31-103「佐々木さんの、夢十夜の巻」

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31-103「佐々木さんの、夢十夜の巻」」(2008/03/16 (日) 20:51:00) の最新版変更点

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<div class="mes">佐々木さんの、夢十夜の巻<br /><br />  こんな夢をみたんだ。<br />  <br /> 腕組みをして枕元に座っていると、仰向きに寝た君が、静かな声で<br /> もう死ぬと言うんだ。<br /><br /> 「死ぬとは穏やかじゃないな。それとも佐々木、俺に対してなんか<br /> 口に出さない不満でもあって、内心死を願っているとかないだろうな」<br /> 何せ夢だからね。そこらへんは脈絡はないさ。それに君に対しての<br /> 不満はあるにしても、それは君の死によって、決して解消されなく<br /> なってしまう類の不満だから、まあ安心したまえ。<br />  <br /><br /> 君はそのくせっ毛を枕にしいて、輪郭の柔らかな顔を枕に沈めるよ<br /> うに横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく挿して、<br /> 唇の色は無論赤い。<br /> とうてい死にそうには見えないのだけれど、しかし君は静かな声で、<br /> もう死ぬと判然と言うんだ。僕も確かにこれは死ぬなと思った。<br /> なにせ夢だからね。そのあたり、理屈ではないのさ。<br /> で、そうなったからには僕も後を追おうと思って、<br /> 「そうかね、もう死ぬのかね」と上から覗き込むようにして聞いて<br /> みたんだ。何故か視界が曇ってしまって、そうしないと君の顔も見<br /> えない塩梅だったものだから。<br /> 死ぬとも、と言いながら、君はぱっちりと眼を開けた。大きな、包<br /> み込むような深さを秘めた眼で、睫に包まれた中は、ただ一面に<br /> 真黒だったんだ。<br /> その真黒な眸の奥に、自分の姿が頼りなげに浮かんでいる。<br /> 僕は透き徹るほど深く見えるこの黒目の色沢を眺めて、これでも死<br /> ぬのかなと必死に思ったんだ。だから、ねんごろに君の耳元に口を<br /> 寄せて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返し<br /> たんだ。何故だか、声が震えてとても小さな声しか出せなかったから。<br /> すると君は黒い目を眠そうに見張ったまま、やっぱり静かな声で、<br /> でも、死ぬんだから、仕方がないだろうと言ったんだ。<br /><br /> 「何か死ぬ間際まで他人事風味だな、お前の夢の中の俺は」<br /> 取り乱されるよりもいいんじゃないかな。<br /><br /> じゃあ、僕の顔が見えるかい、と一心に聞くと、<br /> 見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃないかと、<br /> にこりと君は笑って見せた。<br /> 僕は黙って、顔を枕から離した。震える手でようやく腕組みをしな<br /> がら、どうしても死ぬのかなと思ったんだ。<br /> しばらくして、君がまたこう言った。<br /> 「死んだら、埋めてくれ。時の彼方の大きな真珠貝で穴を掘って。<br /> そうして天から落ちて来る有希の破片を墓標に置いてくれ。<br /> そうして墓の傍に待っていてほしい。また逢いに来るから」<br /><br /> 何故か、それはかなり失礼じゃないかとか、まだ本命一人隠す辺り<br /> が君の狡猾さだねなどと思ったのだがどうだろう。<br /> 「いや、それ俺じゃないから。お前が勝手に夢見てるだけだから」<br /> それは承知しているのだけれど、普段の行いが……、まあいい。</div> <div class="mes"> <div class="mes">僕は、いつ逢いに来るかねと聞いたんだ。<br /> 「日が出るだろう。それから日が沈むだろう。それからまた出るだ<br /> ろう、そうしてまた沈むだろう。――赤い日が東から西へ、東から<br /> 西へと落ちて行くうちに、――佐々木、待っていられるかい?」<br /> と言った。<br /> 僕は黙って首肯した。<br /> 君は静かな調子を一段張り上げて、<br /> 「百年待っていてほしい」と思い切った声で言った。<br /> 「百年、俺の墓の傍に坐って待っていてほしい。きっと逢いに来るから」<br /><br /> 「なんで百年なんだろうな」<br /> さあ、それこそ夢の話だからねえ。或いは、思いの深さを試してい<br /> るのかと、目覚めた後になって思いもするけれどね。<br /><br /> 僕はただ待っていると答えた。すると、黒い眸のなかに見えた自分<br /> の姿が、ぼうっと崩れて来たんだ。<br /> 静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、<br /> 君の眼がぱちりと閉じて、睫の間から涙が頬へ垂れた。<br /> ――もう死んでいた。<br /><br /> 僕はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑<br /> かな丸みを帯びた貝だった。土をすくうたびに、貝の裏に朝日が<br /> 差してきらきらした。湿った土の匂いもした。穴はしばらくして掘れた。<br /> 君をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。<br /> 掛けるたびに真珠貝の裏に朝日が差した。<br /> それから雪の破片の落ちたのを拾って来て、軽く土の上へ乗せた。<br /> 雪の破片は薄かった。長い間涼しい空を落ちている間に、層が取れて<br /> 薄くなったんだろうと思った。<br /> 抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が、何故か少し暖くなった。<br /><br /> 「自分が埋葬されるシーンを聞かされるのも変な気分だな」<br /> 僕も何故か盗人に追い銭というか、二号さんに送金する本妻のよう<br /> な気分を味わったよ。<br /> 「何故だ」<br /><br /> 僕は苔の上に坐った。いっそ共に死んだほうがよかったのに、<br /> これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、<br /> 腕組みをして、雪でできた墓標を眺めていたんだ。<br /> そのうちに、やがて日が暮れて、君の言った通りまた日が東から出た。<br /> 大きな赤い日だった。それがまた君の言った通り、やがて西へ落ちた。<br /> 赤いままでのっと落ちて行った。<br /> 一つと僕は勘定した。<br /><br /> 「のっと落ちたってどういう感じなんだ」<br /> そこは聞かないでくれたまえ。僕にも色々事情があるんだ。<br /><br /><br /> しばらくするとまた唐紅に、一筋黄を刷いたような天道が<br /> のそりと上って来た。そうして黙って沈んでしまった。<br /> 二つとまた勘定した。</div> <div class="mes">僕はこう言う風に一つ二つと勘定して行くうちに、<br /> 赤というか、むしろ黄色い日をいくつ見たか分らない。<br /> 勘定しても、勘定しても、しつくせないほど黄色い日が頭の上を通<br /> り越して行った。それでも百年がまだ来ない。<br /> しまいには、苔の生えた雪の墓標を眺めて、僕は君に欺されたので<br /> はなかろうかと思い出した。僕が君の後を追わないように、君が最<br /> 後についた嘘なのではないかと。<br /> すると石の下から斜(はす)に僕の方へ向いて青い茎が伸びて来た。<br /> 見る間に長くなってちょうど僕の胸のあたりまで来て留まった。<br /> と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持ち首を傾けていた細長い<br /> 一輪の蕾が、ふっくらと花びらを開いたんだ。<br /> 真白な百合が鼻の先で骨に堪えるほど匂ったよ。<br /> そこへ遥か上から、ぽたりと滴が落ちたので、花は自分の重みで<br /> ふらふらと動いた。<br /> 僕は首を前へ出して冷たい滴のしたたる、白い花弁に接吻した。<br /> 僕が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、<br /> 暁の星がたった一つ瞬いていた。<br /> 「百年はもう来ていたんだね」とこの時始めて気がついた。<br /><br /><br /> ……という夢をみたんだ。<br /> 「で、俺にどうコメントしろと。精神分析だと、この夢の意味は<br /> どうなるとか、何かそういうオチでもあるのか?」<br /> いや、この夢を分析するのに、そんなものは必要ないんだよ、ワトソン君。<br /> 「誰がワトソン君だ。で、佐々木ホームズの抜群の推理力からすると、<br /> この夢をお前が見た理由ってのはどう明かされるんだ」<br /> なに、簡単なことだよ。<br /> 僕が昨夜寝る前に、夏目漱石を読んでいたというだけさ。<br /><br /> 春休み、そんな意味もなく他愛もない会話を、一日図書館で佐々木としていた。<br /> いや、閲覧室が日差しが入って暖かくて気持ちよくてなあ。なんとなく弛緩してしまうんだよ。<br /> 翌日、何故か長門とハルヒの視線がとても痛かった。<br /> 俺は無実だ。<br />                      おしまい</div> </div>

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