※今までに書いたもの
- 神をも恐れぬ
- 冬虫夏草
- 神徳はゆっくりのために
- 真社会性ゆっくり
※今現在進行中のもの
※注意事項
- このお話は『ゆっくりをのぞむということ1』の続きです。
- 人間は介在しません。
- 登場するゆっくりは全滅しません。
- ぼくのかんがえたさいきょうゆっくりが登場します。
- 全部で4か5ぐらいまでで終わるといいな。
数千を数えるゆっくりたちが、代々営々と築き上げてきた彼女たちの棲家たる地中の大洞穴。
ただの一匹がすべてのゆっくりを享受するため、残りの全てが日々黙々と働き続けるこの異様な世界で、
今ひとつのショーがクライマックスを迎えようとしていた。
「ウサウサ☆」
「びぶれっ!?」
どんっ、と勢い良く突き飛ばされて、もはやぼろくずと見まがうばかりの惨たらしい姿に
変わったまりさがごろごろと傾斜のついた洞穴の中を転がった。
無機質な笑顔を連ねてこの処刑ショーを見守る働きゆっくりの壁の中で、
りーだーまりさはまるで生きた心地がしていない。
餡子を吐いて逃げ惑う目の前のまりさの姿を、ごく近い未来の自分に重ね合わせずにはいられないのだ。
「ゲラゲラ!」
「あひゃい゛!!? ごっ、ごないでえぇっ!!」
悠然と跳ねて追い掛けてくるうどんげに気づき、まりさは哀れみを誘う悲鳴をあげると傷ついた体に
無理を押して二匹の処刑執行人から逃れようとする。
無論、満身創痍のまりさが健康そのもののてゐやうどんげを振り切れようはずがない。
ましてや周囲には兵や働きゆっくりで作られた壁がある。
救いを求める切迫した眼差しを、生に固執し救いの手を差し伸べぬ周囲へと無限の憎悪を投げかける
血走った瞳を、とっさに目を背けて忘れ去ろうと努めたりーだーまりさを含むゆっくりの壁がある。
そんな壁の中の一角に、脅えきった様子のゆっくりが兵ゆっくりに囲われているのは処刑の順番を待つ連中だろう。
「だっ、だず、だずげっ……え゛びぃっ!?」
果たして、この期に及んで何の動揺も見せない同胞からの救いの手を本当に待したのかはわからないが。
必死の思いで同胞の作る壁にすがり付いたまりさを迎えたのは、もちろん助けの手でなどあるはずがない。
相も変らず無機質な笑みがずらりと連なる壁からの答えは、
まりさを取り囲むように飛び出してきた兵ゆっくり達の手荒い歓迎だった。
「ぺにす!」
「ぺにす!」
「ちんぽ!」」
「やめっ、やめやべやべべぶべらっ!?」
右から、左から、前から、後ろから。
うっかり殺してしまわないようにと手加減された打撃も、
今のまりさにとっては逃走と抵抗の意思を根からへし折るには十分すぎる。
たちまち、新たな傷をあまた増やしてまりさはみょん達にまた輪の真ん中へと弾き飛ばされるのだ。
執行人たちが酷薄な笑いを浮かべて悠然とまりさの帰りを待つ、あの処刑場の真ん中へと。
この残酷な公開リンチを、りーだーまりさは一度は泳がせた視線を真正面に戻して再びじいっと直視していた。
口元に無理に浮かべた微笑は誰の目にも硬く、顔色は病的なまでに青褪めている。
なんとか自然を取り繕おうという彼女の意思に反して、その面差しは到底尋常の様子には見えない。
(なんで、まりさをわざわざよびつけて『これ』なんだぜ?)
それが不幸なことか、幸福なことか、にわかには判別しがたいことだったが。
この時、りーだーまりさは一般のゆっくりがよくそうするように、思考を停止し、
全てを忘却の彼方に追いやることができなかった。
気が遠くなるような怯えを必死に堪え、りーだーまりさは餡子脳をフルに稼動して自問する。
幸い、考える時間だけは十分にあった。とりあえずわからないのは、
自分がこの場に呼びつけられた理由についてだ。
このショーがなんのために行われているのか。
それ自体についてならば、りーだーは当然の知識としてその理由を知っていた。
これは、この群れの掟を破った咎ゆっくりに対する制裁だ。
全てを女王のために捧げる真社会性ゆっくりの中にも、怠けるものは常に存在する。
その中の一部は、群れのために働くどころか自身の欲望を満たすためだけに行動するのだ。
それは例えば仕事の放棄であり、例えば貯蓄された食料の窃取であり、
例えば自分の子を欲しての子作りであり、例えば巣からの脱走であったりする。
今回のケースは盗難だ。
先ほど目を背けたときに、齧られた後のあるキノコが幾つも脇に置かれていたからそれは間違いないだろう。
だが、同時にりーだーまりさは、この制裁が本当に意味するところをもまたその本能の内に知っていた。
それは即ち、ひめさまに全ての『ゆっくり』を捧げるために決して犯してはならない最大の罪――、
すなわち、『自我を持つ』という重罪を犯したゆっくりの排除に他ならないのだ。
その罪は、生まれた瞬間に二匹の姉妹の命を奪い去り、いまやりーだーも等しく犯している重罪でもある。
では、自我を持つことがなぜ重罪なのか。
りーだーまりさは、その事も積み重ねた経験からうすうす感じ取っていた。
ゆっくりすることを望むゆっくりは、あまりに脆弱な生物だ。
ちょっとしたことで傷つき、ちょっとしたことで簡単に死ぬ。
尋常の手段では、ゆっくりを手にすることなどかなわない。
尋常の手段では。
ならば、尋常の手段でなければどうか。ただ一匹のために、全てのゆっくりが『ゆっくり』を捧げれば、
その一匹だけは十分にゆっくりを満喫できるはず。
そのためだけに、たとえ一匹だけであってもゆっくりがゆっくりらしく生きるという目的のために、
この群れが出した回答が今の形への進化だった。
一世代ごとにただ一匹、そのために費やされてきた数多の犠牲、
その重みが自我に対する絶対的な禁忌として自ずと群れを縛り、そこからはみ出したりーだーをも縛る。
ゆっくりする、という本能を貫くために、ゆっくりしないという新たな性質を本能の中に書き加えた。
その歪な相反する性質が、群れのあり方を縛り付けるのだ。
だから働きゆっくりが自我を持つということは、
それ即ち群れがこれまで積み上げてきた全てに対する根底的な反逆だ。
それを知性の枠の外で本質的に悟っているからこそ、りーだーまりさは恐怖した。
このまりさの処刑が終わった次には自分が呼び出され、
同じようになぶり殺しの目にあう未来を予測し、おびえたのだ。
でも。時間が経つに連れ、りーだーの餡子脳にも平常心が戻ってくるようだった。
(……でも、えーりんさまはいまここにはいないんだぜ)
それが少し、心強いことではある。
りーだーまりさはえーりんの信頼を受けているという自信があった。
自分に自我があるという自覚が生まれてからというものの、まりさはずっとゆっくりしないように、
自分が他のゆっくりより優れたゆっくりになるように努力を怠ることがなかった。
何事にも他のゆっくりたちと明らかに異なる反応を示し始めた自分自身を、
えーりんたちに隠しとおせるはずがないと思っていたからだ。
だから、なおさら群れのルールを守り続けることに執着したし、
そのルールの範疇で能力が高いことを示してえーりんの評価を得て身の安全を確保しようとしたのだ。
そして、実際にりーだーまりさはえーりんから高い評価を受けて、ヒラからりーだーの一人にまで引き上げられた。
今でも危険な仕事を優先的に回されたりして忠誠心と能力のチェックは受け続けているが、
えーりんの立会いなくいきなり殺されるようなことはないだろう……その程度には、楽観できると思っている。
と、なると――?
「たぶぇたのびゃっ!? ばっばりざじゃなぎいいいぃぃぃっ!?」
「ゲラゲラゲラ!」
ようやく方向性を見出してきたりーだーまりさの思索――そして現実の働きまりさの処刑も、
そろそろ佳境に差し掛かったようだ。
息も絶え絶えに言いつくろおうとしたまりさの言葉が、途中で聞くに耐えない絶叫に変わる。
悪戯っぽい笑みを浮かべたてゐに、後頭部の頭皮ごと噛み千切られたのだ。
うどんげの耳障りな狂笑に長く尾を引く悲鳴が合わさり、薄暗い洞穴の中に何重にも繰り返し反響する。
「ぐぎぎっ……まりざのっ、がみっ! きれぇながみがぁっ!?」」
「ウサウサ☆ かみのけのしんぱいしてるばあいじゃないでしょ……うどんげー♪」
「ゲラゲラゲラ!!」
激痛という表現も生ぬるい苦痛を受けながら、
ぬすっとまりさは地面を転げまわってその痛みを表現することすら赦されない。
ウサウサと冷たい薄笑いを浮かべるてゐの呼びかけに応じ、
うどんげが素早くまりさを挟んで反対側に回り込んでいた。
耐え切れず、それまで思考のうちに逃避しながらも視線は離すことが出来ないまま
凶行の一部始終を直視していたりーだーまりさがぎゅっと硬く目を瞑った。
だが、その餡子脳の内には予測しうる次の展開が直接目視しているかのように鮮明に描き出されている。
重なるダメージからとっさに逃げ出すこともままならず、悶え苦しむまりさを左右から挟み、
両の側面から同時にかぶりつき、真っ二つに引き裂く――、
「はい、そこまで」
「ゆゆっ、おししょうさま!」
「おししょうさま!」
――その、直前だった。
「てゐ、うどんげ……ほんとに、もう。つかいでがあるからほどほどに、っていったはずなのに」
輪の外から輪の中心へ、唐突に投げ入れられたため息交じりの冷ややかな声音。
その光景が、まりさの想像を、現実の惨劇を、強制的に中断させた。
働きまりさの両の頬をぐいぐい引き伸ばしていたてゐとうどんげがびくりと身を総毛立たせて振り返った。
慌てて声の主の名を呼ばわった時に死刑執行寸前の犠牲者は辛くも解き放たれて、
かといって自ら起き上がる余力もなくぐったりと地に倒れこむ。
ばつの悪そうな半笑いを浮かべて、てゐとうどんげが振り向いた。
自身を呼びつけた主の登場に、恐る恐るりーだーまりさも振り向いた。
相も変らぬ無機質な面差しのまま、壁成す数多の兵と働きゆっくりも声の主へと向き直った。
そして一同、例外なしに、深々と顔だけの体を前へと傾け声の主へと敬意を示す。
群れの序列にして『ひめさま』に次ぐナンバー2。
皆に『おししょうさま』と称し敬われる、ゆっくりえーりんの姿がそこにあった。
* * *
「ゆぅ。そのこたちがこんどのはたけあらしってわけね?」
数分後。先刻までこの場にあったゆっくりの円陣は、
今は形を方陣に変えてえーりんの前にずらりと並んでいた。
その一角に、えーりんから召集を受けたりーだーまりさ他のりーだー達の姿もある。
ただし、ため息交じりにえーりんが投げた問いかけを受けているのは彼女達ではない。
召集場所で馬鹿騒ぎを繰り広げていたてゐやうどんげ達のほうだ。
「はい、おししょーさま。とーぜん、しけいですよねー?」
っていうか、もうにひきほどころしちゃいまいたしー。
そう笑いながら嘯くてゐには、今は悪びれた様子もない――相方のうどんげは、
いかんせん居心地が悪そうにしていたけれど。
(……ゆ? さっきのさわぎは、えーりんさまのめーれーじゃないのぜ……?)
りーだーは、そんな二匹を今はすっかり落ち着いた表情で眺めていた。
状況が、どうもつかめない。さっきの馬鹿騒ぎ、これはこの二匹が勝手にやからした暴走なのか。
ありえる話ではある。この群れではてゐとうどんげは兵ゆっくりのりーだーになるべく
胎生にんっしんっで生み出される(幹部ゆっくりは皆そうだ)ゆっくりで、限定的なものだが全員に
自由意志があった。
特にてゐ種は悪ふざけを好む傾向があり、自由意志を持たない一般のゆっくりがよく彼女達の悪戯の被害にあっている。
今回の騒ぎも罪ゆを一網打尽に捕らえたてゐが、うどんげを巻き込んでいつものように暴走したとすれば
それなりに説明はつくようにも思えた。
しかしそれにしては、畑荒らしの捕縛そのものはえーりんも知っていたようだが……、
(そういえば、「つかいでがあるからほどほどに」っていってたきもするぜ)
そう、確かにえーりんがここに現れたとき最初にそういっていたはずだ。
ますます、りーだーまりさはわからなくなった。見せしめに潰すのではなく、暴行そのものも目的でなく、ましてや『自我』のある自分の粛清など眼中にないとするなら、いったい何で自分達は呼ばれたのだ。
「ねえあなたたち、はんせいしてる?」
「はんぜいじでまずううぅ! いっじょうげんめいはだらぎまずがら、ゆるじでぐだざいいぃぃ!」
「でいぶももうばるいごどばじまぜんがらあああぁぁぁ!」
「ばりざもごんどごぞびめざばのだべにづぐじまずううぅぅぅ!」
「ひめのだべならじねるうううぅぅぅ!!」
りーだーまりさの困惑をよそに、呼びつけた当の主人は咎ゆっくり達にゆっくりとした様子で話しかけている。
先ほどは処刑劇に気を取られて気がつかなかったが、
みょんやめーりんなどの兵ゆっくり達に囲われて縮こまる咎ゆっくりの数は意外に多かった。
全部で三十は超えるだろうか――りーだーが理解できる数は十までだったから、
この場合は「じゅうにんがみっつぐらい」が正確な表現だ。
ここまで連れて来られる間にも暴行を受け続けていたのだろう、
土や餡子で汚れた顔が口々に訴えるのは異口同音、謝罪と命乞いの言葉。
その聞き苦しい哀れみを請う声の数々に、えーりんはにっこりと穏やかな笑みを返す。
「そう! それはとてもすばらしいわ。じゃあ、ひとつしごとをあげるから、ゆっくりしないでがんばってね?」
「……ゆ!? はい、はい、はいぃぃっ、がんばりまずっ!」
字面だけとれば、いかにも慈悲深いえーりんの言葉。
それを額面どおりに受け取って、文字通り泣いて喜ぶ無邪気な同種の姿とは裏腹に、
りーだーまりさははますますゆっくりできない思いを深く募らせる。
感謝の言葉を受けるえーりんの微笑みは、うわべだけの優しさだ。
細められた瞳の奥にある底冷えするような光を、りーだーはよく知っている。
結局、りーだーたちが召集された理由も、咎ゆっくりがここにいる理由も、何もはっきりしていない。
本題は、ここからはじまるのだろう。
「ということだから、まりさ。りっぱなゆっくりにしてあげてね」
「ゆっ。ゆっくりりかいしたんだぜ」
ほら来た。唐突にこちらを振り向き告げたえーりんの笑顔に、りーだーはもう驚かなかった。
散々待たされ、脅かされて、既にりーだーまりさの腹は据わっていた。
もう、この場に呼ばれたときの幻想も、容赦のない制裁を見せ付けられたときの恐怖もない。
どうにもならないことなら、告げられるままに受け入れるまでだ――少なくとも、
今この瞬間はそう思っている。
「……それで、まりさたちへのごようはなんなのぜ?」
「……あなたはほかのことちがってりかいがはやくてたすかるわ」
罪ゆっくりをぐるーぷに加えるだけですむはずがない。
そこまで感付いたあたり、りーだーの餡子脳は他のゆっくりより多少優れていたかもしれない。
とはいえ、それは所詮『多少』のこと。次に告げられた命令の内容は、
腹を据えたはずのりーだーの覚悟を軽く突き崩すものだった。
「こんど、よそからきたむれとのいくさがあるの。そのいくさのせんぽうをつとめなさい。このこたちを、あなたたちのぐるーぷにくわえてね」
「…………ゆっ?」
頭をがつんとこいしさんで殴られたような衝撃を受け、りーだーはぽかんとえーりんを見返した。
同じように集められた他のりーだーの内の何匹かも、同じような顔をして呆けていた。
それに気付いて、りーだーまりさは自分以外にも自我を持つりーだーがいたのだ、と薄ぼんやりとした思考の内に初めて知った。
もちろん、その新たな発見は、彼女達がえーりんに命じられた内容を理解する助けにはならなかったのだけど。
そう、それは戦った事などない働きゆっくりたちに、
他の群れとの戦の先陣を勤めろとの無理無茶無謀を極めた理不尽な命令。
無駄に死ねと告げているのと、まったく何も変わらない命令。
えーりんは、無駄に言葉を繰り返さない。ただ、自失するりーだーたちの様子がおかしいとでもいうように、穏やかな微笑みを湛えているだけだ。
りーだーまりさはただその笑顔を愕然とした表情で見返し、ただただ絶句するしかなかった。
最終更新:2022年05月18日 22:42