けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

イノセント18

最終更新:

mioritsu

- view
だれでも歓迎! 編集
 いつも通り大学に行くと、いつも通り律がいた。
「おはよ、澪」
「……おはよう、律」
 私は先週、律を突き飛ばして逃げ帰り、そのままだった。
 だから律には申し訳ない気持ちで一杯だった。
 律も多少は怒ってるんじゃないかって思っていた。
 だけど、律はそんなのも忘れたようにケロッと笑っているのだ。
 私は拍子抜けすると同時に、優しすぎる律に泣きそうになった。
 律は、本当にいつも通りだった。
 講義が終わったら、あの子と食事に行くくせに。
 そんな兆候も微塵と見せない。
「行こうぜ」
「……うん」
 いつも通りのはずだけど、ほんの少しだけ静かだった。
 廊下を歩いている間は、全然話さなかった。
 講義室に入っても話さない。
 私はチラチラと律を見てしまう。律と何度も目が合った。
 その度に、恥ずかしくなって目を逸らすのだった。
 何を私は緊張してるんだ……。


 緊張してるのは、当たり前だ。
 私は、今日の内に律に告白するんだ――。
 だからこんなにも、落ち着けなくて。
 律の方が気になるんだ。


 講義の間も、律は比較的普通だった、気がする。
 でも、いつもよりそわそわしているように感じた。
 律はいつも講義をいい加減に……というよりも、外見だけはあまり真面目ではない空気がある。
 頬杖を突いて、いつも眠そうな横顔を見せているからだ。
 でも今日は、お気に入りだという黄色のペンでたまにチャカチャカ机を叩いたり……
 そしてやっぱり何度も私と目が合うのだった。律も私を気にしてるのかな……。
 いつも通りに隣に座っている。
 でも、糸がピンと張っているように張り詰めた雰囲気。
 講義中だからそりゃ静かなものだけど、でもいつものように穏やかではなかった。
 何より体に力が入る。いつものようにちょっと力を抜くようなことができなかったのだ。
 私は人差し指のお腹のあたりを親指で何度もさすっているだけしかできなかった。
 熱があるんじゃないかと思うほど、額も熱い。
 講義は、ノートこそ真面目に取ってみるものの頭にはまるで入らず、教授の言葉は右から左へと通り抜けて行っていた。
 ただ頭には、律にどうやって告白しよう。そしてどうやってチョコレートを渡そうかの段取りを決めることだけしかなかった。
 ふわふわ時間には、段取り考えてる時点で、もう駄目だと書いたけど。
 でも、頭でその状況を思い描かなければ、とてもその時になって言葉など出てきそうもなかった。
 実際、律のことを好きだと自覚してから、先ほどの挨拶しかしていない。
 今までは、律のことを好きだと思っても、それは恋愛感情ではなく、友達としてだと思ってたんだ。
 だから、律のことが恋愛として好きだと自分が知っている状態で律と話すのは、多分もっと緊張する。
 口下手になる。
 想いなんて、伝わりにくくなってしまう。
 私に振り向いてもらいたい。
 もしあの子が、律と付き合う気がなくても。
 律に、私を好きになってほしいんだ。
 だから、頑張るんだ。
 精一杯想いを伝えるんだ。



 それから、いつものように食堂の窓際の席で、律と一緒に昼食を食べる。
 この席で昼食を食べることは暗黙の了解と化していたので、まったく言葉を交わさなくても私たちはここに座り、昼食をとっていた。
 それでも、お互いが頑なに喋らない。
 だけど、最初に沈黙を破ったのは律だった。
「……澪」
「……何?」
 律は、食事会の事もあるからかあんまりお腹を満たすようなものは頼まなかった。
 先週と同じハンバーガーだ。しかもそれ一つだけ。
 私は突然の呼びかけに、やっぱり声は出なかった。
 だけど、律と話せないのも心苦しくはあったので、絞り出すように返事はできた。
「講義終わったら、どうすんの澪は? やっぱり……帰るのか?」
 実は『理学部の子』と四時半に噴水で待ち合わせしているのだけど、それは言ってはいけない約束になっている。
 特に律には言うなと念を押されているから、なんとか誤魔化さなければいけなかった。
 だけど、上手い嘘が思い浮かばなかった。
 第一、律の前で酷く緊張しドキドキしているのに、まともな嘘など吐けそうもない。
 第一なぜ誰にも言ってはいけないのかよくわからないのだ。
 でも一応言われているのだから、言ってはいけないんだろうな。
 私はなんとか言葉を捻りだした。
「……帰るよ。律は食事会だし、特にやることもないし」
 嘘だ。
 しかし、一瞬だけ律は表情を失くした。
 でもすぐに笑う。
「そっか。わかった」
 寂しそうに目を細めて、ハンバーガーを食べるのを再開した。
 私は、どうしようもないけど。
 でも嘘をついたことはちょっとだけ申し訳なかった。


 後で嘘をついたことは謝るしかない。

 問題は、いつチョコレートを渡すかだ……タイミングが全然掴めない。
 誰かに物をプレゼントすること自体が、私には慣れないことなのだ。
 律には何度も物を渡したことはある。初めてあげたあのオススメの文庫本もそうだ。
 だけど今度ばかりは違うんだ。渡すことや、それを言うことによって。
 ……関係が崩れちゃうことだってあるんだ。
 それが、まだ怖いままで。
 想いを伝えるんだって昨日から、何度も意気込んでる。
 確かに意気込んではいるのに、でも友達でも親友でもいいから、関係が続くのなら告白なんてしなくてもいいんじゃないかって怖いんだ。
 私は、律しかいない。
 だから律を失ったら、私はまた一人だ。
 ……違う。
 一人に戻るのが怖いから、律と関係を崩したいわけじゃないんだ。
 純粋に、律と離れたくないよ……。
 でも、食事会がどうとか、××さんに恋愛感情がどうとかって話されてから。
 もうそんなのが抑えきれなくなって。
 このままで私は満足かって、全然そんなことなくて……。
 恋人になりたいなって気持ちもどんどん出てきたから。
 だからこうして、鞄にチョコレートを潜めている。
 どうにかして渡したい。
 律に受け取って欲しい。
 できるならば、律と付き合いたい。
 恋人同士になりたい。
 律は私の事、好きじゃないのかもしれない。
 たくさんいる友達の中の、一人かもしれない。
 だけど、私にとってはたった一人なんだ。
 いろんなことを教えてくれたし、私の初めてばっかりの律。
 だから特別な律と、もっと特別になりたい。
 こんなこと思える相手も、律だけだから。












 その日の講義が終わった。
 今は四時。これから三十分後に、噴水の前で『理学部の子』と私は話をする。
 一体どんな話なのかわからない。想像もできない。
 顔も名前も知らない相手と、初対面で何を話すのだろう。
 それはずっと疑問だった。
 でも、私はもっと不安なことがある。
 このままじゃ、律にチョコレートを渡せない。
 朝から、渡そう渡そうって思ってるのに。
 ふとした瞬間でも、さあ渡すぞって気にはなるのだけど、恥ずかしくて、そして怖くて鞄から取り出せない。
 言葉を出そうとしたって、唇の上で彷徨うだけに終わった。
 渡したいけど、『渡したい』のままの私。
 情けなくて。悔しくて、講義中に何度泣きそうになったかわからない。
 結局私は、律にいろんなことを教えてもらったけど、それを返せない臆病者なんだって……。
 何が自信を持つために律と口調を似せるだよ。
 結局口調だけ変わったって自信も何もついてないじゃないか。
 律にだって怖がる。ただ好きだよって言葉が言えないなんて。
 たった四文字にいつまで悩んでるんだよって。
 昨日まで、詞まで書いてあんなにふわふわしてたのに。
 幸福がどうだとか、祈ってたくせに。
 今は、もう諦めようかって気さえしてきたのだ。



 もういいんじゃないかって。
 チョコレートなんて、捨ててしまおうかな。
 律が私のこと好きなわけないだろ……。



「澪、じゃあ私行くから」
 律が立ち上がって、私に言った。まだ私は椅子に座って、教材を鞄に詰めている途中だった。
 律は何食わぬ顔で私を見降ろしていて、私は小さな声で返事するだけしかできなかった。
「う、うん……」
「それと」
 律はそれから、目を逸らして頬をかきながら言った。
 微妙に頬を染めているのはなんでかわからなかったけど、私は心が全然穏やかじゃなかったのでその表情には何も言えなかった。
「……やっぱり何でもないわ。じゃあな。また後で」
 律は手を振って、講義室から出て行った。
 私はその後ろ姿を見つめていて、どうしようもなく胸が縛られた。
 それを振り払うように、鞄へ教材をしまう行為を再開する。
 だけど、やっぱり胸は痛いままだった。
 それでいいんだろうか。
 あんなにも頑張って、律への想いを込めたチョコレートを作った。
 あの時は、初恋が律だって気付いてやたらとふわふわして、よくわからなくて。
 嬉しいような、でも気付いてしまった寂しさもあって……。
 まるで絡んだ糸みたいに、一体それがどんな風に交わって絡んでいるのか自分でもわからないぐらいぐちゃぐちゃだった。
 そんな勢いのまま、今日を迎えてるから。
 今になって、怖い。
 怖いよ。
 失敗したら、律はどこかへ行っちゃうのかな。
 私から、遠くに行っちゃうかもしれない。
 そんなの、耐えられない。
 私は、律が大好きだから。
 律がいなきゃ、駄目なのに。
 もし律が私から離れちゃったら、どうなるんだろう。




 ……やっぱり、告白なんてやめよう。
 チョコレートも、どうせ美味しくなんかないだろうし。
 律が気に入ってくれるわけがないんだ。
 あんなの捨ててしまえばいいんだ。
 私が告白しなければ、律は今までみたいに一緒にいてくれるかもしれないんだ。
 昨日勇気が出てきたとか意気込んでたくせに……。
 土壇場で逃げるなんて。
 やっぱり私、駄目な奴だな……。
 私は鞄に荷物をしまい終えて、立ち上がった。
 時計を見ると、四時五分だった。あと二十五分はある。
 中庭へはすぐに到着するけど、遅れて迷惑を掛けるのも申し訳ない。
 十五分ぐらいは早く行けばいいかな。
 それぐらいなら全然余裕だし、向こうより遅くなるなんてことはないだろう。
 私は、講義室を出た。
 早く話を終わらせよう。
 どんな話かもわからないけれど。
 ゆっくりと廊下を歩く。


 ……律とあの子は、五時に待ち合わせと言っていた。
 一体どこで待ち合わせてるんだろう。噴水前じゃないと思うし、もしどこかのレストランへ行くのならバスか何かを使うのかな。
 そうなると大学前のバス停とかかな。
 付き合う気はないし、私から奪う気もない?
 どういう意味か、昨日からずっとわからないままだ。
 じゃあ何のために、律と今日の計画を立てたんだろう。
 律に告白するためじゃないのか? 律とバレンタインを過ごしたいからじゃないのか? 
 律にチョコレートを受け取ってほしいからじゃないのかよ。
 それなのに、付き合う気もないって。この日の食事会は何のためにあるんだろう。
 一日だけ律と一緒に過ごせれば、それで彼女は満足なのだろうか。
 名前も顔も知らない。ただ一度だけ電話しただけ。
 その電話の声すらも、私には何の情報もくれやしない。
 そんな彼女が、これから律と食事会に行く。
 やっぱりモヤモヤしてる。
 ……律は、五時まで何をしているんだろう。一度家に帰ったりしてるのだろうか。
 五時集合なら全然間に合うし。それとも、どこかで時間を潰してたりするのかな。
 私は首を振った。
 ……律のことは、今はいい。
 私はその『理学部の子』と話すことだけ考えてればいいんだ。


 私は中庭に出た。
 ちょっと歩けば、待ち合わせ場所の噴水だ。
 だけど、そこには思いがけない人物がいた。







「……澪?」



「……律?」





 そこに立っていたのは、律だった。











「……澪?」
 噴水前で、『理学部の子』に会いに来た私。
 でもそこにいたのは、律だった。
「……律?」
 私は訳がわからなかった。
 今の時刻は、四時十七分。待ち合わせは四時半だった。
 もう少しで、あの子はやってくるはずなのに、実際いるのは律。
 どういうことなのだろう。
 五時に、あの子とどこかで待ち合わせをするんじゃなかったのか?
 予想外の展開に、心臓が高鳴り始めた。
 律が表情を引きつらせながら私に尋ねてくる。
「……ど、どうしたんだ? 何か用でもあったのか?」
「い、いや……違うんだ」
「じゃあ、なんでここに?」
 律自身も、なんで? というように辺りを見回して混乱している様子だった。
 私は唇を舐めた。
 口の中もカラカラに乾き始める。
 やばい、混乱してるぞ私。
「律こそ……なんで、ここにいるんだ?」
 私は左手で自分の鞄を撫でていた。
 渡せなかったチョコレートが眠っている。
 律は後頭部を触りながら返した。
「えっと、ここで待ち合わせしてるんだ、理学部の子とさ。四時半に」
「――えっ?」
 なんだって?
 私は思わず声をあげてしまった。
 聞き取れなかったから声をあげたんじゃない。
 律の言った言葉が、どうにも私の考えていた答えと大きく食い違っていたからだ。
 私の動作に、律は不思議に思ってか首を傾げる。
「どうしたんだよ?」
「本当に……ここに、四時半?」
「って、私は言われたけれど」
 どうなってるんだ? 
 私は焦りに焦っていた。というよりも、これは焦りというより状況が噛み合わないことに対する混乱だった。
 自分の持っている情報と律の情報が噛み合わない。
 しかし落ち着こうにも律と突然出会うものだから、心臓が高鳴って落ち着けない。
 ドキドキして顔も熱くなって……もう訳がわからない。
 落ち着け。
 律は、四時半に噴水前で、その理学部の子と待ち合わせだった。
 私は、四時半に噴水前で、その理学部の子と待ち合わせだった。
 実際そこにいるのは、律じゃないか。
 どういうことだ。
 第一あの子は言っていた。
 『田井中さんとは五時に待ち合わせしているんです』って……でも今律は、四時半にここで待ち合わせしていると確かに言ったのだ。
 おかしい。情報がうまく伝わっていないのか? あの子の口調からして確かにきちんと取り決めているように思えたのに。
 じゃあ、どうして律はここにいるんだ?
「私も、理学部の子に、四時半にここにきてって言われたんだけど……」
「マジかよ!?」
 私の言葉に、律も顔を歪ませた。
「……どうなってんだ?」
 それはこっちが聞きたい。というよりも、私と律が『理学部の子』に問い質したいところだ。
 どう考えてもおかしいんだ。食い違いなんてものじゃない。
 だってあの子は五時に律とどこかで待ち合わせと言ったじゃないか! 
 なのにどうして、四時半にもなっていない噴水で、私の目の前に律がいるんだ!
 よりにもよって、律だなんて……。
 ただでさえ律といるのは自分の胸をドキドキさせる要因であるのに、いざ『理学部の子』と話そうと思って噴水に来てみたら律がいる。
 そんな予想もしなかった展開も相まって、もう胸が爆発しそうだった。
 お互いが訳がわからないから、やっぱり視線が交錯しあう。
 その度に私は、この胸の高鳴りが律に聞こえてやしないか、顔が真っ赤になっているのを悟られてはいないかと冷や冷やしていた。
 現実、喉が震えて声も出にくい。
「とりあえず、えっと……? 澪は、四時半にここに来てと言われた」
「う、うん……」
 状況確認のためか、律は落ち着いた様子だった。
 でも、後頭部を撫でながら喋るのは律の、恥ずかしがったり照れている時の癖でもある。
 だけど私は、今律が何を考えているか読めなかった。
 律の心を簡単に読めれるのなら苦労なんて何もないのだ。
「私も……ここに四時半に来てと言われたんだ」と律。
「『理学部の子』に?」
「いや、××さんを通してだけど……」
「じゃ、じゃあそこで何か伝言ミスがあったんじゃないか?」
 そうとしか考えられない。
 つまり、私は『理学部の子』から直接電話をもらった。
 しかし、律はその子ではなく××さんから連絡をもらったようだ。
 となると、本人ではない××さんの情報の方が間違っている確率が高いんじゃないか。
 本人の口からの方が信憑性は高いだろうし……でも、××さんが間違うのかなあ。
 律は、息を吐いて言った。
「……ま、まあ待ってようぜ。本人が来ればわかるだろ」
「そ、そうだな……」
 私と律は、お互いにぎこちなく笑い合った。
 時刻は四時二十五分。
 私たちは噴水の縁に、二人分ぐらいの距離を置いて座った。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー