※虐めじゃないかも



        俺はゆっくりが嫌いだ

                  作者:古緑



俺はゆっくりが嫌いだ
俺にゆっくりする気なんて無い
朝から晩まで仕事で忙しい身だ
でも別に殴ったり蹴ったりしたいわけじゃない
嫌いなだけだ
餡子嫌いだから食うのも嫌いだ

「ゆっくりしていってね!」

この台詞も好きじゃない
どんなゆっくりも同じことを言う
俺の趣味はバスケットボールだし
ゆっくりしたものはあまり好きじゃない

「こわいかおしてないでゆっくりしてけばいいのに」

こいつはどっから入ってきてんだよ
ゆっくりれいむだか何だか知らねぇが
そこは俺んちの庭だ
お前の『ゆっくりプレイス』じゃないんだよ
何も無い庭だけどお前みたいなのがいると鬱陶しい
出て行け

「ゆっ?ゆっくりしていってよー!」

ほら!出て行け!まったく
ああいうのが『ゆっくりの押し付け』ってヤツか
ゆっくりしてる暇なんてないんだよ
今日はとっとと寝たいんだ




「おじさんをゆっくりさせるよ!」

…また入ってきたのか
門はしっかり閉めた筈なんだがな
どうでもいいが俺はまだお兄さんって歳なんだよ
いいや、こんなのに構ってる暇は無い

「ゆっくりしていってね!」

もう放っておく
どうせ雨戸を閉めちまうんだ
しつこいゆっくりセールスに付き合う気はねーよ
じゃあな押し付け販売員

「おふとんでゆっくりしていってね!」

デカイ声だ






春が近いとはいえまだ朝は少し冷えるな
古い鉄の雨戸は冷たくて指が凍えそうだ

「ゆっくりしていってね!」

…何のつもりなんだおめーは
今都市部で話題の乞食ゆっくりか?
だったらここに来たのは間違いだ
家には碌に飯なんて無いんだよ
わざわざ乞食にやる気もないからヨソあたんな

「おじさんはよゆうがないね!」

家出るときついでに摘み出しとくか
鬱陶しい生物だ
それにしても本当に余裕ないな
朝飯は駅前のコンビニでランチパックかな

「ゆっ?ゆっくりはなしてね!」

おい二度と家の門くぐんじゃねーぞ
帰ってきた時またそのツラ見せたらブン殴ってやる

「ゆっくりしていってよ…」

やっぱり俺はゆっくりが嫌いだ





変なのに構ってたせいでいつもより遅れてるじゃねぇか
急がないと

「なかなかとかいはなまりさね!す…す…すっきりしましょほおぉおお!」

「やべろおおぉおお!!れいばーあでぃずはゆっくりじねえぇえぇ!!」

あの野良ゆっくりありす
まだ生きてたのかよ
散歩中の飼いゆっくりに襲いかかってやがる

「ばでぃぶっ!」

あ蹴られた
本当に見苦しい生き物だな
あんなのまでいるからゆっくりは嫌いだ





うあぁ疲れた
帰って柿ピービールが平日の唯一の楽しみです

「ゆっくりおかえりなさい!ゆっくりしていってね!」






「むししないでね!」

てめーどっから湧いてきてんだ不思議生物の特権か
ブン殴るって言ったの忘れたのか

「おぉこわいこわい」

『プシュ』あぁイイ音
ん?やらねーからとっとと失せろ
家ん中には入れねーぞ
一歩でも入り込んだら蹴りくれてやる

「つんつんしないでゆっくりすればいいのに」

舐めてんのか?二度とここまで来れねーように
今度は車で

「おじさんをゆっくりさせるよ!」

…だいたいそのゆっくりって何なんだよ?
それに俺をゆっくりさせるって昨日も言ってたな?

「ゆっくりはゆっくりだよ!
 おじさんはあさからばんまでぜんぜんゆっくりしてないね!
 たまにはゆっくりしなきゃいつかゆっくりできなくなっちゃうよ!」

お前がいると駄目だわ
ビールが全然旨くねぇ
明日の朝一で町外れの山まで車で捨ててきてやる
それがヤなら今夜中に失せるんだな

「ゆっくりよるをあかしていってね!」

やらねーと思ってんのか
ナメやがって
やっぱり俺はゆっくりが嫌いだ




ぽつぽつと大きくなる屋根を叩く音でふと目が覚めた
まだ午前二時だ
明日の朝は雨かな
もうザーザー音がするぐらい強い雨に変わってる
まぁどうせ車で行く気だしどうでもいいや
あのウザイ饅頭生物載っけてかなきゃだし
そんな事を寝ぼけた頭で考えてると
あのウザイ顔が困ってるような気がした

『ゆっくりは水に弱く雨に当り続けると死んでしまいます』

そんなどこかで聞いたような言葉が頭の中に浮かぶと
俺は布団から飛び起き
一階の雨戸まで急いで駆け下りていった

「オイ!」

「ゆっくりしてないねおじさん
 れいむはゆっくりできてるよ」

困った顔はさっき頭に浮かべた顔そのままだった
雨戸の外に雨を避ける場所は無く
ゆっくりれいむの釣り上がっていた眉はハの字に曲がり
リボンはびしょびしょになって濡れた髪に垂れていた

「………」

「ゆっ?」


俺はゆっくりが嫌いだ

だけどその命そのものが嫌いなんじゃない
死にかけた命が目の届くところにいたら
手を貸してやりたいと思う事はきっと悪い事じゃない
その命を助ける事で誰かが困る事もあるのかも知れない
だけど命を救いたいと思う事自体はきっと悪い事なんかじゃないはずだ

コイツの場合だったら玄関先を貸してやる事ぐらいいいだろう





起きたら雨は上がっていた
時計は7:35を示している
あのウザイ生き物に関わっていたせいか
早起き出来なくなってる気がする
こっから車で外れの山なんて行ってたら完全に遅刻だ

「ゆっくりしていってね!」

はいはいゆっくりゆっくり
そりゃ挨拶なのかお前等の場合
なに我がモノ面で家の中跳ねてんだよ
昨晩拭いといて良かったわ
雨が上がったんならとっとと出て行きな

「おそとでゆっくりしていくよ!」

さてそろそろ行かなきゃな
お日様も出てるし、たまにはバスなんか使わず駅まで歩いてくか
まだまだ間に合うだろ

「ちょっとはゆっくりできるようになったみたいだけどまだまだだね!」

なんか満足そうだなお前
コイツどうしよう?
まぁそのうちどっか行くだろ
ゆっくり考えてきゃいいや

それにしても生意気なヤツだ
やっぱり俺はゆっくりが嫌いだ





寒いから帰りはバスにした
柿ピーとビールの補充は忘れない
明日は休みだしアイツに影響されたワケじゃないが
たまには家でゆっくり過ごすのも悪くないだろう

「ゆっくりしていってね!
 おじさん!あしたはゆっくりするんでしょ?」

すっかり庭に居着いてるなお前
ゆっくりの事は嫌いだし追い出してやろうと思ってたが
こいつの騒音で文句言うヤツはこんな田舎にはいないし
家に帰った時誰かが声をかけてくれるのは悪くない
ペットなんてつもりは更々ないが
ただっ広いだけの庭に勝手に生かしておくぐらいいいだろ

疲れてっからもう雨戸締めて寝るぜ

「あまどさんこんばんわ!ゆっくりしていってね!」

馬鹿だなアイツは





AM 10:00
完全に影響されてるな
でも悪い気はしない
どうせ今日はゆっくりしようと決めてるんだ
飯でも買いにいくか

「ゆっくりしていってね!」

はいはいゆっくりゆっくり
…そういえばこいつと時間を気にせず顔を合わせるのは初めてだな
俺はゆっくりが嫌いだが話をするのが嫌いなワケじゃない
ちょうどいい機会だし色々聞いてみるか



お前さ、何で俺につきまとうんだ?

「なんどもいわせないでよね!
 おじさんをゆっくりさせるためだよ!」

それについては癪な事だが成功したようだな
本当に変なゆっくりだな
人をゆっくりさせようとするゆっくりなんて
古過ぎるゆっくりはもう化石レベルだぞ
なんでそんなに人をゆっくりさせたがる?

「だれかをゆっくりさせるとれいむもゆっくりできるよ
 …それにこのせかいのみんなはゆっくりしてないよ」

この世界?お前はどこから来たっていうんだ?

「れいむはやまでゆっくりしてたら
 いつのまにかここにいたよ」

何言ってんだお前
ゆっくり語は理解出来ないね

じゃあお前、どうしてこんな何も無い庭に住み着いてんだ?
何も食うもんないだろ?

「くささんもむしさんもたくさんいるよ?」

あぁ…手入れしてないからな
そんなモンでいいのかよ
都市部の奴等で草なんて食うヤツはもういないのに
お前好きなモノとかあるのか?

「ゆ?れいむはゆっくりするのがすきだよ!」

そうじゃねぇよ
食べ物ってことだ
今まで食ってきた中で一番旨いかったものとか、
あるだろ?

「だったらたいやきさんだね!
 でもかんたんにはてにはいるものじゃないよ!
 さとまでいかないともらえないものだからね!」


あっそ
ちょっと出かけてくるわ

「おじさん!」

なんだよれいむ

「いっしょにゆっくりしようね!」


別にアイツが好きって言ったから
鯛焼きを買ってきてやるワケじゃない
俺は餡子の詰まった鯛焼きが大好きだからな
一つぐらい買って分けてやるぐらいならいいだろ
それにしてもところどころワケの分からないヤツだ
やっぱり俺はゆっくりが嫌いだ

でも悪くない
あんなに自然体のまま誰かと話すなんて
母が死んで以来かもしれない

鯛焼きなんて買うのは産まれて初めてだ
スーパーの先に屋台があるからついでにそこで買ってくか
ゆっくり歩いていこう











それがさっきまでの事
今俺の目の前には頭から蔦を生やし
真っ黒になったゆっくりれいむがガラス窓の前で横たわっている
かつての笑顔は苦悶の表情に変わり全く動かない
ガラス窓の前で死んでいたのは家を守ろうとしてくれたのか?

抱き上げるともちもちと弾力のあった体は端の方からポロポロと崩れ落ちていった


呆然としたまま庭を見ると叢の陰に隠れた木製の塀に
ゆっくりれいむぐらいの小さな穴がある
ずっと庭なんて見てなかったから忘れてたが
俺が子供の頃に蹴って開けた穴だ
いくら追い出しても入ってくるワケはこれだったんだ
『これ』をやったヤツもここから入ってきたんだ


どうしてゆっくりれいむがこうなったのかは分かってる
ゆっくりれいむの頭に成った黒い実の中に
ゆっくりありすの実があるからだ
この辺の野良ゆっくりありすなんて一匹しかいない
さっきすれ違ったのがそいつだ





俺はゆっくりが嫌いだ




命を気紛れに奪う事は悪い事だと思っている

しかし今から俺がやる事は間違っていないと思う
友を殺した仇を討つ事はきっと間違っていない
震える拳を握りしめ
仇の住処の公園に向かいながら俺はそう真剣に考えていた

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最終更新:2022年05月03日 23:45