kairakunoza @ ウィキ

ガラスの壁 第7話

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匿名ユーザー

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 7. (こなた視点)


 クリスマスまで一週間余りとなった土曜日。
 商店街のスピーカーからは、少しノイズの混ざったクリスマス・ソングが流れてくる。

 私は、となりに寄り添うように歩いているゆーちゃんと、初めてのデートを楽しんでいた。
 私が自分自身とゆーちゃんに出した宿題の答えは、『ショッピング』に行くことだ。
 最初はアキバ探訪も考えたけれど、ゆーちゃんが十分に楽しめないはずだから、
シンプルに、近くの駅前をのんびりと歩くことに決めた。

 商店街を行き交う人々は、師走という月名が示すように、いつもより足速になっている。
 地上を行き交う人々の喧騒と熱気によって、初冬の寒さは幾分かは打ち消されている。
「こなたおねーちゃん」
 楽しげに周囲を見渡していた、ゆーちゃんが立ち止まった。
 ゆーちゃんは大きな瞳を煌かして、ショーウィンドウを眺めている。私も中を覗くと、
幾つかのオルゴールが並べられていた。

「お店、見てみたいな」
 ゆーちゃんが、私の手を引きながら誘ってくる。
「うん。いいよ」
 私は軽く微笑んで、扉に手を伸ばした。


 建物の中に入ると、懐かしい金属音が多くの場所から聞こえてくる。
 音の発信源はもちろん、アンティークな部屋のところ狭しと置かれている
様々な形をしたオルゴールたちだ。
 古びた木造の床をぎしぎしと鳴らしながら、店内をゆっくりと見て回ると、
アニメキャラクターが描かれたオルゴールが、片隅に置かれてある。
 私は、吸い込まれるように手にとり、後ろについているネジを回していく。

 ぜんまいをしっかりと巻いてから手を離すと、余りにも有名なオープニングテーマが流れた。
「お姉ちゃん。この曲の『本当の名前』って何かな? 」

 私の手元にあるオルゴールを興味深げに覗き込んできた、ゆーちゃんの質問に答えると、
「そのまんまだね」
と、少しだけ苦味を帯びた、ビター味のような笑みを浮かべている。
 いつものゆーちゃんとは少し違う大人っぽい笑顔だ。

「私、昔、読書感想文で書いたことがあるの」
「えっ? 」
 私が目を丸くする。このアニメ、ノベル化されていたかな?
「ふふ、違うよ。おじいちゃんのお話」
「おじいちゃん? 」
「うん。『奇巌城』だよ」
「あっ」
 モーリス=ルブランの方か。
 この方面の話でゆーちゃんに遅れを取るとは不覚の極みだ。

 私は、一旦、がっくりとしたけど、気を取り直してオルゴールを見つめる。
 シリンダーと呼ばれる円筒が、ゆっくりと回転して、円筒に生えている無数の突起が、
金属製の櫛の歯に当たることによって、様々な音が弾き出される。
 オルゴールの音色には透明感があるけど、同時に、もの哀しさが醸し出されてくるように感じる。
 私はその場に佇んで、瞼を閉じてオルゴールの音色を堪能した。

 ゆーちゃんが、気に入ったオルゴールを買ってから外にでると、冷たい北風が吹き込んでくる。
「さむっ」
 ゆーちゃんが自分自身を抱きしめるようにして、華奢な身体を竦める。
「寒い? 」
 私は反射的に寒空から覆い隠すようにゆーちゃんをコートで覆うようにして抱きしめた。

 ゆーちゃんは顔を赤らめて、
「ううん。暖かいよ」
と、宝石のような笑顔を浮かべてくれた。
 通りを行き交う人たちの視線が気になって、抱きしめていた時間は少しだけだったけど、
私はもちろん、ゆーちゃんの鼓動も速くなっているはずだ。


 冬至を間近に控えたこの季節は、一年で最も日照時間が短い。
 午後5時を回ると、空は暗くなっており、代わりに、商店街に備え付けられている
数多くのライトが人々を照らしている。

「少し早いけど、夕食にしようか? 」
「うん。お姉ちゃん」
「お店、どこがいい? 」
「うーん。寒いから温かいものが食べたいな」
「そだね 」
 結局、私の選んだお店は、うどん屋だった。
 デートコースとしてはちょっと、とも思えるけど、身体はしっかりと温まるはずだ。
 熱いうどんを、ふーふーと言いながら、少しずつ食べているゆーちゃんを眺めながら、
私は、以前から聞きたいと思っていたことを尋ねた。

「ゆーちゃんって、ちょっと前に絵本を書いていたよね」
「えっと、もしかして『氷姫』の話? 」
 恥ずかしそうに頬を朱に染めながら、ゆーちゃんは答えた。
 ゆーちゃんは、ゆい姉さんへの誕生日プレゼントとして、自作の絵本を
プレゼントしたことがある。

「うん。そうなんだけど。今も絵本を描いているのかな? 」
「あ…… う、うん」
 恥ずかしそうにもじもじしている時のゆーちゃんの可愛さは、
萌え要素のカタマリとしか表現できない。
「どんな話か教えてくれるかな」
「でも、平凡だよ」
「それでもいいから」
 私はせがんだ。
 ゆーちゃんの事がもっと知りたい。私の知らないゆーちゃんを教えて欲しい。
「うん。じゃあ、話すよ…… 」
 ゆーちゃんは水を口に含んでから、ゆっくりと語り始めた。


 ―― 昔、姉妹である、ふたりの王女様が仲良く住んでいました。
 ある日ふたりは、お互いに、姉妹以上の感情を持つようになりました。
 しかし、この国では、女の子同士の恋愛は法で禁じられています。
 ふたりは人目を忍んで愛し合っていましたが、いつまでも隠しとおせるはずもありません。
 王様や大臣たちに知られてしまい、悲しいことにふたりは引き裂かれてしまいます。
 そして――

「この後は? 」
 急に言葉を切ったゆーちゃんに問いかけると、少し困った顔で、
「実はまだ、決まっていないの」
 困った様子で、両肩を竦めて言った。
 もしかして、ゆーちゃんのお話は、今の自分達の関係を置き換えているのだろうか。
「そのお話、身に覚えがあるね」
「私もあるよ。おねえちゃん」
「続きを読むのが…… 少し怖いな」

 私とゆーちゃんの関係が、絵本の王女達のように、誰かに引き裂かれてしまったらと
思うと身震いがする。
 平穏な日が続いて欲しいと思うけど、今週の火曜日の出来事が脳裏に蘇ってしまい、
得体の知れない不安が膨れ上がってきてしまう。

「私も、続きを描くのが怖いんだ」
「でも、怖くても進めるんだね」
 私が半ば呟くよう言うと、ゆーちゃんは、オルゴール店でみせた表情とはやや異なる
苦笑を浮かべて頷いた。

「ゆーちゃん。あの日の後、クラスの人に何かされていない? 」
 心を蝕む不安から逃れようとして、話題を変えて、ゆーちゃんに尋ねる。
「うん。大丈夫。かばってくれてありがとう。お姉ちゃん」
「そっか」
 私は少しだけ安堵のため息をついたけど、今後、どうなるか分からないと思うと
憂鬱な気分は、なかなか晴れてはくれなかった。
 終業式まであと1週間、何も起こらなければいいのだけど。

 私は、この時、もう少し周りを見るべきだったかもしれない。
 ゆーちゃんの事しか考えずに、自分の周りの人たちや、ゆーちゃんの周りの
人たちの事を頭に入れて行動すれば、あのような事態は起こらなかっただろう。
 しかし、一方では、恋愛とは人を盲目にしてしまうものだから、
この結果は必然だったという思いもある。
 性別を問わず、ある人に対して、全てを擲つような激しい恋愛というものを
体験することは、長い人生においては必要かもしれないのだ。
 果たして、恋愛によるリスクは甘んじて受けるべきなのだろうか……


 私とゆーちゃんは、食事を終えて店を出た。
 あたりはすっかりと闇に包まれており、既に冬の代表的な星座であるオリオン座が
東の空に、己の存在を強く主張していた。
「私の『宿題』は終わったけれど、問題なのは、ゆーちゃんの『宿題』だね」
 私が少しだけ顔を赤らめながら切り出すと、ゆーちゃんは、既に耳たぶまで
真っ赤になっている。
「本当に、これでいいの?」

 昨日の夜、ゆーちゃんの話を聞いたときは、正直言って仰天して、何とか止めようとした。
 でも、ゆーちゃんがあまりにも熱心に提案するものだから、渋々ながら、
承諾せざるをえなかったのだ。

「う、うん。お姉ちゃん。私、ネットで調べたし。がんばるから」
「うーん。頑張るといってもね」
 ゆーちゃんにパソコンを貸したのは失敗だったかな。
 意外かもしれないけど、ゆーちゃんの趣味は『インターネット』で、その手の知識についても、
やけに吸収が速かった気がする。
 彼女が希望する場所を、ゆい姉さんや、ゆーちゃんの両親が聞いたら絶句するに違いない。
「分かった。絶対に後悔しないね」
 私が念を押すと、ゆーちゃんは小さな身体に、はちきれんばかりの気合を入れて……
「うん」と頷いた。

 ショッピングを楽しんだ駅前の商店街を出て、住宅街を貫く裏通りに入ると、
街灯は少なく、人影もほとんど見当たらない。
 隣を歩くゆーちゃんを護る為に、周囲を警戒しながら寄り添って歩く。
 幸いなことに何事もおこらず、裏通りを抜ける。
 そして、私達は、住宅街の外れから突如出現した、西洋の城を模したど派手な建物を見上げた。

 私は、カーテンで隠されている入口の前から、『お城』を睨み上げて、
寄り添っている恋人の手を強く握り締めて言った。
「行くよ。ゆーちゃん」
「う、うん。お姉ちゃん」
 私たちは、俗に言う『ラブホ』の入口の門をくぐり抜けた。
 生涯で初めてのラブホ体験が、従姉妹でかつ同性というのはアブノーマルの極みだけど、
ゆーちゃんの決死の覚悟に対しては、全力をもって応えなくてはいけない。
 もっとも、年齢制限に引っ掛かって追い返されたら笑うしかないのだけど。

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ガラスの壁 第8話へ続く







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コメント:
  • ラブホってお前ら………………
    -- 名無しさん (2008-05-08 20:25:17)
  • だんだん展開が凄くなってきた



    -- 九重龍太 (2008-03-23 13:33:03)

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