3月某日。
中学の卒業式が終わり、1年間過ごした教室での打ち上げが終わる。
皆、名残惜しそうにしながらも各々の帰路へと戸の向こうへ消えてゆく。
この教室での思い出と中学…いや、小学校からの思い出を押し込めて……。
だが俺はそんなすべてを思い出という宝箱にしまい込んだりなんかしない。
そうさ、今日は佐々木に伝えることがあるんだろ。俺はそう決心したんだろ。なら、どうして俺の足は動かない。窓際の佐々木まで、数歩でいけるのに。……どうして。
「ねぇ、キョン?」
まさにビクリという具合に身体が震える。
「なんだ、国木田か。おどろかすなよ」
「キョンが勝手におどろい…」
国木田は俺がどこへ何をしようとしていたのか悟ったらしく、数秒の停止ののち、そっと言葉を続ける。
「これはお邪魔だったようだ。2次会に誘うつもりだったけど…同じ高校に入れたんだし、いつでも会えるしね」
あらためて俺と佐々木の方を見て、クラス全体を見回し、
「では、みんなで退散するとしよう。またね」
「ありがとよ、国木田」
最後に教室をでる国木田が、軽く手を振ってから戸を閉めた。
そうして、教室には俺と佐々木しか居なくなった。
今のやりとりで若干柔らかくなった身体を窓際へと動かす。
「佐々木」
自分の顔が赤くなるのを感じ、言葉につまる。
「なんだい? キョン。柄にもなく難しい顔をして」
佐々木は冷静なもんだ、羨ましいぜまったく。
「お前は愛情と本能がどうという話をしたが、それについて話をしたいんだがいいか?」
「これは…マーヴェルとでも」
失礼な、俺がどれだけ考えたものか。
「失敬。でも君から話がでるとはね。聞かせてくれないか」
いいだろう。この人生のかかった話をよく聞け。
「愛だの恋だのなんてのは子孫を残すための生物的な本能で、まやかしなのかもしれない」
「そうだね。僕は病気と言った憶えがある」
「それでだ、佐々木。俺は、お前に……」
言うぞ。言うんだ。練習もしただろう。何があっても、とにかく言うって決めたんだろ
「お前に看病してほしい」
「へ?」
言い切った俺に、佐々木は分けがわからないという顔を向ける。
「病気だろうが、なんだろうが、俺はお前と一緒にいたい」
そうだ、違う高校へ通うことになろうとも俺は佐々木といたいんだ。
……返答がない。
見れば、目をぐるぐるさせている佐々木の顔が次第に赤くなり、
「キョン。僕も君に看病してほしい」
そう言った佐々木は平静にもどるためか顔をふってから、そっと微笑んだ。
若干瞳を潤ませた女の子のそれが、そこにあった。
それは瞬間的で、永遠を感じる…忘れるなんざ有り得ない、そう思える笑顔だった。
「君は僕が好きかい?」
「ああ。お前は俺のこと好きか?」
「もちろん」
こうして、俺達は自他ともに認めるカップルとなり、何をしようとも問題はないハズなのだが、
「ではキョン。2次会に行こうか」
荷物と俺の腕をつかんで、外へと向かおうとする佐々木に、
「へ?」
今度は俺が分けがわからないという顔を向ける。
「こういった事を大事にしなくては嫌われてしまうぞ?」
その小悪魔じみた笑みに反論は溶けて消えてしまう。
「そうだな。国木田や須藤に悪いからな」
このとき俺は、佐々木と恋人同士的な事がしたいんじゃなく、ただただ佐々木といる日常が欲しいのだと思った。
決してそういった類のことをする勇気がなかった分けではないと弁解しておこう。
しかし、校門で待っていた国木田だけじゃなく、他のみんなもにやついていたのはどういう事なんだろうな。須藤にいたっては何かそわそわしてたし。
まぁいい、これもひとつの人生だ。これから出会うであろうデンジャラスなヤツには諦めてもらうしかないだろうな。
宇宙人に未来人、超能力者の皆さまには頑張っていただく方向で……。
「キョン、何を考えているんだい? まさかとは思うが、他の女の事を考えていたんじゃないだろうね」
人の心を察知するのが得意なヤツだなと思いつつ、棒読みに気を付けながら弁解する。
「そんなわけないだろ、それに感謝もしてる。高校に行けたのはお前のおかげだからな」
「やや棒読み気味なのは気のせいということにしておくよ。しかし、高校に進学が決まっても安心できる成績ではないのだろう?」
それは、そうだが これから春休みだぜ?
「高校に向けての勉強をすべきだ。ということさ」
なっなにをおっしゃるウサギさん。
「当たり前じゃないか、高校でもご母堂に心配させる気なのか。もしそうなら僕は友人として、いや恋人として君を正さねばならない。それに大学こそは一緒に行きたいしね」
若干頬を赤らめながらも、平然と言いきる佐々木。
俺は世界一の幸せものだ。そう感じるこの瞬間は、ただ一緒にいるだけじゃない恋人同士特有のものなんだろうな。
「それはそうと今日はパーっとやろうじゃないか、メリハリが大事なのだよ」
そうだな。
「それじゃあみんな、キョンが音頭をとってくれるみたいだから」
と知らないうちにかつぎ上げられ、仕方なく乾杯と声をあげる。
そして皆が盛り上がるなか、佐々木がそっとに呟く。
「今晩から両親が旅行でね。1人で飯を食べねばならないのだが…」
佐々木の方を見れば、あのときの様な微笑を俺に向けていた。