けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

ROCK!!27

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mioritsu

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 目が覚めて、時計を見ると五時半だった。
 窓の外は、ちょっとだけ赤みが掛かった夕暮れだ。八月はやっぱり日が長い。
 夏至自体は随分昔に終わったし、八月もあと一週間とちょっとで終わるのに。
 だけど、微妙な空の色は真っ暗な部屋を少しだけ照らしていて、それがなんだか綺麗だった。
(……二時間も寝てたのね)
 私は重い体を起こした。
 頭ががんがんと痛んだ。風邪をひいた時に似てる。
 おでこを手で押さえると、汗が指先についていた。
 ……気分が悪い時に寝るとこうなるのかな。
 私はまた嫌な気持ちになって――頭にりっちゃんと澪ちゃんの顔が浮かんで――。
 いたたまれないような、そわそわしたような気持ちになって、すぐにベッドを降りた。

 罪悪感が抜けきれない。
 私が唯ちゃんに猛反発した時は、これでいいんだと自信を持って言えていた。
 りっちゃんと澪ちゃんが別れるのは、一番いいことだと思ってたのに。
 でも、今になって、それは間違いだと知るなんて。

 それが間違いだなんて最初は思ってなかったのに。
 それでよかったとなんとなく思ってた私はいたのに。
 だってりっちゃんと澪ちゃんが一緒にいるの、見たくなかったから。
 これでいいんだって言い聞かせてきたのに。


 呪いみたいに、心にへばりついてるんだ。



 心にあるのは、なんだろう。
 りっちゃんの事、まだ好きなのに、届かない悔しさ?

 全然違った。
 私にあるのは、自己嫌悪と後悔だけだ。


 りっちゃんも澪ちゃんも、傷つけた。
 それで告白に失敗して、また馬鹿みたいに後悔してる私。
 もう嫌だ。

 唯ちゃんにあんなに猛反発したくせに。
 やっぱり唯ちゃんの言ってることが正しかったんだ。


 りっちゃんと澪ちゃんは、苦しんでた。
 だから私は別れさせた。

 でも、苦しんでただけじゃない。
 一緒にいられることの幸せも、あの二人にはあったのに。
 それを私は砕いたの。壊したの。
 自分のわがままで、ぶち壊したんだから……。


 ……もう考えるのはよそう。
 息を吐いて、ベッドから立ち去ろうとした。
 その時ちらっと、枕の横の携帯電話に気付いた。

 ……そういえばさっき、電話が来てた。
 無視すればいい。
 さっきそう思って、寝た。
 でも、今は――今は、なんとなく携帯を見る気になった。

 それを手にとって、着信履歴を見る。


「唯、ちゃん」


 だった。
 ぶわっと風が吹くように、頭の中に喧嘩した記憶がフラッシュバックした。
 苦い色が広がるので、目を逸らしたかったけど、でも。
 でも、なんで唯ちゃんは私に電話したのだろう。

 ボイスレコーダーに、伝言が残してあった。
 私がまったく出なかったから、不在扱いになったようだ。


 ……唯ちゃんの声が残してある。
 それがもしかしたら、私に対する罵りかもしれなかった。
 怖い。
 でも、本当に私を嫌いなら。
 罵りたいのなら。

 電話なんて。
「……」

 私は、目を閉じて、再生した。


 ――。





『ムギちゃん。
 本当はね、直接家に行きたかったんだけど、電車がなくて……。
 次にムギちゃんの家の近くに行く電車があるの、六時過ぎだったから。
 そんな時間にお邪魔するのも悪いし、電話することにしました。でも、出ないから、言いたいことだけ残すね。



 ムギちゃん、ごめんね。
 あの時部室で、私ムギちゃんの事色々と怒ったよね。
 でも今考えてみると、私も……分からず屋だったと思うんだ。



 私は恋を知らない。
 ムギちゃんは、そう言ったよね。

 その通りで、私……まだ皆みたいに恋してないんだ。
 もちろん皆の事、大好きだよ。
 りっちゃんも澪ちゃんも、あずにゃんも。
 そしてムギちゃんも。
 大大大好きだよ。

 でも、その気持ちは。
 りっちゃんの澪ちゃんに対する気持ちや。
 澪ちゃんがりっちゃんに向ける想いとは別の『好き』だって、わかってる。
 ムギちゃんのりっちゃんに対する『好き』とも、あずにゃんの澪ちゃんに対する『好き』とも違うの、わかってる。
 恋愛感情を、私はまだよく知らないんだ。

 だから、ムギちゃんにとって辛いこと言ったよね。
 ムギちゃんは、りっちゃんが大好きだっただけ。
 だからりっちゃんが苦しんでるのを、見過ごせなかっただけなんだよね。
 ……あと、澪ちゃんに嫉妬したりとかもあったと思うけど。

 でも、それも自然な事じゃないかなって、思って。
 好きな人が苦しんでるのを、なんとかしたい。
 好きな人が誰かと仲良くしているのは、辛い。
 好きな人を奪いたい。

 そう思っちゃうのは、仕方ないよ。
 だからムギちゃんは少しだけ我慢できなかっただけだと思う。
 もし私がムギちゃんなら、似たようなことしたんじゃないかな。


 でも。
 でもね。
 りっちゃんは、絶対に澪ちゃんしか選ばない。
 澪ちゃんは、絶対にりっちゃんと一緒にいると思うんだ。

 だってそうだから。

 もう四日も皆に会ってないから、わからないけど。
 今頃あの二人は、お互い会えないことを、とても苦しく感じてると思う。
 それも、一緒にいた時の苦しみよりもずっと痛い。
 だからある意味でムギちゃんとあずにゃんは、あの二人を苦しめる結果にさせてしまったのかもしれない。
 それは、二人もちょっとは認めなきゃ……いけないよ。

 だからって、責めるなんて絶対にしないよ。
 だって、苦しいのは仕方ないんだ。
 私たちは、忘れてたんだ。




 ねえムギちゃん。

 四月からの半年間。ずっとムギちゃんと一緒だったよね。

 皆で一緒にいられないこと、とても寂しかったよね。
 あずにゃんは、一つ年下で。
 りっちゃんと澪ちゃんも、浪人しちゃって。
 私は、とても寂しかった。

 だけどね、ムギちゃんと一緒にいるのも、楽しかったんだ。
 二人きりでずっと一緒にいて、それも楽しかったんだよ。
 嬉しいことも、笑えることもたくさんあった。
 二人だけで演奏するのも、ちょっとだけ物足りないけど、楽しかった。

 だから、五人で集まればもっと楽しくなる。
 だから早く演奏したい。一緒に演奏したい。
 そう思って、生活してた。

 でも、私の知らないところで……ムギちゃんの心の中で。
 そして、私の心にも。
 『会いたくない』って気持ちが、芽生えてたのかもしれない。
 高校生の頃は、そんなことなかったのに。
 『会いたくない』って、思ってた。

 会うことが、怖かったんだ。
 落ち込んだりっちゃんや、それを見て悲しそうにする澪ちゃん。
 想いに揺れてるムギちゃんとあずにゃん。
 そんなギクシャクした関係で、私たちが集まったとして。
 それは本当に、『楽しい事』になったのかな……。


 多分、ならなかったと思う。
 あずにゃんにも同じことを言ったんだけど。

 私たちは、放課後に集まる事に楽しさを感じてた。
 授業も集中できないくらい、放課後の事だけ考えてた。
 それぐらい楽しみだったんだ。皆で集まることが。

 でも今回は、そうじゃなかった。
 『楽しみ』でないまま、会おうとしちゃった。
 だから、こんなにも……辛いことになってるんじゃないかな。


 さっきね、部室で、去年の学園祭のライブDVD見たんだ。
 そしたらね、いろんな事を思い出したよ。




 楽しかったこと。嬉しかったこと。幸せなこと。
 皆で笑いあってたこと。

 それは簡単に思い出せるけれど、でも。
 何かがなかった。何処か足りなかったんだ。

 笑いあってたことを『過去』だと、決めつけてたんだよ。
 去年の学園祭も――その前の新歓も、全部過去の事だよ。

 でも、だからそれは『過去でしかありえなかったもの』じゃない。
 これからも皆で笑いあえる日々を作り上げていく気持ち。
 そんな『未来』を、望んでいなかった。
 『過去』の悩みが、そんな『未来』なんて来ないと思わせてたんだ。


 私は……私たちが悩んでいた事は。
 全部『過去』のこと。
 だけど、それに縛られてた。

 私が皆の事をまったくわかってなかったこと。
 りっちゃんが受験に失敗したこと。
 澪ちゃんがりっちゃんを苦しめてると疑問に思うこととか。
 あずにゃんが二人を別れさせて、部活の事でも悩んだり。
 ムギちゃんが自分のしたことに罪悪感を抱くこと。

 それが全部。


『私は、皆といる資格なんかない』――。


 そう思わせちゃってた。

 私もね、皆の想いとか全然知らなくて。
 全部わかった気でいたんだ。
 でもムギちゃんと喧嘩して、あずにゃんの想いも聞いて。
 それが、どんなに浅はかか、理解したんだ。

 だから思った。
『私は最低だ』。
『皆といる価値もない』……って。


 でも違うんだ。

 確かにそう思ったよ。
 こんな馬鹿な私が、皆といちゃいけないかもって思った。
 皆の事一つも知らない私が、皆と一緒にいていいのかなって迷ったよ。

 でも、でも。

 一緒にいるべきか迷うぐらい、私は皆といたいんだ。
 皆のために迷うぐらい、私は皆が大好きなんだ!

 りっちゃんと澪ちゃんもそうだよ。
 あの二人は、お互いが一緒にいることに幸せを感じてた。
 でも一緒にいると相手を苦しめるから、身を引いた。

 でも、相手のために幸せを切り捨てるなんて。
 相手の事を愛してなきゃできないよ。

 それと同じなんだ。

 私も、あずにゃんも、ムギちゃんも。
 りっちゃんと澪ちゃんも。


 大好きな誰か――相手が大好きだから、会っては駄目だと言い聞かせたんだよ。


 それぐらい、大好きなんだ。
 五人とも。
 一緒にいるのが、大好きなんだよ。
 一緒に笑い合ってたいんだよ。

 だからね、ムギちゃん。


 ムギちゃんは、りっちゃんに想いを伝えた方がいいよ。
 少しはすっきりするかもしれない。
 でも。
 でも、まだ悩んでたら。
 辛かったら。

 大好きな私たちに、色んな事を話してほしいんだ。
 辛いこと、苦しいこと、全部教えてほしいよ。
 私も一緒に、ムギちゃんと考えたいよ。

 だけど、ムギちゃんが一番話さなきゃいけないのは。
 りっちゃんと澪ちゃんだ。
 特に澪ちゃんと、きちんと話さなきゃいけないんじゃないかな。


 それでね。
 ムギちゃんの気持ちに整理がついて。
 嫌な思いや辛い事が、抜けていったら。
 一緒に集まる約束に『楽しみ』を感じれたら。

 絶対に、皆で演奏しようね。


 この前は、『楽しみ』にしないまま会ったから。
 集まることに、楽しさを感じていなかったんじゃないかって。
 だから会えなかった。
 辛い思いで、帰り道に立っちゃったんじゃないかなって……思うんだ。


 それじゃあ、まだ『放課後ティータイム』になれないんじゃないかって。


 だから、皆で――それぞれできちんと気持ちを整理して。



 ホントのホントに、『会いたい』って。
 皆と一緒に演奏したい、おしゃべりしたいって思えたら。

 その時、やっと会えるんだと思う。
 それぐらい五人でいることは、かけがえのないことだから。



 だからムギちゃん。

 私たち、待ってるから。


 いつまでも待ってる。

 私、絶対に逃げないから。


 ムギちゃんがおいしいお菓子とお茶を持ってくるの、待ってるから。

 それじゃあね』





 おいしいお菓子と、お茶。
 片手に携帯電話を持ったまま、暗い部屋に佇んでいる私。
 突風が吹くみたいに、頭の中に記憶が駆け巡った。

 はちみつ色の午後が過ぎる時間を。
 皆で笑ってた、あの放課後を。


 ……唯ちゃんは、それを『過去』のままにしたくないと言った。
 私もだ。
 私も、笑いあってた過去をそのままにしておきたくなんかないよ。
 これからも笑いあってたいよ。
 皆で一緒に演奏したりしたい。

 でも、それはできないの。
 私は皆の気持ちを裏切ったも同然なんだから。
 りっちゃんの気持ちをまったくわかっていなくて。
 澪ちゃんのりっちゃんへの想いも否定して。
 後悔なんてしてないなんて思ってたのに。
 結局、二人を別れさせたことに後悔してるなんて。
 そんな私は、私は……。



 『私は、皆といる資格なんかない』――。



 唯ちゃんの声は、頭に響いた。

 また見透かされてる。
 いつだってそうだ。
 唯ちゃんは、私の――皆の気持ちを、これでもかってくらいに見抜いてしまう。
 どうして。
 それだけに、耳に残るんだ。


 うるさいくらいに。
 もういいんだって何度言えばわかるんだろう。
 待ってるなんて、聞きたくない。
 唯ちゃんが待ってても、私はそんなの嬉しくないのに。
 皆が私を待ってても、私は『私』を待ってないの。
 自分が大嫌いなんだ。


 楽しかったよ。
 すごく楽しかった。
 楽しかっ『た』んだ。
 もうそんな時間は戻ってこない。
 だって、私は皆と会いたくないんだ。


 『大好きな誰か――相手が大好きだから、会っては駄目だと言い聞かせたんだよ』――。


 また唯ちゃんの言葉が脳裏を過ぎる。

 私は、皆に会いたくない。
 それは皆が嫌いになったからじゃない。
 皆の事は大好きだ。今もすっごく大好きだ。

 でも私が嫌いなんだ。
 私自身が嫌いになってしまった。

 だから唯ちゃんの言うことと同じ。
 このまま皆に会うことは。
 『楽しみでない』まま会うことになるんだ。
 そしてこの気持ちは、多分ずっと残ってる。

 だって。
 私は取り返しのつかないことをしたんだ。
 りっちゃんと澪ちゃんを、別れさせてしまったんだもの。
 あんなに愛し合ってる二人を、私が。
 そんな私が、どんなに馬鹿で浅はかで、考えのない子か嫌でもわかる。


 でも。

 でも唯ちゃんの言葉が、嬉しくないわけじゃない。
 嬉しいけど、切ない。
 複雑な気持ち。
 拒絶したいほど、優しい言葉。
 でも拒めないまま、心と頭にすごく染み渡ってた。


 唯ちゃんの言ってる事はわかるんだ。
 そうするのが、私たちにとって一番なことなんだって。
 楽しむために集まって、演奏すること。
 それが私たちの『未来』なんだって、信じたい。
 信じたいよ……。

 でも私はそんなに綺麗じゃない。
 たまらなく汚いの。
 それが大嫌いなの。
 そんな私が、皆といちゃ駄目なの。

 そう言って、逃げて逃げて。
 りっちゃんと澪ちゃんの仲を裂いたくせに。
 自分が苦しいから、皆から逃げてるんだ。


 ――待ってる。


 そう言った唯ちゃんから、逃げて。
 閉じこもってる。
 こんなの嫌なくせに、その選択をしてるなんて。
 私は……。







 その時だった。
 片手に掴んでいた携帯がバイブした。
 メールだった。


「澪、ちゃん……」


 メールボックスに表示された名前。
 澪ちゃん。
 澪ちゃんだった。

 どうして。
 どうして皆私なんかに。
 澪ちゃんに酷いこと言ったのに。
 私は澪ちゃんの――りっちゃんへの気持ちを否定したのに。
 抜け駆けしてりっちゃんを奪おうとまでしたのに。


 澪ちゃんは、私のことを大嫌いになってるはずなのに。
 りっちゃんへの想いを否定されたことが、澪ちゃんにとってすごく辛いことだってわかるのに。
 なんで……。


 震える指先。
 もしかして文句や怒りが切々と書き連なってるかも知れない。
 澪ちゃんはそんなことしない。
 でも、りっちゃんの事が絡んでる。
 澪ちゃんは……。

 私はゆっくりとメールを見た。
 短い、簡潔な文章だった。





『ムギ、話したいことがあるんだ。二人だけで。

 明日、何処かで会えないかな』








 駅のホームのベンチに座って、私は息を吐いた。
 数秒前まで、ムギちゃんの携帯電話に伝言を録音していた。
 しばらく電車の来ないホームは、人一人いない寂しさを抱いている。
 私は携帯電話を閉じた。


 あずにゃんもムギちゃんも、電話に出なかった。
 二人とも塞ぎこんでいて、電話に出るつもりはないんだと思う。
 それだけ、誰かを拒絶したい自己嫌悪に嵌まってる。

 ……だけど、想いは伝えた。
 私は、私の思ってること。
 DVDを見て思ったこと。
 私たちがこれからどうすれば再び笑いあえるとか。
 めちゃくちゃだけど。
 筋も通ってないけど。
 ありのままに言葉にしたつもりだ。
 なんとか伝わるといいなあ。


 時計を見ると、五時半を回っていた。
 二時頃に部室を出て、あずにゃんの家に行ったけど誰もいない。
 そして駅まで走ったけど、今度はムギちゃんの家の方へ向かう電車がない。
 直接話したくて走り回ったのに、結局会えなかった。
 実際あずにゃんに電話を掛けたのは、三時半頃だった。
 それから、ムギちゃんにも電話して。

 もうあれから二時間。二人は聞いてくれたのかな。




 もう憂たちも夏期講習が終わる頃だ。
 どうせなら迎えに行こうかな……。

 夕日に染まりつつあるホームの地面。
 私は妙に切ないけど、満たされた気持ちになって、立ちあがった。
 駅のホームから出て、道に出る。
 空を見上げて、何も考えないまま少しそのままでいた。



 息を吐いて、並木道の方向を見た。



「……あ」



 並木道の下を歩く二人の女の子。
 こちらに向かってゆっくり歩いてくる、二人。
 それは。



 それは紛れもなく、りっちゃんと澪ちゃんだった。


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