月が赤い。

 星が紅い。

 否。

 赤いのは月ではない。

 紅いのは星ではない。

 赫いのは世界。

 右に見える瓦礫も。

 左に見える廃墟も。

 私の周りにある19の人だった物と辛うじて生きている7人の物から溢れ出た朱で染められたのだ。


「ああ、お腹がすいた」


 少し動きすぎたらしい。

 魂その物が飢えているようだ。

 辺りを見回した。

 質は悪いが幸いにして量だけはある。

 幸か不幸か高ランクの能力者は生きているようだし。

 私は目の前に居た心器使いに近寄る。


「ひ、ひひ……くぁっひ」



 魄滅はしていないが現実逃避をしているらしい。

 引きつったような泣き笑いがさっきから止まらない。

 そんな事は気にせずに私は目の前の心器使いの心器を持っている手を握り――――徐にその刀型の心器をお腹へと挿入していく。

 瞬間。


「――――――――ッ!!」


 声にならない絶叫を心器使いが上げた。

 そんな事は気にせず私は心器の最後の最後、柄の部分まで私自身のお腹へと押し込んでいった。

 心器使いは身体中の穴という穴から体液を出しながら痙攣している。

 失禁はしていないが。

 気が狂ったような笑い声も聞こえない。

 完全に魄滅したようだ。

 中々の美味だった。

 もしかしたら銃器級だったのかもしれない。

 まあ、興味無いし確かめようも無いのでどうでもいいけど。

 そんな事を考えながら食事を再開する為に私は服を脱ぎ始めた。

 アイツのいうとおり私の能力は戦闘には便利だけどその度に服が破けるのは頂けないわ。

 そして下着からなにから全てを脱ぎ終えた私は心器使いの身体を右手で持ち上げた。

 首で全身の体重を支えているので苦しそうな感じになるが抵抗は全く無い。

 そんな心器使いを見ながら私は自分自身の偽身能力を使用した。

 口からギシギシと何かが擦れる音が漏れた。

 否。

 私自身の口は完全に閉じられている。

 音が聞こえるのは私の額にある口だった。

 その音を皮切りに大きな牙の生えた――――18本の牙が並んでいる――――口が肌にあった。

 牙があった。

 牙があった。

 牙があった。

 牙があった。

 牙があった。

 舌があった。

 舌があった。

 舌があった。

 舌があった。

 舌があった。

 口があった。

 口があった。

 口があった。

 口があった。

 口があった。





 牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が、牙が――――!





 舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が、舌が――――!





 口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が、口が――――!!





 全身――――肩に腕に掌に足に胸に腹に背中に――――全身余す所無く。

 私の“口”の概念操作によって作り出された――――――――――512の口がそこにあった。


「ぷぎっ」


 という音と共に右手が赤く染まった。

 どうやら掌の口が心器使いに喰らいついているらしい。

 ばりぼり、ばりぼりと喰っている。

 心器使いの首を。

 ばりぼり、ばりぼりと貪っている。

 アイツが居たらなんていうかしら?

 ふふ、アイツってたまに見当違いな文句をいうから面白いのよね。

 でも、まぁ今回はただの文句になるでしょうね。

 相変わらず悪食だな。って。

 …………お、思った以上にヘコむわね…………。

 とりあえず、礼儀としていいましょうか。


「……いただきます」


 そしてわたしは腹部にあるさっき心器を喰らった、ひときわ大きな、ひときわ凶悪そうな口に――――その心器使いの躯を押し込んだ。

 牙が、躯を、砕く。

 潰れて徐々にその形が変形していく。

 咀嚼している。

 そして数十秒もしない内に『ごっくん』と心器使いの躯を飲み込んだ。

 少しはお腹、膨れたかしら?


 そんな事を考えていたら――――背後から力が溢れた。


「え?」


 そんな間抜けな声を出しながら私は後ろへと振り向く。

 そこには、この逆心者集団のリーダーである男が立っていた。


「なるほど」


 考えてみれば単純な事だった。

 敵のリーダーは私が食事に夢中になっている内に静かに魂魄励起をしていた。

 ただ――――それだけの事。

 それにしても、お仲間が食べられているっていうのに、それを無視して魂魄励起しているなんて


「随分と冷たいのねぇ?」


 相手から殺気が溢れる。

 その殺気に対して私は笑う。

「死ね」

 怒りすぎて逆に冷静になっているね。

 その言葉と共に相手は槍の心器を振り上げた。

 その延長線上に氷の棘が生えながら迫ってくる。

 “凍らす”か“冷やす”辺りの心器かしら?

 励起中を差し引いても銃器級としては中々の威力。

 惜しむには――――


「それが当たればねぇ」


 氷の棘は私の横を通過した。

 どれだけ強大な威力を持とうと当たらなければ意味が無い。


「それで終わり?」

「…………」


 無言。

 相手は微動だにしない。


「……はぁ、もういいわ」


 私が失望と共に相手を食べようと一歩踏み出そうとして――――その一歩が出せなかった。


「え?」


 そして私は首の後ろ側を槍の心器で深く深く――――刺された。

 だけど心器は首を貫通しない。


「なっ!?」


 驚く相手。

 それと同時に目の前のリーダーは消えた。

 そして、私は手品のからくりを知った。


「なるほどねぇ、つまり貴方の心器は“凍らす”でも“冷やす”でもなくて“止める”心器だったのね? 面白いわ。あの外した攻撃は私と貴方の間にある物質などを“止める”ために放ったのね? 残像や魄冥波動さえその場に“止めて”おいて自分は自分からでる有りとあらゆる情報を出ないように“止めて”の後ろからの奇襲……面白いわ、貴方と同じ心器使いがいたからこの技法、その人に教えて上げようかしら?」


 クスクスと嗤う私。

 リーダーは心器を必死で抜こうとしている。

 けど抜けない。

 ギシギシという音が響く。


「まぁ、敗因といえば――――心器使いを食べさせた事でしょうね」


 それが無ければ少しはいい勝負になったでしょうに。



「な、なにを……」

「分からない? なら懇切丁寧に説明してあげるわ。私は偽身能力者で操作概念は“口”。そして私の“口”から摂取されたありとあらゆるモノは私の魄啓力となる」


 分かるわよね? と私は言う。

 相手の顔はドンドン青くなっていく。

 何か言おうとしているけど言葉に出来ないでいる。

 ギシギシという音が響く。


「魄啓使い同士の戦闘で近距離だろうと遠距離だろうと魄啓を使わない技はないわ」


 私は酷く可笑しそうな声色で話す。

 相手は能力を行使している。

 しかし効かない。

 ギシギシという音が響く。


「つまり私は戦闘中に魄啓を枯渇することはまず有り得ない。だってそうでしょ? 相手が魄啓力を消費して攻撃したとしても、その攻撃を私が食べればその消費分私の魄啓力となるのだから」


 お分かり? と私は言う。

 相手は空気中の物質を“止めて”氷の槍を右手に形成。

 私の右脇腹に突き刺す。

 しかし貫通しない。

 ギシギシという音が響く。


「それで、まだ気づかないの?」

「くっ……なにがだ……」


 私は溜息をつく。

 ギシギシという音が響く。


「愚に愚を重ねた愚問だわ。貴方、さっきから私を能力で“止めよう”としているでしょ? それでなぜ止まらないと思う? 貴方は励起中の銃器級マイナスといったところでしょ」

「それがどうした」

「…………貴方、思った以上に頭が悪い? いえ能力の応用は悪くは無かったわね。じゃあ回転が遅いのね」


 二回目の溜息をつく。


「だから! 何を言っている!!」

「干渉系の能力は相手の魄啓力の差がそれほど無い場合、少しは影響を受けるけど最終的にはレジストされる」


 まぁ、私の場合は“口”が能力を食っているんだけどね。


「じゃあ、ほぼ間も無く貴方の力をレジストしている私の位階は?」


 これで分からなかったらリーダー失格なんだけど。

 どうやら分かったらしい。

 顔色は青から蒼白へと変わっていく。

 ギシギシという音が響く。



「学園都市内での公式最年少兵器級能力者は14歳位のハズなんだけど、やっぱり非常識よね? 11歳での兵器級能力者。しかもプラスだなんて」


 クスクスと私は嗤う。

 相手は死に物狂いで心器を動かそうとし、能力を行使し、氷刀などを私に突き刺す。

 しかし効かない。

 ギシギシという音が響く。


「さてと、それじゃあ――――」


 喋りながら私は、心器が刺された傷から段々と牙を生やす。

 ――――終わりにしましょう。

 その言葉と共にギシギシという音は途絶え。

 同時にベキッ、という鈍く、そして澄んだ音が響いた。


「がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 断末魔という言葉が相応しい音が口から響いている。

 しかし魄滅には至っていない。

 ……もしかしたらこの逆心者集団は思っていた以上に粒ぞろいだったのかもしれない。

 そんな事を考えながら私は倒れている相手へと視線を下ろす。

 顔が真っ青どころか蒼白になっていた。


「お、お前は……一体…………一体何なんだ!?」


 吃りながらそんな事を聞いてきた。

 そんなことも分からないのかと思いながら私は溜息をついた。

 そして私は冥土の土産にその質問に答えた。


「マンイーター」


 私は食事を再開した。







 こうして水羽市の中堅逆心者集団ファントム・ブレイカーは一夜にして壊滅した。
 メンバー全員が捕食という形で。






 一夜明けて私は何事も無かったように歩いている。

「さてと、これからどうしようかしら?」


 私は少し考え込み、決断する。


「うん、アイツに会いに行きましょう。アイツなら私の服を作れるでしょうし」


 そう呟くと私は歩き始める。

 目指すはあいつの居る所。

 つまりは学園都市だ。

 その前に――――


「まずは腹ごしらえね」


 私は近くの食堂へ入った。

 その食堂を選んだ理由は簡単だ。


『ジャンボラーメン15分以内完食者賞金1万』


 たらふく食べられてしかもお金が貰える。

 こんなに嬉しいことはない。

 ラーメンは好きだし。

 いや、他の食べ物も好きですよ?

 そんな事を思いながらにやける。


「おじさん、ジャンボラーメン一つ」


 おじさんが驚いている。

 理由は分かる。

 小学生が頼むような量じゃないのでしょう。


「お嬢ちゃん、ちゃんと全部食べられるのかい?」

「ええ、じゃなきゃ頼まないわ」


 おじさんが考え込んでいる。


「……よし分かった。待ってな」


 おじさんがやっとラーメンを作り出した。

 ラーメンを作っているのを見ながら私はアイツの事を考えていた。

 どんな事をしているのかは見当つかないが、多分馬鹿騒ぎをしているのは変わらないと思う。

 当分暇は潰せそう。

 そんな事を考えながら私はラーメンが出来るのを待っていた。

 ああ、お腹すいた。

 早く来ないかな、ラーメン。











 ――――続く?――――





貪り喰らう魔の獣――――繋場いたち
分類:偽身能力者
固有能力名:イーティングワン
能力内容:“口”の概念操作
能力ランク:兵器級(A+ランク)(魂魄励起“マンイーターカーニバル”により一時的に神話級(S+ランク))
概要:“口”の概念操作。全身に口、またはそれに属する歯や舌などを自由に作り出せることが可能。作り出した口は何でも(炎などのエネルギーも)喰らい、己の魄啓力に変換する。



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最終更新:2007年10月09日 17:53
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