部屋の壁に背中を預けて俯いていたら、携帯電話が鳴った。
律だと期待して、でも期待しちゃ駄目だとも言い聞かせてそれを手に取った。
表示されているのは、梓の名前だった。先日の部室で集まるのを、台無しにしたから怒っているのかもしれない。
ムギの言っている事は真実だったのに、目を逸らすように逃げ出した私に怒りを表すのは当然だから。
声を聞くのは、怖かった。
先月書店で会った時は普通に話せたはずだったのに。梓が挨拶をしてきても、久しぶりだと声を出せたのに。
今はそれがどうにも不安で仕方ない。
あの時書店で、梓から逃げた律の気持ちが痛いほどわかる。
何を言われるかわからない。嫌われてるんじゃないか、相手は自分を表面上では笑顔でも、
心の底では良く思っていないんじゃないかって。
そんな事あり得ないはずなのに、そんな風に思ってしまうんだ。
そして、そんな風に仲間を疑う自分が恥ずかしくて。
律――。
……もう律はいいんだ。
私は電話を耳にあてた。
「……もしもし」
『――……澪先輩』
書店で会った時のような快活さはない、か細くて消えてしまいそうな声だった。
それから、お互いしばらく黙ってしまった。
正直、切りたかった。
だけど梓だって何か私に用があって電話をしてきたんだ。
それを何も言わずに終わらせるなんてできない。だからこそ梓に早く何か喋ってほしかった。
「……梓?」
『……澪先輩、すいません』
何に謝られたかわからなかった。
私は何も言えないまま、梓は続ける。
『すいません……本当に。律先輩にも……本当に』
「ど、どうしたんだよ……何に謝ってるかわからないぞ」
私は謝り続ける声を遮って、問うた。
もちろん私が梓に対して謝る事なら山ほどあるし、律や、軽音部の皆に謝って回りたいぐらい私はいろんな事で迷惑を掛けたと思う。
だから本来謝るべきなのは私なのだ。それなのに、梓ばかり謝ってくるのは居た堪れなかった。
『私……言ったんです。律先輩に』
「――何を」
梓の声と謝罪から、何を律に言ったかまでは想像はできない。
でも――梓が謝るような事を律に言ったって事。
それだけで、また不安を煽られた。
『澪先輩と別れてくださいって……もう、澪先輩を苦しめないでって言ったんです』
律だと期待して、でも期待しちゃ駄目だとも言い聞かせてそれを手に取った。
表示されているのは、梓の名前だった。先日の部室で集まるのを、台無しにしたから怒っているのかもしれない。
ムギの言っている事は真実だったのに、目を逸らすように逃げ出した私に怒りを表すのは当然だから。
声を聞くのは、怖かった。
先月書店で会った時は普通に話せたはずだったのに。梓が挨拶をしてきても、久しぶりだと声を出せたのに。
今はそれがどうにも不安で仕方ない。
あの時書店で、梓から逃げた律の気持ちが痛いほどわかる。
何を言われるかわからない。嫌われてるんじゃないか、相手は自分を表面上では笑顔でも、
心の底では良く思っていないんじゃないかって。
そんな事あり得ないはずなのに、そんな風に思ってしまうんだ。
そして、そんな風に仲間を疑う自分が恥ずかしくて。
律――。
……もう律はいいんだ。
私は電話を耳にあてた。
「……もしもし」
『――……澪先輩』
書店で会った時のような快活さはない、か細くて消えてしまいそうな声だった。
それから、お互いしばらく黙ってしまった。
正直、切りたかった。
だけど梓だって何か私に用があって電話をしてきたんだ。
それを何も言わずに終わらせるなんてできない。だからこそ梓に早く何か喋ってほしかった。
「……梓?」
『……澪先輩、すいません』
何に謝られたかわからなかった。
私は何も言えないまま、梓は続ける。
『すいません……本当に。律先輩にも……本当に』
「ど、どうしたんだよ……何に謝ってるかわからないぞ」
私は謝り続ける声を遮って、問うた。
もちろん私が梓に対して謝る事なら山ほどあるし、律や、軽音部の皆に謝って回りたいぐらい私はいろんな事で迷惑を掛けたと思う。
だから本来謝るべきなのは私なのだ。それなのに、梓ばかり謝ってくるのは居た堪れなかった。
『私……言ったんです。律先輩に』
「――何を」
梓の声と謝罪から、何を律に言ったかまでは想像はできない。
でも――梓が謝るような事を律に言ったって事。
それだけで、また不安を煽られた。
『澪先輩と別れてくださいって……もう、澪先輩を苦しめないでって言ったんです』
――……。
ムギと同じだ。
私が――律が苦しいから別れろって。もう苦しめないでと言われた。
私はその言葉に、ショックと、否定できない自分に絶望して、逃げ出した。
私が――律が苦しいから別れろって。もう苦しめないでと言われた。
私はその言葉に、ショックと、否定できない自分に絶望して、逃げ出した。
律も、律も言われた?
私が――私が苦しんじゃうから別れろって。もう苦しめないでと言われたのか?
律もその言葉に、嫌というほど苦しんで逃げたのか?
私が――私が苦しんじゃうから別れろって。もう苦しめないでと言われたのか?
律もその言葉に、嫌というほど苦しんで逃げたのか?
思えばずっと律から何も言葉は掛かってこない。
もし律があのまま皆と会っていれば、一人帰った私に何か言ってくると思っていた。
でもそれがない。
それがおかしいんだって思ってた。
もし律があのまま皆と会っていれば、一人帰った私に何か言ってくると思っていた。
でもそれがない。
それがおかしいんだって思ってた。
やっぱり律も、おかしくなってた。
私みたいに、言われたことがショックで引き籠っていたんだ。
予備校に連絡した時、律も仮病で休んでて。
どうしたんだろうって思って。でも電話も出来なくて。
もう律に会わないでいい、それでいいって思ったから。
私みたいに、言われたことがショックで引き籠っていたんだ。
予備校に連絡した時、律も仮病で休んでて。
どうしたんだろうって思って。でも電話も出来なくて。
もう律に会わないでいい、それでいいって思ったから。
でも私は、やっぱり待ってたんだ。
律が私に、何悩んでんだって笑いかけてくれるのを。
律が私に、何悩んでんだって笑いかけてくれるのを。
初めて律に出会った時みたいに、何やってんのって。
私が一人で泣いてたら、泣くなよって言ってくれたみたいに。
律が抱きしめてくれるの――期待してたんだ。
律が抱きしめてくれるの――期待してたんだ。
でも、この数日間。そんなことなくて。
ああやっぱり、律に嫌われちゃったなって思って。
律が苦しまないでいいなら、それでいいと思ったのに。
でも、でも――。
ああやっぱり、律に嫌われちゃったなって思って。
律が苦しまないでいいなら、それでいいと思ったのに。
でも、でも――。
『澪先輩……私――私、澪先輩の事、好きです』
「梓……」
染みるような声だった。そして、涙を含んだ声でもあった。
電話の向こうで梓は泣いているのかもしれない。
でも何の涙かなんて、私にはわからなかった。
電話の向こうで梓は泣いているのかもしれない。
でも何の涙かなんて、私にはわからなかった。
『……澪先輩の事大好きです!』
縋るような叫びに、私に対する想いは伝わった。
伝わったけど。嬉しいけど。
伝わったけど。嬉しいけど。
「……ごめん、梓。私やっぱり――」
大好きなんて言葉を聞いても満たされないのは、私の好きな誰かじゃないから。
律じゃないから。
好きという気持ちが伝わってきても、こっちも同じ言葉を返せない。
それは、やっぱり律にしか渡したくない言葉だったから。
それは、やっぱり律にしか渡したくない言葉だったから。
律の事、まだ好きなままだ。
『まま』じゃない。
『まま』じゃない。
この気持ちを『過去』にしたくない。
だけど、どうすればいいかもわからない。
だけど、どうすればいいかもわからない。
『いいんです……私、あんな事律先輩に言ったけど……
でもやっぱり澪先輩は、律先輩と一緒にいなきゃ駄目だと思います……』
でもやっぱり澪先輩は、律先輩と一緒にいなきゃ駄目だと思います……』
一緒にいなきゃ、か。
それが今まで当たり前だったし、そうしたいと思える毎日だった。
でも、私は律を苦しめていた。
態度に出さなくても、以前のようなお調子者の律を求めていた。
態度に出さなくても、以前のようなお調子者の律を求めていた。
私がいるから、律が余計に悩んでいた。負担になってた。
それは紛れもない事実でもあったんだ。
それは紛れもない事実でもあったんだ。
だから、梓がそんなこと言ったって――。
私は律に。
律に、会っちゃいけない……。
「梓……ごめん。律の事は、もういいんだ」
『もういいって……どういう意味ですか?』
「律とは……――」
『そ、そんなの駄目です! 澪先輩には律先輩が――』
「ごめん」
もう会わない。
それでいいんだ。それで。
私は、最後に別れを言って電話を切った。
梓はまだ何か言いたい事があったようだけど、もういらなかった。
優しい言葉も何も要らない。
律じゃなきゃ意味もない。
でもその律にも会えないままでいいんだ。
梓はまだ何か言いたい事があったようだけど、もういらなかった。
優しい言葉も何も要らない。
律じゃなきゃ意味もない。
でもその律にも会えないままでいいんだ。
これでいいんだ――……。
■
切られた電話に、項垂れた。
……『もういいんだ』。
もう澪先輩は、律先輩とよりを戻すつもりがない。
『もう』って言ったんだ。澪先輩は。
もう澪先輩は、律先輩とよりを戻すつもりがない。
『もう』って言ったんだ。澪先輩は。
私の馬鹿。
馬鹿! 馬鹿!
なんであんなこと言ったんだろう。
律先輩に別れてなんて言っちゃったんだろう。
そうなったって私の心が満たされないの、少し考えればわかったはずなのに!
わかったはずなんだ! それなのに!
律先輩に別れてなんて言っちゃったんだろう。
そうなったって私の心が満たされないの、少し考えればわかったはずなのに!
わかったはずなんだ! それなのに!
もう取り返しがつかない。
あの時に戻りたい。
あの時、律先輩に言わなければよかったんだ!
別れてなんて言わなきゃよかったのに。
あの時に戻りたい。
あの時、律先輩に言わなければよかったんだ!
別れてなんて言わなきゃよかったのに。
後悔は、ずきずきと心を締め上げる。
痛い。
涙が出てくるほど、自分を呪った。
痛い。
涙が出てくるほど、自分を呪った。
考えなしに、ただ澪先輩が欲しくて律先輩に放った一言。
そして言ってから後悔して、結局澪先輩は律先輩といるべきだなんて。
そして言ってから後悔して、結局澪先輩は律先輩といるべきだなんて。
わがままにもほどがある。自分勝手にもほどがあるよ……。
何度も自分を恨んだけど、今はもう恨んでも恨みきれないぐらい自分が嫌いだった。
いなくなっちゃえばいいのに。
律先輩と澪先輩の気持ちを否定して、自分だけ満足しようとしてた。
二人の仲を引き裂いてしまった私なんて、消えちゃえばいいのに。
二人の仲を引き裂いてしまった私なんて、消えちゃえばいいのに。
そして、あの時間も。澪先輩と律先輩の仲も。
もう取り戻せないのかな。
そんなの、そんなのって――!
そんなの、そんなのって――!
私はベッドにうずくまって泣いた。
もう頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。
もう頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。
しばらくしてから、誰かが電話をしてきた。
ずっと無視していたら、今度はメールが届いた。
どうせまたありきたりな心配メール。
そう思ったけど、一応開いた。
ずっと無視していたら、今度はメールが届いた。
どうせまたありきたりな心配メール。
そう思ったけど、一応開いた。
ギターの後輩だった。
『明日の部活、できればでいいですけど平沢先輩とお会いしたいです』