67-9xx なんて当たり前なパーソナライズ

「ねえ、キョン」
 あの春先の事件、僕は言おうとした事があった。
 それはただ「大丈夫、僕はキミの味方だよ」って一言。
 橘さん、藤原くん、九曜さん。三人の異邦人、ここは敵中だと不安げなキミへ言いたかった。

 でも言う必要なんてなかったんだ。だってそんなの当たり前だもの。
 僕がキミの味方だなんて、当たり前の事じゃないか。

 けれど事件が進むにつれ、理解が進むにつれ、僕は言えなくなっていった。
 だから僕は、そう、僕は本当は叫びたかったんだろうね。
 僕はキミの味方なんだよって………
 ………………
 ………

「……僕に出来る事は、ない」
 佇み、そっと呟いて踵を返した。
 あの春先の事件の最終局面、北高でキミ達が消えてしまった時の事だ。
 けれど本当は叫びだしたかった。キミ達は僕の中に、僕の閉鎖空間の中に消えていったと解っているのに何も出来ない。
 僕の手の届くはずの場所で、キミが傷付けられようとしているのに。
 無力な自分に心底うんざりしたんだ。

 力が欲しかった。
 きっと「非日常」の側に立っていれば、僕はキミを守れたのだから。

 くく、矛盾しているよね。
 僕が力を得る手段、それは涼宮さんから力を奪うこと。それはキミへの敵対行為であって、それじゃ本末転倒だ。
 どうしようもなく矛盾していることに、僕は心底うんざりしたんだ。
 僕だってキミを守りたい、守れるはずなのに。
 僕は、キミの味方のはずなのに。


 僕に出来るのは言葉による説得だけ。
 けれど藤原くんも九曜さんも、意味合いは違えど最初から聞く気なんかない。
 だから僕の「言葉」に出来るのは、ただ、ただ、キョンを元気付けることだけしかなかった。
 けど僕の言葉でキミにノイズを与えちゃいけない。僕はただ、選択肢を気付かせ、キミの意思を再確認させるだけだ。

 キミの意思を誘導しちゃいけない。
 それが「僕が味方である」って事なんだ。
 そうだろ? 仲間の振りをして、信頼を利用して、キミの意思を自分の方へと誘導するなんて最悪じゃないか。

『キョン、もっと僕を見て?』
 でも一緒に過ごすほどに、笑顔が止められなくて、気持ちが溢れて、ノイズを与えたくて与えたくて仕方なくなってた。
 キミに『僕を選んで』って言いたくてたまらなくなってた。そうして『解ってしまった』んだ。
 キミに選んでもらう事は、そっくりそのまま「力」の選択に繋がっているんだって。
 橘さんがいつか言った「解ってしまう」という奴なのかな。

 力を移すことをキョンは望まない。
 なら僕は、キミに選んでなんて言うべきじゃない。

 僕の心は、ただ、キミに選んで欲しいって言っていた。けれどそれじゃ「キミの味方」でいられない。
 僕の心は、キミを助けたい、キミの力になりたいって言ってた。けれどそれじゃ「キミの味方」にはなりえない。
 僕がキミの味方である為には「そのまま」でいるしかないんだ。
 そして、それが僕の望みなんだ。

 結局、あの事件でキョンを救ったのは涼宮さんだった。
 小さな頃に憧れてたヒーローみたいな少女は、そのままに成長して、無意識のままスーパーヒーローのように彼を救って見せた。
 彼女は彼女のままでも彼を救える。彼の力になれる。
 それが僕と彼女の違い。

 だから「味方の僕」に出来るのは吹っ切る事だけ。
 中学卒業の時にそうだったように、ただ「さよなら」って去ることだけ。
 キミが好きだった、なんて思考ノイズは与えてあげない。ノイズを与えないように、ただ「さよなら」って立ち去ることだけさ。
 ただ彼を吹っ切って立ち去ればいいんだ。
 なのに。

「じゃあ、僕はこれから塾に行かなきゃいけないんでね。話が出来て、嬉しかったよ、キョン」
「じゃあな親友、また同窓会で会おうぜ!」

 なのに何でキョンは僕を親友だなんて呼んだんだろうね。
 特別だなんて言わないでくれ、再会の約束なんかしないでくれよ。もう会えなくてもいいのに、吹っ切りたいのに。
 気持ちが溢れて、さよならなんか言えなくて、また無性に会いたくなる思いに駆られる。
 まだ状況は変わってなんかいないのに……………
 ………………
 ……

『キョン、それはエンターテイメント症候群というものだよ』
 現実はキミの好きな映画やドラマ、小説や漫画のようには出来てはいない。それがキミには不満なんだろう、か。
 くく、現実を見ろ、だなんて、そうキミに言ったはずなのにね。
 今になって跳ね返ってくるだなんて皮肉じゃないか。

 現実を見たまえよ僕。
 僕に出来る事なんて何もない。僕が彼の味方であるという事は、ただ、彼に何もノイズを与えず立ち去るという事じゃないか。
 立ち去れということじゃあないか………。

 中学時代が私の心を引き戻す。
 伝えられない想いなんか忘れてしまえばいいと思ってた。
 忘れられると思っていた。そうある為に僕は一層中立にあろうとした。
 お互い忘れるべきだって思えたから、僕は好意を振舞わなかった。キョン、キミに対してだ。
 けれど再会して、言葉を交わすたびに思い知らされた。同じ頃に必死に覚えたはずの受験知識はとっくに綺麗に忘れてしまったのに。

 なのに、なんで、僕は、キミを忘れていないんだろう。
 なんで僕はキミを忘れられないんだろう。

 そうだキョン。キミもだ。
 キミが何も変わっていないから、なおさら僕は辛かったんだ。
 今も昔も、キミは外野が何を言おうと「友達だ」って態度を貫く。外野に何を言われても、僕らが自分で決めた関係を貫く。
 つまるところはそんな話だったから、そんな中学時代の僕らと何一つ変わっていないのが嬉しかった。
 あの何もなかった日々の感覚を、キミが覚えていてくれたのが嬉しかった。
 何も意識していないこと、それがとても嬉しかったんだ。

「そうなのかい?」って何気なく送った視線が返ってくるのが、僕なんかの為に怒ってくれたりする姿が嬉しくて。
 中学時代の僕のままだって思ってくれることも、僕が嘘をつかないと思ってくれることも、僕なんかを凄い奴だと信じてくれることも。
 僕の奇妙な信条について語り合ってくれたように、壮大な野望さえ笑わずに語り合ってくれることも。
 一つ一つ幸せで、一つ一つが少しだけ辛かった。
 言い出せなかった想いを揺り返すから。

 あの頃と何も変わっていないから、あの頃の想いがまた鮮明に蘇る。

 いつも思ってたifを、「もしかしたら」ってまた考えてしまうから。
 僕らは外野が何を言ったって変わらない。
 けれど、もしかしたら。

 もし、あの日、雨が降らなければ。
 あの雨で自覚しなければ、あの雨で急に否定をしなければ。
 あの雨がなければ、僕ら自身が、もっとゆっくりと変わっていけたのかもしれない。もしかしたらって。
「やれやれ」なんて言って、そこで想いを止める事がなければ………。
 とりとめもないことをついつい考えてしまう。

『僕は誰かに好かれるような事を何もしていない。誰かに好意を振舞う事もだ。それはキョン、キミが一番よく解るだろ?』
 あの雨の日がなければ、僕は、こんな結論に達する事もなかったのかもしれないなんて。
 もっとゆっくり変わって行けたのかもしれないなんて思ってしまう。
 あの何もない日々の中で。
 ゆっくりと……
 …………
 ……

『僕もそのお茶を頂きたいな』
『そんなに話が合うのかな?』
『その長門さんと語り合ってみたいね』
 そんな時間をほんの少しでも長引かせたくて、一つ一つ再会の約束を探そうとする。

『タイム・イズ・マネーだけが幸せではないよ』
 目的に突き進もうとするキミに、目的に進むだけが人生ではないなんてトボけたことを言ってしまう。
 ああそうさ、キミが大変だというのに、大変なのだと解っているのに。
 でも、それでも、幸せを感じてしまっていたんだ。

 目的へ突き進もうとするキミに、もっと周りを見て欲しいと、……もっと私を見て欲しいと、願ってしまっていたんだ。

 だからいつも以上に『変人』になってしまう。いつも以上に迂遠に無駄に解りにくく喋ってしまう。
 私の言葉を考えて欲しくて、私の事を少しでも頭の中に置いて欲しくて。
 ほんの少しでいい、私の事を考えて欲しくて。

 キミはあの中学時代を、何もなかった日々だと呼ぶだろう。僕にとってだってきっとそうさ。
 特別なイベントなんて何もないし、起こそうと思ったことも特になかった。
 けれどそんな何もない日々が、なんでもない日常が。
 あのわずか二週間の日々にも似た日常が。
 僕はとても愛おしい。

 何もなくたって構わないんだ。
 ただ、ゆっくりと語り合えるだけで、とてもとても満たされてしまうから。

 涼宮さんは世界を面白く変えようとする人だ。そこに「力」なんて関係ない、それが彼女のあり方だ。
 僕は世界に面白さを探そうとする程度さ。そこに「力」なんて関係ない、それが僕のあり方だ。
 けれどね、それでも僕は幸せなんだ………………
 …………………………
 ……………

 あの日、言えなかったことがある。
 一つは最初から「言うまい」と決めていただけの言葉。
 一つは最後の最後で、言葉に仕切れなかった、言葉に出来なかった言葉。

 僕はさよならって言えなかった。

 そう言って、全部おしまいにするつもりだったのに、最後の最後で言葉に仕切れなかった。
 だって、彼が親友だと言ってくれたから。
 僕を特別だって言ってくれたから。
 再会を約束してくれたから。

『じゃあな親友、また同窓会で会おうぜ!』

 さよならって言葉、終わりを規定する言葉を言えなかった。
 理由があれば再会ができる、特別な友達。
 たったそれだけで嬉しかったから。

 いつか、理由なしでも一緒に居られたらいいな。

 ふと夜空に言葉を投げる。
 きっといつか消えていくはずの思いなのに、また日毎に強くなる。開けた箱に、最後に希望が残ってしまったから。
 勇気を出して心を言葉にしたことに、彼が応えてくれたように思えたから。
 心をさらけ出したことを、彼が受け止めてくれたように思えるから。

 ああなんだ、何を想像しているんだ!
 想像なんて妄想だ!

 そうさ、答えは聞いてやるべきだ。
 いくら彼の言葉を思い出して推測したって意味は無い。彼の本心が知りたければ直接聞くのが一番なんだ。
 だから、そうさ、聞いてやるんだ。

 僕らしく聞いてやるんだ。
 周到に、あらゆる準備と思考を重ねて聞いてやるんだ、一歩一歩積み重ねてやるんだ。

 また夜空に言葉を投げる。
 いつか、今度こそ、心を言葉にする為に。
 やるべき事をやるしかない高校時代の日常を越えて、いつかまた日常を取り戻す為にね。そしてチャンスはいくらでもある。
 だってそうだろ? 僕らの人生なんてまだ始まったばっかりなんだからね。
「ねえ、キョン」
)終わり

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最終更新:2012年09月08日 03:26
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