けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

ROCK!!13

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mioritsu

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「ドラムセット……どうするかな」
「梓に聞けば、部費で買ったのが部室にあるらしいぞ」
「ドラムの奴が入ったのか?」
「そうらしい。新入部員が二人入って、私たちと同じ編成だとか」
 澪が髪を梳かしながら答えた。私は鞄に荷物を詰めている。
 鈴木さんと憂ちゃんがそれぞれベースとキーボードで入っていたのは知っていた。
 でもそれだけだとドラムがいないよなと残念に思っていた。
 新歓ライブはさわちゃんの下手糞なドラムでやったらしいけれど、ドラムの私はその辺りを心配していた。
 でもよかった。ドラムをやる奴が入ったんだな。
「……じゃあ持っていかなくていいか」
 私は家の屋根裏にしまってあるドラムセットを想った。
 五人で演奏する時はあれって決めてたけど、持ち運ぶのは大変だし、部室にドラムが二つは邪魔だろう。
 慣れないけれど、その部費で買ったドラムでも、叩ければそれで……。
 と思った矢先だった。
 ピンポーン、と来客を告げるチャイムが鳴る。
 時刻は十二時。すでに昼食は済ませた私たちだけど、こんな時間に私の家に訪ねてくる人なんて珍しい。
「は、はーい」
 そう言って、澪は長い髪を跳ねさせながら部屋を出ていく。
 田井中の名前じゃないのに自然に出ていくなんて事はこれが初めてじゃない。
 もう私の家族みたいなものだったし、慌てて来客に会いに行く後ろ姿は、ドラマとか漫画でよく見るお嫁さんそのものだった。
 階段を降りる音が途絶える。恐らくお客さんと話している。
 私はドラムスティックを鞄に入れた。
 ……これから、放課後ティータイムが揃う。
 梓、唯、ムギ……皆と、全員顔を合わせるのは、もう五か月ぶりだ。
 梓は先月書店で会ったけれど、きちんとあの場で皆が私を見るのは、卒業式で落ち込みまくって何も喋らなかった時以来だろうと思う。
 もしあの卒業式で私がはしゃぎまくってたら、皆軽蔑しただろうな。
 あの時は、それでいいんだって思ってた。
 静かな私になる。受験に失敗したことや、皆に迷惑かけた事を罵られないように頭を低くして生きようって、あの時は決め込んでいた。
 でもそうすることは、私も澪も苦しめる事に繋がっていた。
 私が受験に失敗しなけりゃよかったんだ。
 そうすれば誰かが苦しむことも、澪が苦しむこともなかったんだ。
 私も、澪の嫌いな静かな私になる必要もなかった。
 もっと真面目にやってりゃよかったんだよ。
 過去に戻りたいって、何度願ったかわからない。
 受験前に戻れたなら、私は死ぬ気で勉強するよ。
 そして合格して、四人で大学に行ってバンド組んで……梓が遅れて入ってきて。五人でまた笑い合う生活にしてみせる。
 でもそれはもう叶わないんだ。
 過去に戻る事は出来ない。
 もう『今』も戻ってこないんだ。
 こんな事悩んでも仕方ないのに、そればっかり思ってしまう。
 もし過去に戻ったらああしてこうして。澪と一緒にあんなことしてって。
 くだらない空想だ。もうそれは叶いっこない願いでしかない事、さっきから何度も繰り返し考えてる。
 叶わないから、絶望してた。
 今も、その絶望に押し潰されるのが怖い。
 だからって怖がってばかりじゃ、澪に何かをしてあげられない。
 怖くても、私が私に戻るために、何かをしなきゃいけないんだ……。
 まず、五人で顔を揃えられるぐらいにならないと駄目だ。



「り、律!」
 来客を迎えていたはずの澪が、勢いよく部屋に戻ってきた。
「どうしたんだよ」
「外外!」
「はあ……?」
 私はカーテンを開いて外を見た。
「なんだあれ」
 玄関から出てすぐの道に、軽トラックが来ていた。
 それもよく目にする農機具を運んだりするような奴じゃなくて……なんというかメタリックでかっこいい外見の軽トラックだ。
 ただの住宅街に止まっているものとしては明らかに違和感がある。
「なんかムギがドラムを運ばせるために手配したらしいんだ」
「ムギが?」
 一階に下りると、ムギの執事の斎藤さんが立っていた。私に挨拶を言ってから深々とお辞儀をする。
 毎度毎度礼儀正しくて調子が狂う。
「紬お嬢様からお手紙が」
 私は斎藤さんから便箋を受け取った。それを開く。澪も横から覗いてくる。
「りっちゃんは五人の思い出が詰まったあのドラムを使わなきゃ駄目です。斎藤の軽トラックを使って運ばせるから、必ずあのドラムセットを持ってくること」
 澪が文章を読んだ。手紙の内容はそれだけだった。
「というわけですので、お持ちいただけますか」
 斎藤さんが落ち着いた声色で言う。
「あ、はい」
 私は澪に目配せして、ドラムのしまってある屋根裏に二人で向かった。


 屋根裏は、酷く埃が積もっていた。
 ドラムセットは箱にしまってあって、屋根裏の一番手前にあった。私と澪は幾つもある箱をとりあえず全て持って降りた。
 ドラムは分解されているので箱がたくさんある。二人で運ぶのは少し大変だったけれど、それほど苦ではなかった。
 玄関まで持っていくと、斎藤さんが軽トラックに運んでくれた。
 全部荷台に積み終わると、私たちに挨拶をした。
「それでは失礼します」
「あの……ムギにお礼言っておいてください」
「わかりました。お伝えしておきます」
 失礼します、と後付けし玄関を出て行った。それを見送ろうと、私たちも急いで靴に履き替えて外に出る。
 そして、軽トラックが道の向こうへ消えていくのを、いろんな気持ちを心に溢れさせながら見送った。
 エンジンの音が耳からまったくなくなった後、私は呟いていた。
「五人の思い出が詰まったあのドラムを使わなきゃ駄目……か」
 そうだった。
 あのドラムは、皆で一つになった証みたいなものだった。
「律……?」
 澪が私の名前を呼んだ。独り言が気になったのかもしれない。
「やっぱり、あのドラムで演奏したかったのかもな私」
「……そうだな。律はやっぱりあのドラムじゃないと」
 ヤマハのヒップギグ。
 買いに行った時の事はよく覚えている。
 澪と一緒に行って、値切って値切ってようやく買って。帰りに運んでる時は、もう早く叩きたくて仕方なかった。
 澪も次いでベースを買って……二人で味気ないリズムばっかり演奏してたけど、それも楽しかったのだ。
 忘れてた。
 毎日叩いてたけど、受験に失敗したあの日から叩かなかった。
 逆に思い出を思い出すのが怖くて、しまっちゃったんだ。
 あんなに澪と一緒に演奏するのが楽しかった、相棒なのに――。
 私は道の真ん中で佇んだまま、両手の平を見た。
 まめは、完全になくなっていた。
「澪……」
 私は空を仰いだ。
 ほとんど独白だった。
「もし今日家に戻ってきた時、今日一日が楽しいと思えたら……」
 五人で演奏して、お茶を飲んで、会話する。
 それがあと数時間で始まる。
 それを楽しいと思えるか思えないはわからない。
 思えないかもしれないと、今でも怖い。
 皆に会うのが不安で不安で仕方ないのも事実。
 でも、それを楽しめたなら。
 皆に私の笑顔が見せれたら。
「二人で演奏しようぜ」
 青い空を見つめ続けているから、澪の顔は見えない。
 でも、息を漏らすように笑った声が聞こえた。
「律がそういうなら仕方ないな……演奏してやるよ」
 私は視線を澪に向けた。
 澪は呆れたように微笑んでた。
「なんだよそれ」
 私と澪は並んで家に戻った。


 それからまた準備して、家を出る。
 まだ怖い。皆と話すのが、少しだけまだ怖かった。
 だから――。
「澪……手、握ってもいい?」
 一瞬驚いたような顔をする澪だけど、すぐに顔は緩んだ。
「手なんていつも繋いでるだろ? いいよ」
 そうだけど、街中や公共の場で繋ぐ事はほとんどない。
 だから恥ずかしいなと思った。
 澪のそっと差し出された手の平。細長くて綺麗な指。
 私は澪のそれにゆっくり手を重ねる。
 交互に指を絡ませて、繋いだ。
「これで……いいか?」
 澪の顔はちょっとだけ赤かった。可愛い。
「うん……ありがとう」
 私の胸の不安は、少しだけなくなった。


 そのまま、私と澪は学校へ向かった。
 確かにまだ皆の事を信じ切れてはいないけど、それでも。
 この手の温もりが、そっと背中を押してくれてる。








 寝坊した!
 私は時計を何度も見る。時刻は十二時四十分。十二時四十分だ。
 約束の時間を頭の中で何度も反芻する。十三時。十三時だ。
 あと二十分しかない!
 私は急いで服を着替えた。パジャマを畳むとかそんな面倒な事は今はしている場合じゃない。
 適当に投げ捨ててすぐにクローゼットに飛びついた。服を選ぼうとか、久しぶりだからちょっとおしゃれしていくんだーとか意気込んでいたのに情けない。
 もし今が高校時代だったらちゃんと憂が起こしてくれたけど、昨日――。
「私、明日朝から学校で課外なんだけど」
「一人で?」
「うん。梓ちゃんは私と選択教科が違うからお休み。あと純ちゃんも休みだよ」
「憂はえらいねー」
「ありがと。それで、明日朝一人で起きれる?」
「大学生の私を舐めないでいただきたい!」
 というやり取りをしたばかりだった。しまったなあ……。
 目覚ましもセットしたのに、なんで起きれないんだろ。しかも十二時に起きるなんて、私の馬鹿。
 服は適当なものにした。髪の毛は少しだけ跳ねていたけれど、そんなのお構いなしだ。
 梳かすのなら部室でもできる。
 できればあずにゃんに大人になった私を見てほしかったのだけど、遅刻するぐらいなら別にいいや。
 ダイニングのテーブルに、朝食が置いてあった。
 ごめん、憂。昼食になってしまいました。
 昼に食べるのには少し違和感のある食パンを口にくわえた。
 牛乳とか飲み物も携帯したかったけど、それにしても時間がない。
今から走ったって、どう考えても間に合わない――いや間に会うかな? ああ、でも間に合わないかも!
 とにかく走るしかなかった。
 ギー太を背負って走るのは大変だ。
 でも、久しぶりに皆に会うのに、遅刻なんてかっこ悪い。
 とにかく走って走る。遅刻したとしても出来るだけ早く着くように。









「こんにちはー」
 机の上を拭いていると、そんな声と共に部室の扉が開いた。
 この声は――。
「ムギ先輩!」
 私はふきんを投げ捨てて駆け寄った。
 まず部室にやってきたのは、ムギ先輩だった。
 唯先輩曰くおっとりぽわぽわな人で、いつもお茶とお菓子を持ってきていた。
 放課後ティータイムとさわ子先生が名付ける原因となった人で、私もときどきお世話になっていた。
 普段制服姿で先輩と会っていたので、大人っぽい私服に私は圧倒される。
(……大学生って、なんだかすごい)
「梓ちゃん、大きくなったわね」
「子ども扱いしないでくださいよ」
 こんなやりとりも久しぶりだ。
 ムギ先輩は重たそうなケースをソファの上に降ろし、中からキーボードを取り出す。
 それははやっぱり、五人で演奏したあのキーボードだった。
 その形や姿を見るのは、五カ月――いや、受験が終わった日から演奏自体していないので、もう半年振りだ。
 もう私たちは半年も一緒に演奏していない事になるのだ。
 時刻は十二時四十五分。約束の時間は十三時だから、まだ時間はある。
 澪先輩と律先輩、そして唯先輩ももうそろそろ来るだろう。
「大学どうですか? やっぱり楽しいですか?」
「そうねー」
 私たちは楽器の準備をしながら、そんな他愛もない話をした。
 大学がどうだとか、唯先輩がどうだとか。
 新しい曲がいくつもあるとか――本当になんでもない会話だ。
 でも、去年の事を思い出す。
 いつだって部室で繰り広げられていたのは、そんなどうでもいい会話たちだったのだ。
 どうでもいい話……一般的に見たり、外部から見たらなんでそんな話してるんだと思われても仕方ない事を、私たちは笑って話してきた。
 唯先輩やムギ先輩の天然具合が面白かったり、律先輩と唯先輩の意味不明な漫才とか……澪先輩が皆に弄られたりする姿も私は可愛いと思えたりしてた。
 そんな日常が、今は愛おしい
 でもそんな日々は、もう帰ってこないと思う。
 それは律先輩の所為でもあるだろう。
 もし先輩が受験に失敗していなければ、先輩たち四人は今も苦しむ事はなかった。
 そして澪先輩も辛いと思う事はなかったはずなのに。
 ――澪先輩もだ。
 どうして受験に失敗してしまった律先輩なんかの後を追うんだ。
 澪先輩が選んだ道は、私を苦しめる原因の一つになってしまった。
 澪先輩はわかってない。
 澪先輩が律先輩と一緒にいる事。
 それは、いろんな人を苦しめている事を。


 時計を見ると、すでに時刻は一時。
 窓の外を見ると、私たちの学校の正門が見えた。その門のところに、一台の軽トラックが止まっている。
 よく見る農作業用という印象ではなく、無駄に高級感溢れる外観の物だった。
 あんな軽トラックがあることを不思議に思う。
 その横に、二人。私服の誰かが佇んでいた。
「……――!」
 長い黒髪の人と、茶色かかったカチューシャの人。
「……ムギ先輩、あれ澪先輩と律先輩じゃないですか?」
 テーブルでお茶の用意をしていたムギ先輩に振り向いて声をかけた。
 ムギ先輩は一瞬動きを止めたけど、すぐに嬉しそうな表情になって私の横についた。
 窓の外を見る。そしてまるで動物園にいる子供のように感嘆の声を上げた。
「ほんとね! あの軽トラックも斎藤のだわ」
「斎藤って、確かムギ先輩の執事でしたよね……あの軽トラックは何ですか?」
「りっちゃんのドラムを運ばせたのよ」
 なるほど……確かに二人だけでは一度にドラムセットを運ぶことは出来ないだろう。
 私はチラリと、部室の端に置いてあるドラムを見た。これはさわ子先生と相談して購入したものだ。
 新入部員が二人入った時、片方はギターだったが、もう片方は楽器はどれもできない音楽自体が初心者の子だった。
 だから唯一いなかったドラマーをやってもらうことになり、結果部費で購入した。後輩も半分は自腹だった。
 ……律先輩のドラムを入れるとなると、これはどかさないと。
「ムギ先輩、これどかすの手伝ってください」
「え? このドラムを?」
「はい。律先輩のドラムが入るスペースがないんです」
 ムギ先輩は何か考え込んだ顔になると、人差指を立てて提案した。
「それは皆が来てからやりましょう。今はあの二人を手伝うのが先よ」
 ムギ先輩は、窓の外に目配せした。
 それもそうだ。
 私とムギ先輩は、手には何も持たず部室を出た。



 階段を降りている途中。
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。
 ムギ先輩は悲しそうな表情をした。
 私も、なんだか胸がいっぱいだった。

 それは、澪先輩に会える喜びなのかな。
 それとも。


 階段を一番下まで降りて、生徒玄関の方へ曲がろうとする。
 私とムギ先輩は、同時に立ち止まった。
「――りっちゃん」
 ムギ先輩が漏らした。
 律先輩が、廊下の向こうの方へ歩いて行っていた。
 なぜだろう。部室の方向とは逆だ。あっちの方は事務室がある棟なのに。



 私は、今しかないと思った。
 今まで溜めこんできた気持ちを、律先輩にぶつけるのは。
 私は今にも律先輩に会いに行きそうな顔をしているムギ先輩に言う。

「……ムギ先輩。私、律先輩と二人だけで話したいことがあるんです」
「そう……なの?」
「はい。だから、あの、先に澪先輩のところへ行ってください。私と律先輩も、すぐに話しつけて行きますから」
「……うん、わかった……じゃあ先に行ってるね」


 ムギ先輩は、また少しだけ悲しそうにして先に行った。
 それでも、ムギ先輩の表情よりも優先することがあった。


 ――言わなきゃいけない。

 私は、ゆっくり律先輩に歩み寄った。


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