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投稿日:2010/06/11(金) 22:25:36 すっかり町中が秋から冬への衣替えを済ませた高校三年の十二月初め。 いつものように音楽準備室での勉強、そして息抜きのセッションを終えた私たちはこれまたいつものように帰り仕度を進めていた。 ただ、私だけはいつもと違うことを考えていた。 ここ最近、私の胸にはこれまで存在したことのなかったモヤモヤした何かが渦巻いていて、この日はその何かと決別すると心に決めていたのだ。 みんなが準備し終わるのを確かめると、私は普段どおりの自分を演じながら口を開いた。 「ごめん、私ちょっと用事残ってんだ。先帰ってていいよ」 嘘も方便。いや、嘘ではないな。私の気持ちを整理するという、大事な用事なんだから。 ちらりと一瞥する、元気よく手を振る、優しい笑顔を向ける、礼儀正しく一礼する。 四者四様の別れ方をするみんなを見送り、私は一人、佇んでみる。 誰もいなくなった音楽準備室を見回す。 そういやムギと初めて会ったのはこんな感じの寂しい状況で澪と二人、新入部員を待ってるときだったっけ。 よくよく考えてみりゃ澪だって半ば強引に引き込んだようなもんだったな。 この回想を引き金にいろんなことが思い出される。 唯の入部、初めての学園祭、梓の入部、澪とのちょっとしたすれ違い……、思い出してくとキリがないな。 ふと窓の外に目をやる。 ここから見る高校生活三度目の冬。四度目が無いのかと思うと何だか寂しい。いや、あっちゃ困るんだけどさ。 さて、そろそろ帰るか。視線を室内へ戻すと扉のところに澪の姿があった。 「何してんだ? ボーっと窓の外なんか眺めちゃって」 まさかの存在に驚きつつ、本心を悟られまいと冗談めかして答える。 「んー、感傷に浸るってやつ? もうすぐこの学校ともお別れなのかなって思うとさ。てか先帰ってていいって言ったじゃん。何でまだいるんだよ?」 見られたくないところを見られた照れ隠しから、無意識に語気が強くなる。 「いや、何か律の様子が違ってたなと思って」 「そうか? 私はいつもと何も変わらないぞ」 「あんな哀愁漂う背中を見せられて、それはちょっと苦しいんじゃないか?」 「うっ……」 確かに状況証拠はバッチリ揃っている。あとは私の自白待ちってところか。 観念した私は偽らざる気持ちを澪に白状する。 「……何か寂しくてさ。ちょっと前まではこの楽しい高校生活が永遠に続くような気がしてて。  もちろんそんなわけないことくらいわかってたけど、いざ受験やら何やらが近づいてきて周りを流れる空気っていえばいいのかな?  それが変わっていくのを感じるたびに、ああ、もうすぐ終わっちゃうんだなっていう事実を突きつけられてる気がして」 柄にもない言葉が口をついて出てくる。弱い私を見せられるのは、ここにいるのが澪だから。 「なあ、澪。一回合わせてみない?」 「え? もうみんなもう帰っちゃったし下校時間だって迫ってるぞ」 「いいじゃん、少しだけ。楽器始めた頃はこうだったじゃん。二人、ドラムとベースだけで音を創る。これが私たちの原点だろ?  その頃の私たちに見せてやろうぜ。高校で素晴らしい仲間に出会って、私たちはここまで上達したぞ、ってのを」 私はドラマーの定位置に腰を下ろし催促する。 * 「わかったよ。それじゃ少し待ってて」 私のワガママに近い提案に少し呆れた表情を見せながら、慣れた手つきでベースをセッティングしていく澪。その様子をドラム越しに眺める私。 見慣れているはずのこの光景も、このときばかりは何故か新鮮に感じられた。 「準備オッケー、いつでもどうぞ」 澪の準備が整ったことを確認し、私はスティックを四回叩き合わせる。 それは二人の会話の始まりの合図。 誰にも邪魔されない二人だけの時間。そこに言葉はいらない。 私のパワフルでハチャメチャなドラムに、澪の繊細な、だけど力強いベースが答える。 そう、これが私たちの会話。 ふとした瞬間に目が合う。お互いに、確かめあうように微笑み合う。 やっぱ楽しい。ずっとこうしていたい。だけど、そういうわけにもいかない。 そろそろ終わらせなきゃな。現実へのちょっとした悔しさから自然とリズムが速くなる。 すかさずその変化に合わせてくる澪。さすが、私の相棒だ。澪とリズム隊を組めて私はホント鼻が高いよ。 この日最も気持ちを込めたスティックを力強く振り下ろす。 これが二人の会話の終わりを告げる合図。 最後に叩いたシンバルの残響が私たちを包み込む。 「……さて、急いで帰るとするか」 「そうだな」 短い言葉を交わし、急いで帰宅の準備をする。 しばらくこの余韻に浸っていたかったが、あいにく下校時刻が目の前にぶら下がっていた。 「忘れ物ないな」 音楽準備室の鍵を閉めながら問いかけてくる澪に私は小さくうなずく。 さっきまで私の心にあったモヤモヤを音楽準備室に置いてきたけど、不要なものだし明日にでもゴミ箱に放り込んどくかな。 「じゃあ行こうか」 そう言って音楽準備室をあとにする澪の後ろ姿に私はつぶやく。 ――澪、ありがと。 「ん? 何か言ったか?」 足を止め、こちらを振り返る澪。その耳に私の声はしっかりとは届かなかったようだ。 「何も」 改めて言うのが照れくさくて私はついついはぐらかしてしまった。ヘタレだなあ、私。 「そっか。ホラ、急ぐぞ。律のおかげでこんなに遅くなったんだからな。もし先生に怒られたら何か奢ってもらわないとな」 「それは勘弁してほしいな。それじゃ急いで脱出するか」 ほんの少しだけ勇気を奮い立たせ、私は先を行く澪を追い抜く。 抜き去り際についさっきと同じ言葉をささやくと、私は澪の温かな手を取り一緒に階段を駆け下りた。 おわり!
投稿日:2010/06/11(金) 22:25:36 すっかり町中が秋から冬への衣替えを済ませた高校三年の十二月初め。 いつものように音楽準備室での勉強、そして息抜きのセッションを終えた私たちはこれまたいつものように帰り仕度を進めていた。 ただ、私だけはいつもと違うことを考えていた。 ここ最近、私の胸にはこれまで存在したことのなかったモヤモヤした何かが渦巻いていて、この日はその何かと決別すると心に決めていたのだ。 みんなが準備し終わるのを確かめると、私は普段どおりの自分を演じながら口を開いた。 「ごめん、私ちょっと用事残ってんだ。先帰ってていいよ」 嘘も方便。いや、嘘ではないな。私の気持ちを整理するという、大事な用事なんだから。 ちらりと一瞥する、元気よく手を振る、優しい笑顔を向ける、礼儀正しく一礼する。 四者四様の別れ方をするみんなを見送り、私は一人、佇んでみる。 誰もいなくなった音楽準備室を見回す。 そういやムギと初めて会ったのはこんな感じの寂しい状況で澪と二人、新入部員を待ってるときだったっけ。 よくよく考えてみりゃ澪だって半ば強引に引き込んだようなもんだったな。 この回想を引き金にいろんなことが思い出される。 唯の入部、初めての学園祭、梓の入部、澪とのちょっとしたすれ違い……、思い出してくとキリがないな。 ふと窓の外に目をやる。 ここから見る高校生活三度目の冬。四度目が無いのかと思うと何だか寂しい。いや、あっちゃ困るんだけどさ。 さて、そろそろ帰るか。視線を室内へ戻すと扉のところに澪の姿があった。 「何してんだ? ボーっと窓の外なんか眺めちゃって」 まさかの存在に驚きつつ、本心を悟られまいと冗談めかして答える。 「んー、感傷に浸るってやつ? もうすぐこの学校ともお別れなのかなって思うとさ。てか先帰ってていいって言ったじゃん。何でまだいるんだよ?」 見られたくないところを見られた照れ隠しから、無意識に語気が強くなる。 「いや、何か律の様子が違ってたなと思って」 「そうか? 私はいつもと何も変わらないぞ」 「あんな哀愁漂う背中を見せられて、それはちょっと苦しいんじゃないか?」 「うっ……」 確かに状況証拠はバッチリ揃っている。あとは私の自白待ちってところか。 観念した私は偽らざる気持ちを澪に白状する。 「……何か寂しくてさ。ちょっと前まではこの楽しい高校生活が永遠に続くような気がしてて。  もちろんそんなわけないことくらいわかってたけど、いざ受験やら何やらが近づいてきて周りを流れる空気っていえばいいのかな?  それが変わっていくのを感じるたびに、ああ、もうすぐ終わっちゃうんだなっていう事実を突きつけられてる気がして」 柄にもない言葉が口をついて出てくる。弱い私を見せられるのは、ここにいるのが澪だから。 「なあ、澪。一回合わせてみない?」 「え? もうみんなもう帰っちゃったし下校時間だって迫ってるぞ」 「いいじゃん、少しだけ。楽器始めた頃はこうだったじゃん。二人、ドラムとベースだけで音を創る。これが私たちの原点だろ?  その頃の私たちに見せてやろうぜ。高校で素晴らしい仲間に出会って、私たちはここまで上達したぞ、ってのを」 私はドラマーの定位置に腰を下ろし催促する。 * 「わかったよ。それじゃ少し待ってて」 私のワガママに近い提案に少し呆れた表情を見せながら、慣れた手つきでベースをセッティングしていく澪。その様子をドラム越しに眺める私。 見慣れているはずのこの光景も、このときばかりは何故か新鮮に感じられた。 「準備オッケー、いつでもどうぞ」 澪の準備が整ったことを確認し、私はスティックを四回叩き合わせる。 それは二人の会話の始まりの合図。 誰にも邪魔されない二人だけの時間。そこに言葉はいらない。 私のパワフルでハチャメチャなドラムに、澪の繊細な、だけど力強いベースが答える。 そう、これが私たちの会話。 ふとした瞬間に目が合う。お互いに、確かめあうように微笑み合う。 やっぱ楽しい。ずっとこうしていたい。だけど、そういうわけにもいかない。 そろそろ終わらせなきゃな。現実へのちょっとした悔しさから自然とリズムが速くなる。 すかさずその変化に合わせてくる澪。さすが、私の相棒だ。澪とリズム隊を組めて私はホント鼻が高いよ。 この日最も気持ちを込めたスティックを力強く振り下ろす。 これが二人の会話の終わりを告げる合図。 最後に叩いたシンバルの残響が私たちを包み込む。 「……さて、急いで帰るとするか」 「そうだな」 短い言葉を交わし、急いで帰宅の準備をする。 しばらくこの余韻に浸っていたかったが、あいにく下校時刻が目の前にぶら下がっていた。 「忘れ物ないな」 音楽準備室の鍵を閉めながら問いかけてくる澪に私は小さくうなずく。 さっきまで私の心にあったモヤモヤを音楽準備室に置いてきたけど、不要なものだし明日にでもゴミ箱に放り込んどくかな。 「じゃあ行こうか」 そう言って音楽準備室をあとにする澪の後ろ姿に私はつぶやく。 ――澪、ありがと。 「ん? 何か言ったか?」 足を止め、こちらを振り返る澪。その耳に私の声はしっかりとは届かなかったようだ。 「何も」 改めて言うのが照れくさくて私はついついはぐらかしてしまった。ヘタレだなあ、私。 「そっか。ホラ、急ぐぞ。律のおかげでこんなに遅くなったんだからな。もし先生に怒られたら何か奢ってもらわないとな」 「それは勘弁してほしいな。それじゃ急いで脱出するか」 ほんの少しだけ勇気を奮い立たせ、私は先を行く澪を追い抜く。 抜き去り際についさっきと同じ言葉をささやくと、私は澪の温かな手を取り一緒に階段を駆け下りた。 おわり! #comment

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