「ゆっくりちくろ」




ある男がゆっくりを求めて山へ入った。

ゆっくりが幻想郷の甘味事情を一変させて随分と経つ。
加工所による廉価で安定した供給は、芋や果実では味わえない濃い甘さを庶民の手に届くようにしたが、
日々食べるとなれば滅多に食べれない頃とは味も変わってくる。

昔は甘味と言えば滅多に食べれないからこそとんでもなく甘く、売るほうも塩を入れて少ない砂糖で甘く感じさせたり、
どぎついほどに甘い物が高級品として出回ったものだが、毎日食べれるほどに普及した今では、甘さ控えめでいくつでも食べられる味が人気だ。

しかし男はそれでは満足できなかった。頭が割れるような強烈な糖分の塊が欲しかった。
そのためには自分で作るしかない。



開けたところに出るとゆっくりがいた。近づくと
「ゆゆ!にんげんがきたよ!」
「ゆっくりにげるよ!」
などと声がする。

「まりさがおとりになるからみんなはゆっくりいそいでね!」
そう言って一匹のまりさがこちらへ向かってきた。作戦を自分でばらしているのでは世話がない。
「ここはまりさたちのゆっくりぷれいすだよ……ぜ!ば、ばかなにんげんはさっさとでていくんだぜ!」
近づいた後、人間の手が届かない所でとび跳ねながら挑発してくるまりさ。演技は大根だ。
男が目線を上げると、群れが右手の雑木林に入って行くところだった。



「なにそののろさ。うんちなの?しぬの?くやしかったらまりさをつかまえてみるんだぜ!」
男が歩きだすと大げさなほど後退して挑発し、誘うように左手へ跳ねていく。
(せめて口に出して言わなければなあ)
そう思いながら男はまりさを無視して群れが消えた雑木林へ向かう。

「どぼじでそっぢにいぐのおおおお!?」
シカトされたまりさが口調も忘れて叫ぶ。
「まりざはごっぢなんだぜえええ!?ばがにずるまりざをいじめてみるんだぜええ!?」
男は顔も向けず、ゆるゆると雑木林に近づいていく。
まりさは必死に跳ねて追いつくと、ぼよんぼよんとコミカルな音を立てて男の足に体当たりをした。
「そっぢにはなにもないんだぜ!?まりざのおうぢはむこうなんだぜええええ!?」
男が歩くたびに蹴られることになりながら、まりさはまとわりつくのを止めない。転がってもすぐさま向かってくる。



雑木林に入ると逃げたはずのゆっくり達がいた。
「まりさがにんげんをひきつけてくれるかられいむたちはゆっくりできるよ!」
「ゆっくりー♪」
どうやらまりさの囮で安心していたらしい。警戒も怠ってゆっくりしている。
「みんなにげでええええええ!」
まりさの声でれいむが視線を上げると、騙したはずの人間と、土で汚れたまりさがいた。








「俺は饅頭が食いたい。一匹差し出すなら他の奴らは見逃してやろう」
男は群れの前でそう告げる。



男が目の前に現れた時は狂乱状態になったが、逃げ出そうとする奴らは
「ゆっくりしていってね!」
「「「ゆっくりしていってね!」」」
条件反射の硬直時間を利用して手近な枝で串刺しにされた。
「逃げたら刺す」
比較的賢いゆっくりの集まりなのか、逃走が不可能と知るとおとなしくなった。



一人差し出せば、他全員の命が助かる。ゆっくりに対しては破格の条件と言えた。では、誰が犠牲になるか。


「おにいさん!さっきはごめんなさい!おわびにまりさをたべてね!」
そう言って真っ先に声を上げたのがおとりになったまりさだった。挑発の必要がなくなったからか、だぜ口調ではなくなっている。
「まりざだめえええ」
れいむが泣いて抗議をする。
「ゆ!れいむ!むれのみんながみつかったのはまりさのせきにんだよ!れいむはまりさのぶんもゆっくりしてね!」
「まりさはむれのためにきけんなおとりをやってくれたよ!これいじょうぎせいにならなくていいよ!」
群れ全体が沈痛なムードに包まれる。さながら出征の壮行会。

「あー悪いんだけどな」
「ゆ?」
「お前は土で汚れてるから駄目」
「どぼじでぞんなごどいうのおおおお!?」
まりさの泣き顔が歪む。いったん決まりかけた安堵感を奪われ、群れのゆっくりたちの顔には戸惑いが浮かぶ。
まさか、自分が食べられなくてはいけないのか。原始的な恐怖は餡子脳を縛るには十分過ぎた。



群れのゆっくりはどれも平均より清潔で丸々としていた。どれを食べても当たりが期待できる。
「そっちで選べないんなら勝手に選ぶぞ」
「おにいさん、れいむをたべてね!」
沈黙に痺れを切らせた男がそう声をかけると、弾かれるように先程のれいむが叫んだ。
「どぼじでぞんなごどいうのおおおお!?」
「れいむいっぢゃだめえええ!」
「ぢんぼおおおおお!?」
「むぎゅうううう!?」
「おねーしゃんちんじゃやだあああ!」

随分と信望があるれいむなのか、群れ全体が怒号を発して引き止める。そんな群れを慈しみをこめた目で見渡したあと、
れいむは男に向き直った。
「おにいさん!れいむならだいじょうぶだよね!?これでむれのみんなはゆっくりできるんだよね!?」
「直接危害は加えん」
そう返事をしてれいむを掴み、帰ろうとする。外では手も汚いし、携行の飲料水も乏しい。
「みんな、ゆっくりしていってね!」
「「ゆ、ゆっくりしていってね!」」



「むきゅん!だめよ!」
愁嘆場に背を向けたところ、物言いがついた。
「このばでたべてくれないとにんげんはしんじられないわ!」
「なにをいっでるのばちゅりぃぃぃ!?」
すわ身代りかと思えば予想外の抗議に、まりさは信じられないといった形相で叫ぶ。

「みんなよくきいて!にんげんはずるがしこいのよ!たべたあとににげたからってうそをついてまたくるかもしれないのよ!
つらいけどむれのあんぜんのためにはみんながれいむはきちんとたべられたというしょうにんになるしかないの!」
「そんな……」

なんという猜疑心。その気ならば嘘をつかずに一斉に捕まえれば済むだけなのだが、第一ゆっくり相手の約束なんざ人間の温情で
成立しているようなものなのだが、気を回す割りにはその辺の前提がすっぽり抜けている。所詮饅頭の知恵。



男は腹が減っていることは確かだったので、適当に塵を払ってかぶりつく。
「ゆっ……!」
れいむの押し殺した声が聞こえた。さらりとした上品な甘さ。美味いが、この程度なら人里で買えば済む。
「あんま美味くないなあ」
「れいむがおいしくないわけないでしょおおお!!!」
男のつぶやきに、まりさがどこかずれた反論を叫ぶ。
この短時間に感情の振幅が激しかったためか、髪が乱れて目の輝きが尋常ではない。
あちらを素直に食っておけばよかったかと思ったが、約束したのでれいむを食うことにする。しかし甘みが足りない。
ゆっくりは苦痛を味わうほどに甘くなるらしいが、汚れた手で餡子をいじりたくないし髪飾りもきちんと味わいたい。
仲間を殺すさまを見せるのがスタンダードだが、約束したのでそれも出来ない。
傷を付けずに苦痛を味あわせる方法。設備もない野外で出来ることは何か。野外だからこそ出来ることは何か。


『まりざのおうぢはむこうなんだぜええええ!?』

「あ」
思いついた。
「なあれいむ。お前の家に案内してくれないか?」



巣は目の前にあった。上手いこと根の隆起を利用して屋根にした穴だった。
中にゆっくりがいればともかく、単体としてはただの気にも留めない深めの穴だ。
奥をのぞいてみると滑らかな石や昆虫の死骸が貯め込まれていた。
「ここがれいむのおうちかあ」
男は意識して柔らかいしゃべり方で話しかける。
「大きくて住みやすそうだね。作るの大変だったろう?」
「うん……まりさもてつだってくれて、ふたりで……」
痛みに堪えながら、かじられた頬が動かぬよう小声でれいむが答える。
「まりさは一緒に住んでないの?」

「むきゅ!けっこんしてないふたりがおなじやねのしたにいるのはふうきがみだれるわ!」
ラブコメの外野のようなことを言うぱちゅりー。
あれだけ仲がいいのにつがいではないということは、大きさでは分からないがまだ成熟し切ってないのだろう。
甘みが少ないわけが納得できた。ともあれ、

「もう誰も住まないなら壊していいよね」
そう言って、足で穴を崩していく。
「れいむのおうちがあああ!」
「でいぶとまりざのだからものがああ!」
叫ぶと共にこぼれる餡子を受け止め、舐める。甘さが強くなったが、まだ足りない。
もっと悪魔のように黒く天使のように純で、まるで恋のように甘くなければ駄目だった。

土が宝物の石も昆虫も埋めていく。淵を削って落とし、深い穴が広く浅いくぼみに変わったところでよく踏んで均す。
「おもいでのだからものおおおお!」
半狂乱で掘りかかろうとするまりさ。しかし踏み固められた地面は簡単には掘り進めない。


穴掘りに夢中になっているまりさは放っておいて、男は群れの一同に語りかける。
「なあみんな。これでれいむとお別れだ。何か言っておくことはないかな?」
「れいむ、いままでありがとう……」
「みんな……」
「いやそんなんじゃなくてね」
「「?」」



「今まで気を遣って言えなかった不満、無いかな?」







「れ、れいむはまりさといちゃいちゃしすぎよ!ふしだらだわ!」


「れいむにふまんなんてないよ!」
と言っていた一同だったが、
「れいむがおいしくないと他の子も食べちゃうかもなあ」
と脅すと、口火を切ったのはぱちゅりーだった。それでもまだ注意するような物言いだ。

「とかいはにいわせてもらえばれいむはまりさにたよりすぎよ!こんかいだってもっとおくまでにげていればよかったのよ!
それをれいむがあんぜんだっていうから……いうがらああああ!ぁぁあれいむじなないでぇぇええ」
責めてると思ったら泣き出すアリス。これなんてツンデレ?それも次の告発で終わる。

「おねーしゃんはまりしゃたちにおやつはきまったじかんにっていってるのに、よるまりしゃおねーしゃんとこっそりたべていてずるいよ!」
「なんでじっているのおおぅ!?」
「どういうことよれいむうううう!」
「あいびきだねわかるよー」


「まりざはわたざないがらあああ!れいむがいなくなったあどひとりじめするがらああああ!」
死にゆく者にムチ打つありす。
「むきゅ!れいむ!つごうのいいときだけるーるをおしつけるようではわるいこよ!」
追討ちをかけるぱちゅりー。
「わるいこがたべられるのはじごうじとくだねー、わかるよー」
本当に分かっているのか傷口に塩を塗り込むちぇん。
「ちぃーんぽっ」
もはや何言ってんだか人間では分からないみょん。

「「ゆっくりしんでいってね!」」
逢引が発覚しただけでこの言われよう。果たしてまりさはどれだけのフラグを立てていたのか。
さっきまではれいむは命がけで群れを救おうとする尊い犠牲だったのに、今では公開処刑、吊るし上げである。



「れいむ!たからものをほりかえしたよ!まりさはれいむのことをずうぅっとわすれないよ!」
天然スケコマシがやりとげた笑顔で戻ってきた。しかし離れていたうちに急変した場の雰囲気についていけない。
「どぼじでみんなれいむのわるぐちいっでるのおおおおお!?」

「まりさ!おいしくないれいむがわるいんだよ!」
「むきゅ!くるしむとおいしくなるということは、おいしくないれいむはくるしんでなかったのね!」
「れいむほどゆっくりしてるゆっくりがおいしくないわけないでしょおおおお!?」

「いいおもいばかりしてるわるいゆっくりなんだねー。わかるよー」
「おばえらにでいぶのなにがわがるっでいうんだあああああ!」

矢継ぎ早にれいむを罵倒されたまりさは声を張り上げて仲間に襲いかかった。



「おいしくなくてごめんなさい……おいしくなくてごめんなさい……」
れいむは泣きながら謝り続けている。そろそろいいかと餡子を舐めてみる。脊髄に衝撃が走るほどに甘い。かなりいい感じだ。
だがもうちょっといけそうか?
「れいむ。見てごらん。まりさが暴れてるよ」
そう声をかけると、れいむの目の焦点が定まる。
「まりさっ!?」

まりさは複数の仲間に体当たりを繰り返していた。ぱちゅりーは一撃で中身をこぼし、ありすとちぇんがまりさの攻撃を受け止めている。
「ちーんぽっ」
その隙にみょんが頭上からのしかかり、押さえつけた。
「まりさ!わるいのはれいむなの!」
「れいむはなに゛もわ゛るぐないいいい!」
「わるいの!おいしくないれいむはくるしんでないずるいゆっくりなの!」

「れいむ。助けたかった仲間が死にそうだねえ」
「ゆゆ!?」
「ほら、ぱちゅりー。体弱いんだろ?」
二匹だけの世界に入っていたところを引き戻す。ようやく瀕死状態のぱちゅりーに気付いたようだ。
「ああああ゛ぱちゅりぃぃぃぃ!どおじでえ゛え゛え゛え゛」
滂沱の涙で手が濡れる。甘ったるい匂いはシロップか。


「ごめんなさい!ごめんなさい!ゆっくりばっかりしているわるいれいむでごめんなさい!おいしいものたべててぼめんなさい!
まりざといっじょにたべたぢょうぢょざんおいじがったですうう!おはなさんはなんでもおいじがっだですうう!
つめたいおみずおいじがったでずうう!でいぶはどろみずがおにあいでしだあああ!」

どこかのマラソン選手を彷彿とさせる言葉を発し始めたれいむ。その餡子を男は鬼気迫る形相で食らう。

甘い、甘いぞ。既に舌の感覚がなくなるほどなのに、舐めるたびに甘みが毒々しく舌を打つ。甘過ぎて頭痛がする。
それでいて瑞々しく、食べるたびに喉の渇きが癒される。


「おうちにすめててごめんなざい!まりざにてづだわぜでごめんなざい!れいむはまりざをひどりじめしようどしていたわるいこでずうう!
ともだぢがいてごめんなざい!みんなでずるひなたぼっごぎもちよかったですうう!あかちゃんたちかわいかったですうう!
いっばいおうだをうだってゆっぐりしまじだあああ!ありずどばちゅりぃぃ、めいわくかけてごめんなさいいい!
ちぇんとみょん、いつもおぞくであじをひっばっでごめんなざい!!れいむはみんなどながよぐできでてじあわぜでじたあああ!」

走馬灯のような懺悔が紡がれるたびに、騒いでいた群れが静かになる。れいむがどれだけ自分たちのことを大事に思っていたか分かったのだ。
そのれいむに、ひどいことを言ってしまった。
「ごめんなさい!れいむのことわるいゆっくりっていってごめんなさい!」


「うまれでぎでごめんんざいいい!いづもあまえででごべんなざいいい!」
詫びの言葉は届かない。れいむが錯乱状態にあるのはもちろんのこと、恐ろしい速さで男がれいむを貪っているからである。
既に顔面とそれに付随する餡子しか残っていない。それも一口で噛み砕かれる。最期におかあさんとだけ残して、れいむは男の腹に消えた。



男が我に返ると残りのゆっくり達が汚れたまま放心していた。
ぱちゅりーは死亡。まりさも強く押さえつけられて瀕死。ありす、ちぇん、みょん、とばっちりを受けて子ゆっくりもぼろぼろだ。
存在すら忘れられていた、串刺しにされたゆっくりもいる。かつての清潔さと福々しさは見る影もない。



どうしてここまでこの群れは崩壊してしまったのだろう。俺はただ美味しいお菓子が食べたかっただけなのに。
そう思いながら今度こそ男はその場を後にした。


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最終更新:2022年05月18日 21:28