けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

ROCK!!6

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mioritsu

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 和に嫉妬したことがあった。
 私と澪のクラスは別れてしまって、なんとなく笑い話に澪のこと笑ってた私だけど、本当に寂しかったのは私の方だったのだ。
 『二年一組秋山さん』と『二年二組田井中律さん』という仕切りに、違和感も途方に暮れていたし、澪に突っ込んでもらわなきゃ収まりがつかなかった。
 だからって休み時間、毎度澪に会いに行こうとも思わなかった。
 そうすることは、私の澪への言葉の裏切りになってしまうから。
 寂しかったら、いつでも遊びに来ていいんだよ。
 寂しいのは私のくせに。遊びに来てほしいのに。
 私は寂しくない振りを装った。その装いは、本当にしなきゃいけないから。
 寂しいのなら、いつでも遊びに来ていいんだよと私は言ったんだ。
 それは、澪が寂しいと思う事を前提とした言葉で、『私が』寂しいから、という意味合いじゃないと誰だって受け取るだろう。
 遊びに行くではなく、遊びに来てもいいよなのだ。
 それは、寂しさのベクトルが違う。いつも一緒にいて、寂しかったら会いに行くのだ。
 だから、私は寂しくないと振舞わなきゃいけなかった。
 唯やムギといつも一緒にいて、新しい友達も何人か作った。
 それと同じように、澪も前々からの知り合いといつも一緒にいて、新しい友達を作るんだ。
 私だけが何かをするわけがない。
 私がすることや、誰かがすることを、澪だけがしないわけがない。
 澪だって新しい友達に出会ってしまう。
 それが怖くて溜まらなかった。
 なんて私はわがままなんだって、思った。
 澪は私だけのものじゃないのに。澪の友達は私だけのはずがないのに。
 澪の大事な人は私だけのはずがないのに……そう思うけれど、澪が他の誰かと楽しそうにしているのが、とても辛かった。 もう私の事、忘れちゃったんじゃないかって不安で。私の事を特別に見てくれていないんじゃないかって心配で。
 だから一際仲良くなっていた和には、いろいろときつく当たったこともある。
 喫茶店でお茶をして意気投合する二人に突っ込んでぶち壊しにしたり、二人で楽しそうにしているランチタイムに突撃したり。
 せっかくそれを中止してまで昼練に来てくれた澪に迷惑をかけたり、結局喧嘩になって。
 本当にサイテー野郎だなって、当時は思った。
 だから昼練の時、頑張れなかった。澪に、和に申し訳なくて。
 ドラムを叩いたって、澪のベースに重なってみたってつまらなくて。
 こんなんじゃ駄目だって思ったし、頭の中や心の中にモヤモヤした黒いのが広がって、キリキリ痛くて。
『ごめん、なんか調子でないよ』
 また放課後ね。
 そう言って、皆を放置して逃げ帰った。
 授業にも出ずに、昼休みの喧騒に包まれた教室に戻って、鞄を掴んでさっさと学校を出た。
 皆はどう思ったか知らないし、もしかして嫌われたかもって思ったけど、誰かの大切な時間をぶち壊しにする奴は嫌われてもいいんだ。
 澪があんなに楽しそうに笑ってた時間を、私のわがままやただの嫉妬で崩しちゃうような奴は、嫌われて当然だって。
 本当は嫌われたくないくせにな。
 でも嫌われて当たり前な事してるんだから、そうなるよ。
 だっせーな田井中律。


 そう思ってた時期と、今の私は似ている。
 嫉妬して、澪を――軽音部の皆を困らせてた。迷惑掛けて、一人だけ塞ぎこんでた。
 あの時の私にそっくりだ。
 受験に失敗して、澪を――四人を困らせて、会いたくないと泣きごとを言ってる。
 もうあんな風にならないって決めてたけど、やっぱりなってるじゃん。

 あんなに澪にたくさんの物をもらったのに。
 私はまだ、それを返せていないんだ。









 律の様子がおかしくなった時の事はよく覚えている。













 私が和と唯とお茶を飲んでいて、唯の事について話が盛り上がった時だ。
 突然現れた律が、隣に座りながら私にぶつかってきたのだ。
「律、なんでここに?」
 帰ったのかと思っていた。私は和たちとお茶をすると言っても、律は何も言わずに無表情だったから。
 てっきり私も行くと言い出すかもと思っていたけど案外そうでもなくて、律はムギと梓を連れて街中へ消えていったのだ。
「いやー、たまたまねー」
 そう笑った律は、なんだか変だった。
 たまたまって、さっき私と唯とは逆の方へ行ってたんだけど……とは突っ込めなかった。
 律の笑みはなんだかぎこちなくて、どこか作っているような違和感が拭えなかったのだ。
 それから和に愛想よく挨拶する律に、私は声をかける。
「ちょっ、律」
「なに? なんか嫌なの」
 律が眉を寄せる。顔が迫ってくるのに、私はまた変な感覚を覚える。
「いや、そうじゃないけど……」
 なんだってこんなに突っかかってくるんだろう。
 そりゃいつも突っかかってくるし、いじりもするし構ってくるけど、露骨に私にベタベタするなんておかしい。
 二人きりでとかなら何度だってあるのはある。だけど笑顔を崩さないまま唯と和に話しかけている。
 どうしたんだよ、律。










 律が部室を出て行った。
「りっちゃん――」
「いいよ、唯」
 律の出て行った扉から目を逸らす。
 ……馬鹿律。




 何やってんだよ律……律がいなきゃ始まらないってのに。
「……どうします?」
 梓が心配そうな表情で言う。私はそんなのに全然考えが回らなくて、出て行ってしまった律のことで頭がいっぱいだった。 どうしてどうして。
 律があんなに悲しそうな表情で俯いていて、何の理由も言わずに出て行ったこと。
 その理由を探すことだけが頭に巡っていたのだ。
「あ、ええと……」
 声に出したけど、何も出ない。
「練習……する?」
 ムギが私たちに目配せした。練習……律なしで。
 それはしたくないし、律がいなきゃまとまらない。
 ドラムという重要な楽器が鳴り響かないのはもちろんだし、律という部長でもあって大事なムードメーカーがいない。
 律の元気なワンツーという掛け声がないと、締まらない……さっきも元気はなかったけど。
 なんで律はあんなに変なんだろう。
 私、何かしたのかな。したんだったら、謝らなきゃいけないのに。
 意識を戻すと、長く沈黙が続いていたようで、皆が私を見ていた。
「じゃ、じゃあメトロノームでやろう」
 律のドラムじゃなきゃ嫌なのに、適当に言ってごまかした。
 それに、律に声をかけようとした唯の声を無理やり止めておいて、今から律を追うのはあまりに自分勝手だ。
 せっかく昼に集まったんだし、嫌だけど律なしで練習した方が私も気が紛れる。
 棚の上にあったメトロノームをソファの上へ移動させ、曲のリズムに合わせる。
 カチ、カチという久しぶりに耳にした音を頼りに、せーので演奏をした。リズムを取ってくれているので、もちろん全員の演奏はピッタリあう。
 むしろ律よりも全然走っていないし、強弱もないから重なりはバッチリだった。
 私は気張ることなくピックで弦を弾いた。
 だけど。

 だけどこんなの、つまらない。
 私たちの曲になっていない。
 私はベースの運指をやめて、演奏の途中で俯いてしまった。
 突然ベースの音がなくなった事に驚いたのか、ムギ、梓、唯、と徐々に演奏を中止し、音は減って、
 最後はメトロノームが寂しくなっているだけになった。
「やっぱり、もうやめにしよう……」
 皆の意見を聞かずに、私はベースをホルダーに置く。そして持ってきた荷物を持ってすぐに部室を出た。
 部室を出るまでは平静を装って歩いていたけど、部室の外へ出て扉を閉めた瞬間、私は走り出した。
 律に会って、話さなきゃ。



 二年二組を覗くと、律はどこにもいなかった。
 まだ昼休みなので教室はざわざわとしている。
 知らない人たちばっかりで私も少し緊張するが、律を探すことに躊躇はなかった。
(……律)
 入り口でキョロキョロしていたからなのか、律と同じクラスの人が話しかけてきた。
「誰か探してるの?」
 人見知りの性か、どぎまぎする。でも、一応言葉は紡ぐ。
「え、いや。ええと、田井中律は……」
「田井中さん? 午前中までいたけど、いないの?」
 彼女は教室の中を見ながら言った。それから少しして、何かに気付いたように、あっと漏らす。
「田井中さん、帰ってる」
「――えっ?」
「だってほら、田井中さんの席はあそこだけど、鞄がないよ」
 ほらあそこあそこ、とでも言うように教室の中を指さす彼女。
 私は少し戸惑いながら、指の向いている方向にある机を見た。
 不自然なほどポッカリと、何も置かれず、誰も座っていない机があった。
 その周りでは、いろんな人が談笑しているというのに。
 律が、帰った……?
 まさか。中学でも皆勤もらうような奴だぞ。調子悪くても意地でも授業には出るはず。
 それなのに昼休みの内に帰ってしまうなんて……ありえない。
 ありえたかもしれないし、私が知らないだけかもしれないけど、私の知っている律は早退なんてしなかった。
 律――……。
「あ、ありがとう……」
 私は無気力に囁いてその場を後にした。



 自分の教室に帰って、一人で机に伏せる。
 一人ぼっちで、話す友達もいないから寝てるふりをしているように見えるかもしれない。
 だって教室は、友達とわいわい盛り上がって話をするクラスメイトで溢れかえっていた。
 その中に一人ポツンと、机で顔を伏せている子がいる。こんなに場違いなことはない。
 だけど昔はそうだった。盛り上がっている教室の中で、一人で静かにしている私。
 その私に話しかけてくれたのは律だ。
 だからこうして一人でいれば、また律が出てくるんじゃないかって。
 帰ったけど、何してるのって私に話しかけてくれるの待ってる。



 だけど、結局昼休みは終わってしまった。律は来なかった。
 授業中は律の事をずっと考えていて、授業の内容はまるで頭に入らなかった。
 動き出したい衝動でじりじりと心が疼いたり、律がどうしてるのかとか、なんであんなに悲しそうに俯いていたのか、考えるだけで苦しい。
 数学のノートを取れなかった。和に見せてもらいに行った。
「ごめん和。さっきの数学のノート、見せてくれないかな」
「え? 澪、授業出てたでしょ?」
「……全然取らなくて」
 授業に出てたのに、先生が黒板に書いていた数式やポイント、公式も全部書き逃すなんて。
 普通に考えるとおかしい。考え事をしてたって言うと、また和は詮索するだろう。
 律の事だなんていうと、また心配させてしまう。
「澪が授業中にボーっとするなんて、珍しいわね」
「……ごめん」
「何かあった?」
「いや……でも、ありがとう。すぐに返すよ」
 受け取って、すぐに自分の席に戻る。白紙のノートに、和のわかりやすいノートを書き写していく。
 誰かにノートを見せてもらうなんてことはあまりないから、
 少し馴染まない感覚がある。ノートを誰かに見せる事は慣れてるのに――。
 誰かじゃなくて、律だけだ。私がノートを見せるのは。
 そう思うと、また心が軋んだ。

 放課後部室に行くと、みんな揃っていた。
「さっきは、ごめん。何も言わず、戻っちゃって」
 謝ると、皆はそんなことないよというように笑ったりしてくれた。
 また一つだけ、席がポッカリ空いている。
 律が来ていない。
 その事実を突きつけられたような気がして、私は入り口で少し立ちつくした。
 なんだよ……放課後にって言ってただろ……。
 伝わるはずもない声を、心の中で律に伝えた。また放課後ねって言ったじゃないか。
 そう言って出て言ったじゃないか。
 たとえ家に帰っても、放課後になったら来るんじゃないかって、ちょっとだけ期待してたし、そうしてくれるとも思っていたのに。
「澪先輩?」
「……あ、ごめん」
 梓の声で我に返ると、扉を閉めてソファに鞄を置いた。
 鞄は四つ、か。
 律がいないのが、こんなにも堪えるなんて。
 私はいつも席に座りながら、律と同じクラスの唯とムギに尋ねた。
「律、は……?」
 わかっていた。でも。
 二人は目を逸らして言いにくそうにしたが、唯が言う。
「りっちゃんね、調子悪いらしくて早退したんだって」
「誰から聞いたの?」
「担任の先生だよ。りっちゃん、帰る前に先生に言ったらしいんだ。調子悪いので帰りますって」
「そ、そうなんだ……」
 唯の言葉を聞いたところで、私の心は晴れやしなかった。
 律が帰ったのはわかってるんだ。早退したのだって、多分そうだろうなって思ってたんだ。
 だから、予想通りの言葉しか唯たちから聞けない事に、不安はまた増していく。
 律。
 律は今……何してるんだ?
 そんなことを考えながら、皆自分の席に座って、何も話さないままじっとしていた。
 沈黙は貫かれ、何分何十分も経って――だけど、律は来ない。私の真正面の席で、笑ってたあいつがそこにいない。
 あるのは、『何もない』がある。私の頭で笑ってる律の顔だけがそこにある。
 その日の放課後は、律は来なかった。
 練習もせずに、皆気まずい中お茶をするだけに終わった。
 帰りに律の家に行けば会えるのに、私はなぜか怖くて、寄りもしなかった。
 それに、あんな態度取っておいて何様なんだよ私。
 律にあんなに怒鳴っておいて。



 次の日の朝、律を迎えにいかなかった。
 不安だった。会いたいのに、昨日喧嘩みたいな事をしてしまったから。
 学校で謝ろう。放課後、部室でいつものように接しよう。
 そう思って、私は律の家を通り過ぎた。

 放課後。部室に律の姿はない。
 唯たちによれば、学校には来ていたというのだ。
 三人で弁当を食べたとも言っている。調子が悪かったんじゃなかったのだろうか。
「様子は……どうだった?」
「なんかね、ぼーっとしてた。話しかければ反応はするのに、自分からは何も話さなくて」
 あの律が自分から会話を吹っ掛けないなんて。
 相当、何か抱えてる。
「それで部活に誘わなかったんですか?」
 梓が尋ねると、ムギは申し訳なさそうに俯く。
「ごめんなさい……りっちゃん、トイレに行くって行ったっきり戻ってこなくて」
 そしてそのまま早退したらしい。教室に置きっぱなしだった鞄は、先生が持っていたとか。
 恐らく律は最初保健室に行ったんだろう。そして先生が鞄を律の元へ持っていき、そのまま律は早退した。
 それはムギの所為じゃないよ、と私は囁くけれど、もし私が同じクラスで、律の様子がおかしかったらいつも一緒にいると思う。
 だからってムギたちが悪いわけでもない。悪いのは。
 ――悪いのは、誰なんだよ。
 皆を困らせてるのは律だ。だけどその律が今何かに困っている。
 だからこそ皆に迷惑をかけている。なら、その困っている原因を作ったのは誰なんだ。
 ……私、なのだろうか。
 昨日から――いや、和とお茶を飲みに行った時から、律の違和感は感じていた。
 あの時、私は律に何かをしてしまったんじゃないか。
 律を傷つけるような事、律を困らせたり悩ませる事を、言ってしまったんじゃないのか。思い出せ私。
 何かしたら謝らなきゃいけないって、昨日から思ってるだろ。

 しばらくして、さわ子先生が来た。
 つまらない事を言ったり、律がヘヴィメタに進むとか……
 今の私にとってはどうでもいい事を延々と述べていたけれど、それは私たちに落ち込むなと言いたげな口調だった。
 くよくよするなということだろうか。
 元気づけるためにそんな話をしているのなら、ありがたく思う。
 思うけど、喜べない。
 今日はもう、律はやってこない。
 私は、立ち上がった。
「練習しよう」
 学園祭も近いから、律なしでも少しぐらいは練習しなきゃ……。
 昨日の昼に私も練習切りだしてさっさと逃げたけど、でも律がいないことに嘆いてたら、学園祭に成功はない。
 律は、戻ってくるんだ。その時、下手になってたら駄目なんだ。
 今日はもう律は来ないかもしれないけど、明日だってある。今日部活が終わったら律の家に行って、話す。
 そしたら明日にでも来てくれるかもしれない。もしその時腕がなまってたら、笑われてしまうから。
 そう言い聞かせて。
「律先輩を呼びに行かなくていいんですか?」
「仕方ないだろ……」
 そうだよ、仕方ないんだよ。
 そう言い聞かせなきゃ、もう収まりがつかなかった。
 律がいない。それでどうするんだ……練習しなければいいって? しなかったらどうするんだ。
 このまま律を待つのか? 
 ずっとずっと律を待ってるのか? 
 『放課後ね』って言った律の言葉を信じたいよ。律の言葉、私だってずっと待ってたい。
 そうなるの、信じてるのに。
 呼びに行く。律を?
 無理やり連れてきたって、楽しい練習なんてできやしない。
 律は来ない。
 来ない、来ない。
 もうそんなの考え続けるの、嫌だ。
 練習してた方がマシだ。律に想いを巡らせて静かな時間を過ごすこと。
 律がいないままずっと静かにいること……そんなの辛い、苦しいなんかじゃ済まない。
 だったら練習して、時間を忘れてさっさと済ませた方がいい。
 練習に『さっさと』という扱いをするのは気が引けるけれど……。
「このまま、律先輩が戻ってこなかったら……」
 梓が突然そんな事を言いだす。
「もしくは代わりを探すとかね」
 さわ子先生が、切り出した。
「っ……」
 代わり? 
 律の代わりなんて――律じゃなきゃ、律じゃなきゃ。
 私嫌だ。
「りっちゃんの代わりはいません!」
 そう言い放ったのはムギだった。普段からは想像できない怒声。
 私も怒鳴りたいくらいだった。律の代わりはどこにもいない。
 走り気味でリズムキープも大変だけど、勢いがあって力強くて――そしてそんなドラムを叩く律の事が大好きなのに。
 例え同じようなドラムテクを持っていて、走り気味で、大雑把なドラムを叩く人がいたって、律を選ぶ。
 梓は、律のこと信じてないのかな。
 さわ子先生は、バンドメンバーは誰でもいいなんて思ってるのかな。
 そんなはずないだろうとは思うけど、律の事信じてたら、帰ってこないなんて思えない。
 本当に五人の大切さを知っていたら、律の代わりがいないことなんてわかるのに。
 帰ってこないわけがないんだ。
 ここには律がいなきゃいけないんだ。






 澪ちゃんが悪いんだ。りっちゃんが調子を悪くしたのは澪ちゃんの所為なんだ。
 りっちゃんという相手がいるのに、和ちゃんと仲良くなって。どうしてそこに察することができないんだ。
 いつだって一緒にいたのに、クラスが分かれたからってりっちゃんとはあまり話さなくなるなんて、りっちゃんの気持ちがわかってないんじゃないかって思う。
 そりゃ澪ちゃんも、りっちゃんが大事なんだってわかってる。
 さわ子先生も含めた五人で座って待っている時、澪ちゃんはずっと目を伏せて、悲しそうにしていた。
 ときどき唇を噛み締めたり、拳を握り締めたり。葛藤や焦りみたいなのが、澪ちゃんの表情から読み取れていた。
 やっぱりりっちゃんの事を心配しているようだった。
 さわ子先生が言った。
「もしくは代わりを探すとかね」
 その言葉は、私にも響いた。
 りっちゃんの代わり。
 それはりっちゃんを捨てて、別の誰かで演奏をするということ。
 そんな事、駄目だって自分の心が怒りに湧いた。
 だから、いつもの私とは違う声で叫んでいた。
 りっちゃんの代わりはいないんだと。
 澪ちゃんからりっちゃんを奪えないのはわかっているけれど、奪ってしまいたい私がいるんだ。
 でもそうするのが、二人の幸せを壊すことに繋がる事を私は知っている。
 りっちゃんと澪ちゃんは、お互いを気遣いあいながら生きている。
 だけど、その気遣いと相手に対する想いの余り、すれ違いが起きやすい。
 すれ違いが起きる事は、相手を想う裏返し。
 私じゃ澪ちゃんに敵わないって、多分一年後も、二年後も思ってるだろうな。






 また律先輩は、澪先輩を困らせている。
 なんでか知らないけれど、昼休みの昼練習の時、律先輩は澪先輩にちょっかいを出してばかりだった。
 澪先輩の髪をやたら構ったり、怖いDVDを持ってきたり……
 律先輩の笑顔は、いつも見たいに元気な笑顔だったけれど、無理やり作っているような陰りのある顔だった。
 何してるんだ律先輩って思った。澪先輩はやめろって言ってるのに。
 私はまあいつものように終わるだろうと思った
 ――本当は澪先輩が律先輩と触れあってるところを見たくなかった――ので、アンプの音量を調節したり、チューニングを唯先輩としていた。
 だけど、突然澪先輩が怒鳴ったのだ。
「そんなこと言ってないだろ!」
 澪先輩の声は、今まで見てきた澪先輩の、一番怖い声だった。
 律先輩と澪先輩は睨みあって、お互いがお互いの事を――そうだと思いたくはないけれど、とっても憎たらしいような目をして見ていた。
 あの律先輩が……澪先輩の事をいつも構って大事にしているのに、眉を寄せて睨んでいる。
 澪先輩は歯を噛み締めたように顔を強張らせていた。
 ムギ先輩がお菓子の話をし始めた。おいしいタルト。
 そんな事を言われても、二人の間を割る事に繋がらない。
 ど、どうしよう。なんとかしなきゃ……。
 ふと床を見ると、さっき唯先輩につけてつけてと言われていた猫耳が落ちていた。
 少し恥ずかしいけれど、二人の空気をいい意味でも悪い意味でも断ち切るにはこれでもなんでもいい。
 とにかく何かしなきゃ!
 羞恥心を捨てて、猫耳を付けて言った。
「み、みなさん! 仲良く練習しましょう……うぅ……」
 思いっきり声を上げたが、皆呆気にとられた顔で私を見ていた。
 は、外した……。
 数秒の沈黙がザクザク胸に刺さる。
 ところが。
「そうだな……」
 律先輩の声だった。
 顔を上げると、澪先輩が目を逸らして床を見つめていた。律先輩は、後ろめたそうにしている。
「練習するか……」
「うん……やろっか」
 やった、私の恥は無駄じゃなかった。
 律先輩も澪先輩も自分の持ち場について、少しだけ調整をする。
 私は、なんとかできたと嬉しかったけど、澪先輩の横顔は思い詰めたような表情である事に気付いて、そんな気持ちはなくなってしまった。
 思わずピックを落としそうになるけれど、持ちこたえた。
 なんだか、複雑。
 律先輩のワンツーの掛け声で、演奏を始める。
 学園祭近いから頑張って、澪先輩に褒めてもらいたい。
 滑って落としそうな不安の汗の事なんか忘れて、指を動かす。
 イントロから順調に演奏する。
 けど――あれ、ふわふわ時間ってこんな曲だったかな、と思うほどに力強さも何もない演奏に自分がおかしくなったんじゃないかと思い始めた。
 チラリと横を見ると、ムギ先輩が私の後ろ――つまり律先輩の方を見て不安そうにしていた。
 私も気になって振り返る。
 走っていないドラムと、正確なリズムキープ。
 すごい。すごいけど。
 律先輩じゃないみたいだ。
 澪先輩を一人占めしてしまう律先輩はあんまり好きじゃないけれど、バンドの仲間として、先輩としては大好きなのに。
 走り気味で少し力み過ぎなドラムも、律先輩だからこそだと思うのに。
 そんな律先輩のドラミングを、いつの間にか全員が、不思議そうな顔で見ていた。
 もちろん澪先輩も。
 一人一人その違和感に耐えれなくなって、演奏を中止する。
 律先輩もそれに気付いて、キリよく演奏をやめた。そして俯いてしまったのだ。
「律……?」
 澪先輩が名前を呼ぶ。
 律先輩は答えない。
「あのさ、ドラム走らないのはいいけど……パワー足りなくないか?」
 澪先輩も私と同じことを思っていたんだろう。
 きっと澪先輩は、誰よりも律先輩の事はもちろん、律先輩の大雑把なドラミングが好きなはずなのだ。
 長年一緒にいたんだから、ちょっとの変化だって見過ごせやしないだろう。
 そんな澪先輩の心配をよそに、下を向いたまま何も言わない律先輩。
「おい、律!」
 澪先輩が今度は強く律先輩の名を呼ぶ。
 律先輩はよろめきながら立ち上がって、謝った。
「ごめん、なんか調子出ないよ」
 一瞬だけ見えた律先輩の顔は、悲しみの色に染まっていた。
「また放課後ねー」
 そう言って、先輩は出て行ってしまった。
「りっちゃん――」
「いいよ、唯」
 何か声を掛けようとした唯先輩を、澪先輩が止める。
 そして澪先輩は、切なく目を細めた。


 また、また。また律先輩は澪先輩を困らせた。
 あんなに切なそうな目をした澪先輩は初めてだ。
 そんな顔にしたのは律先輩で、澪先輩にそんな顔をさせられるのは律先輩だけだ。
 やっぱり敵わないのかもしれない。
 多分、一年後も二年後も思ってるんだろうなあ。


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