67-61「くく、一口欲しいのなら言いたまえよ」

「やれやれ、暑い日が続くね」
「歩き飲みは行儀が悪いぞ、佐々木」
 自販機から缶を取り出した佐々木へと言ってやる。
 しかし多分に羨ましさが交じった声音を聞き分けたのか、こいつはニヤリと笑って見せた。

「くく、一口欲しいのなら言いたまえよ」
「俺はただマナーを指摘しただけだぜ」
 相変わらず無駄に鋭い奴だ、そう思いながら自転車を押す。
 薄暗い塾の帰り道、佐々木と俺はいつものようにバス停を目指して二人で歩いていた。

 ああそうだ塾だ。塾にさえ入れられなければな。
「察するに、塾に入れられたことで小遣い削減でもされたってとこかい?」
「何の事やらうさぎさんってな」
 こいつ心の声でも読めるのか。

「くく、そういう事にしておこう」
 言いながらやけに大きな動作で缶を振る。
「なんだコーヒーか?」
「まあそうだね」
 小さな口を缶にあて、すぼめながら飲む。
 ちゅるちゅるという吸い音がやけに音高く響いた。

「マナー悪いぞ佐々木」
「くく、飲料が飲料なので勘弁してくれ」
 意味不明な事を言いつつ、軽く飲み口を親指でさすると「どうだい?」という顔でこちらに差し出してくる。
 ありがとよ。くれるというならありがたく頂いてやろう。

「ん? なんだこりゃ」
 くにゃりとした感触があたる。
「くく、なに、コーヒーゼリーという奴さ」
 指差す先、缶を見るとまさにその通りだった。
 中にはゼリーのかたまりが入っており、適度に振り崩して吸い飲んで下さいってことらしい。
「コーヒーゼリーを缶コーヒーという媒体で再現したというわけだ」
「面白い事をするもんだな」
 好奇心の強い佐々木らしいチョイスと言うべきか。
 なかなか面白いな。

「口の中をごく柔らかい感触が跳ね回る感覚、なかなか面白いと思わないかい」
「おう。こりゃなかなかだ」
 やや吸い口を強くして飲むと口の中でゼリーが暴れる。
 とろり、くにゃりとした感触が心地良い。

「くっくっく、そういえばだが」
「何だ? 改まって」
「いやね」
 くすくすと楽しげに笑い、こちらを覗きこんでくる。
「強く口をすぼめ、口内に粘膜を引き寄せる。いわゆる大人のキスとはこんな感触なのかな?」
 思わずゼリーを勢いよく飲み込むと、喉の中でカンテンが暴れた。

「した事ねえから知らねえよ」
「くっくっ、そうかい」
 佐々木は笑いながら缶を取り返し、わざとなのかこちらを覗きこみながら音を立てて吸い込む。
 いつもの偽悪的な笑みが一層邪悪に見えるぞこの野郎。

「おやおや。青春映画ならここで『なら試してみるか?』とでも言うんじゃないのかい?」
「俺もお前もそんなキャラじゃないだろ」
「くく、違いないね」
 そう佐々木が笑ったところでバスが来た。
 もうバス停か。

「最後の一口はキミに進呈しよう。じゃあねキョン」
 言って俺の手に缶を押し付けると、ひらひらと手を振って別れる。
 排気ガスを噴出して走り去るバスを目で追いながら、俺は残った甘ったるいゼリーコーヒーを思い切り吸い込むと
 傍らの空き缶捨てに放り込み、自転車にまたがり走り出す。
 ああ、確かに気持ちいいな。

 さて後日談だ。
 その日以降、俺はバス停以降の帰宅ルートを若干変更する事にした。

 それは、あれからたっぷり一分後に「そういえばアレは間接キスだったな」と思い至ったのが遠因であり
 その翌日、佐々木が本当に何気なく俺に見せてきた、バスのガラス越しに撮られたデジタル写真が直接の原因である、とだけ言っておこう。
 まったく困った友達をもったもんだぜ。
 やれやれ。
)終わり

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最終更新:2012年05月27日 09:50
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