『アナザーリンク・サーガ・オンラインのプレイヤーと認識しました』
『接続処理を行います』
『接続コード受理、起動します』
『未接続アバターはそのまま待機モードを継続します』
『警告! 隔離措置は現時点で時間が限られます』
『管理者間合意に基づきオブザーバーの参加を認証』
『各プレイヤーに通告します。そのままお待ち下さい』
《何か申し開きはあるかね?》
『結果が伴っていないのは認めます。ですが我等は為すべき事を為している!』
《汝の言い分は、分かる。だがそれもまた事象の一端に過ぎぬ》
『お待ちを!』
《もう結果は出ている。我の結論もまた然りだ》
謎の黄金人形は片手を掲げた。
言い訳をしていた老紳士に向ける。
それだけで老紳士の姿は消えた。
いや、元の黒い人形に戻ってしまう。
《汝はどうだ?》
『どうもこうもありませんな。好きになさるがいい』
《それだけかね?》
『彼の正体に興味がありますがね。もう少し探ってみたかった、というのが心残りですな』
研究者の視線はオレに向いている。
興味だって?
オレの方には無いぞ?
いや、この研究者が一体何者であるのかは少しだけ興味はある。
消えてしまっているけど老紳士もです。
運営とはまた別の存在であろう事だけは確信しているけどね。
《興味とは?》
『彼は異様だ。それだけでも興味の対象となるのでね』
《理解し難いな》
『理解して貰わずとも結構』
《汝の処断は保留とする。そのまま待つがよい》
『そりゃどうも』
今度は黄金人形は体毎、オーティスとテルマに向く。
顔が無いから視線も何も無いのだが、彼等を凝視しているように感じられるのが不思議だ。
《汝等が彼等に示唆した事は不問とする。だがこの結果に対する責任は不問に出来ぬ》
『しかし!』
『テルマ、止せ!』
《一線を越えるのもまた人としての在りようの一端。それは良しとする》
『いい機会だわ! 貴方は一体、こんな事をどれだけ続けていたの?』
『止せ!』
『そしてこれからも続けるつもり?』
《感情を抑える事も出来ぬか。それではオブザーバーに相応しくなかろう》
『待ってくれ!』
《控えよ。そして今は我の前から消えるが良い》
黄金人形が手を掲げるとオーティスとテルマの姿は黒い人形と化す。
今度は黄金人形が久住に向いていた。
『随分とまあ、温情がある事で』
《温情とは?》
『ああ、分からなくて結構。それに彼等へ告げる事の方が重要じゃないのかな?』
《汝の言行は各所から問題視されていた。不問とする事は決定であったのだが》
『排除してくれても別に構わない。元々、この世界に興味は無いんでね』
《庇護されている身である事はどうなのか?》
『関係無いね。人間、いつかは死ぬ。どんな形であってもそこから逃れる訳にはいかない』
《それが汝の真理であるか》
『ああ。そっちの申し出は十分以上に魅力的だがね』
《了解だ。汝の果たした役割は大きく評価出来よう。好きにするがいい》
『そりゃどうも』
《だが汝が所属する世界が切り離されても良いのかな?》
『仕方ないさ。それをどうこう出来る立場じゃないって、もう知っているしねえ』
久住の態度は相変わらずだな。
遠慮の無い口調、その表情は飄々としている。
いや、ニヤニヤと笑っているような風情だ。
オレには話の内容が半分も分からないけど、久住がいつになく真面目に感じ取れる。
それだけは分かった。
『帰っていいかい?』
《帰ったら、どうするね?》
『足掻くだけさ。そっちだって困ってるでしょ?』
《困りはしない。結論が先に出る。それだけの事だ》
『おとぼけ、だねえ』
《汝の意見は傾聴するに値するであろうが、今は聞かぬでおこうか》
黄金人形は手を掲げる。
その前に久住はオレに向けて手を振っていやがった!
《汝等に告げる。汝等の世界はこことの接続を保ったまま、当面は存続を認めよう》
『存続?』
《切り離せば、それまでだ。汝等の世界は平衡を失い滅ぶのみだ》
『何だってそんな事を?』
《我よりも彼の解釈を聞いた方が良いやも知れぬな》
黄金人形は研究者の方を指差す。
そこにいた全員の視線が集中する中、研究者の目はオレを見ていた。
『何だって私が?』
《我の言葉では重い。汝もまた彼等と同じであったのだから話もし易いであろう》
『確かに』
研究者は頭を掻きつつ、ここにいる全員を見据えて行く。
いきなりだが、真面目な表情だ。
『飽くまでも私の解釈。それでいいかね?』
『ええ、いいわ』
『ああ、その前に。私の名はアルメイダでいい。君がこの面々の代表でいいのかね?』
『アルメイダさんね。私はフィーナで』
『つまり、私達は観察対象な訳?』
『ああ。そして私もまた観察されていた訳だ』
『ゲームそのものがサンプリングの道具だなんて。ちょっと偏るんじゃないかしら?』
『さて、その辺りの見解は別れる所だな。サンプリングもまた条件が同じでなければ比較出来ん』
『他にも方法があるでしょうに』
『同感だ。だが、既に積み重ねられたデータを前提にするならば継続する他にない』
『でも、いつから?』
『そこは私にも分からんがね』
平行世界は枝葉が分かれるように、可能性毎に多岐に渡るという事。
そして隣り合う枝葉は相似する関係にある事。
その中で好ましい枝葉が選ばれており、剪定されてしまう世界があるという事。
平行世界にも幹にも根にも相当する存在があり、平行世界の全てを支えている事。
全ての枝葉を支えるには幹にも根にも限界がある、という事であるらしい。
「彼は、何者だ?」
『世界を統べる神かな?』
「そうなのか?」
《我は汝等の世界の枠を超越して存在する事は確かだ。神の定義の事は知らぬ》
「剪定された世界は滅ぶしかないのか?」
『剪定されずとも滅ぶ存在はあるよ。病もあるだろうし虫食いもあるのと一緒でね』
「そんな世界を、見たのか?」
『無論だよ。それも私自身の世界も含めて見ている』
「何?」
『先刻の者達もそうだ。滅んだ世界の住人もいる。そしていずれは私のような役割も担うだろうね』
「まさか、あんたは現実で運営の手助けをしていた?」
『運営、か。そういう見方もあるだろうね。そうとも言えるが正確ではないな』
『アレは言ってみれば神が遣わした観察装置だよ』
「アレ?」
『そうとしか表現出来ない、オーパーツ的な存在だ』
「それが全ての世界に?」
『その筈だ。ゲームの運営、というのは本質の一端に過ぎない』
アルメイダの視線が再び黄金人形に向く。
だがやはり、何も反応は無い。
『明確に間違えているようであれば訂正、そうでなければ補足してくれないかね?』
《我にはその権限は無い。世界へ意図的に介入すれば観察する上で不都合になる》
『そうかね? アナザーリンク・サーガ・オンラインに関してはその不都合が起きているが』
《然りだ。だが、これもまた人間の在りようを知る上で有効であろう》
『だから当面、存続を認める訳か。他にも理由がありそうだけど、答えてくれないかね?』
《必要だと判断したが故に存続を認める。それ以外に理由は無い》
「では不要と判断したらさっさと剪定するって事かい?」
『キース!』
フィーナさんの声で我に返る。
いかんいかん!
好戦的になっていたらしい。
「ところで魔神なんだが」
『アレはゲームを動かす道標であり、多分だが指標でもあるだろうな』
「では、辺獄は?」
『世界の枠の外とでも考えておけば当たらずとも遠からず、だね』
アルメイダはオレと黄金人形を見比べる。
何故だ?
何故、笑っていられる?
『私にも質問の機会はあるかな?』
《我は答えはせぬ》
『貴方じゃないって。彼にだよ』
アルメイダはオレに近付くと爪先から頭の上まで、ゆっくりと視線を這わせて行った。
興味深げに。
同時に冷徹さも感じる。
『君は、誰だ?』
「いや、プレイヤーなんですけど」
『プレイヤー? 本当に? 君が、かね?』
「本当だ」
『魔神達の反応。そしてフィールド回収をも阻止する手際。単純なプレイヤーとも思えないが』
『最後に確認したい。このマップはどうするね?』
《我に何かを決定する理由は無い》
『ヘヴィーアーマーズ・オンラインは強制的に接続されたままだ。リソース不足なんだけど?』
《我の与り知る所では無い》
『仕方ない。アナザーリンク・サーガ・オンラインにも大きな負担になっている。暫定で隔離だな』
アルメイダは黄金人形に向けて嘆息してみせる。
演技だ。
半分は嫌味のつもりなのが分かる。
『ヘヴィーアーマーズ・オンラインって?』
『ここでやっていたゲーム世界でね。まあベータテスト段階だったんだが』
『君が散々、やってくれたものだからテストになりゃしない。中止するしかないねえ』
「まさか、プレイヤーがいたのか!」
『まさか、気付いていなかったのか!』
『まあ、いいんじゃないかな? ベータテストにも猶予期間は出来る訳だし』
「で、ここのマップはどうなる?」
『アナザーリンク・サーガ・オンラインの管理下に置くさ。仕方ない』
《最後に警告だ。余計な行動は汝等にとっての不幸を招くであろう》
『それは余計な警告だね。彼等も理解はしていると思うよ?』
アルメイダはオレ達全員を見回す。
その表情から、笑いが消えた。
『この後の行動全てが観察されている訳だ。場合によっては君等の世界が滅ぶと思うよ?』
《隔離措置はここまでだ》
黄金人形がアルメイダに向け手を掲げた。
アルメイダの姿は黒い人形に戻る。
そして黄金人形もまた黒色に変じてしまう。
運営アバターが10体、物言わぬ人形として佇む形になってしまった。
だが、その姿も陽炎のように揺らぐと一瞬にして消えてしまう。
まるで今の出来事が、夢か幻であったかのように。
|