*警告*

  • 現代物です。
  • ゆっくりは何も悪いことをしていませんが、ゆっくりできません。
  • 80字改行です。その辺案配していただけると読みやすいです。
  • 本文中で一部使用されている"直る"や"物"は誤変換ではありません。
  • 先人の皆様に限りない感謝とリスペクトをこめて。

↓以下本文

 北風が一際冷たい朝、路地裏の階段の下で打ち捨てられた段ボールと新聞紙の塊がごそ
ごそと音を立てて蠢いていた。台詞の次の行からしばらく舞台設定を書き散らしますので、
ご面倒な方は一段落ほど読み飛ばして頂けるとみんなが幸せになれますので、よろしくお
願いいたします。

「ゆっくりおきたよ!」

 21世紀の地球に突如出現した幻想物体であるゆっくりの一種、ゆっくりれいむである。
少女の頭をデフォルメしたような姿をしており、主にゆっくりしていってね! と鳴く。
 動いてしゃべる他、様々な生物的特質を示すものの、研究によっておまんじゅうである
ことが判明した。生でよし、揚げてよし、焼いてよし、煮てよし、蒸してよし。発酵させ
れ珍味となり、飾りどころか茎まで食べられる万能食品。すーりすーりすることで簡単に
繁殖させることができること。交配を重ねたところで、おまんじゅうには遺伝子は無いの
で品質の劣化は無いこと。糖分のかたまりであり、食用の農作物と競合しないバイオエタ
ノールの良質な原料となること。中身さえ一定量残っている限り外傷では死なないこと、
口に入れた物を、どうかして同化することができること。でたらめなゆっくりの特性を活
かした様々なゆっくり加工品が作られるようになったことは、賢明な読者の皆様であれば
既にご承知の通りであろう。消しゴム、ゴミ箱、灰皿、コンポスト。楽器にトイレ、時計
に椅子にキーホルダー。分別したゴミの、再利用できないものはゆっくりに食べさせるこ
とでゴミ問題は快方に向かった。
 それどころか、放射性廃棄物や有害物質をゆっくりに食べさせれば無害な餡子化できる
ことに気付いた人類は歓喜した。そして何より、ゆっくりはどの種も美味しいおまんじゅ
うである。ゆっくりを支配する者が人類を支配するッ! かくして地球はゆっくりの炎に
包まれた。しかし人類はただ愚かなだけではなかった。しょせんはゆっくり、いくらでも
増やせるのだから増やせばいいだけのこと。ゆっくりを持つ者も持たざる者も、みんな仲
良くゆっくりの大量生産大量消費、21世紀の地球にパクス・ユックリの時代が訪れた。
 日本ではテレビがお昼にゆっくりダイエット番組を流したせいで、店頭からゆっくりが
消え、それならと増産したら街角にゆっくりが溢れることになった。当然ながらご家庭の
冷蔵庫には限りがある。賞味期限切れのゆっくりは捨てられ、かわりに野良ゆっくり問題
が始まった。ゆっくりした動き、ゆっくりしていってね、と呼べば、ゆっくりしていって
ね! と返す習性のおかげで、目に付いた範囲での駆除はイージーモード。だがゆっくり
は増える。それはもう野放図に増える。性差のないゆっくりは、二匹いれば増える。スキ
マから家に入り込む。ゴミ箱を荒らす。野良犬や野良猫、鼠や鳥の餌になる。カスタード
や餡子による交通事故。都市部でのゆん害は、決して無視できる物ではなかった。それで
も人類の欲望は、ゆっくりを手放すことができなかったのだ。


「ゆぅぅ……さむくてゆっくりできなかったよ……」

 最愛のまりさと一緒にゴミ箱から材料を集めてゆっくりつくりあげた、ご自慢のゆっく
りはうすも、今のれいむには決してゆっくりぷれいすたりえなかった。人間のおうちには
身を切る夜風も吹き込んでこなければ、ふかふかの布もあった。段ボールの中で古新聞に
潜りこんで眠るたびに、れいむはあの暖かさを思いだしてゆっくりできなくなった。

「むーしゃ……むーしゃ……ふしあわせー……」

 れいむはもぞりもぞりと這いずり出ると、アスファルトを割って顔を覗かせていた草を
食みはじめた。元来ゆっくりは雑食性なのだが、このれいむは人間のお菓子の味を知って
いた。何を口にしたところで、記憶に焼き付いた甘味ほどにれいむをゆっくりさせてくれ
るものはなかった。美化された記憶に敵うものなどありはしないのだから。
 最後にすーりすーりしたり、ぺーろぺーろしたのはいつのことだっただろうか。ゆっく
りに欠乏し、ぱさぱさになってきたれいむのあんこは、それさえも思い出せなくなってい
た。一緒にゆっくりしようね、と誓い合ったまりさはもういない。まりさはにんっしんっ
中のれいむのためにゴミ箱を荒らしに行き、二度と帰ってくることはなかった。乏しいご
はんをわけて育てた、ゆっくりした自慢の子ゆっくりたちも、人間にゴミのように潰され
てもう一匹もいない。れいむは完全無欠に孤独だった。
 れいむはゆっくりに飢えていた。ゆっくりは生物ではない。厳密には餓死しない。排泄
もしなければ呼吸もしない。ゆっくりは、ゆっくりすることで存在し続けることができる。
何を食べても巣箱で眠っても以前のようにはゆっくりできず、ゆっくりを著しくすり減ら
していったれいむのおまんじゅう肌はパサパサに乾き、飾りも萎れ、髪も艶を失っていた。

「あまあまたべたいよ……あったかしゃわーさんでゆっくりしたいよ……」

 人間のゆっくりを知ったれいむには、今まではゆっくりできた全てがゆっくりできない
物となっていた。それでも本能的にゆっくりできる何かを求め、跳ねることも辛い身で、
れいむは薄暗い路地をゆっくりと後にした。


「ゆ、ゆっ、おね、おね……ざ……!」

 その目に映った影。長い髪、優しそうなお顔、どすおっぱい。れいむをいっぱいゆっく
りさせてくれたお姉さんを、見まごうはずもなかった。
 様々な種類の子ゆっくりで一杯のポリ袋を括りつけたキャリーカートを引いている娘は、
驚いた顔をして足を止めた。そのボロボロにしおれたれいむが、かの女の知るれいむと気
付くと、娘は花のかんばせに満面の笑みを浮かべ、他の人の足にぶつけないようキャリー
カートの後ろに回る。
 ゆっくり分不足で力の入らないあんよに鞭打ち、れいむは必死の跳躍を見せる。一跳び、
二跳び、まだ遠い。娘の輝く笑顔に応えるため、れいむはゆっくりの枯れた身で、無理な
跳躍を繰り返す。れいむは最後のゆっくりを絞り出し、跳ねる度に次の跳躍までの間隔は
急激に広がっていく。そして、あっけなくその時が訪れた。

「おね゙……ざ……やく、そく……! でいぶを、ゆっぐり……ざ……ぜ……」

 とうとう跳ねる力もなったれいむは必死に声を振り絞った。しかして蚊の鳴くような声
は、街のざわめきにかき消され、誰の耳にも届くことはない。娘はゆっくりの尽きて永遠
にゆっくりしたれいむに一瞥をくれると、上機嫌でコートの裾を翻して二度と振り返るこ
とはなかった。
 街を行き交う人々に、野良ゆっくりへ関心のある者などいない。人間にとってのゆっく
りとは、食品か加工製品か、あるいは飼いゆっくりだけだった。それでさえもゆっくり製
品の延長、手軽な気慰み程度でしかない。ゆっくりを生命の尊厳ある愛玩動物と同一視す
るような不心得者など、いはしない。
 野良ゆっくりが一匹、路地から這いずり出て干からびただけ。どうせ誰かがゆっくりゴ
ミの日に捨ててくれるだろう。腰を屈めて拾うのも汚いから他の誰かが。動こうが口を利
こうがゴミはゴミ。人類の野良ゆっくりへの認識はその程度だった。
 それ故にれいむの死は誰にとっても無価値なことだったが、ただ一人、かの女だけには
とても有意義なものだった。今日は特別に素敵な日。娘は楽しそうに桜色の唇の端を吊り
上げる。念願叶って大量の子ゆっくりが手に入っただけでなく、今までは想像して楽しむ
だけだった、人間の与えるゆっくりを満喫させて二度とゆっくりできなくさせた野良ゆっ
くりが衰弱し、目の前で力尽きるという素晴らしいショウに巡り会えた。娘はどんより重
く曇った空を楽しそうに見上げる。この冬空の下、手ずからにゆっくりできなくした他の
野良ゆっくりも、今のれいむのようにどこかで人知れず干からびているのだろうか。それ
とも、身を切る冷たい風に震え、迫り来る望まぬ永遠のゆっくりに怯えているのだろうか。
それを思うと、かの女の足取りは軽やかになっていった。
 かの女はおかしいのだ。ゆっくりを虐待するからではない。世界中で無関心に消費され
ていく消耗品に執着する、かの女は少々おかしいのだ。




「「ゆっくりー!」」

 玄関でコートを掛けると、娘は着替えもそこそこに三和土で止めたキャリーカートから
ポリ袋を外して部屋へと運ぶ。小さな子ゆっくりでも、袋にいっぱいともなればずっしり
幸せな重さである。持ち上げる時、んぁっ、と少々はしたない声を出してしまったが、幸
いだれも聞く者はいない。娘が加工場純正品の防音「透明な箱-特大-」の上でひっくりか
えすと、袋に詰まっていた子ゆっくりは、とさとさと緩いピラミッド状に積み上がってい
く。上の方からぽてんころころ転げ落ち、目を回しているものもいれば、舌足らずな鳴き
声をあげて隣の子ゆっくりと頬ずりしているものもいる。れいむにまりさにちぇんにあり
すにみょん、ぱちゅりーも何匹か。文字通りの一山いくらがそれぞれ四、五匹ずつ、いわ
ゆる希少種はいないが、これだけの量があれば充分と、娘は子ゆっくりの群に微笑んだ。

「おねーさん、ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「はいはい、しばらくそこでゆっくりしていってね」

 袋の底の方や端の方で平べったくなっていた何匹かは元の形に戻ろうと、むにむに伸び
たり縮んだり、元気なものはさっそく娘を見上げて挨拶の声をあげる。娘も笑顔で応えて
部屋をあとにした。でんと据えられた特大の透明な箱の中、子ゆっくりはぽいんぽいん跳
ねたり、互いに頬ずりしたり転がったり、めいめいに久しぶりのゆっくりを満喫していた。

「ひろいね! ゆっくりできそうだね!」
「みんなでゆっくりしようね!」

 身支度を整え、ノートPCを手に戻ってきた娘を口々にゆっくりしていってね、の声が出
迎えた。娘も笑顔のまま頷くと、ぱんぱんと手を鳴らして子ゆっくりの注意を集める。

「あなたたちはゆっくりゴミに出されて永遠にゆっくりするところを私が助けて、おうち
まで連れてきてあげました。それはゆっくり理解できたかしら?」
「ゆゆっ? ゆっくりはごみじゃないよ?」
「ゆっくりできるんだよ!」
「そう言うと思っていたわ。ご覧なさい」
「むきゅっ、これはてれびね!」

 娘は自治体の広告動画を開くと、透明な箱にノートPCを向ける。初めて見る動く絵に、
好奇心旺盛な子ゆっくりたちは壁面にぴったり張り付いて大盛況。

「ゆっくり見ていってね」
「なんだかゆっくりできそうだよ!」

 自治体のロゴが大写しになった後、画面には、街角のゴミ捨て場が映っていた。早朝の
小道に人通りはない。様子を伺いながら、画面外からゆっくりれいむとまりさのつがいが
ゴミ袋へと近づいてきた。

『そろーり! そろーり!』
「ゆっ! れいむがいるよ!」
「まりさもいるね!」

画面に映るゆっくりの姿に、子れいむが嬉しそうな声をあげる。画面の中では、まりさが
口の開いたまま電柱にもたれていたゴミ袋に体当たりを繰り返していた。袋が倒れて歩道
にぶちまけられた燃えるゴミに、二匹は頭から突っ込んで食い散らかし始める。

『むーしゃ! むーしゃ! しあわせー!』
『ごみのひはゆっくりできるね!』

ぐちゃぐちゃに散らかったゴミをそのままに、二匹は画面外へと跳ねていった。思う存分
ゆっくりした野良ゆっくりに、箱の中で画面を見つめる子ゆっくりは、どれも羨ましそう
な顔をしていた。その羨望が絶望に塗りつぶされる瞬間を娘は心躍らせて待っていた。

「ゆっくりしてるね!」
「とかいはなごはんね!」
「ゆっくりしたいよ!」

 画面が暗転すると、先ほどのゴミ捨て場には真新しいゴミ集積箱が置かれていた。先ほ
どと同じつがいが再び、様子を伺いながらフレームインしてくるが、そこにはゆっくりで
きるような袋は無い。

『そろーり! そろーり!』
『ゆゆっ! ふくろさんがないよ!』
『きっとこのはこさんがかくしてるんだね!』

二匹がどれほど体当たりしようと、集積箱は開こうとはしなかった。諦めきれずに何度も
振り返りながら、すごすごと去っていく二匹に、自治体ロゴが重ねられた。

『あなたが気付けば、ゆん害は防げます。防護ネット、集積箱で奇麗な街に』

 再生が終わると、娘は子ゆっくりを見渡す。大して育っていないとはいえ、一応は野良
ゆっくり。野良ゆっくりにとってのごちそうが、ゆっくりできない箱に片づけられてしま
ったことは理解できたようで、画面に不満の声をぶつける。

「にんげんさんはずるいよ! ふくろさんかくさないでね!」
「ゆっくりできないよ!」
「ええ、そうよ。もうお外には、ゆっくりできる袋はないの」
「ゆ、ゆゆぅぅう!」

 これは娘の嘘だった。せいぜい防護ネットどまりで、集積箱はまだ全国規模ではない。
このDVDもそのための広告である。しかし、子ゆっくりたちにそれを知る術はない。小さ
なゆっくりブレインで理解できることは、お外にはもう、ゆっくりできる食べ物が無いと
いうこと。子ゆっくりたちの顔に絶望の色が浮かぶ頃、次の動画が始まった。
 半透明のゴミ袋の中で、一匹のまりさが暴れていた。袋を食い破ってまりさを助けよう
としているのか、れいむが袋を咥えて引っ張っている。しかし、袋は破れず、暴れるたび
に近くのゴミ袋が倒れ、中身が地面に散らばっていくばかり。

「ゆっ! ゆっ! まりさをたすけてあげてね!」
「ゆっくりがんばってね!」

暢気に動画を応援する子ゆっくりたちの目の前で、画面が暗転する。奇麗に片づいたゴミ
捨て場には、あんこの中に、赤いリボンの残骸と、黒い帽子の残骸の混ぜこまれたポリ袋
が置かれているだけだった。

『ゆっくりをそのまま捨てないで! ゆっくりはゆっくりゴミの日に』
「ゆわああああ?!」
「でいぶはごみじゃないよ!」

 再生を終えたノートPCが閉じられると、子ゆっくりたちは初めて知る世界のゆっくりで
きなさに、ゆぐゆぐ泣き顔になっていた。まだ大して育ってない子ゆっくりの知る人間は、
親ゆっくりの教える「にんげんさんはゆっくりできないよ!」程度であった。しかし、人
間の野良ゆっくりへの対応は、ゆっくりできないどころか毛ほどの情動も介さない防除で
あり、それは悪意さえ知らない子ゆっくりには到底理解できないものだった。

「ゆっくり理解できたかしら。他の人間さんには、あなたたち野良ゆっくりはただのゴミ
なのよ。もし、私のおうちから出たりしたら、すぐに他の人間さんに見つかって、潰して
ゆっくりゴミの日に捨てられるか、動物さんのごはんになるしかないでしょうね」
「ゆっくりしたいよ! たべられたくないよ!」
「ゆっくりたすけてね!」

 悲しそうな顔をつくる娘に、子ゆっくりたちは泣き顔で声を張り上げる。無力な子ゆっ
くりが必死にゆっくりにしがみつく姿にこみ上がる笑いをかみ殺しながら、娘は優しげに
微笑んでみせた。

「でも大丈夫。私だけは、あなたたち野良ゆっくりを生ゴミ扱いしたりしません」
「おねーさん……!」
「いっしょにゆっくりするよ!」

娘の言葉に、絶望に打ちひしがれていた子ゆっくりたちの顔が、ぱぁあっと一斉に輝いた。
 自分たちは優しいお姉さんに助けられたのだ。たくさんのゆっくりとひろいおうち、
ゆっくりした未来を確信したしあわせー、な顔。喜怒哀楽のわかりやすい、可愛らしい百
面相に笑みを深め、娘は手近のちぇんを手に取る。柔らかな手の平に子ちぇんはすりすり
と頬ずりし、嬉しそうな鳴き声をあげた。娘もくすぐったそうな顔をして、子ちぇんの
キャベツのような帽子の上から撫でる。うるうる目の子ゆっくりたちの感謝の視線に、娘
は心地よさそうに足を組み替えた。
 何も疑うこともなく救われたと信じている子ゆっくりの信頼を、ゆっくりできる未来を
信じて疑わない子ゆっくりの希望を、一人占めにして踏みにじるのだ。娘は唇を舌先で湿
らせる。高揚感で頬を染め、胸を高鳴らせて口を開いた。

「あなたたちには今から私の楽しみのためだけに、苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、惨た
らしく永遠にゆっくりしてもらいます。ここには一切しあわせー、がありません。辛くて、
痛くて、悲しくて、怖くて、ゆっくりできないことしかありません。ここは絶対に出られ
ない、ゆっくりできないプレイスです」
「ゆがーん!」
「ゆぎゃーん!」

 突然のゆっくりできない宣告に、子ゆっくりは一斉に歯を剥き、白目になって固まった。
いちいち感情表現の激しい子ゆっくりを嬉しそうに眺めながら、娘は同様に白目で硬直し
ている子ちぇんをふにふにと撫でくり回す。しっぽも膨れてビリビリになっていた。

「おねえさん、ひどいことしないでね!」
「ゆっくりしたいよ!」

 数分かけてやっと理解した子ゆっくりはぷく~っと頬を膨らませ、口々に不満の声をあ
げる。その不満も、可愛らしい威嚇も、全てが娘の希望通りのものだった。娘は満足そう
に目を細め、セーターの袖で口元をおさえて笑みをこぼす。

「だめです。お姉さんはひどいことしかしません。あなたたちは絶対に自由になれません。
あなたたちは絶対に大きくなれません。あなたたちはお母さんと違って、しあわせー、な
おうちも、ゆっくりした赤ちゃんもつくれません。あなたたちは誰も生き残れません。お
姉さんのおうちで永遠にゆっくりしてもらいます」

 箱の中で小さなほっぺを一杯に膨らませて威嚇したり、ゆんゆん泣き始めた子ゆっくり
によく見えるよう、娘は手の中で固まっているちぇんを突きつけた。しなやかな指がちぇ
んに食い込み、圧迫された中身で皮が歪に膨らんでいく。

「わ゙がら゙な゙っ!?」
「これからは、みんなにお約束を守ってもらいます。すぐにわかるわ。簡単だから」

びくびく震えるちぇんの感触を楽しみつつ、指の間から押し出された膨れた頬にそっと指
を這わせ、娘は少しだけ真剣な顔を見せた。

「ゆっくりしてはいけません」

 ぐっ、とちぇんを握る手に力を入れる。圧迫されて耳と尻尾がぴんと立つ。見開いた目
が、中身のチョコクリームに押され、今にも飛びだしそうに震えている。

「すっきりしてはいけません」

中身を噴き出さないよう、必死に口をつぐんで痙攣を始めたちぇんをきりきりと締め上げ、
娘は全ての子ゆっくりにゆっくりと見せつける。こぼれ落ちそうなほど見開いた目から、
どぼどぼと砂糖水が溢れて娘の手を濡らしていた。

「おねえさんにさからってはいけません」

 ぽんっ、と気の抜けた音をたて、内圧に押された目玉が飛びだした。勢いよく飛んだ目
玉は透明な壁面に潰れて張り付いた。虚ろな眼窩からとろりと濃厚なチョコレートが垂れ
ていく。膨れたまま空気を吐き出すのも忘れ、子ゆっくりは一匹たりとも動かない。

「お約束を守らなかった子には、とってもゆっくりできないお仕置きをします。例外はあ
りません。絶対に助けません。ゆっくり理解して、お姉さんを楽しませて頂戴ね」
「い……いたがってるよ! やめてあげてね!」

 怯えたり固まっている子ゆっくりのなか、一匹のまりさが声を振り絞った。娘は少しだ
け驚いて指を緩めると、歯を剥き出してぴるぴる痙攣しているちぇんの目を閉じさせ、箱
にそっと置いた。ゆっくりは目玉が無くなった程度で死ぬことはない。二度と再生するこ
とがなく、あとは最期の瞬間まで暗闇の中でゆっくりできないだけ。指の跡までくっきり
している歪なちぇんが元の形に戻ろうと上下動を繰り返すのをそのままに、娘はその子ま
りさを手の平に乗せて微笑みかけた。

「まりさはお友達思いの優しい子ね。それに、とてもまっすぐで勇敢ね」
「ゆぅ……!」

 優しげに微笑む娘に、表情を輝かせるまりさ。娘は輝く笑顔のまま、その黒いとんがり
帽子を取り上げると、まりさだけを箱に戻す。

「ゆっ、ゆっ?! まりさのおぼうしかえしてね!」
「でも、約束の守れない悪い子。『おねえさんにさからってはいけません』それとも、餡
子脳だからもう忘れたのかしら」

 鈍く輝くキッチンばさみの刃が、帽子の先から三分の一ほどを裁ち落とした。黒い円錐
が、はらりとまりさの目の前に舞い落ちる。ほんの一瞬前までは、自慢のおぼうしの一部
だったそれと娘の手元を、まりさはこぼれ落ちそうな目で交互に何度も見直した。何度確
かめたところで、哀れ帽子ととんがりは永久に泣き別れ。

「ばりざのすてきなおぼうしがあああ!」
「少し短くなっちゃったわね」

娘は流しにハサミを置くと、煙突のようになってゆっくりできなくなった帽子をそおっと
被せて指先でまりさの泣き顔の頬をくすぐり、大輪の花のように微笑んだ。虐待お姉さん
と子ゆっくりたちの素敵な楽園はこうして幕を開けた。




 透明な箱に防音の蓋がきっちりと被せられ、子ゆっくりは頬を寄せ合い、一かたまりに
なってゆっくりできない夜を過ごしていた。一際目立つのは、一匹だけ先を切り落とされ
た帽子のまりさ。もう二度と会えないおかあさんが、とってもゆっくりしてるね、と言っ
てくれたおぼうしはまりさの自慢だった。しかし、帽子はもうゆっくりしていない。
 傷つけられた飾りは二度と戻らない。それは永久にゆっくりできない烙印を押されたに
等しいことだった。潰されそうなちぇんを救おうとした勇敢なまりさは、どの子ゆっくり
から見ても間違いなくとてもゆっくりした英雄であった。しかしそれと同時に、群の中に
一匹だけ飾りの損傷したゆっくりが存在しているという事実は、耐え難くゆっくりできな
いものだった。申し訳程度にすーりすーりしたり、おそるおそる涙を舐め取ったりでよう
やく泣きやんだ煙突まりさが見たものは、子ゆっくりたちのどこかよそよそしい顔。

「ゆ……」
「まりさ……」

 ゆっくりできるまりさを受け入れたい気持ちと、帽子のゆっくりしていないまりさを拒
む本能。これからのゆっくりできないらいふをともに過ごさなければならない群の、両方
のない交ぜになった居心地の悪さを感じ取り、せっかく泣きやんだ煙突まりさの目に大粒
の涙が浮かぶ。その時、先ほどのちぇんがもぞもぞと進み出た。中身を垂らさないよう、
からっぽの目を瞑ったまま、泣き声だけを頼りにまりさの方へと這いずっていく。頬に触
れたまりさの柔らかい頬の感触にちぇんは顔を輝かせ、むにむにと擦り付けた。その柔ら
かさは、絶望の淵に立つまりさには救いそのものだった。砂糖水の涙をぼろぼろこぼしな
がら、夢中でほっぺが歪むほど押し返す。

「わかるよー、なかまなんだねー」
「すーりすーり、しあわせー!」

 泣きわめいてそれどころではなかった煙突まりさと苦痛に痙攣していた目玉なしちぇん
はともかく、他の子ゆっくりは蓋を閉める前の、抜けない棘のような娘の言葉が忘れられ
なかった。気乗りしない様子ながら、他のゆっくりも二匹にすりすりをしていく。

「あなたたちは今日から群れです。仲間と仲良くできない子は全員おしおきします」

 二匹のゆっくりできないゆっくりを抱えたまま、子ゆっくりだけの小さな群ができあ
がった。まりさがゆっくりできないゆっくりでも、群から追い出してゆっくりしたりした
ら、全員がゆっくりできなくされてしまうことは、子ゆっくりでも理解できていた。その
上辺だけのゆっくりがどれほど居心地が悪くとも、まりさも他の子ゆっくりも、一緒にい
ることしかできないのである。箱から逃れる術もなければ、虐待お姉さんがその言葉を違
えることもないのだから。




続く

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最終更新:2022年05月03日 18:57