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Affair 第1話

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匿名ユーザー

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 1. (ゆたか視点)


 午後5時になり、バイトの時間が終わった。
「お先に失礼します」
「お疲れ、ゆーちゃん」
「お疲れ様、ゆたかちゃん」
 まだ勤務中のこなたお姉ちゃんや、バイト仲間に挨拶をしてから私服に着替えて店を出る。
 紺から黒へと移りゆく晩秋の空を見上げながら、私は買い物客で賑わうアーケードを過ぎ、赤門をくぐり抜けて、
上前津駅に向かう。
 普段なら、鶴舞線に乗ったままなのだけれど、今日は2つ先の伏見駅で、交差する東山線に乗り換えて、
隣の名古屋駅で降りる。
 地上に戻ると、ひんやりした空気が衣服の隙間から身体に流れ込む。
 立冬が過ぎてからは、雨が降るごとに冷え込みが厳しくなっており、先週からコートを纏うようになった。
 タクシー乗り場の横を通り過ぎ、桜通口からJR名古屋駅に入り、金色の大きな時計がある場所で立ちどまる。

 ここは、ナナちゃん人形程ではないが、地元ではそれなりに有名な場所で、多くの人が待ち合わせの場所として利用している。
 ほとんどの人はとても楽しそうな顔をみせているが、私だけは不安に包まれてひどく落ち着かない。
 足を止めて待つことができずに、時計の周りをぐるぐると回ってしまう。
「…… 本当に、会っていいの? 」
 心の声が何度も危険信号を送ってくるが、今さら、約束を破るわけにはいかない。
「しっかりしなくちゃ」
 無意識な領域からわき上がる不安を無理矢理抑え込んで、ひたすら待ち続ける。

 5時55分。意味もなく歩きまわることに疲れて立ち止った時に、待ち合わせの相手が姿をみせる。
「お久しぶり。ゆたかちゃん」
 柊つかさ先輩は、とても楽しそうに微笑む。
 前と同じように、いや、前より増して綺麗で可愛らしくみえた。


「こんばんは…… つかさ先輩」
 私は、緊張による細かい身体の震えを抑えながら、挨拶を返す。
「うん。こんばんは。ゆたかちゃんは、いつみても可愛いね」
「きゃっ」
 いきなり抱き締められて、思わず声をあげてしまう。
「や、やめてください! 」
 衆人環視の中での過激なスキンシップに、顔を真っ赤にしながら、腕を伸ばして先輩を振りほどこうと試みるが、
力が強くて離すことができない。
 私に密着したつかさ先輩は、調子に乗ってくんかくんかと鼻を鳴らしながらセクハラまがいの質問をしてくる。
「ゆたかちゃんは良い匂いがするねえ。どんなシャンプー、つかっているの? 」
「においを嗅がないでください! 」
 抗いながらイヤイヤと身体を捩じるけれど、先輩の身体はとても柔らかくて、温かくて、油断すると受け入れてしまいそうになる。
「お願いですから、やめてください! 」
 それでも本気で抗うと、唐突に体を離して言った。
「食事にいこうよ。ゆたかちゃん」
 つかさ先輩は、唖然としている私の手を掴むと、すたすたと歩き出してしまう。
「ま、待ってください! 」
 引きずられそうになって慌てて声を出すが、結局、右手を握られたまま、マイペースすぎる先輩の後を追う羽目になった。

「つかさ先輩…… 」
 私は、精一杯怖い目つきをつくって、先輩をにらみつける。
「ふふ。ゆたかちゃんがラブな視線を送ってくれて、とっても嬉しいなあ」
「違います! 何、とぼけたことを言っているのですか」
 私はため息をつきながら、言葉を続ける。
「どんどん先に行ってしまうから、てっきり、お店を知っていると思っていましたよ」
「あはは」
「笑ってごまかさないでください! 」
 私はあきれながらも、突っ込みを入れざるを得ない。

 なにしろ、つかさ先輩は、意気揚々として5分程歩いた後、人気のないガード下まで歩いたかと思うと、急に立ち止まって、
「ゆたかちゃん、ここどこだっけ?」
と、あっけらかんと聞いてきたのだ。こなたお姉ちゃんが、つかさ先輩のことを天然と言うのも分かる気がする。

「場所も知らずに歩いていたのですか? 」
 先輩はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめながら答えた。
「ううっ、ごめんね。だって名古屋のお店なんて、全く知らないんだもん」
 両手をあわせながら、しゅんとうなだれるつかさ先輩は、年上なのにとても可愛らしい。
「仕方ないですね…… 私の知っているお店にしますが、良いですね」
 柄ではないけれど、お姉さんぶった言い方になってしまう。
「うん。ありがとう。ゆたかちゃん」
 向日葵のような笑顔を浮かべながら子犬のようにじゃれついてきて、本当に2つも年上なのだろうか、
と疑問に思ってしまった。


 私が、不俱戴天の敵ともいうべき、柊つかさ先輩と会う約束をしたのには、いくつか理由がある。
 表向きの理由としては、初夏の騒動の時に結んだ、先輩達が名古屋に来た時は会うように努めるという協定があるためだ。
 もっとも、それだけならば多忙を理由に断っていたが、つかさ先輩は誘いをかける時に、
抜かりなくそれなりの「お小遣い」をくれると持ちかけてきた。

 第三者が聞いたら幻滅するかもしれないが、現実は結構非情だ。
 安くない家賃を払い続けながら、未成年の女の子二人が独立して暮らすのにはまとまって金額が必要で、
親元からの援助と、バイト代を合わせても余裕があるとはいえない。
 それでも、ただ単に食べていくというだけの話ならば、当面は何とかなるけれど、本格的に社会に出る準備として、
進学という道を捨てる訳にはいかなかった。
 少なくとも私にとっては、つかさ先輩の誘いはとても魅力的なものだった。

「はい。ゆたかちゃん」
 お店に入り、席につくなり差し出された封筒を受け取る。
「中を確認してね」
「あの…… 多いです」
 事前に教えられていた額よりもかなり多い。
「いいから、いいから」
 先輩は鷹揚にうなずいたが、一介の学生が出せる金額とは思えない。
 ただでさえ、新幹線での往復という余計な費用を使っているのに、大丈夫なのだろうか?

「ゆたかちゃんは心配性だねえ」
 つかさ先輩がカラカラと笑った。
 先輩が言うには、神社のイベントの時は、巫女となって、神主である先輩のお父さんのお手伝いをしているけれど、
昨年から参拝客が倍以上に膨らみ、予想以上の収益があがっているとのことだ。
 それに加えて、お父さんが末娘に激甘という事情もあるらしい。
「だから、ゆたかちゃんが気にすることはないよ。お金は、必要な人が必要に応じて使ってくれればいいの」
 私は思わず、つかさ先輩の顔をまじまじと見つめた。
 悪意に満ちた陰謀だけではなくて、ごく真面目なことも考えているのか。


「ゆ・た・か・ちゃん」
「な、なんですかっ」
 いきなり、どあっぷで迫られて思わず後ずさる。
「今、とっても、失礼なことを考えていたよね? 」
 ぷーっと頬を、焼いた餅みたいにふくらませる。
「そ、そんなこと…… 」
 しかし、嘘をつくこともできず、私は顔を真っ赤にしたまま、両手の人差し指を合わせることしかできない。
「考えていたよね」
「ご、ごめんなさい」
 慌てて謝った途端、先輩の表情に笑みが戻る。

「ふふ。ゆたかちゃんって素直で、可愛いね」
 今日何度目の『可愛い』なんだろう? 
 しかし、先輩の無邪気そうな笑顔には必ず裏がある。騙されてはいけないと気を引き締める。
「私はそんなに可愛くなんかありません。それはつかさ先輩もご存じのはずでしょう? 」
 今までの行動を振り返ってみても、お世辞にも可愛らしい行動をとったとはいえない。

「ううん。ゆたかちゃんは、どんなことをしても純粋で素敵な女の子だとおもっているよ」
「はあ…… 」
 つかさ先輩の言葉は、魔法のように、私の敵愾心をどんどん溶かしてしまう。
 このままでは非常にまずい。何とかしなくては。
「この際だからはっきりと言いますけれど」
「何かな? ゆたかちゃん」
 つかさ先輩は、愛らしい笑顔を浮かべたまま、小さく首を傾けた。

「つかさ先輩。私のことが嫌いじゃないのですか? 」
「え? 」
「つかさ先輩は、こなたお姉ちゃんのことが好きなのでしょう。こなたお姉ちゃんをひとり占めしている、
私がとても憎いはずです。今度は、一体何をたくらんでいるのですか? 」
 私は、先輩から決して目を逸らさずに、厳しい口調で言いきった。
 わざわざつかさ先輩の誘いに乗った理由は、お金の為だけなんかじゃない。
 企みを暴いて、私とこなたお姉ちゃんの関係を護らなければならなかった。


「ふうん」
 しかし、つかさ先輩の表情は変わらない。デフォルトとなっている笑顔のままだ。
「ゆたかちゃんは本当に頭が良いんだね」
 うっとりと、私を見つめてくる。
「何が…… 言いたいのですか? 」
「私はね。自分がそうじゃないから、できる人に憧れるの。もちろん、こなちゃんは大好きだよ。
でも、ゆたかちゃんも同じくらい好き」
「あ、あの…… 」
 つかさ先輩は、何を言いたいのだろう?
 訝しみながら先輩の顔を見つめていると、店員が料理とお酒を運んできた。
 若い女性の店員が手際よくコルクを抜いて、グラスに赤のワインが満たされる。

「ゆたかちゃん。乾杯しよっか」
「はあ…… 」
 私は言われるままに、グラスを合わせると、鈴の鳴るような乾いた音が響く。
「乾杯! 」
 グラスを傾けて、赤い液体を喉に流し込むと頭がぼうっとなってきた。
「ふふ。美味しい? 」
 つかさ先輩の声がやけに遠くから聞こえる。
「は、はい…… 」

 一旦はグラスを置いたけれど、すぐに喉が渇いてくる。
「遠慮しないでね」
 再び注がれたグラスに口をつける。ほんのりと甘くて、さっぱりとしていて、喉越しも良い。
「とても、美味しいです」
「ええ。そうね」
 つかさ先輩が、相槌を打った後に尋ねてきた。
「こなちゃん、元気にしている? 」

「こなたお姉ちゃんですか? 」
 お酒で身体が熱くなっているのを感じながら答えた。
「元気ですけど…… お店のチーフになったから最近はとても忙しいです」
「そうなの? 」
「最近は残業も多くて、遊びにいくこともままなりませんから」
「ふうん。今日もバイトなのかしら? 」
「ええ。私と違って最後までです」
 チーフに昇進したこなたお姉ちゃんの業務は、閉店時間までとはいかない。
 食材の発注や、バイトメンバーのシフトの調整など、煩雑な管理業務のせいで、帰りはとても遅くなる。
 お姉ちゃんのことを考えていると、何故か喉がとても渇いてきて、私はグラスをまた空ける。
 すぐにつかさ先輩が継ぎ足してくれる。
「ありがとうございます…… 」
「じゃあ、あまり遊びにいかないの? 」
「はい。仕事の時間が合わないことが多いですし、余裕もありませんから」


 仕事に明け暮れるお姉ちゃんを見ていると、少し悲しくなってくる。
 もっと、いろんなところに遊びに行きたいのに、思い出をたくさん作りたいのに。
 寂しさを紛らわそうと、あおるようにしてワインを飲む。
「ゆたかちゃんは、とても寂しいんだね」
「そうなんです。私、とっても寂しいです。バイトの人は優しくしてくれるけれど……
他に知り合いは…… いませんから…… 」
 急に呂律が回らなくなってくる。そう、私はとっても寂しいのですよ。つかさ先輩。
 だから、もっと、お酒をくださいね…… 

「ゆたかちゃん? 」
 ほとんど飲んだこともないお酒を、注がれるままに飲み続けた為に、急に眠たくなって机にうつぶせになる。
「つかさせんぱい…… とっても眠いですよう」
「駄目だよ、ゆたかちゃん。ここで寝ちゃあ」
 つかさ先輩が困った顔でたしなめるけれど、力が全くはいらずに、起き上がることができない。
「だめです。私、もう立てないです」
 ぼんやりとした状態のまま顔だけを先輩に向ける。つかさ先輩の顔がひどくぼやけて見える。
「ゆたかちゃん…… そろそろお家に帰ろうか? 」
「イヤ…… です。わたし、もう、歩けない」

 身体がふわふわして宙に浮いているみたいで、到底、家まで辿り着く自信がない。
「だったら、ホテルに泊まっていく? 」
 つかさ先輩が近寄り、私の耳元で囁く。
「そこで…… 寝て…… いいんですか? 」
「うん。大歓迎だよ。ゆたかちゃん」
「ありがとう…… ございます」
「ふふ。ゆたかちゃんはとっても良い子だね」
 先輩が私の頭を優しくなでてくれる。
「ふぁい…… つかさせんぱい…… おやすみなさい」
 視界はだんだんと暗くなっていく。
 意識が闇に堕ちる寸前まで、つかさ先輩は穏やかな笑みを浮かべていた。


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Affair 第2話へ続く






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  • これ結構続いていてビックリしました。この読者を引き込む力
    すごいですね -- クドリャフカ(鯨) (2008-12-21 01:28:59)
  • 今日も見かけたよ。
    たまにはお店にも行ってあげようかな。 -- みみなし (2008-12-04 21:41:11)
  • ついに続編がはじまりましたね。
    貴方の作品にはいつも驚かされつつも楽しく読ませていただいてます。
    私にはここまでの文章を書ききる度胸はない…尊敬します。 -- さすらいのらき☆すたファン (2008-12-01 20:00:58)

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