ゆっくりいじめ系1544 幻想の宇宙史_01

人類は、人類独力による宇宙への進出に失敗した。

発展していく科学研究の成果は逆に、次々と人類に宇宙進出は不可能であるとの現実を突き付けた。
宇宙へ羽ばたくことを夢見ていた人類は現実の前に打ちのめされる。
さらに、人口増加によりこのまま行けば地球は人類で埋め尽くされ
生物の住める星ではなくなってしまうという現実も人類に迫ってきていた。

西暦2249年
人類は現実の手でがんじがらめにされて、行き詰った。








「綺麗な星だね」
「あーはいはいそーだな」
男が、窓から外の景色を悠々と眺めている。
五つの棘のある綺麗な星々が遠くで輝いていていた。
もう一人の男は席に肩肘ついて不機嫌そうに座っていた。
「嫌いかい?ああいう星」
星を眺めていた男が、不機嫌そうな男に尋ねた。
別に彼が星が嫌いだからといって不満という訳では無い。
ただ以前は別に星を見るのを嫌っていた様子が無かったのでそれを不思議に思ったのだ。
「見飽きたんだよ」
不機嫌そうな男は短く刈り上げた頭をかきむしりながら言った。
「そっか、そうだね
もう3ヶ月くらいだったかな?」
感慨深そうに星を見る男は窓の外を見て言った。
「いい加減土の地面が恋しいぜ」
不機嫌な男は天井を見上げて嘆息した。
「もうすぐさ、もうすぐ移民予定の惑星に着く」
「もうすぐってまだ二月はあるだろ」
うんざりとしながら不機嫌な男はまた溜息をついた。
「船員さんに聞いたら補給の関係で三ヶ月先に伸びたってさ」
「それ知ってんならもうすぐとか言うなタコ」
不機嫌そうな男はそれまでより遥かに不機嫌そうにふてくされてそう言うと
座席の横に収納されていた毛布を被った。
「もっとよく景色を眺めればいいのに
そしたら飽きたなんて言えなくなるよ
段々昨日の景色と今日の景色が全然違うのがわかってくるから」
「嫌だ」
星を見ている男の言葉を不機嫌な男は毛布を頭までかぶって遮った。
「もう二度とないよ、こんな風に宇宙旅行するチャンスなんて」
「二度あってたまるか」
そこで会話は途絶え、星を見る男はまた星を眺め続け
不機嫌な男は寝つき悪そうな体制で器用に眠りについた。





「ゆっくりしていってね!」
宇宙船の中枢とも言える艦橋のさらに中心に陣取って
その丸い不思議な生物は船員達に号令をかけた。
「馬鹿野郎、ただでさえ航海計画が延びちまってるのに
これ以上ゆっくりしたら乗客が干からびちまうだろうが餡子脳が」
「ゆ!なにかいったの!?」
男がなんとなしに呟いた言葉に目ざとく気付いてその丸い生物は不快そうに眉を潜め声を荒げた。
「いーえーなんもーねーですよー」
すこぶるうざったそうに半眼でその屈強な中年の男はあてつけっぽく呻くと
自分の仕事、艦の操舵に集中し始めた。

「少尉、艦長への不敬な発言は控えてください」
その丸い不思議な生物の横に居る金髪碧眼の優男はその屈強な男に言った。
「ゆ!もっといってやってねふくかんちょー!」
「いえ、彼も充分反省してるようなのでこの辺でよろしいかと」
副艦長と呼ばれたその金髪の男は恭しくその丸い不思議な生物に頭を下げた。
「ちっ」

その光景、人がその不思議生物に頭を下げるのが気に食わない中尉は
舌打ちしながら、こっそりと艦長の命令に反して艦のスピードを上げた。
他の人間の船員達はそれに気付きながらも誰もそれについて何も言わなかった。
あれだけ艦長に礼を尽くしていた副艦長でさえもそうだった。



「あ、みんなおはよう」
「ちーす」
「やあ、楽しそうで何より」
しゃがみ込んで何かをしているじその女性は
何か丸い不思議な物体を弄っていた手を止めて不機嫌そうだった男と星を見ていた男に手を振った。
不機嫌そうだった男はぷらぷらした態度で彼女に挨拶を返した。
星を見ていた男は彼女の様子を見て嬉しそうにしていた。
「うん、この子達かわいいから」
「ゆっくりしていってね!」
その丸い不思議な生物を抱え上げながら彼女は言った。
それを見て、ぷらぷらしていた男は居心地悪そうに刈り上げた髪を掻き毟った。
「俺はそいつら苦手だわ」
「え、なんで?」
「ゆっくりしていってね!」
男の言葉に彼女は理解できないモノを見る顔でいった。
「なんか媚びてるっていうか…」
「そんなこと無いよ、結構わがままだし
艦長さんとか媚てるって感じ全然しないよ」

「…媚びてさえいないんだったら尚のこと好きになる理由も無いっつーか嫌いっていうか…」
男は彼女に聞こえないようにそっぽを向いて小さく呻いた。

「ゆっくりしていってね!」
「やっぱり私そういうのは慣れなんだと思うな
ほら、ためしに抱っこしてみてあげて」
「ゆっくりしていってね!」
眉を吊り上げた彼女からその丸い不思議な生物を男に押し付けた。
「うぇえ…」
イヤイヤと男はその丸いのを受け取った。
「ゆっくりしていってね!」
それを見て彼女はうんうんと頷く。
「私たち全員その子達のおかげでこうやって宇宙旅行が出来てるんだから感謝しなくっちゃ」
「そのでかい借りさえなければ絶対にこんな奴等連れてこなかっただろうに、人類」
また彼女には聞こえないように男は天を仰いで一人ごちた。

そんな二人の様子を微笑ましく星を見ていた男は見守った。


彼女の言うとおり、人類はその丸い生物『ゆっくり』のおかげで宇宙への進出に成功した。
饅頭で出来た体で跳ねて喋って生きて居るゆっくり達は、科学的にあり得ない。
非現実的な存在であった。

だからこそ、現実の前に屈しつつあった人類にとって彼らは突破口となった。
彼らは現実の存在ではなく幻想の存在なのだ。
幻想の存在だから宇宙に放り出してもなんか生きてるし
中に人が乗ってもどうにかなった。
現実ではこの幻想の存在を縛りきることは出来なかった。
現実じゃないからでかいのからちいさいのまでどんな大きさの奴も居たし
動力なんか無くても適当な飯さえ食わせていれば進むし、条件さえそろえばワープなんて非現実的なことも出来た。

そう、人類は巨大なゆっくりに乗って大気圏のさらに先にあるこの大海原へと漕ぎ出したのだ。
現実という大きな障害からゆっくりという幻想の中で守られることで人類は宇宙へと進出していった。

ゆっくりによる宇宙移民計画は順調に推移していき
既に宇宙に移民した人類は1兆を遥かに上回る。
それでもなお人口過多な地球や、他の発展が進み人口爆発を起こした星からの移民は絶えなかった。
その過程で、何度か戦争も起こり、宇宙進出当初はなんとかまとまっていた人類も一枚岩とは行かなくなったが
それでも人類は宇宙とやっていく術を見につけることが出来た。



「牛飼い座タウ星系ヨーソロー」
「ゆー!よーそろーじゃなくてゆーそろーっていってってゆってるでしょ!」
「知るか饅頭野郎」
艦長席でぷんすかと頬を膨らませ、頭から湯気を出しながら飛び跳ねて怒るゆっくりのまりさに対して
少尉は不機嫌そうに眉を顰めて最近増えてきた顔の皺をさらに増やし口を尖らせながら言った。

「どぼぢでぞんなごどいうのおおおおおおおおお!?」

思ってもいなかった暴言に、まりさはそう言って滝の様に涙を流した。
幻想の存在なのだから、こんな漫画みたいな涙の流し方だってする。
普段から少尉はまりさに対して口汚い言葉で罵っていたが
何度繰り返してもまりさは自分が悪口を言われるなんてこと想像することはなかった。
何故ならまりさは艦長だから。
一番偉い艦長が悪口なんていわれるはず無いというもはや信仰に近いザルな考えを持っていた。

「ゆー!おまえのかわりなんていくらでもいるんだからね!
まりさにさからったらただじゃおかないよ!!」

「びーびーうるせぇ!俺の代わりだぁ?
あのケツの青い若造に何が出来るってんだ!
ろくに航海経験もねぇ奴に舵握らせてどうにかなると思ってんのか!?ああ?!」
たまっていたものが噴出したのか、少尉は畳み掛けるように啖呵を切った。
別にそのケツの青い若造と呼んだ控えの操舵士のことを嫌っている訳ではなく
彼なりに目をかけて指導している相手なのだが如何せん口が悪いのでこういう言い方になった。

「ゆー!まりさのいうこときかないとまりさのおかあさんがおまえなんかほうりだしちゃうんだからね!!」
さっきの涙はどこへやら、風船の様に膨らんで怒りながらまりさは少尉に脅しをかけた。
「けっ、おとなしく母ちゃんのおっぱいでも吸ってろよ糞が…
予定の時間と大分違うが引継ぎ頼む、艦長命令だからな」
悪態をつきながらも、少尉は渋々と今は席を譲ることにした。
「うぃーっす」
「そんじゃ通信入れて呼んでおきますね」
「アストロイドベルトが思ったより広い上に険しいから予定より大分迂回するように言っといてくれ
糞、これでまた予定が遅れやがる」
自分ならば直進して抜けれるものを、と口惜しさで歯噛みしながら
少尉は若造と呼んだ弟子筋にあたる操舵士の男を思い浮かべた。
丸刈りで頼りの無い風貌に似て、その操舵には自信が無さげな不安定さが露見している。
とてもじゃないが危険の伴うアストロイドベルトでの操舵を任せられる相手ではなかった。

「ゆっゆっゆ、まりさのおかあさんにおこられたくなかったらみんなもちゃんということきいてね!」
「みんな分かっていますよ艦長」
隣に立つ副艦長は諭すようにそうまりさに告げた。
そして苦笑しながら少尉のことを見て、かぶりを振った。
そんな生き方じゃ大変でしょう?とでも尋ねるかのように
不器用にしか生きれない彼への呆れと哀れみ、そしてどこかそんな生き方への羨望の混ざった複雑な眼差しだった。

まりさは艦長で、この艦の最高責任者である。
そしてそのまりさが狐の威を借りるお母さんとは何者か。

それは彼ら乗員のすぐ傍に居た。
それは彼ら乗員を常に守っていた。
それは彼ら乗員にとって無くてはならないものだった。
それは彼ら乗員の乗るこの船そのものだった。

大ゆっくりまりさ級ET-478295番
それが彼らの乗る宇宙船の名であり、この鼻持ちなら無い艦長まりさの母親であった。
親子でありながらこのサイズ差だと知ったら誰もが思う、そんなのめちゃくちゃだと。
そのめちゃくちゃがまかり通るのが幻想の存在という奴だった。

ゆっくり宇宙船は操縦系統をゆっくりの中の皮に近い浅い部分に根を張るように張り巡らす。
この艦橋も、大まりさのおでこの辺りに埋め込まれている。
居住区は基本的に帽子の辺りに入っているが、クルー達の区画とも繋がっているし
部分部分はゆっくりの中にも乗客たちの住む区画や、娯楽施設などがある。

それらの改造工事は辛いものらしく、あるゆっくり曰く「いかめらのむよりつれぇ」との事だ。


航海中、中で何を話そうと、別にその大ゆっくりまりさに声が伝わることは無い。
人が平凡に生きていても体に巣食う菌達の意思など知りえないのと同じだ。
しかししかるべき方法で通信を取れば、航海中でも中から話は出来る。

一応秘密にしている
というかまりさは秘密にしているつもりなだけでクルー達は殆ど知っていたが
その通信方法でまりさは毎日のようにお母さんに甘えていた。
私用で使うのは禁じられているはずだがそんなことはお構い無しだった。
逐一その日あった嫌なことを伝えてくるので始末が悪い。

まさかそれで本当に放り出すことは構造上無いはずだが
次の航海ではそいつを乗せないとダダをこねることぐらいは考えられた。
この船に乗る全ての人が余り敵に回したくないと思う相手だった。

この大まりさの様に、宇宙船として従事することを条件に
自分の子どもに艦長などの地位を与えるよう要求するゆっくりは多い。
そしてその要求を呑んでとりあえずお飾りとして艦長に据えるということが通例だった。
大抵の、若い乗員達はそれに適応してお飾り饅頭艦長とうまくやっている。
だが一部の頭の固い男達にはとても納得できるものではなかった。
少尉もその内の一人である。



「はいそれじゃーお歌を歌いましょ」
彼女がパンパンと手を叩くと、そのゆっくり達は並んだ花のように明るく元気に歌いだした。
「ゆーゆゆーゆゆゆ♪」
「れいむのこー♪」
「ゆっくりー♪」
「しながらー♪」
「やーってきたー♪」
「ねー上手でしょー?」
彼女はだらしなく顔を緩ませて笑みを浮かべながら尋ねた。
「ああ、よくそこまで仕込んだね」
「ああ、うんまあいいんじゃなねーの」
髪を刈り上げた男と星を見ていた男の二人はそれぞれ大分ニュアンスの違うああ、で相槌を打った。

「みんなー!それじゃー聞いてくれたみんなにお礼を言ってー!」
「ゆっくりきいてくれてありがとうおにいさん!」
「またゆっくりきいていってね!」
「ゆ!れいむもういっかいうたってあげるね!ゆーゆゆーゆ♪」
彼女に促されてゆっくり達は次々と口を開いていった。

「いえいえこちらこそ」
「ああ…早く新天地に辿り着きたい…」
刈り上げの男はガックリと肩を落として言った。
彼は、そして星を見ていた彼も、そしてゆっくりと戯れる彼女も
全員が移民するためにこの船に乗っている乗客だった。
新天地を夢見るもの、人口増加の煽りを喰らって渋々と自分の星を出たもの
何か住んでいた星に居づらくなったものなど乗客は様々だった。

星を見ていた男、Sはどうにもふわふわとして感情の起伏を見せることは少なく
いつも静かに何かを楽しんでいるような男で
この船に乗ったのは単純に人口が増加して政府から移民するように言われたからだった。
それでも不貞腐れることもなく、何か勝手に楽しみを見つけては静かにそれを愉しんでいた。

刈り上げの男、Rは田舎から新天地にでかい夢を追ってやってきたタイプで
宇宙船に乗り込んだ当初は何を見てもはしゃいで目は輝きに満ちていたが
段々と延びていく到着予定と、しらみつぶしに見学して回った艦内に飽き飽きして
最近は何かと文句ばかり言っている。
特にゆっくり達には馬が合わずほとほとうんざりしているようだった。

そして彼女、Tはゆっくりが好きだからゆっくりの宇宙船に乗ってみたかった
という理由だけで移民申請してこの船に乗り込んできたとんでもない猛者だ。
常に艦内を歩き回るゆっくりを捕まえては遊んだり何か教えたりして毎日が充実してると公言して憚らなかった。
この前遂に艦長とほっぺをぷにぷにしあって遊ぶことに成功したと興奮気味に自慢していた。


目的も性格もバラバラな三人だったが、何故か不思議とこの三人で居ることが多かった。
理由はよく分からない。
まあ人間関係なんて大体そんなものかもしれない。
どんなに学問として統計建てて解釈していっても結局最後の所はよくわからないのだ、それこそ幻想の存在くらい。




「ゆー…ゆー…」
「お疲れですか艦長?」
瞳を半ば閉じかけ鼻提灯を作り、こっくりこっくりと頭
つまり全身をゆらすまりさの姿を見て副艦長が尋ねた。
「ゆ…ちょっぴりまりさおねむさんだよ…」
ぽやーっとした声で心は既に夢の世界に足を突っ込んでいるような状態でまりさは応えた。
「後は私がやっておきますので、お休みになられてはいかがですか?」
「うん、ちょっとゆっくりしてくるね…みんなまりさがいないあいだにへんなことしちゃだめだよ…」
そう言って鼻提灯でふわふわと浮くと、何かを蹴った訳でも無いというのにゆらゆらとその場を遊泳しながら艦橋を出て行った。
推進力は何か、などと考えても無駄である。
あれはそういうものだった。
「分かっております」
副艦長は仰々しくお辞儀してその後姿を見送った。


「やっと鬱陶しいのが居なくなりましたね」
「ほんとほんと」
「もうずっと眠ってればいいのに」
「永眠ね」
まりさが居なくなったのを見計らってオペレーターや観測士が口々に言い合った。
「さあ、今のうちに少しでも仕事しますよ皆さん」
別にそれを咎めることも無く、艦長席の横で金髪の髪を掻き揚げると
副艦長はそれまでとは打って変わっててきぱきと手際よく指示を出してたまっていた仕事をこなし始めた。





「はー暇だなぁ」
欠伸をして思い切り伸びをしながらRは呻いた。
「ポーカーでもするかい?」
「金賭けないんじゃつまらん」
「賭けるさ、前やった時と同じ場代でどうだい?
天井はこれで」
そう言ってSは指を三本立てて見せた。
「そんなやっすいレートでやっても詰らん」
憮然としながら言うRにSはやれやれと頭を振りながら言った。
「そのくらいでちまちまやるのがいいんだよ、先は長いんだからさ
お互い向うに着く前にギャンブルで有り金全部スッたなんてごめんだろ?」
「まあそうなんだがさ」
Rは表面上納得は行った様だが心情的には釈然とはしない様子で頭を掻き毟った。
男二人、どこへということも無くぶらぶらと既に歩き慣れすぎて飽き飽きしている艦内を歩く。
宇宙船の中はとにかく何かしていないと退屈が今にもこちらの命を刈り取ってきそうな場所だった。

「あーなんか面白いことねーかなーったく」
「世界は面白いことで溢れてるよ、君が気付かないだけさ」
「はいはいどーせ俺は…んべぶ?」
Rが両手を頭の後ろで組みながら歩いていると
彼の顔にやわらかいものがぼすんと覆いかぶさった。
「ゆすー…ゆすー…」
ソレは寝息を立てながら艦内の廊下を鼻提灯でふわふわと浮いていた。

「おや、ゆっくりみたいだね」
「うわ、なんでこんなとこに居るんだよ…」
SとRはそれぞれ少なくとも好意的では無い表情を浮かべると、それをまじまじと見た。

「ここゆっくりの居住区じゃないよな」
「ああ、違うはずだよ
どちらかというとクルー達の区画に近いね」
顔を見合わせて、普通に考えればそこに居るはずの無いゆっくりのことに対する疑問を話し合った。
「迷子かな」
Sが手に顎を当てながら推論を言った。
「どうする、置いとくか?」
「それも流石にかわいそうだな」
Sは顎に手を当てながら少し考えて言った。
「こういうのはTが専門なんじゃないかな」
「違いねぇ、こういう厄介ごとはあいつに押し付けるに限る」
満場一致で二人はそのゆっくりまりさを小脇に抱えて、居住区画の方へと戻っていった。




「あら、艦長と連絡取れません」
「…ん?艦長の私室におらっしゃらないんですか?」
オペレーターの言葉に副艦長は困ったような笑顔を浮かべた。

「ええ、おらっしゃらないみたいです
どこかで遊び歩いてるんでしょうか」
ぽけっとした顔でオペレーターは艦長席の方を見ながら答えた。
「ははは、ひょっとして迷子になってたりして」
それを聞いた観測士が軽口を叩いて茶化しながら笑った。
「参ったな…お部屋でお休みになられてるんだったらいくらでも休んでいてもらわないんですけど
仕方ない、誰か手の空いてる人に捜索させてください」
やれやれと呟きながら副艦長は細くやわらかい金髪に隠れた耳の後ろを掻いた。
「今空いてる人は…あ、少尉が空いてますけど…」
別の職員が全員のタイムスケジュール表を見て眉を顰めて呻いた。
「あー、よりによって…」
ははは、と副艦長は乾いた笑いをあげた。
「仕方ない、私が直接伝えますから通信開いてください」
「…いいんですか?」
艦長と犬猿の仲であり、今さっきひと悶着やらかした少尉にそんなことを頼めば
恨みを買われるのは誰だってわかっていた。
「憎まれ役は少ない方がいいでしょう?私は既に大分嫌われてますしね」
苦笑してそういいながらいつもどおりのやわらかい柳のような表情で少尉に対して開かれた通信画面に顔を向けた。
ただしいつもどおりといっても額には珍しく少し汗が浮かんでいたが。


「まいごのまいごのれいむちゃんー♪」
「れいむのおうちはどこですかー♪」
「おー、丁度いい所に来たみたいだな」
Rはまた何やら広場でゆっくりに合唱の真似事をさせているYを見て言った。
「え、どういうこと?あ!わかったー丁度この子達の歌が聞きたかったんでしょー?」
手をパンと叩いてはしゃぐYにSは困った顔ですまなそう佇んだ。
そんなTを見てRは鬱陶しそうに顔を背けながら横目で見た。
「んー、ちょっと違うかな」
「?それじゃ何しに来たの?」
Tは唇に人差し指を当てて、はてなと首をかしげた。
「迷子のデリバリーだ」
Rは鞄にしまっていたまりさを取り出してTに手渡した。
「こいつらもうなんていうかお前の管轄だろ?
適当にもといた場所に返してやってくれよ」
「あー!!」
Rを無視して、まりさの姿を見たTは手に口を当てて驚いて悲鳴を上げた。
「な、なんだよ」
Rはなんとなく気圧されてたじろいだ。
まさか誘拐犯扱いでもする気じゃなかろうかと眉を顰める。
「艦長さん!!」

「…は?」
「艦長…さん?」
Tの発した単語が、どういうことなのか理解できずにSとRはきょとんとして顔を見合わせた。




他のゆっくり達を住まいに帰して、三人はその迷子のゆっくりまりさについて話し合っていた。
「あー、つまりこのスヤスヤと眠ってる饅頭がこの船の艦長ってことか」
Tの説明を聞いたRはうんざりしていることを全く隠さずに顔で示しながら半眼で呻いた。
「うん、私前艦長さんと一緒に遊んだから間違いないよ」
Tはコクリと頷く。
「どうりで運行が遅れに遅れるわけだ…」
体の両後ろに手をつきながらRは天蓋を見上げてごちた。
そして当初の予定から既に2ヶ月は延びた予定はこいつのせいだろうかと疑いの目を向けた。

「…ゆすー…ゆぴー…」
「ああああああん艦長さんかぁいいいいいいいい!!」
「うおぁ!?」
「?」
突如として、Tが大声を上げたと思うと
艦長のゆっくりまりさにヘッドスライディングで抱きついた。
まりさの近くに居たRは驚いて仰け反り
Sも何かみょうなモノを見る目で頭から疑問符を浮かべている。

「ゆぴー…ゆゆ?!」
パァン、と音を立てて鼻提灯が割れてまりさが目を覚ました。
「ゆ~…おねえさんだぁ~ゆっくりしていってね~…」
寝ぼけ眼をシパシパさせながらまりさはTに挨拶をした。
S不思議そうな顔で、Rは不満そうな顔でこれが本当に艦長なのかと首を傾げた。

「や~ん艦長さんかわいい~♪」
Tは頬の横で手を組んで猫なで声を出した。
そしてTはまりさを撫で回して
まりさはくすぐったそうに目を瞑るって体を震わせた。
「ゆ~ん…とってもしあわせ~♪」
「こんなんが艦長かよ…信じられないぜ」
Rが呻いた。
いくらゆっくりと言っても艦長ともなれば
それなりの態度や威厳は身に着けているはずと思っていたのだがその予想は外れていた。
「ゆゆ!?まりさになにかいった!?」
「ん、いや別に」
そっぽを向いて頭を掻き毟りながらRは言った。
「ゆー!まりさえらいんだよ!ほんとだよ!
まりさうそつきじゃないよ!ちゃんとしんじないとおこるよ!!」
ぷんすかぷんすか怒りながらまりさはTの膝の上で飛び跳ねた。
「そういうところがそれっぽくないというか
かわいらしい感じで艦長職というイメージ浮かべづらいんじゃないかな、と思います」
Sが控えめな感じにまりさに向かって言った。
一応艦長ということなので気を使ったのか敬語だ。

「まりさはかんちょうさんなんだよ!あやまってね!」
頭から湯気をあげながらまりさはRに詰め寄る。
「えー…」
Rは嫌そうな顔を浮かべて呻いた。
「ゆぅ~!じゃあこれみたらしんじる!?」
まりさは自分の帽子の鍔を咥えると、中から袋を取り出してその中身をジャラジャラとその場にぶちまけた。
「うおっ!?」
それを見てRは思わず声をあげた。
それは一つ一つはとても小さいが、S達が普段使っている最高額の硬貨とは二桁は違う価値を持つ珍しい硬貨だった。
それが袋の中に山の様にどっさりと入っている。
「かんちょうさんすごーい!」
Tがぱちぱちと手を叩いた。
「艦長職ともなると給料も高いんだなぁ」
Sは腕組みをして感心して頷いて見せた。
「くっ…流石にこれは…」
Rも顔を歪めて渋々と認める。
普通のゆっくりにはこんなに金が稼げるわけが無い。
「ゆっゆっゆやっとみとめたようだね
おにいさんたちにはいっしょうかかってもかせげないようなたいきんだよ!」
別にそこまですごい額というわけでも無いのだが確かに早々手の届かない大金ではあった。
まりさは勝ち誇った笑みを浮かべてR達を見上げている。

「うぜーぜ…」
Rはまりさに聞こえないように小声で言った。
「で、どうしようか?」
Rが不機嫌になっているのを察してSはこの場を去ろうと思って話題を振った。
「ん?ああそういえばポーカーでもするかって言ってたな、どうする?」
Sの気遣いを察してRもこの場を去ろうとその話題に乗っかった。

「ゆゆ!まりさもぽーかーやりたい!!」
と、そこに割り込んでくるかわいらしい声。
Rはうんざりと半眼で、Sは困ったように苦笑いで
比喩などではなく瞳からキラキラと星を飛ばして、目を輝かせてこちらを見つめるまりさのことを見た。
「あ、いいね!やろやろ!
私が艦長さんの代わりにカード持ったりしてあげるから!」
しかもすこぶる乗り気なT。

「どうする?」
「あー、じゃあ向うは金あるみたいだし天井決めて少し付き合うか…」
天井というのは、賭け金の上限のことだ。
ちなみに賭け金の制限の無い場合は、天井が無くて青空が見える、といった感じの意味で青天井という。

尋ねるSに、Rは渋々と承諾することにしたと告げた。

Rがまりさの方に顔を向けると
Tの膝の上からまりさが自信満々の顔で待ち構えているのが見えた。

少しむっとして、Rは勝負の準備を始めた。





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最終更新:2008年11月17日 16:09
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