめ、おめめ……ゆんぎゃあああああああっ!! ああああああっ!!」
「おちびちゃんのきらきらおめめがああああああ!? 『じゅ』って!『じゅ』ってええええ!!」
「いぢゃいいいいいいいいいいいっ!! おべべがいぢゃいよおおおおおおおおっ!!」

れいむ親子の悲鳴がどんどん大きくなってきた。まりさには想像もできないが、さぞゆっくりできない目にあっているのだろう。
「あーわあーわ! がーちがーち!」
体と歯の震えが止まらない。この時間がゆっくりせず過ぎ去ってくれることを、まりさは願わずにはいられなかった。
「ゆえええええええっ! いぢゃいよおおおおおお! おべべがみえないよおおおおお!」
「にんげんさん! ゆっくりおろしてあげてね! おちびちゃんにぺーろぺーろしてあげたいよ!」
「おしょらを……ゆげえっ! ゆわあああん! いぢゃいよおおおおおおおお!!」
「どぼじでじめんさんにおとすのおおおおお!?」
「いぢゃいいいい!……おっ、おしょら……ゆぎゅえっ!」
「やべで! もうやべであげで!! おちびちゃんをもちあげないで!! おとさないであげてええええ!!」
「おしょらをおおおおおおお!! おしょらあああああ!! ……ゆぶええっ!!」
「おねがいだがらやべでよおおおおおおお!! あやまるがらあああああ!! あまあまもいらないがらああああ!! れいぶどおぢびぢゃんをゆっぐりざぜでええええ!!」

れいむ親子の絶叫が薄暗いドブの中に響く。
「もういやだよおおおおお……!」
まりさはおそろしーしーを漏らしていた。生まれて初めての経験だった。

「いぢゃいよ、みゃみゃあ……たしゅけてねえ……」
「やべで! もうやべであげでくだざい、にんげんざん! おぢびぢゃんはれいぶににでどっでもゆっぐりじだごなんでず! だがら……ああっ! なにするのおおおお!?」
「やめちぇ……やめちぇ……おおおおしょらをおおおおおおおおっ!!」
子れいむの叫びが徐々に大きくなる。まりさは、子れいむが自分の方に近づいてきたのだと感じた。
「おおおお! ……ゆ゛っ」
その声が途絶えると同時に、上で何かが潰れたような音がした。
まりさが恐る恐る顔を上げてみると――
蓋さんの格子の上に子れいむがいた。
「ゆひいいっ!?」
おめめが合ってしまった!
まりさは焦ったが、それは杞憂だった、
なぜなら、子れいむにはおめめが無かったからだ。
おめめのあった場所は黒く醜い穴があいている。
おでこにも同じように小さく黒い穴があいており、それはおめめが三つに増えたようにさえ見えた。
お口から下、あんよにかけては、すでに原型を留めていない。表皮は破れ、体内の餡子さんが大量に飛び出している。要は、潰れていた。
こちらに関してはまりさにもわかる。子れいむは蓋さんの上に投げつけられてこうなったのだ。
「ゆわああああああああっ!」
恐怖に駆られて、口が、体が、まりさの意思に反して大きな悲鳴を上げた。

その悲鳴を、
「れいぶのかばいいおちびぢゃんがあああああああっ!!」
親れいむの絶叫が上書きする。
「ゆっぐりでぎないにんげんざんはそくざにしね!! おぢびぢゃん! ゆっぐりまっでね! いまぺーろぺーろしてあげるからね!!」
まりさは思った――無駄な行為だ。すでに子れいむは、どう見ても永遠にゆっくりしている。
「ずーりずーり! いまいくよおちびちゃん! ……ゆぐうっ!? はなしてね! おててをどけてね! ……ゆゆっ? れいむのあにゃるみないでね! はずかしいよ!」
あにゃる?
「あにゃるひろげないで……ゆほっ!? ……あぢゅいいいいいいい!! あにゃるがあぢゃいよおおおおおお!!」
あにゃるが熱い?
「あぢゅいいいいいい!! いぢゃいいいいいい!! それ、あにゃるがらぬいでえええええええ!! ぬげえええええええ!!」
あにゃるから抜いて?
親れいむの身に、あにゃるに何が起こっているのか、まりさには皆目見当がつかない。まりさは震えながら顔を上げて、黒いコンクリートの天上を見つめた。
「あにゃるううううううっ! ゆぎっ!? やめて! やめて! れいむのおりぼんさんにひさんをつけないでええええええ!!」
大事なおリボンさんに火さんをつけられたらしい。

「ゆっ!」
まりさは短く声を上げた。理解したのだ。
熱い。痛い。そして子れいむにあいた、あの黒い穴――燃やされたのだ。
すると親れいむは、あにゃるに火さんのついた何かを入れられたのか?
「ゆうう……」
まりさは、自分のあにゃるのあたりが疼くのを感じた。

「あぢゅいいいいい! ひさん、ゆっくりきえてねええええ!! あにゃるっ! おりぼんさんをもやさないでねえええええ!!」
「ひさん、ゆっくりきえてあげてね!」
薄暗いドブの中、まりさは思わず声に出していた。ゆっくりにとってお飾りさんは、命とゆっくりすることに次いで大事な物だ。そのお飾りさんを燃やされてしまうなんて、たとえゆっくりできない親れいむだろうと、それはとてもかわいそうに思えたからだ。
「れいむのすてきなおりぼんさんをもやさないであげてね!」
「ゆわああああああ!! がみのげがああああっ! れいぶのつやのあるがみのげがもえでるううううううっ!!」
まりさと親れいむの願いも虚しく、火さんの勢いは止まらないらしい。どうやら髪の毛にまで燃え移ったようだ。
「おつむがあぢゅいいいいいい!! あにゃるがあああああ!! だずげでええええええええっ!!」
「ゆああ、れいむう……」
「ぐるじいいいいいいい!! ゆっぐりでぎないいいいいいいい!! ……ゆぎゅええっ」
親れいむの声が潰れた。
「ゆべっ! ゆべっ! やべじぇぎゅべっ! ふみふみしないでべっ!」
今度は踏みつけられているらしい。
「もういやぢゃ……ゆぐうっ! れいぶ、おうぢがえぎゅがっ! おちびぢゃぶっ! どぎょっ! おへんじじでぎゃっ!」
あの人間さんの、長く力強いあんよで……。
その痛みを想像し、まりさは強く目をつむった。
「ゆはあっ、ゆはあっ……ぼうやべでぐだざい……れいぶば……じんぐるばざーで……おぢび……ぎゅがあっ!」
高い音がしたかと思うと、まりさの斜め上、蓋さんの上に何かが落ちてきた。まりさは蓋さんを見上げる。
最初は何だかわからなかった。
黒ずんだ丸い何かだ。
何だろうと見ていると、その黒い物体とまりさのおめめが合った。
「れっ! れいっ……」
まりさは絶句した。
ひどい有り様だった。会ったことがなければ、目を見なければ、まりさもこれが親れいむの成れの果てだとは気づかなかっただろう。
まず、全体的に黒い。
髪の毛とおリボンさんは汚く焼け焦げ、どちらも申し訳程度にしか残っていない。
その下の表皮はただれて、ところどころ餡子さんをのぞかせている。
お顔はでこぼこに腫れ上がって泥と煤にまみれているし、片方のおめめは潰れて、どろりと流れ出していた。
もう片方――まりさを見ているおめめも、すでに閉じかけだ。
「ば、ばり……ざ……?」
親れいむもまりさに気づいた。口から餡子を漏らしながら、まりさに話しかける。
「このぐず……れいぶを……だず……げ……」
れいむを助けてね!――その言葉は、しかし途中で途切れた。
「ゆ゛びゅるっ!」
親れいむの黒い体が、格子の上で弾けたからだ。
格子の隙間から親れいむの餡子が、表皮が、ぼとぼととこぼれ落ちる。その向こうには人間さんの大きなあんよが見えた。
――あまりにゆっくりできない光景に、まりさは意識を失った。


「ゆっくりおきたよ!」
何分、何時間、いやひょっとしたら何日か。どれくらい気を失っていたかはわからない。
まりさは雨の音で目を覚ました。
「ゆゆっ! あめさんだよ!」
そう言って、格子から空を見上げようとした。
そして見てしまった。
格子から垂れ下がった。れいむ親子の姿を。
「ゆわあああああっ!!」
雨に濡れ、崩れたその親子の体は、すでにゆっくりの体を成していない。焼け焦げたおリボンさんの切れ端が、かろうじて「それ」がれいむだったことを物語っているのみだ。
格子から落ちる雨混じりのその粘液は、元は餡子だったのか表皮だったのか――
まりさは気を失う前の出来事を思い出した。
「ごあいよおおおおおおっ!! もういやぢゃああああ!!」
叫んで、まりさはその場から逃げようとした。
しかし、
「ゆっ? あんよがうごかないよ?」
まりさのあんよは動かなかった。
「まりさのあんよ、うごいてね! ゆっくりしないでね!」
恐怖ですくんだのではない。あんよの震えなど感じないからだ。
いや、感じないのは震えだけではない――あんよの感覚そのものがない。
まりさは恐る恐る身を屈め、自分のあんよを見た。
「どぼじであんよがとけでるのおおおおお!?」
まりさのあんよは、溶けて崩れかけていた。まるで頭上のれいむ親子のように。
その理由はまりさのあんよの周り、いやドブの中に起きた異変のせいだ。
暗いドブの中は、いつの間にか水浸しになっていた。
「どぼじでおみずさんがはいってきてるのおおおおおお!?」
反射的に声に出してしまったまりさだが、理由はわかっている。
雨だ。降った雨が格子を伝い、ドブの中に入ってきたのだ。
「ゆわあああああ……!」
格子から少し離れた所にいたのが幸いしたようだ。とりあえず、雨水の直撃を受けることはなかった。
それでも、これ以上水が増えたらまずい。
まりさは心から叫び続けた。
「あめさん、ゆっくりしないでやんでね! いますぐにやんでね! ゆっくりおねがいだよ!」


「ゆっくち! ゆっくち!」
「おちびちゃん! あめさんがやんでくれてよかったね!」
「あめしゃん、やんでくれちぇゆっくちありがちょう!」
まりさは、頭上にゆっくり達の声を聴いた。おそらく親子だ。
雨は止んだ。
しかし、まりさのいるドブの中はいまだに湿っているし、水も残っている。
まりさのあんよも、体も溶けている――溶け続けていた。
水浸しの地面の上にいたのでは、乾くものも乾かない。
そして寒い。水にまみれたドブの中は急激に寒く、冷たくなってしまった。
こんなゆっくりできない場所、すぐにでも出ていきたかった。あんよがこうなってしまった以上、とにかく誰かに助けてもらわなければ。
もうドスを待つつもりもない。噂と違ってドスはあてにならないらしい。
まりさは、頭上を通りかかったゆっくり親子に助けを求めた。
「ゆっくりたすけてね! まりさはここにいるよ!」
その声に、子ゆっくりが反応した。
「ゆゆっ? あっちからおこえがきこえちゃよ? ゆっくちみにいくよ!」
ぽいんぽいんとこちらに跳ねてくる気配がした。
しかし、
「ゆっ! おちびちゃん、ゆっくりまってね!」
親ゆっくりがそれを制止した。
「おちびちゃん! ゆっくりあそこをよくみてね!」
「……ゆゆっ? おりぼんしゃん?」
その声にまりさが目をこらすと、親れいむのおリボンさんの残骸が、いまだ格子に引っかかっているのがわかった。
れいむ親子の体と中身はほぼ溶けてしまったものの、おリボンさんだけはそのまま残ったらしい。
「あのおりぼんさんはなにかゆっくりできないかんじがするよ! ちかづいちゃだめだよ!」
「ゆっ? しょういえばしょんなかんじがしゅるね! ゆっくちりきゃいしちゃよ!」
まりさも同感だった。確かにあのおリボンさんだったものからは、ゆっくりできない何かを感じる。この場所から即座に脱出したくなった理由の一つだ。
しかし、そうとわかってはいても、
「まりさをたすけてね! ゆっくりしないでたすけてね!」
まりさは助けを求めずにはいられない。何としてもここから出してもらわなくてはならないのだ。
しかしそんな願いも虚しく、
「おちびちゃん! ゆっくりおかあさんのあとをついてきてね!」
「おかあしゃんのあとをゆっくちちゅいていくよ! ゆっくち! ゆっくち!」
ゆっくり親子の声は遠ざかっていった。
それでもまりさは叫び続ける。
「まりさをたすけてえええええ! ここからだしてえええええええ!!」


また雨が降った。
蓋さんの上のれいむ親子は跡形もなく流れ、ゆっくりできない気配を放つおリボンさんも、いつの間にかどこかに行ってしまっていた。
それでも、相変わらずまりさはそこにいた。
「あめさんふらないでええええええ!! ゆっぐりやんでよおおおおおお!!」
ドブの中に雨水が侵入してくる。
「ゆんやああああ!! ばりざのあんよがあああああ!! おみずさんやめでえええええ!!」
どこからどこまでが「あんよ」なのかは定かではないが、今地面に密着しているのは、せいぜいまりさの「下あご」だろう。
まりさのあんよだった部分は中身の餡子とともに崩れ、溶けて、ゆっくりと四方に流れ出てしまった。
まりさは考える。
誰かの助けを得てここを出られても、もう今までのようなゆっくりした暮らしはできないだろう。
このあんよ――この体では『ぴょんぴょん』も『ずーりずーり』もできない。
そして狩りなど以ての外だ。
狩り――日々のごはんの調達は自分の仕事だった。家族の、まりさのれいむやおちびちゃんたちのごはんは、これからどうしたらいいのだろうか。
ごはんを集められなくて、寒くて辛い冬ごもりは大丈夫なのだろうか。
もし無事に春を迎えられたとして、自分はこんな体でおうちの外に出ることはできるのか。出られたとして、いったい何をすればいいのか。
そもそも、本当におうちに帰れるのだろうか。
ここで永遠にゆっくりしてしまうのではないだろうか。
極限の状況が、餡子脳をいつになくクリアに、ネガティブにさせた。とても「ゆっくり」とはいいがたい未来ばかりが連想される。
「いやぢゃあああああああ!! いやぢゃああああああああ!! ばりざはもっどゆっぐりじだいいいいいい!!」
喚き散らしながら、まりさは体を激しく揺すった。自分では飛び跳ねているつもりだ。足もとの自ら逃れようとしているのだ。
その無意味な行為が、まりさの体の崩壊を早める。
「れいぶううううう!! おぢびぢゃんだぢいいいいい!! ばりざばごごにいるよおおおおおお!!」
その叫びに応えるように、まりさの表皮は溶け、餡子は流れ出た。


「おひさまさん、こんにちは!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくち~!」
まりさの頭上では、たくさんのゆっくりが集まり、遊んでいた。
まりさはそんなゆっくりたちに助けを求めない。
いや、求められない。
「……ゆっ……ぎょぶっ」
まりさの体は雨水に溶け、すでに頬から下を失っていた。
今のまりさに口と呼ばれる部位はない。
満足に話すことはもちろん、体を動かせる範囲にまだたくさん苔が残っていようとも、それを「むーしゃむーしゃ」することもできなかった。
「れいむ、ぴょんぴょんするよ!」
「まりさはこーろこーろするのぜ! ……ゆっ? にんげんさん、なにかようなのぜ?」
「ゆわーい! れいむ、おそらをとんでいるみたい!」


「……」
まりさの目の前は真っ暗だ。
日が落ちたからではない。ましてや目が無くなったのではない。
溶けて流れて小さくなってしまった体は、素敵なお帽子の中に、すっぽりと入り込んでしまったのだ。
今まりさに見えているのは、自らのお帽子の内側だけ。真っ暗だ。
頭上では今日もゆっくりたちが遊んでいるようだ。
「おとうしゃん、しゅーりしゅーり!」
「ゆゆ~ん。まりさとれいむのおちびちゃんは、とってもゆっくりしてるのぜ~」
ゆっくりたちのそんな会話を聴いて、まりさは愛しのれいむとおちびちゃんたちを思いだし、涙を流した。
暗闇しか見えない目だが、それでも涙を流すことくらいはできる。
涙の滴が、もはや頬とも額とも言えない場所を滑る。
いまだその足元にたまっている水とは違い、その滴がまりさの体を溶かすことはなかった。

(了)



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  • れいむ親子の虐待シーンが最高にくるねえ 
    この場面がもっとじっくりたっぷり続いてほしかったけど、まあ飽くまで主役はまりさなんでしょうがないね -- 2013-06-24 03:45:41
  • まりさ視点の閉鎖環境故の恐怖がありありと伝わってくる良作。文章がうまいと思った。 -- 2012-09-26 21:14:24
  • ↓↓同感 -- 2012-07-23 15:27:06
  • じっくりと面白かったです -- 2011-03-07 15:13:30
  • いいなー
    しかしゆっくりの説明口調のおかげで
    悲鳴だけ聞いていても虐待内容が解る -- 2010-11-17 02:07:25
最終更新:2009年12月26日 14:53
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