けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

イノセント5

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mioritsu

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 駅前までは徒歩だとさすがにかなり時間が掛かる。
 徒歩で行けば四十分ほどになるんじゃないか。
 別にそれはそれでいいのだけどさすがに大変だ。
 しかも今日の目的は食材の買い出し。どうしたって荷物は多くなる。
 それを帰りに四十分間持って歩くというのはなかなか重労働だろう。
 そこで今日はバスを使うことにした。大学前のバス停から駅方面へとバスは走る。
 家から出て一旦大学前まで行き、そこから駅前まで行く方が徒歩よりは楽だった。
 私は今、大学前のバス停で待っている。
 そのバス停からは大学の入口が見えていて、ときたま学生が入っていくのが見えたりする。
 講義がある学科があるかもしれないし、サークルだったりがあるかもしれない。
 それぞれの時間が土日にもあるんだろう。
 私の学科は土日は講義はないし、私はサークルにも入っていないので土日は暇といえば暇である。
 まあDVD見たり、趣味のあれをちょっとやってみたりという程度だった。
 でも大抵は土日は寝てばっかりだ。
 腕時計を見る。九時二十三分。そろそろか。
 それから少ししてバスがやってきた。
 気の抜けるようなぷしゅーという音と同時にドアが開く。中からまず私と同い年ぐらいの若い人たちが出てきた。多分大学に行くのだろう。
 なんか皆大学に行くのに私はお休みですいませんというような申し訳なさも一瞬出てきたけど、皆が皆楽しそうにしててそれもなくなった。
 高校よりも比較的自由だし、皆サークルとか楽しいんだろうなあ。
 全員が降りたのを確認してバスに乗り込む。席はかなり空いていて、適当なところに座った。
 私の後ろからはおばあさんと、女の人が入ってきて、やっぱり思い思いのところに座る。
 私は窓の縁に頬杖を突いて、景色を見つめることにした。
 発車と同時にガタンと大きく揺れるけど、私の体は揺れなかった。
 この土地に来てもう三週間になるか。
 家と大学の二十分間の景色は、見慣れた。
 あと、駅前に一度だけ徒歩で行ったことがあるけど、そのときの景色もなんとなく覚えてる。
 だけどバスで駅前まで行くのは初めてだった。
 がたがた揺れる車体。景色はそれでも流れる。
(そういえば……)
 澪ちゃんって、バスで大学に来てるんだっけ。
 私はバスの中を見回した。つまりこのバスで澪ちゃんは毎日家と大学を行き来してるんだよなあ。
 そう考えると、やっぱり澪ちゃんと何かを共有できてるのか持って思えて少しだけ嬉しくなった。
「……あはは」
 呆れた。
 また澪ちゃんのこと考えてるよ……。
 自分で自分を笑った。
 景色は少しずつ、家が増えて。
 ビルも増えてきた。



 デパートの中は、まだ開店して一時間だからかそれほど混み合ってはいなかった。
 基本的にデパート内のスーパーはいつ行ったって人で溢れている場合が多い。
 でも今日はそれなりにいるかな、という感じである。
 まああんまり混み合ってても嫌だし、レジもすぐに開くからこれでいい。
 食材をとりあえず集めよう。
 私はとりあえず野菜や肉のコーナーを回ることにした。
 これは必要かな、というものを値段や量、賞味期限を考えて買い物カゴに入れていく。
 重いものは下、軽いものは上。
 まだカゴの段階ではあるけど潰れないように注意しながら入れる。
 私は『今晩はこれを作ろう』とか『今度はあれを作ろう』という、何かを目的にした買い出しはしなかった。
 それだと計画的でうまく消費できるけれど、どちらかといえばその日の気分で食事を決めるほうがいい。
 だから適当に好きな食材や、バランスや栄養を考えて食材を買っておく。
 それで保存しておいて、いざ食事を作ろうという時に『これとこれがあるならこれを作ろう』と、あるもので何かを作るほうが性にあっていた。
 うん、非難されそうだ。
(よし、こんなもんか)
 カゴがいっぱいになって、食材が偏りすぎてないかを確認する。
 肉系、野菜系……あと、その他諸々。魚や肉は早いうちに食べちゃった方がいいな。
 野菜もそれほど長くは持たないだろうから、まあもって来週だろうか。
 毎週ここに買い出しに来た方がいいかもしれない。
 少し重いカゴを持ってレジに並ぶ。時刻は十一時前で、レジは少し込んでいた。
 どうやらスーパーの中を回っている間に結構時間が経ってたみたいだ。
 見れば店内はそれなりに人が増えていて、人ごみとまでは行かないまでも人で溢れていた。
 私の順番が回ってくる。カゴを台に乗せて、レジの女の人がピッピッとカゴの中の物を機械に通し、商品名を口に出していく。
 私は財布を取り出して、それをじっと見ていた。
 目の前の表示画面の金額がぽつぽつ上がっていく。
 ふと向こう側を見た。
 ここはデパートの中なので、スーパーから出ればすぐそこは別の店舗だ。
 デパートっていうかショッピングモールっていうか。ここはスーパーの区画。
 向こう側に出れば服屋さんだったり靴屋さんだったり。いろんなお店がずらっと向こう側まで続いているのだ。
 ここは一階で、二階に上がれば書店だったりおもちゃ屋だったり、やっぱりいろんな店舗が連なっている。
 二階に上がるための、エスカレーターがそこにある。
 そのエスカレーターの途中辺りに、長い黒髪の女の子がいた。
 ……もしかして。
(澪ちゃん……?)
 その女の子――もしかして女の『子』じゃなくて、普通の女性かもしれないけど、でもここからでも若く見え……あ、見えなくなった。
「二千八百六十円になります」
「あっ、えっはい」
 私は呼びかけられて、慌てて財布からお金を出す。千円札を三枚と、十円。
 店員さんは確認の言葉と同時に器用に素早くレジスターのボタンを押し、お釣りを差し出してくる。受け取って、カゴを持ってレジから離れた。
 買い物袋に詰めるスペースのテーブルまで移動して、食材を袋に詰める。
 あー、エコバッグ持ってくるんだった。まあ仕方ないか。
 とりあえず潰れてもよさそうな物、箱に入っているものを底の方にいれて、肉や野菜の軽めな物を上に置いて行く。
 なぜか急いでいた。
 さっき見たエスカレーターの女の子。
 もしかして、澪ちゃんだったりして。
 そんな期待があったからかもしれない。


 袋は一袋だけで収まった。
 片手にそれを持ったままエスカレーターを上る。
 もしかして澪ちゃんだったら、というかまあ澪ちゃんであったらいいなあという願望に変わっていた。
 土日は会えないからちょっと寂しいと思っていたので、まさかばったり会えるなんてすごい、と勝手に気持ちが高ぶっていた。
 澪ちゃんだったらいいなあ、なんて。
 馬鹿か私は。
 二階は専門店街のように結構いろんなお店が揃っている。
 でもなんかいかにも都会の子が行きそうな高級感溢れるお店だったり、高い靴が揃ってたりするようなお店が多かった。
 澪ちゃんはそういうのあんまり好きそうじゃないな。偏見かな。
 となると澪ちゃんが行きそうなのは書店か。
 私はそう思って書店の区画へ行ってみる。さすがデパート、それなりに広く人も結構入ってる。
 皆雑誌を立ち読みしてたり、文庫本のコーナーを歩き回ったり。私はその人たちの中で長い黒髪の人を探して回った。
 綺麗な黒髪は目立つからすぐ見つかるだろう。そう思った。
 だけど、いなかった。
(あれー?)
 見間違いだったのかな? 澪ちゃんに似てただけで違う人だったとか? 
 でも、確かに長い黒髪の子は見たんだ。
 書店には澪ちゃん見間違うような長い黒髪の人はいない。
 澪ちゃんじゃなかったとしても、それに似たような長い黒髪の人がいるはずである。
 でもここにはいなかった。ということは他のお店か。
 でも二階の他のお店ってブランドのお店やゲームセンターとかぐらいな気が……。
 でも人は見掛けによらない。
 澪ちゃんは引っ込み思案に見せかけて実は結構ブランド物の高ーい服とか持ってたりするかも知れないぞ。
 荷物を提げたまま二階を回るのは大変だ。
 私はそう思って、二階の端っこのエレベーターやトイレがあるような一画まで行った。
 そこにはコインロッカーがあって、重い荷物を一旦置いておくのに便利だ。
 重い荷物を持って歩き回るよりか、澪ちゃんがいるいないに関わらず身軽なまま歩いたほうがいいだろう。



 ところが。
 コインロッカーの近くまで来た時。
 そこで。





 澪ちゃんが男に絡まれていた。


 私は立ち止まって、それを硬直しながら見つめていた。
「なあいいじゃん」
「や、やめてください」
「どうせ男いないんだろ? カラオケでも行かない?」
 髪をビンビンに逆立てたいかにもチャラい男である。
 外見もだらしねー感じで、なんつーか……えらそうな奴だなという印象だ。
 澪ちゃんは手に小さな袋を抱えたまま、怯えた表情で必死に断っている。
 私は驚きとあまりの突然の光景に、どうしようかの判断さえ頭に浮かんでこなかった。
 頭は冷えている。
 だけど、それ以上の何かがせめぎあっている。
 私はただ、こうやってその状況をモノローグして描写することだけしかできなかった。
 今の私は、きっととんでもないくらい表情を失っている。
「いいじゃんかよ」
「い、嫌です……」
「あー、面倒くせーな」



 男が、澪ちゃんの腕を掴んだ。
 澪ちゃんの手から、抱えていた袋が床に落ちる。
 澪ちゃんの小さく甲高い悲鳴が、耳に響く。






 おい。


 せめぎあってた何かが、溢れだした。



 私は今日、ズボンだった。
 それを選んできてよかったと思う。
 私はゆっくりカチューシャを外した。







「澪」




 私は、そう呼んだ。
 澪ちゃんだけが、一瞬だけこっちを向く。。
 私は、目が合った澪ちゃんに微笑んだ。
 でも、ちゃんと微笑むことができただろうか。
 笑えるような気持ちじゃなかった。



 歩き出す。


「はいはい終了ー」
 私は作り笑いと、作った陽気な声を出しながら二人に近づいた。
 男が振り向いて私を見る。
 澪ちゃんも男も驚いたような表情をしているが、男は『なんだこいつ』とでも言いたげな窺わしい表情をしている。
 澪ちゃんは泣きながら、まだ真っ青でビクビクしていた。
 前髪が邪魔で視界が狭いが、でもこれでいい。
 私は澪ちゃんの腕を掴んでいる男の手を払った。
 二人の間に割って入り、男を精一杯睨み付ける。
 作った声で、男に言葉を言い放った。
「人の彼女に何してくれてんの?」
 私は前髪の隙間から威圧した。


 多分、私は怒ってた。
 澪ちゃんは、私からすれば他人。澪ちゃんから見たって明らかに私は他人だ。
 もしかしたら一方的な友情かもしれない。
 澪ちゃんは一度だって自分から私に話しかけてくれたことはないんだ。
 私がずっと話してばっかりで、澪ちゃんはすぐに会話を終わらせてしまうから。
 だから、友達じゃないかもしれないけど。
 ただの同じ学科の学生ってだけの間柄かもしれないけどさ。

 だからなんなんだよ。


 間柄がどうとか、友達だからとかそうじゃないからとか。
 うるさいよ。

 澪ちゃんが、泣いてるんだ。
 それだけで、私が怒るに十分な理由なんだよ。


「ちっ……男がいたのかよ」
 男は舌打ちして逃げていった。男がいたらアウトなんだな。
 縮小していく男の後姿を見つめて、それが完全に消えた頃、私は振り返った。
 澪ちゃんは床に座り込んで泣いていた。
「大丈夫? 澪ちゃん」
 私は、しゃがんで俯いたまま喘いだり咳き込んだりする澪ちゃんに、できるだけ優しい声で話し掛ける。肩に手を置いた。
 が。


 弾かれた。



「さ、触らないで下さい……っ」




 え? 
 触るなって、え?

 私はあまりに突拍子もない言葉に、胸を銃で打ち抜かれたような衝撃を受けた。
 まるで心臓を握り潰されたように、その言葉が心で木霊しズキズキと針を刺すように痛み出す。
 触るなって……。
 あはは。
 だよな。
 どうせ、私なんてさ。
 やっぱり澪ちゃんは私なんて……。




「なんで私の、名前……」




「えっ?」
「なんで……わ、私の名前……知ってるんですか」
 澪ちゃんは涙を拭いながら、切れ切れにそう言った。
 何を言ってるんだ澪ちゃんは?
 だって私は、昨日まで話してた田井中律……。

 って……。

 私は私の眼前に揺れる物に気付いた。
 なんか前が見えにくいなあと思ったら……自分でそうやったじゃないか。
 男に怒りをぶつけるのに熱中しすぎて忘れてた。


「あーごめん」


 私はポケットからカチューシャを出して取り付けた。
 澪ちゃんは目を見開いた。
 私はちょっと恥ずかしくなって頬を指で掻く。

「わからなかった? 私って――」





 言い終わる前に、抱きつかれた。




 高校の時に上級生がやってた、ロミジュリみたいな。
 それを思い起こすぐらい、背中まで手を回されて。
 澪ちゃんは私の肩に顔を埋めて、泣きじゃくった。


「うっ……っ……ぐす…………」
「澪ちゃん……」
「……怖かった……ひっく……」
 コインロッカーの前。
 通りがかる人は、不思議な目で私たちを見ていた。
 でも、そんなの関係なくて。
 今は、澪ちゃんを素直に受け止めなきゃなって思った。
「大丈夫。大丈夫だから……」
 私も抱きしめ返して、背中を撫でてあげた。





 泣き止んで、澪ちゃんが目元を拭いながら私からゆっくり離れた。
 一応、落ち着いたようだ。だけど、まだ鼻をすすったり咳き込んだり。
 どこか安定のない感じを私に与えていた。本当に落ち着いたのかなあ。
 私はふと床に落ちたままだった澪ちゃんの持っていた袋が目に入った。
 落とした勢いで袋から中身が少しだけ出ているようだった。
 私はしゃがんでそれを拾う。
 文庫本だった。
「――これ……」
 その表紙に書かれているタイトル。
 それは確かに、昨日澪ちゃんが言っていたオススメの本のタイトルだったのだ。
「澪ちゃん」
「あっ……えっと」
 澪ちゃんは、顔を真っ赤にした。
「オススメの、それ……実家に忘れてて……約束、破りたくなくて……それで」
 だんだんと萎縮してフェードアウトしていく声。
 最後のほうは聞き取りにくかったけれど、でも精一杯言葉にしてくれた一生懸命さが伝わっくる。
「ありがとな……その、わざわざそのためにここまで?」
「だって……約束なんて、初めてで……せっかくオススメの本、聞いてくれたのに」
 澪ちゃんは、泣き腫らした声と表情で続ける。
「約束破ったら……嫌われちゃうかもって……私、田井中さんに、嫌われたくなくて……だから――」
 泣き止んでやっと落ち着いたと思ったのに、澪ちゃんはまた泣き出してしまった。
「あーあー、ほら。泣かないでっ」
 私は申し訳ないけど泣いてる姿が可愛いと思ってしまった。
 ここにいても埒が明かないし、通りすがる人は私が泣かしたと勘違いして……いやまあ実際私が泣かしたようなものか。
 でも、ここにいると目立つし。
 とりあえず、休憩所――自動販売機があったり座るベンチがあるような一画――まで行った方が良さそうだ。
 そこで澪ちゃんに座ってもらって、ジュースか何か飲んだら落ち着くかな。
 私は澪ちゃんの手を取った。
 澪ちゃんは、握り返してくれた。

 嬉しかった。
 笑顔が見られないように、歩いた。


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