「なんか空気が重いなあ。霊夢、今日は帰ろうか?」
「そうねえ。」
「まあまあ、もう終わるから待っててよ。」

守矢神社の一角、早苗の部屋では延々神奈子の説教が続いていた。
怒られているのは早苗だったが、実際に粗相をしたのは早苗の飼っているゆっくりだった。

「ちゃんと躾けるって、飼うときに約束したでしょうが!拝殿何回散らかしたか分かってるの?八回目よ?八回目!」
「すみません神奈子様!叱ってはいるんですが……」
「檻に入れとけって言ったでしょうが!」
「でも……」

正座している早苗の後ろには六匹のゆっくりがいた。
叱られている事は理解出来ているようで神妙にしている。
神妙な態度も本物らしく、「ゆっくりしていってね!」の叫び声も無く大人しくしている。
もっとも八回目と言うからには、叱られた事をすぐに忘れて、同じ事を繰り返しているのだろう。
霊夢と魔理沙はそのように考えた。

「とにかく!次やったら全部捨てるからね!それか湖に沈める!分かった!?」
「はい……」

最後に「拝殿片付けときなさい。」と言い放ち、プリプリ怒りながら神奈子は部屋を出ていった。
苦笑の体で二人に「あとはよろしくね。」との言葉を残して諏訪子も出ていった。



神様達去って程無く、早苗は幽鬼のような表情で二人に向き直った。
霊夢と魔理沙は「今日は来るんじゃなかったなあ。」と後悔していた。

「お茶……替えてきますね……」

盆を持った早苗が出ていくと、二人は溜息をついて、それから改めて部屋を見回した。
八畳敷きの部屋は、外の世界の物であろう、二人の見た事も無い品々が並んでいる。
半分潰れたような白黒の熊や、赤い兜を被った猫といった、妙なぬいぐるみが多いが、全体として女性らしい小綺麗な部屋だった。
もっともゆっくりたちが悪戯したのであろう、畳には点々と染みが見られ、襖や障子紙には所々和紙で補修された後があって、ややくたびれた感がしないでもない。

その部屋の中でゆっくりたちは思い思いにゆっくりしていた。
ゆらゆら揺れているゆっくりゆゆこ、飛び跳ねているゆっくりようむ、壁際の座蒲団で眠たそうにしているゆっくりらんとゆっくりちぇん、
そしてお定まりのようにゆっくりれいむとゆっくりまりさがいた。

魔理沙と目が合ったゆっくりゆゆこが暢気な声で「ゆっくりしていってね!」と声を上げた。
つられて他のゆっくりも一斉に「ゆっくりしていってね!」と叫んだ。
霊夢も魔理沙もしばし考えを巡らせながら、部屋をうろうろするゆっくりたちを眺めていた。
「ゆっゆっ」と小さな声を上げながらゆっくりしているゆっくりは、先の説教を忘却したとしか思えない暢気な顔をしていた。

「お待たせしました。」

早苗が戻ってくる。
茶を注ぐ早苗を二人はじっと見ていた。
差し出された湯飲みを手にとって魔理沙が口を開いた。

「それで、どうするつもりなんだ?」
「どうしたら良いでしょう?」
「厳しく躾けるしかないんじゃないか?」

そう答えて魔理沙は茶を啜った。

「それか、手っ取り早く檻にでも入れたらどうだ?」
「閉じ込めるなんてかわいそうです。この部屋ですら手狭なんですよ?。」
「庭で遊ばせれば良いじゃないか。」
「いつも庭から建物の中に入り込んでしまうのです。私がいるときも、いつの間にか。」
「それなら庭に柵でも作るってのはどうだ?あるいは結界を張るとか。」
「一度やろうとしたんですけれど、結界は『気が澱む』と八坂様に止められました。柵も景観が悪くなるので駄目だそうです。」
「やっぱり厳しく躾けるしかないんじゃないか?」

同じ事を魔理沙は言って、また茶を啜った。

「でもちゃんと躾けているんですよ?」
「お前の躾けがどんなものなのか大体分かるよ。こいつ等がかわいくて叱り切れてないんだろう?」
「そうかもしれません。でも言う事は分かってくれるんですよ?こっちにおいでとか、あれを取ってとか言うとちゃんとそうしてくれます。」
「言葉が通じるのに騙されるな。こいつ等はすぐに忘れる。猫や鴉みたいにその場でトラウマ植え付けなきゃ駄目なんだきっと。」
「そんなのかわいそうです。」

魔理沙は言葉を継いだ。

「そんな事言ったって、今度やったらこいつ等捨てられるんだろう?もうすぐ冬だぞ。ここから追い出されたらとても生きていけないぜ?」
「確かに……」
「それに茶碗だの神具だの散らかしてるうちはまだいい。」
「神具はマズイんですけど……」
「だけど火鉢とかに突っ込んだら大事だぞ。死ぬかもしれないし、火事になるかもしれない。厳しくした方がこいつ等の為だ。躾けはパワーだぜ。」
「そうかもしれません……」

考え込んだ早苗を、ゆっくりらんが覗き込んでいる。
気付いた早苗が微笑むと、らんは膳の上に乗って「ゆっくりしていってね!」と叫んで飛び跳ねた。
らんの体半分ほどもある九尾が孔雀の羽の様に広がった。それが早苗の湯飲みを倒してしまった。

「おっと。」

魔理沙は湯飲みを素早く起こしたが、手付かずの茶は既に膳の上にこぼれた後だった。
霊夢は布巾で茶を拭き取ろうとしたが、魔理沙がそれを遮る。
意図を悟った霊夢は茶をそのままに布巾を置いた。

「ほら叱ってみろ。畜生はその場で怒らんと理解出来ないぜ。」
「分かりました。」

早苗は両手でゆっくりらんを自分に向けた。そうして精一杯のしかめっ面を作って言った。

「お膳の上に乗ったら駄目って言ったでしょ?お茶がこぼれちゃったじゃないの。」

らんを回してこぼれた茶を見せる。
早苗は再度らんを自分の方にむき直すと、「めっ!」と手の平で額を叩いた。
それは叩くと言うより額に手を当てたという程度のものでしかない。
らんは「ゆっ」と不思議そうな顔をしていたが、そのうち何事か理解した顔で「ゆっくりしていってね!」と一つ叫んで仲間の元へ跳ねていった。
早苗はそれを微笑ましそうに見やると魔理沙に向き直った。

「どうでしょう?」
「お前マスパでボコるわ・・」

早苗は魔理沙の予想を遙かに下回っていた。

「手本を見せてやる。」

魔理沙は立ち上がってゆっくりらんを捕まえると、突然の事に「ゆっくりしていってね!」と叫ぶらんを無視し、膳の上に掲げた。
そのまま顔を下に向け、こぼれた茶を見せながら両手できつく締め付ける。

「膳の上に乗るな!」
「ゆっくりしていってね!」

更に左手に持ち替えると、らんの頬を右手ではたいた。叱りつけながら何度も頬をはたく。

「膳の上に乗るな!膳の上に乗るな!膳の上には絶対に乗るな!」
「ゆっくりしていってね!ゆっくり!ゆっくり!ゆっくりしていってね!」
「らんしゃまあ!らんしゃまあああ!」

びっくりしたゆっくりちぇんが魔理沙の足下に駆けより、泣きながら飛び跳ねている。
早苗はあまりの事に硬直していたが、見かねて魔理沙の手を取った。

「止めて下さい!怖がってるじゃないですか!」

早苗は魔理沙の手からゆっくりを引ったくり、それを抱きかかえて後ずさりした。
らんは放心した顔で「ゆっくり……ゆっくり……」と呟いていたが、やがて泣きながら早苗に顔を埋めた。

「ゆっくりしていってよー!ゆっくりしていってよー!」

早苗はまるで赤子のようにゆくっくりらんをあやしている。
足下ではゆっくりちぇんが「らんしゃまあ!」と跳ね、残りのゆっくりも早苗の周りに集まって「ゆっくりしていってね!」と叫んでいた。

「魔理沙さん乱暴はよして下さい。躾ける前に死んでしまいます!」
「これぐらいしないとすぐ忘れちゃうぜ。一番大事なとこだ。」

言いながら歩み寄る魔理沙に、早苗はたまらず叫んだ。

「霊夢さんこの人おかしいです!代わって下さい!霊夢さんならまともな方法知ってますよね!?代わって下さい!」

それまで傍観していた霊夢が口を開いた。

「……いいの?」
「……え?」

霊夢はじっと早苗を見詰めた。

「ねえ本当にいいの?」
「……やっぱり遠慮しておきます。」

早苗は足下のゆっくりと共に怯えた顔で部屋の隅で震えだす。
霊夢は溜め息をついた。

……これがあの傲岸不遜な神モドキとはとても思えない。
初対面の人間に初訪問の神社の明け渡しを要求をしてのける狂人が、なぜ不細工な饅頭相手にこうも気弱になるのだ。
ひょっとしてこの娘にとって、自分達は饅頭以下か?

不機嫌な面持ちで再び黙り込んだ霊夢をよそに、魔理沙が再び話し出した。

「私等の方法が嫌なら自分でするしかないぜ。ほらもう一度やってみろ。」
「うっうっ……わかりました……」



それから小半時。
ゆっくりは相変わらずゆっくりしており、その中心には早苗が疲れ切った顔で座り込んでいた。

「無理ね。無理無理。」

霊夢は努めて冷徹に宣言した。

「早苗に躾なんて不可能よ。処分の方法を考えた方が有意義だわ。
この子達が冬山で暮らすなんて一日も持たないだろうし、森に放っても精々二、三日が良いところでしょうね。
引き取ってくれる人を探すにしても、数が多いから難しいでしょう。当然私達も駄目。
どうせ死ぬなら楽に死なせてやった方が慈悲だわ。神奈子の言うように湖に沈めたら?」
「霊夢さん、そんな……」
「だって無理でしょう?あんな躾け方じゃあ明日にでもまた悪戯するわよ。それとも今日中かしら。晩秋の湖は冷たいでしょうねえ。」

早苗はどんよりした様子でうな垂れてしまった。
言い過ぎたかと、さすがの霊夢も口調を和らげた。

「神奈子も諏訪子も、風とか山とか、戦とか祟りとか、躾も教育も無縁な神様だものねえ。仕える人間も似てくるのかしら。」
「……?
霊夢さん、それです!」

突然の大声に驚いて霊夢は早苗を見やった。そこには何か希望を見出した笑顔が浮かんでいる。

「何?」
「私も霊夢さんと同じでその身に神の力を宿す事が出来るんですよ!」
「そうねえ。」

霊夢はかつて、早苗が神奈子の力を借りていたのを思いだした。
興味津々で魔理沙が尋ねた。

「それで誰か神様の力を借りるってのか?躾に向いてそうな。」
「そうですよ!これなら私でも確実に躾けられます。何しろその時の私は神そのものなんですから。早速準備してきます!」

早苗は部屋を飛び出していった。
残された六匹のゆっくりは、部屋の隅で不安そうな顔をしている。二人に怯えているようだった。
試しに魔理沙が近付くと、ゆっくりは「ゆっくりしていってね!」と散り散りに跳ねていった。
そしてまた別の場所に集まり、不安そうな顔をしていた。
魔理沙は、これでは先が思いやられる、と呟きながら膳につき、冷め切った茶を飲み干した。

「自分で躾けられないってのは根本的な解決になってない気がするんだが……まあ目先の事解決しないとあいつ等湖の底だから仕方ないか。」
「馬鹿ねえ。」

真顔の魔理沙対して霊夢は余裕綽々であった。

「あの神様達が本当にそんな事するわけないでしょ。早苗にメロメロじゃないの。」



「お待たせしました。」

巫女風の装束に着替えて早苗が戻ってくる。

「準備とお説教は拝殿で行います。散らかったままですから自分達がした事を分からせるのにも都合が良いですし。」

そう言えば、神奈子はゆっくりが悪戯したと怒っていたが、早苗は未だ片付けていないらしい。
神奈子達は出掛けていったから後で構わないという事なのだろうが、ゆっくりへの心配を優先するあたりに、早苗の基準が分かるような気がする。
これでは神奈子が怒るのも無理はない、と二人は思った。
ひょっとしたら少々妬いているのかもしれない。ゆっくり相手に嫉妬などと神奈子は認めたがらないだろうが。

一行は拝殿へ向かった。
晩秋の夕暮れの中、早苗を先頭に並んでぞろぞろ跳ねてゆく六匹のゆっくり。
外部者二人は、なんだか馬鹿みたいだ、と思いつつ付いていった。

霊夢の神社とは桁違いに広い境内の奥に、これまた大きい拝殿があった。
広いだけに博麗神社より閑散とした雰囲気がある。
拝殿の他にも多くの建物があり、日中は入口や窓が開け放たれているのだから、ちょっと目を離したらゆっくりを探すのは困難だろう。



一行は拝殿へ入っていった。
祭壇が見事なまでに散らかっている。
敷布が引っ張られたからだろうか、奉納物の大半が床に散らばっており、徳利からは御神酒がこぼれているし、転がっている果物には囓られた後があった。
神奈子の怒りは当然である。
神社や祭壇などは所詮形式であるが、形式を荒らされるような神では信仰の対象として見なされないだろう。
そのようなときは祟り神と化してすら威厳を保とうとするはずだ。
霊夢は自分の神社を倒壊させた天人を半殺しにした事を思い出していた。祟り巫女である。
あの時の自分に比べれば今回の神奈子や諏訪子は馬鹿と言っていいくらいに寛大だ、と霊夢は思った。
その寛大さの原因が目の前にいる。
早苗がゆっくりを床に並べて言った。

「私が準備している間、この子達がどこかへ行ってしまわないように見ていて頂けますか?」

二人は黙って頷いた。
早苗は祭壇に向かい、比較的まともな状態の奉納物を祭壇に載せて、蝋燭に火を付けた。
薄暗い拝殿が少し明るくなる。
散らかったままの拝殿でする儀式というのも異様だったが、この状態を残しておかないとゆっくりに自分達のした事を教える事が出来ないのだろう。

「それで、誰を呼び出すんだ?」

儀式に興味のある魔理沙が尋ねた。

「教育の神様です。イケメンです。」
「イケメンというのがよく分からんが道真公とかかな?」
「天神様は強力過ぎてゆっくり相手には危険過ぎます。それに『学問』の神様ですから躾けには向いてないかもしれません。」
「それもそうかな。」
「もっと身近で適任の方がおられます。おそらくこちらでは知られてはいませんが。」

そして早苗は祓串を振って儀式を始めた。


準備「サモンタケダテツヤ」


「誰?」
「仮にも巫女だろ。まずいんじゃないのか?」
「知らないわよ。日本だけでも、どれだけの神様がいると思ってるの?」
「それもそうかな。」

何かブツブツ呟いている早苗をゆっくりが不思議そうに見上げている。
ゆっくりちぇんが暢気そうに早苗の足下に擦り寄るが、早苗は見向きもしない。

「わからないよー?」
「よく分からんな。ほんとに誰なんだろう?」
「?」

ゆっくりちぇんが早苗に「ゆっくりしていってね!」と声を掛けている。
ちぇんはしばらく早苗の反応を待っていたが、我慢出来なくなったのか素早く祭壇に登ると、早苗目掛けて飛び跳ねた。

「ゆっくりしていってね!」
「あっ!」
「三年びぶっ!」

霊夢の止める間も無くちぇんは早苗の顔に張り付いた。

「……大丈夫かしら。」
「失敗かな?」
「分からないわ。ここの法式はうちのと違うようだし。」
「ゆっくりしていってね!」

祭壇に向かっているので早苗の顔は二人には見えない。
ちぇんに触発されたのか他のゆっくりも早苗の後ろで飛び跳ねている。
早苗は顔面に張り付いたゆっくりを左手でゆっくり引き離し、

「このばかちんが!」
「!?」

絶叫と同時にちぇんの頬を引っぱたいた。二発、三発。

「ゆっくり!?ゆゆゆっくり!?」

霊夢、魔理沙と残りのゆっくりは為す術もなく硬直していた。
ゆっくりちぇんを下ろし、早苗がゆっくり振り向く。その顔には普段の早苗とかけ離れてた表情が浮かんでいた。

「今日のゆっくりは中止する!」

宣言する。そしてゆっくりは全匹整列させられた。霊夢と魔理沙もなぜか正座している。
祭壇を背にした早苗が仁王立ちしていた。

「今日はみんなに残念なお知らせがあります。この中に洩矢理事長の祭壇に悪戯した生徒がいます。やった人は正直に手を挙げて下さい。」

こいつ等に手は無いだろう、と魔理沙は突っ込もうとしたが、取り敢えず静観する事にした。
ゆっくりはどれも押し黙ったままだ。

「先生とても悲しいです。」

早苗はゆっくりに近付くと端から順にゆっくりの頬をはたいていった。

「ゆっ!」
「ゆっ!」
「ゆっ!」
「ゆっっくり!」
「ゆっ!」
「ゆっっくり!」
「なんで!」
「私まで!」

霊夢と魔理沙もついでに叩かれた。普段なら黙って叩かれるような二人ではないのだが、早苗の迫力に押し切られてしまった。
早苗はしきりに髪を掻き分けながら、「何ですかぁ~!」と叫んでいる。一見優雅なその仕草は、何か得体の知れぬおぞましさがあった。
ゆっくりようむなど口から込み上げるものを抑えようと顔を歪めている。
早苗はゆっくりらんに歩み寄った。

「らん!お膳の上に乗ったら駄目と言ったでしょうが!このばかちんがあぁぁぁーッ!」
「ゆっくりぃ!ゆっくりぃ!」

叫びながらゆっくりらんに往復ビンタを喰らわす。魔理沙はこの状況下にも拘わらず小さくガッツポーズをした。
らんを投げ捨てた早苗は次にゆゆこを掴んだ。掴んでガクガク揺さぶる。

「盗み食いはいけません!盗み食いはいけませんんんッ!」
「ゆー!ゆー!」

「卑猥な事叫ぶな!」
「ちちーんぽっ!?」

「ちぇええええん!」
「わからないよー!わからないよー!」

「神社に来てゆっくりするとは何事なの!」
「ゆっくりしていってね!」

「神社に来てゆっくりするとは何事なの!」
「ゆっくりしていってね!」

一通り説教すると早苗はゆっくりたちを両腕に抱え込んだ。

「貴様達は私のゆっくりだ。忘れんなよ、忘れんなよ!」

ゆっくりたちは早苗の腕の中でまるでゆっくりしていない。
早苗はやや落ち着きを取り戻して語り出した。

「君達は腐ったミカンではありません。お饅頭です。」
「私たちは機械やミカンを作ってるんじゃないんです、私たちは饅頭を作ってるんです。」
「この子は餡子にまみれて必死にゆっくりしてるんです!どうか……ゆっくりしてやってください。」
「夜明け前が一番ゆっくり。」

一体どんな神を呼んだんだろう。魔理沙は思った。
あれは神ではない。もっとおぞましい何かだ。霊夢は思った。

「暮れ~なず~む山の~♪小弾と~大弾の~中~♪」

優美な顔とは裏腹の、恐ろしく下手な歌が流れてきた。
ゆっくりは逃げようと早苗の腕の中で藻掻くが、ガッチリ掴まれて叶わない。
ゆっくりようむはとうとう餡子を吐き出してしまった。

「ゆっくりして!」

ゆっくりゆゆこがようむに叫んでいる。
それを見た早苗の表情が変わった。

「ハナ子!ハナ子!」

言いながら腕を緩める。ようむとゆゆこを残して、ゆっくりはそれぞれ部屋の中を散っていった。
ようむは床に転がってゆーゆーと呻いていたが、吐いた餡子は少量でさほど非道い状態ではない。
それを確認すると早苗は床に転がる果物を手にし、ゆゆこの口にねじ込んだ。

「ゆっ!?ゆー!?」
「許して!あなた達を生かしておくと檻が壊れたときみんなが危険なの!」

暴れるゆゆこの口を押さえ付ける早苗。
古過ぎだぜ。魔理沙は思った。
毒とか入ってないし、それやるのはお前の役じゃないだろう。霊夢は思った。
涙目のゆゆこが果物を嚥下する。早苗は今度は米俵を持ち出した。
見かねた魔理沙が早苗の肩に手をやる。

「おいおい、そんな物喰わせたら死んでしまうぞ。」
「ゆっくりは死にましぇん!ゆっくりするのが好きだから……」

早苗は半分米俵を押し込んだゆゆこを放置して立ち上がり、虚空を見つめ、「思えば遠くへ来たもんだ」と呟いた。
その間霊夢は、早苗の視界から逃れようと、拝殿の隅へゆっくり移動しつつあった。
そのそばにゆっくりが集まってくる。
これでは意味がないと霊夢はゆっくりを追い払おうとした。
それでも霊夢のそばにゆっくりが集まってくる。
魔理沙もやってきた。
結局全員拝殿の隅に追い詰められたかたちになった。

「敵は博麗霊夢ただ一人!命を惜しむな!名こそ惜しめ!」

早苗が喚きながらやって来る。
一同は早苗が何を言っているのか分からなかったが、ゆっくり出来ないという事だけは分かった。


宴会に興ずる神様の帰宅まで続く、配役を限定し損ねた早苗によるド迫力の多重人格折檻!
まだ、幕が開いたにすぎない。
夜は、ここから始まる。説教はまだ終わらない……。



By GTO

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最終更新:2022年05月19日 12:13