ゆっくりいじめ系3068 廃倉庫にて、18匹

廃倉庫にて、18匹

  • 善良なゆっくりを拉致して虐殺
  • 現代設定
  • 虐待お兄さん無双乱舞






車の外は当然のように暗闇だった。冷たく透き通った潮風が男の顔をなでる。
切り立ったコンクリートに打ちつける波の音を聞きつつ、月と星のわずかな光を頼りに歩を進める。
やがて、全開になっている引き戸の枠をまたいだ。その先の空間もまた、何も変わらない暗闇。
ただ、一点のみ異なるのは足音が微かに反響することだ。古びたローファの足音が、微かに。至極微かに。
少しだけ彷徨った乾いた音は、すぐに雲一つ無い雨上がりの夜空に吸い込まれる。

足音が30回ほど響いたところで、男は足を止めた。
暗闇が男の瞳孔を押し広げていく。男の目に徐々に周囲の様子が映り始める。
小学校のプールが丸々収まるくらいのだだっ広い空間。
四方を取り囲むのは、安っぽいセメントブロックが積み上げられた壁。
上を見上げれば、アーチ状の鉄骨数本が等間隔に架かっている。
床を見下ろせば、あちこちの隅に折れた鉄柱や歪曲した金属板が転がっている。
他には何も無い、殺風景な固い広場。

深夜の、もう利用されていない埠頭の廃倉庫。
“事”を行うのに、これだけ適当な時と場所もないだろう。

男は再び首を上に傾けた。鉄骨と鉄骨の間に、ほんの少しだけ欠けた月が浮かんでいた。
月齢16日、満月の次の日の月(十六夜とも言うらしい)は、澄んだ空気の真ん中に、堂々と月光を降ろしている。
本来なら鉄骨の間に存在しているはずの「屋根」は、7割以上が消えていた。
側面近くに申し訳程度に残っているだけ。アーチの頂点からごっそりと抜き取られ、大穴が開いている。
床に落ちている反り返ったトタンは、紛れもないその名残だ。

直方体の上面に、円柱を真っ二つにしてかぶせた形。
子どもに「宝箱を描きなさい」と命じたならば、10人中9人は描くような形。
そう。宝箱だ。蓋が大胆に壊れてしまっているけど、この廃倉庫は宝箱にそっくりだ。

暗闇に大分目を慣らした男は、段々と高鳴っていく鼓動を感じながら、
足早に倉庫を出て、外に横付けしてある車に戻った。
運転席に脱いだ背広の上着を落とし、ワイシャツの袖ボタンを外して腕をまくる。

ガラクタばかりの宝箱なんて意味がない。
宝箱には、お宝が入っていなければ。

後部座席に横たえてあった細長い麻袋を肩に担いだ。
この中には、男が夕方頃に、山林に分け入って取ってきた“宝”が入っている。
動物の鳴き声のような......くぐもった日本語の断片が漏れてくる。





宝箱の中で、宝が解放された。

「やっとでられたよ!」
「ゆゆっ! ここどこ!? おちびちゃん! まりさのおちびちゃん!」
「れいむ、れいむどこにいるの!?」
「じめんさんがかたいよ! おうちどこなの!?」
「も、もうよるだよ! れみりゃがくるよおおお!!」
「ゆわあああ!! れみりゃいやあああ!!」

ガアァン!!

「ゆぅっ!?」

男が重い引き戸を叩きつけるように閉めた。
ゆっくり達の視線が一斉に激しい音の方向に注がれる。

コツッ。コツッ。

「ゆ、ゆ、ゆ、......」

ゆっくり達に向かって、足音が近づいていく。

山中で生まれ育った彼らは人間を知らない。
しかし、数時間前に群れを襲撃し、有無を言わさず自分たちをさらってきた、巨大な四肢をもつ生き物。
本能的に感じる。「ゆっくりできない」と。

コツッ。コツッ。

「こ、こっちこないでね......!」
「ゆっくりしていって......ね......!」

相手の胴体の天辺には“顔”が付いていたが、“顔”しかない生物にとってはあまりにも高かった。
自分のそれと相手のそれを合わせるには、後ろにひっくり返りつつ見上げねばならないくらいに。
質の悪いことに、足音が接近すればするほど高くなる。

コツッ。コツッ。

「ぷ、ぷくうぅぅ......」

無駄だとわかりつつも「威嚇」をするゆっくりが現れた。
捕まる前に散々試してみたのだが、目一杯体を膨らませてみても、
相手の半分にも満たないのではまるきり意味がない。

コツッ。コツッ。

乾いた音は止まらない。
ゆっくり達はもはや真上を見上げるような恰好になっていた。
その角度的にほぼ最短となった距離で相対した顔は、表情が、無かった。
目が、どうしようもないくらいに真っ黒だった。

「ぷ、ひゅるるるる......」

ずりずり、ずりずり、と。
小動物が一塊になって後退していく。
一匹たりとも離れることなく、体をぐいぐいと押し付け合いながら。

コツッ。コツッ。

それでも足音は止まらない。
ぎこちなく後ずさる怯えた生首の絨毯を追いかける。

ゆっくり達は知る由もないが、男はこの緩やかな鬼ごっこの中で数えていた。
......全て成体、合計、11匹。

ずりずり、ずりず――

ついに塊は壁にぶつかった。宝箱の側面に追いつめられた。
それに併せて足音も停止した。その主は首を折り曲げたまま、瞳孔の開いた目で足下の獲物を凝視し続けた。

音が消える。
見つめ合い続ける1対11。






「............ゆっくりしていってね?」

飽和した緊張と恐怖の中で言葉を発してしまった一匹のまりさ。
次の瞬間、宙に浮いた。






1匹目。

「ゆううう! おそらをとんでるみたい!」

ゆっくりにはとても反応できないスピードでまりさの左頬を掴みあげた男は、右手を顔のすぐ前に持ってきた。
お決まりの台詞を聞いたあと、目の前のまりさににんまりと笑いかける。
それに対しまりさは、緊張に固まっていた顔をぱあっと輝かせ、

「ゆっ――ぎゅ!?」

男に元気よく挨拶しようとしたが、また突然右頬を強く押しつけられて沈黙する。

一拍置いて。

男は野球の投手にように、左足を壁と平行に大きく踏み出し、右手を自身の顔の横から左膝の上まで振り抜いた。
右手に収まっていたまりさを、壁に押しつけたまま。


男はこれを心の中で『擦過』と呼んでいる。
さっか。何となくこの語感を気に入っていた。さっか。
どこかに鋭さ、力強さを感じると同時に、そっけなさやさりげなさも感じる。
ゆっくりを虐待するのにぴったりだ、と勝手に思っていた。


しかし、それは『擦過』と呼んでいいのだろうか。
確かに人間なら、石に皮膚を擦りつければ「擦過傷」を負うことだろう。


「ゆばっ......ば、あ、ら、いだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

だが、ゆっくりはそんなものでは済まない。
擦りつけられた部分は「消滅」する。

「ば、ばりざのほっべがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ!!」

なだらかな球面はすっぱりとこそぎ落とされ、唇の右端すれすれの部分までの平面と化した。
代わりといっては何だが、青白い壁にべっとりと漆黒の帯が付着していた。

「ゆ゛っ! あ゛っ! ゆ゛っ!」

無造作に放り投げられたまりさは顔面から着地した。
普通ならすぐに体を起こして「いだいいい!」と泣き叫んでいただろう。だが。

「ゆ゛っ! ゆ、いや、だずげで、あっ! あ゛っ!」

そんな余裕は与えられていなかった。
体の側方2割を失ったゆっくりは平衡感覚を失い、奇怪な軌道で転がり廻るほかできなかった。

「ゆ゛、いだい、まっすぐ、ゆっくり、できな! だずげで!」

鳥に腹をついばまれ、体を丸めてのたうち回る芋虫のように。
ビタン、ビタンと。
遠心力で餡子を振りまきながら。



ところで残りのゆっくり達は男の足下に居たのだが、あまりの展開に付いていけず、その場で固まってしまっていた。
ようやく反応を見せたのが、まりさが「ゆ゛っ! ゆ゛っ! ゆ゛っ!」と、餡子を撒きすぎて危険域に入った頃だった。

「ゆわあああああああ!!」
「どおじでええええええ!?」
「まりざああああああああ!!」
「ゆっぐりできないよおおおおお!!」
「おうぢがえるうううううう!!
「にげるよ! れいむ、にげるよおおおお!!」

蜘蛛の子を散らすように逃げ始めるゆっくり達。
ぴょんぴょんと四方八方に跳ねていくが、男は急いで追おうとはしない。
宝箱の中で宝探しというのも、中々楽しい物なのだ。

一気に増した狂気の密度。反響する悲鳴を受けて、男の心音も激しくなっていく。






2匹目。

しかし、最初の宝は探すまでもなかった。
足下に1匹だけ、痙攣するまりさを茫然と見つめ続けるれいむが居たからだ。

「ま、りさ? ま......ゆ......くり......」

番か恋人か思い人か、それとも姉妹か。
何やら特別な関係を持っていたように見受けられたが、男にとってはどうでも良かった。

「ゆ......ゆ! いやだぁ! はなしてえええ! おぞらをとんでるみだいいいい!!」

今度は左手で右頬を掴む。
つい先ほど1匹目を擦り付けた壁には、右上から左下にかけて真っ黒な線路が引かれていた。
その始点と終点に合わせた、左上の丁度いい位置にれいむの左頬を押しつけた。

「やっ、やめてね! ゆっくりしていってね! ゆっくりさせてね!」

男は今しがた行った動作を全て左右反転させ、一切の躊躇も無く左手を動かした。

「ゆッ――!!」

始めに感じるのは皮が引っ張り返してくるような抵抗。
しかし一度プツリ、という音が聞こえてからは止まらない。
皮を引きずり、捲りあげ、引き剥がす感触。
柔らかい粒餡が転がりつつも滑っていく。
押しつければ押しつけるほど、手の中の物体が壁に沈み込んでいくような錯覚。

「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」

れいむの絶叫と共に、壁に完全なシンメトリーを成す×印が誕生した。
左上から右下に向かってかかった帯は、一画目と綺麗に直交している。
ただ、男の力がいくらか強かったのだろう。少しすると二画目から幾筋もの黒い線がツーと垂れた。

「あ゛、わわわやわあぁ! ゆれら、やあ゛あ゛ああ!」

1匹目よりも深く削られてしまったれいむは、唇の右端も消えて無くなってしまっている。
つまり、切断面と口の空間が繋がってしまったということ。断面から舌の横っ腹が波打つのが見える。

男はまたも無造作にれいむを放り投げた。

「ゆ、わ、わっしゅぐ、ゆっぐ、い゛い゛い゛いいい!!」

べちゃりと着地したれいむは、一匹目と同じように暴れ回ろうとする。しかし、その前に動きをピタリと止めた。
この世の終わりのような顔を浮かべつつ、勝手に動こうとする全身を必死に抑えとどめていた。
このあたりは学習したと言うべきか。体を傾け、何とか切断面を接地させないように腐心している。

「ゆぐっ、ゆっ......いらい、よおおお!」

とにかく男と距離を取ろうと懸命だ。側頭部で這うという器用な芸当に挑戦している。
たまにころりと転がって、切断面が接地してしまい「ゆ゛ああ!!」と絶叫するが、
すぐに体を起こしてわずかずつ前進していく。

「ゆぐっ......ゆぐっ......ゆっくい、ゆっくい......」

いっそ餡子をぶち撒けてしまった方が楽になれるかもしれない。
だが、そんな思考回路をれいむは持ち合わせていなかった。

「どおじでごんなごどに......ゆ゛ああぁあ!!」




男は健気な2匹目から目を離した。
いつのまにか1匹目の断末魔が聞こえなくなっている。
ゆぐゆぐという一匹分の泣き声の他には何も音がしない。
張りつめた空気だけは充満しているが。

目が慣れてきたと言っても、月光だけでは空間全てを見渡せる程にはならない。
ましてや“お宝”はガラクタの陰に隠れようとしているはずなので、ここで首を巡らせるだけでは見つかる訳がない。
男はゆったりとした足取りで、壁伝いに探索を開始した。







3匹目。

横倒しになった鉄柱の影から覗く黄色。
それで隠れたつもりなのだろうか。頭隠して尻隠さず、否、顔隠して頭隠さず。

「いっ、いや! やめて! ありすのかみのけひっぱらないでええぇええ!」

まともな“宝探し”のお宝1つ目はありすだった。
男は無駄にサラサラの髪の毛を引っ張り上げる。

「いだい! ぬけちゃう! とかいはなかみのけが! おそらをとんでるみたいよおおお!!」

そのままありすを手に提げて、×印の壁の前まで御案内。
壁の前には、真っ黒な円の中に1匹目の帽子と死骸が沈んでいた。

「ま、まりざあ゛あ゛あああ! ゆっくり、ゆっくりしていってっ......がッ!」

右手でありすの顔面を勢いよく鷲掴みする。中指の腹がありすの眼球にべたりと張り付いても気にしない。

「め、めがああ! いだいいだいいだいわ! やべでえ゛え゛え!
 おねがい! ありすにはおちびちゃんがいるの! だからもうおうちかえじでええ!!」

当然、押しつける部位は球体の対極となる。つまり、この場合は後頭部。座標は壁の×印の左側。
今度は壁に正対したまま姿勢を変えず、左から右に薙ぎ払うように『擦過』する。

「いや! いやぁ! かべさんとすーりすーりはゆっくりできな゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」

先の2匹とは違う、ゴロゴロした感触が男の手に伝わる。
「とかいはなかみのけ」は摩擦熱に溶け、数本の束に固まってぽろぽろと落ちた。
その下の頭皮も擦り切れて、壁というキャンバスにまた新たな線を描く。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっ! ゆ゛っ! ゆ゛っ!」

ありすの後頭部は×印の交点を通り抜け、黄ばんだ灰色の帯を塗ったくって消え失せた。

「ゆ゛っ! ゆ゛っ! ゆ゛っ!」

カスタードは餡子よりも柔らかい。男が特別力を込めた訳でもないのに、
ありすの体積はおよそ半分くらいになるまで削れていた。

顔面だけの半球体となったゆっくりを、男は三度無造作に放る。

「ゆ゛っ! ゆ゛っ! ゆ゛っ!」

ビチョン、と水っぽい音を立てて、ありすは断面から“仰向け”に着地した。
もはや痙攣して断末魔を上げることしかできない真っ二つの饅頭。
床に設置されたスイッチのようだった。この上なく悪趣味な、踏んだら呪われそうな。

「ゆ゛っ! ゆ゛っ! ゆ゛っ! ゆ゛っ! ゆ゛っ!」


断末魔の声は「宝箱」の中に響き渡る。
すぐに大破した屋根から抜けていくが、それでも間違いなく一瞬、響き渡る。
潜伏者達はどんな気持ちで聞いているのか。







4匹目。

「ゆ゛ううう......」

突如として、明後日の方向から呻き声が聞こえてきた。

「ば、ばり......ざ、れいぶ、もう......!」
「ゆうっ! いまはだめだよれいむ! ゆっくりできなくなるよ!」

男はその方向に弾かれたように走り出した。
急激に大きくなっていく鼓動とともに、爆発的に大きくなっていく「ある期待」。

「だ、だめ......ゆ、ゆ゛......」
「ゆうううっ! ゆっくりしていってね、ゆっくりしていってねえ!」

壁に立てかけられている、四つ切り画用紙大の歪曲した金属板。会話はその陰から発されていた。
そして、続けて聞こえてきた言葉は。

「う、うばれるう゛うぅぅ......!」

男は金属板を発揮しうる最高速で蹴り飛ばした。

その下に居たのは、驚愕と絶望を顔一面にたたえたまりさと、
苦痛に顔をゆがめ、今にも新しい命を誕生させんとしているれいむ。
顎の下の産道がミチミチと音を立てて徐々に広がっていき、
中から眉をキリッと吊り上げたゆっくりの期待に満ち溢れた表情が覗いている。

「ゆ、わああああああ!! あ、あかちゃん! ゆっくりしていってねえええ!!」

男は右の手のひらを、自分の口に、まるで張り手を打つようなスピードで叩きつけた。
今さっき、3匹目を鷲掴みしたのと同じように。ただ、今度は目的が違う。口を押さえたのだ。
そうでもしないと、盛大な笑い声が飛び出してしまいそうだったからだ。
それでも極限まで吊り上がった唇の両端から、喜色を孕んだ吐息が漏れる。

「ゆ゛あ゛あ......あかちゃん、でてこないでね......ゆっくりしていってね......」

れいむは赤ゆっくりが出てこないように、産道を無理やり引き締める。
産道から覗く顔は、それに呼応して「ん?」という表情に変化する。

これから起こることを考えると、あまりにも愉快なその行動、その様子。
男は自分の口を一層強く押さえつける。

「ゆ......ゆう! れいむはこれからあかちゃんをうむんだから、どっかいってね!」

れいむの隣に居たまりさは一歩前に出て、男に声をかけた。多分このれいむの番だろう。
恐怖に震えあがりながらも、随分とはっきりした声をぶつけた。

しかし男は聞いていなかった。それよりもれいむの方に釘付けになっていた。
産道の赤ゆっくりが、早く生まれたい、と言わんばかりにぐりぐりと体をゆする。
それに対しれいむは「ゆうっ! やべで、ゆ゛うっ!」と悲鳴をあげる。

「お、おねがい! れいむにひどいことはやめてね! ゆっくりしていってね!」

まりさの泣きそうな声での懇願。

それが「宝箱」の中に響くと、あちこちからポツリポツリと同じような台詞が飛んできた。

「ゆ、ゆっくりしていってね! れいむははじめてのあかちゃんをうむんだよ!」
「かべさんにすーりすーりは、ゆっくりできないよ! だからもうやめてね!」

四方の暗闇から、隠れていたゆっくりたちが現れる。

「ま、まりさたちといっしょに、ゆっくりするんだぜ!」
「みんなでいっしょにゆっくりしようね!」

男を取り囲むように、ぴょんぴょんと跳びはねながら説得を始めた。

「ゆ、ゆぅ! まりさとれいむのあかちゃんがうまれたら、いっしょにゆっくりしようね!」

泣きそうだったまりさも、仲間の応援を受けて少し笑顔を浮かべた。

「ゆっ! それはいいね!」
「あかちゃんをみたらとってもゆっくりできるよ!」
「まりさのあかちゃんたちといっしょに、ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」

どこか必死さが見え隠れする笑みを浮かべながら、ゆっくり達は男に「ゆっくり」を促した。
男はいつの間にか無表情になっていて、じっとりとした目でゆっくりたちを見回す。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」

ふう、と男は息を吐きだした。全身の力を抜き、手をだらんと下げて大仰に肩をすくめる。

「ゆっ! ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」

それを見たゆっくり達から歓声が上がった。
男はもうひどいことをする気を無くしたらしい、ゆっくりしてくれるらしい、となんとなく認識した。

「ゆっ! れいむ、もういいよ!
 みんな! れいむとまりさのあかちゃんがうまれるよ!」
「ゆーっ!!」

やっと出産できる状況になったれいむの周りに、ゆっくり達が群がる。

「がんばって、れいむ!」
「あかちゃんがみえてきたよ! とってもゆっくりしたおかおだよ!」

ミチミチ! とこれ以上ない大きさに広がっていく産道の真ん中から、
赤ゆっくりの「やっとうまれるよ! ゆっくりしていってね!」という得意満面が今にも飛び出しそうだ。

「ゆうぅぅぅ......! うばれるよ゛お゛おぉぉお!」

男もゆっくりとした足取りでれいむのそばに近寄った。そして、




右手でれいむを掴み上げて空中で持ち直して産道を壁に押し当てて手をワイパーのように大きく振った。




男の手には滅多に味わえない新鮮な感触が伝わっていた。
例えるならボールペンのような、内部で何かがコロコロと転がる感覚がはっきりと感じ取れた。
加えて、とても柔らかかった。どんなに強く押し込んでも、内部の何かがクッションとなって、
激しい震動を伝えなかった。おそらくそのおかげでれいむ本体もあまり欠損していないだろう。
右手に収まっているのを見てみると、現にその通りだった。

手をいっぱいに伸ばして、大きく振って。あれだけ長い線を描いたのに。

れいむの体は、下あごが無くなるだけで済んでいた。






絶叫。

「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛」と目をかっ開いて痙攣している番のまりさを除いて、
床上のゆっくり達は狂ったように叫びながら散っていった。

「ゆ゛あああああああ! うぞだあああああ!!」
「れいぶのっ! れいぶのあがじゃんがあ゛ああああ!!」
「どおじでえええええ!? どおじでごんなごどずるのおおおお!?」
「ゆがっあっあっあっああああああ!!」
「ゆべっ!......あ!? ありずう゛うううう!? どぼじでええええ!!」

男の唇は、またあり得ないほどに吊り上げられていた。
歯はギリギリと音を立て、目はらんらんと輝いている。

対して男の右手にあるれいむはガタガタと震えていた。
もし下の歯が残っていれば上の歯とぶつかってカチカチと音を鳴らしていただろう。
目からは大粒の涙がボロボロとこぼれる。

れいむにだってわかっている。
あんなに長い線をすりつけられたのに、何故自分は下あごを失うだけで済んだのかを。
クッションがあったから。そのクッションとは......考えるまでもない。

「――!――~~!!」

残念ながら、絶叫は声にならなかった。

男の両目が、壁に描かれた緩やかな弧をグルンとなめ回した。
頂点の位置に、ぐちゃぐちゃに丸まった赤い布のようなものがこびり付いている。
おそらく、あれが長女。

続けてれいむのぽっかり空いた顎の下を覗き込む。
支えが無くなった舌が、重力に従ってだらりと垂れ下がっていた。
そしてその先に引っ付いた、小さな小さなぐちゃぐちゃの黒い帽子。
多分、これが次女。

男の左手の人差し指が、垂れた舌を持ち上げる。
すると、舌の奥にある狭い空間(胎内だった場所)に、唯一の生き残りが居た。
赤いリボンを付けた三女が、目を真ん丸にして硬直していた。







訂正。計11匹から、14匹。
4匹目、5匹目、6匹目、
そして今から、7匹目。

「ゅ、ゅ、ゅ......」

赤れいむがこの世に生を受けて初めて見た光景は、姉が鼻先で挽き潰されていくところだった。
さらに2番目に見た物は、到底ゆっくりできるとは思えない、真っ黒な「目」だった。

「ゆぎゃああぁぁぁぁあ! おきゃーちゃぁぁぁあああん!」

赤れいむの目の前にいた男は少し顔を歪め、小さくため息をもらした。
今度は心の底からの嘆息だった。

「いやぁ! おきゃーちゃん、どきょ? どこにゃにょおおお!!」

キンキンと響く、耳を劈くような甲高い声。
男は親ゆっくりの中ですり潰す赤ゆっくりは大好物だったが、赤ゆっくり単体はあまり好かない。
右手の中の親れいむを傾けて、左手の平の上に赤れいむを転がした。

「ゆぎゅっ! あ、あ! おきゃーちゃぎゅッ!」

親れいむを投棄し、空いた右手の人差し指を赤れいむの喉に叩き込む。

「......!? ......!!」

すぐさま最寄りの壁に歩み寄り、指を地面と垂直に立てて、先っぽにくっついている物体の側面を押し当てる。
そのまま壁と平行に、すたすたと歩く。

コロコロコロコロコロコロコロコロコロコロ。

「!!......! ......   !   」

赤れいむは生まれて20秒で、コンクリートを転がって全身を削り果てるという、
大変珍しい方法でその一生を終えた。






8匹目。

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、れ、れ、れ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ!」
「......、......!」

男が振り返ると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたれいむとまりさが、寄り添い合って呆然とこちらを見ていた。

「うわああ゛あ゛ああああ!!」
「――! ~~~~!」

ただ、まりさの方が五体満足なのに対し、れいむは体の下1/3を失っていたが。

「こ、こないでね! あっちいってね! いや、いやいやだ、あ゛あ゛ぁおそらをとんでるみだい゛いい!!」

まりさの頭を引っ掴んだ男は、先ほど蹴り飛ばした金属板の前に立った。

この歪曲した金属板は前述の通り、屋根の役割を担っていたトタン曲板だ。
しかし今ではその面影もなく、亜鉛メッキは全てはがれ落ち、
トタン特有の波形は酸化鉄によってガチガチに覆われていた。

「な、なにするの!? やべで、ひどいこと――いだぁっ!!」

鋭さも毛羽立ち度も、ブロック塀の比ではない。
何せ、まりさが底を押しつけられただけで痛がるくらいだ。

「いだい、いだいよ! ゆっくりできないよ! ゆっくりしていってね!」

男はゆっくりと、手を下方向に引き下げた。

「い゛や゛あ゛あ゛あやべででででれ゛で!! ゆあ゛っあ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」

ブチブチ、ブチブチと。
糸を引くように攣れるまりさの底部。
かなりの抵抗を受けて、自然に力が籠もる男の腕。

「ばりざの゛っ! あ゛っ! あんよがあ゛っあ゛あ゛あ!! あ゛っ!」

下まで引っ張った後は、同じように力強く上へと往復させる。

「いだい! いだい! どぼじで! ぎょんなぎょっ......!!」

上へ。下へ。上へ。下へ。

「あ゛っ、あ゛あっ!? ゆ゛あ゛あっ!? ら゛っ!?」

ガシュッ、ガシュッ、

「あ゛あ゛あ゛あぁぁ      !  !」

ガシュガシュガシュガシュガシュガシュ!

「あ゛  ゛ あ゛あ゛  ぁぁ   !!!」



いつの間にか男の手はものすごい速度で上下していた。
金おろしで生姜をすり下ろすように、まりさは底からみるみるうちに減っていった。

「......!............!!」

今では下あごがすっかり無くなり、番のれいむとほぼ同じ姿になれていた。
金属板の上に出来た、泡立った餡子の川の上でボロボロと涙を流している。
床の上のれいむと見つめ合って。そのれいむも涙を流していて。

壁からボトリ、と赤いリボンが落ちた。






9匹目。

いつ、どこの世界にも、英雄になろうとする者は存在する。

「ゆーっ! ゆっくりやめるんだぜええええ!!」

男のふくらはぎに、ドンと何かがぶつかったような衝撃。
見れば、1匹のまりさがスラックスの上から齧り付いていた。

「ひゅっ! ふゅっ!」

絶対に放さない、許さない、止めさせてやる。
そんな意志が荒い呼吸と共に伝わってくるようだ。

しかし、一般論として。
英雄になろうと息巻いた者の中で、実際に英雄になれた者はどれほどいるのだろうか。

「ふひゅっ、ゅっ......あぎゅっ!?」

男の親指が、まりさの唇左端にねじ込まれた。
そして手のひらがまりさの背後を通る。親指以外の指がまりさの後頭部を飛び越えて、右頬を這う。

「!? ひゅ!?」

4本の指がバラバラにうごめき、無理やりまりさの頬をたぐり寄せる。
それに合わせてまりさの唇が裂けてしまいそうなほど横に引っ張られる。

「ふぃー!! いいいぃぃい!」

ついに中指が唇の右端に引っかかった。男の片手は、馬の口に通す手綱のようにまりさを支配した。
その手綱はめっぽう短い。唇が限界まで引っ張られ、歯がむき出しになってしまうほどだ。
まりさは顎を動かすことなど出来るはずもなく、男のふくらはぎから簡単に外される。

「いぁ......ぁ......」




まりさの頭の中ではいろんな感情が渦巻いていた。
この生き物を倒せなかったという悔恨と、みんなへの謝罪。
どうしてこんな事をするのかという疑問と憤慨。
自分はこの後どうなってしまうのだろうという恐怖と絶望。


気がつけば、まりさの目の前にギザギザした壁が迫っていた。

「......! ゅぁ!!」

ガリガリガリガリガリ!!

「ぇあ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」

口が消えて無くなるかと思うほどの衝撃。

歯を、削られている。

ガリッ、ガガガガリガリグチュガガグチュガリ!

「い゛い゛い゛い゛い゛い! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」

歯の次は、歯茎。
歯茎の次は、パンパンに張った唇。

「い゛い゛いいぃぃぃ......」

唇が破れると、両端をあれほど強く引っ張っていた力が嘘のように抜けていった。
実際には力が抜けていったのはまりさの方であったのだが、まりさ自身にはそれは分からなかった。

零距離まで迫ってきた壁によって眼球が爆ぜる音と激痛を最後に、まりさの意識は立ち消えた。






男はようやく金属板の前からユラリと立ち上がった。
それに応じて、「宝箱」の中の重い空気が掻き回される。

「数」を重ねるごとに増していく空気の質量。
何を以て増加していくのかは定かではない。
逃げるゆっくりの恐怖か、狂気か、それとも『擦過』によって振りまかれる糖度か。

ただ確かなことは、この重く粘ついた空気が、男にとってとても居心地のいい空気であることだった。

もはや見て回らなくとも把握できる。ゆっくりが、どこに、どんな気持ちで隠れているのかを。
一歩足を踏み出すごとにビクリと震え上がる。
絶対に見つかりたくない、助かりたい、ゆっくりしたいという儚い幻想が手に取るように分かる。



「ゆわああああああ!!」

廃材の陰でぶるぶると震えていた、可愛らしい目にニッコリ笑いかけてあげることで、
その幻想をぶち殺す。






10匹目。

「こないで! どおじてこんなことずるの!?」

残り少なくなってきたので、無為に『擦過』するのも勿体ない。

「れいぶだちなんにもわるいこと、いやだあああ! おぞらをとんでるみだいいいい!!」

頬を押しつけて、小刻みに擦ってみる。消しゴムで文字を消すように。

「かべさんとすーりすーりはじだくないいいぃい! やめ......て......ね?」

慎重に、慎重に。皮が破れないよう、慎重に。

「ゆ、ゆぅ? いたくないよ?......ゆ、ゆっくりしていってね!」

まさに消しゴムのカスのようなものが、擦過面からボロボロとこぼれ出す。

「ゆ!? ちょ、ちょっといたいよ! もうやめてね!」

十分に薄く仕上げたら、押しつける場所をずらしてまた再開する。

「いだい! いだいよ! ひりひりするよおおお!!」

10秒擦って、ずらして。10秒擦って、ずらして。

「やべで! でいぶの、おはだが、あ゛あ゛あ゛あ゛ああ!!」

頬の次は反対の頬。

「あ゛っ、あ゛っ! もう、やぶれちゃうよ、やべでね!!」

その次は底部。

「あ゛、あ゛んよがあああ! あるげなくなっぢゃう゛う゛う!」

えり足の裏まで。

「いだ、い! ほんとに、やぶれ......!」

れいむの皮のカスが、足元に山のように溜まっていく。

「ゆ......! ゆ......!」




たっぷり15分間、根気よく擦り続けるという大業を成し遂げた男は満足していた。
その結果完成したものは、超薄皮饅頭となったゆっくりれいむ。

「......!............!!」

生春巻きのように透き通った皮は、月光を浴びてどこか神秘的に光っている。
体は男の指が沈み込んでしまうほど柔らかく、常に持つ位置を変えていないと破れてしまいそうだ。

「............!......!」

男の指の腹が薄皮に触れるだけで相当痛いはずだ。
しかしそれでも、れいむは自壊が怖くて声を出すことが出来ない。
口があわあわと半端に開閉するだけだ。



男はれいむを弄びながら、とある大きな鉄柱の下へと足を運んだ。
男には分かっていた。横たわった巨体の裏に、全員、居る。

薄皮れいむを下から押し出すようにして放った。
れいむはシャボン玉のように空中でふよふよと収縮しながら放物線を描き、
鉄柱の上を飛び越えて、その先にあった壁に激突した。

壁に貼り付くかのように瞬間的に体を平らにしたあと、「ゆぴゅっ」と破裂した。

ビチャビチャと。鉄柱の裏側に、れいむの血の雨が降る。







「ゆぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」
「ゆっぐりい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い!!」
「だずげでえ゛え゛え゛え゛ええ゛え゛え!!」
「もういやああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ!!」

爆発するように飛び出してきた4匹のゆっくり。
全員が全員、真っ黒な餡子を頭からいっぱいに被り、顔をこれでもかと言うくらいに歪めて、
涙と涎をまき散らしながら、声の限りに絶叫する。

「どぼじでっ!? どぼじでまりざだぢはなんにもわるいごどじでないのにいいぃぃいいっ!!」
「でいぶううう!! ばりざああああ!! おちびぢゃんんん!! だずげでえええええっ!」
「ゆっぐり! ゆっぐりしていってよー! ゆっくりしていっでよおお!!」
「こないでええええ!! ゆあ、ゆああ、ゆわ゛あ゛あ゛あ゛あああああああ!!」

ひたすらに男から遠ざかろうと跳ね回る。
絶叫を止めることなく、ただただ一心不乱に跳ねる。跳ねる。

狂気が「宝箱」一杯まで満ちる。屋根の高さまで満ちる。
あまりにも重たいその空気は、大破した屋根から抜けていくことが出来ず、
また引き返して戻ってくる。「宝箱」の中の密度が限界を超えて上昇していく。


男は初めて声を上げていた。
口を目一杯開けて、腹の底から笑っていた。

笑いながら駆けた。
ぴょこぴょこと上下する獲物を見据えて疾駆する。





11匹目。

「うっ、うばあ゛あ゛あ゛ああ!! ぐるな、ぐるな゛あ゛あ゛あ゛ああ!!」

まりさの頭を帽子ごと壁に叩きつける。
そしてそのまま強引にものすごい勢いで上下させる。

「あっ、づぶれる、づぶれりゅう! や゛あ゛あ゛あ゛ああ!!」

帽子の中で静電気がバチバチいっている。
それに引きずり込まれた髪の毛がブチブチと千切れる。

「やべで、ばちば、あづい! あづい! ゆっぐりざぜ、びゅっ!」

バチュン! という音とともに、まりさの目が弾けた。
上半分を失ったまりさの残骸から、焦げくさい臭いが漂ってきた。






12匹目、13匹目。

2匹並んで叫び回っているところを捕らえた。

「れいぶう゛う゛う゛う゛う゛う!!」
「ばりざあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」

右手にまりさの左頬を、左手にれいむの右頬を掴み、壁に押し当てる。

「うぞだ、うぞだ! まりざは、れいぶといっしょに、ふだりでゆっくりするのに゛い゛い!!」
「れいぶも! れいぶも、まりさといっしょにすっきりーして、あかちゃんをづぐっで、ぞれがら、ぞれがら!」

つまり、2匹は向かい合わせになって押しつけられている。

「みんなでむーしゃむーしゃして、かわさんでみずあそびして、はらっぱでおひるねじて!」
「みんなで、ずっと、ずっと、しあわせーに、ゆっぐり!!」
「ゆわあああ!! れいぶ、ばりざじにだぐないよおおおお!!」
「ゆっぐりじだい゛い゛い゛いいい!! まりざどゆっぐりじたいよおおお!!」
「ゆっぐり! ゆっぐりじでいっでね!」
「ゆっぐりじでいってね!」
「ゆっぐりじでいってね!」
「ゆっぐりじでいっでっ――」

男の両手が同時に、真下に動いた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛」
「あ゛あ゛あ゛あ゛」

まるで合わせ鏡のように。
みるみる同じスピードで削れていく、片方の右頬、片方の左頬。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

全く同じタイミングで、まりさの右目と、れいむの左目が、身を削っていく激流に飲み込まれた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

男の両手は床まで達した。
2本の長い直線の根本に、縦に真っ二つになったゆっくりが2匹。
残った片目から滝のような涙を流しながら、半分になってしまった相手の体を見つめ合っている。

いつまでも、いつまでも、2匹は互いを見つめ合い続ける。

「れ......い......」
「ま......り......」





14匹目。

ありすの周りには、死体。

死体死体死体死体死体死体瀕死体死体死体死体瀕死体瀕死体。

男を見るありすの目も、それらとあまり変わらない。

「やべでえ゛え゛えぇぇ......こないでえ゛え゛えぇぇ......」

跳躍を止め、ずりずり、ずりずりと後ずさるありす。
跳ねすぎて疲れたのではない。もっと大事な、生理的な理由があった。

「いやっ......い゛や゛っ!!」

クシャクシャになった顔の下から、ミチミチ、という音が聞こえる。

「う、うばれるう゛うぅぅう゛う......!」




男は今、自分が世界で一番幸運な人間であることを確信した。




ずっしりと重量のあるありすの顔面を右手で掴む。
産道を塞がないように、顎よりも上方を。
手首の下から赤ゆっくり特有の、得意満面の「ゆっくりしていってね!」が覗いて見える。

「――、――~~、~~~」

手のひらに押さえ込んだ口から振動が伝わる。
聞き取れはしないが、予想はつく。指の隙間から見える目が、涙を溢れんばかりにたたえている。



後頭部を壁にそっと当てた。
ありすの両目から、ぶわっと涙があふれ出す。
男はそれに対し、心の底から感謝を込めた笑みを浮かべて、

小さく息を吸って、地面を蹴った。


壁に沿ってありすが猛スピードで滑る。

「~~~~――~~!?」

通り過ぎた後には一定の幅の帯が真っ直ぐ標される。
男が地面を蹴る度に加速する。

ブチュン、ブチュンブチュン! と連続して、激しい感触が男の右腕に伝わった。
産道から顔を出している赤ゆっくりが「え? え? え?」という表情を見せる。
ありすは目を見開いて硬直する。

男は止まらない。
ありすの体がどんどん薄くなっていく。
狼狽している赤ゆっくりの両目が突然グルリと上転する。

最後に、ブチュン! という一際激しい振動を感じ取り、男は床に踵を叩きつけて停止した。

左手を膝に落とし、荒い息を落ち着かせながらニヤリと笑う。
右手の中には苦悶の表情を浮かべたありすと、その顎の下に嵌っている赤ゆっくりの顔面だけがあった。
裏返すと、黒と黄色が混じったような粘液にまみれた赤いリボンがくっついていた。

振り返れば、10mにも渡って引かれたカスタードのライン。
その中腹から、申し合わせたように一斉にボトボトボト、と何かが落ちた。
小さなカチューシャ3つが、向こうから順番に並んでキラキラと光っていた。




訂正。合計、18匹。















あれほど充満していた狂気や糖度が沈殿していく。
男の頭からも徐々に血が降りていった。
うつむき加減の喉の奥から、長い長い満ち足りた息を吐き出す。
ゆったりとした動作で、落ちていた麻袋を拾い上げた。

男は、ごく自然なスピードで出口に向かって歩き出した。
まるで、床に落ちている屍など見えていないかのように。
平然と、堂々と倉庫の中を突っ切った。


しかし、出口の二歩手前で立ち止まった。

「ゆ......ゆ......かべさん......どいてね......」

側頭部を下にしつつ、引き戸に体を押しつけているゆっくりれいむがいたからだ。
左頬がすっぱりと無くなっており、傷口はパサパサになってしまっていた。
引き戸の隙間から漏れてくる風を頼りに、必死に体をすり寄せている。

「ゆ......ゆ......れいむは、おうちに、かえるんだよ......
 まっ、ててね、おちびちゃん......まりさのかわりに、れいむが......」

男はすぐにまた一歩を踏み出し、引き戸をがらがらと引いた。
そのままれいむを無視して、引き戸を全開にしたまま外へと歩き去る。









「ゆ......ゆ? ゆぅ......」

意識が朦朧としていたれいむは、目の前が開けたことに気がつくまでにやや時間を要した。

「ゆ......ゆぅ......!」

引き戸の枠から身を乗り出し、真横に傾いている視界をキョロキョロとめぐらせる。

そして、固まってしまった。

右を向いても左を向いても、終わりの見えない真っさらな固い地面。
前方を向けば、真っ黒な得体の知れないうねうねしたものが、周期的に吸い込まれそうな音を繰り返している。

れいむの見たことがない世界。明らかに異様な世界。

もう自分が生きているのか死んでいるのかも分からない。
ただ、もう自分は子どもの元に帰れないということだけは理解した。


空から落ちてくる雫が、れいむの体を叩き壊すまで。
れいむだけではなく、宝箱の中の仲間を全て流し込むその時まで。
れいむの眼は、ずっとずっと海を見つめ続ける。











運転席に乗り込み、キーをひねる。いくつも点灯するランプが目に痛い。
男は助手席の窓を通して、「宝箱」に語りかけた。

また、雨の日の後に。






エンジン音が埠頭から遠ざかっていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
厨二ってレベルじゃねーぞ!
最後まで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。お疲れさまでした。


過去作品

  • ゆっくりバルーンオブジェ
  • 暗闇の誕生
  • ゆっくりアスパラかかし
  • 掃除機
  • 野菜の生え方について本気出して叩き込んでみた 前 後 おまけ
  • ゆっくりドライ火だるま
  • ゆっくり川渡りパズル

  • ゆっくり真空パック

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最終更新:2011年07月29日 03:11
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